第18話「戦闘準備」
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時刻は17時、この時間帯に学校に残っているのは部活動をしている生徒と明日の授業の準備をしている教師くらいで、他の生徒達は殆ど家に帰宅しているかそのまま街に遊びに行っているだろう。
紅蘭に助力を求められ、それに応じた自分達4人は紅葉高等学校に到着すると、先ずは男子と女子に別れて着替える事になった。
目立つ僕を隠すためにアリスは隠蔽の魔法を使い、誰にも見つからずに更衣室に辿り着く。
それから優と僕がアリスから受け取ったのは、先程彼女が龍二と紅蘭に渡した『記憶の結晶』というクリスタルが嵌め込まれたネックレスだった。
なんでもアリスいわく、ソウルワールドのプレイヤー達はこの世界にデータがアップロードされた際に武器以外の全防具と所持アイテムをロストしているらしく、これはそれを少しでも解消する為に彼女が作り出したとの事。
流用しているのは学校や軍で利用されている防具を記録した『変衣の結晶』。
それにアリスが上位記憶干渉魔法と上位復元魔法を複合させて付与し、口付けした人物の身体に記録として残っている防具の記憶を呼び起こし、結晶に入っている軍の防具を媒体にして上書きするというとんでもない代物だ。
これを手渡されて説明を受けた僕達4人は、それはもう驚いた。
だって、明らかに人間業じゃない。
理論的には出来そうだったからと、家の権限で結晶を数百個取り寄せて実験して7個だけ成功したという彼女の天才っぷりに、僕たちは惜しみない拍手をした。
ただ、これをくれる代わりに『僕が彼女と一日デートする』だけで本当に良いのだろうか。
その条件をアリスが口にした時は、紅蘭と優と龍二が猛烈に反対した。
しかしデートするだけでこんな貴重なアイテムを貰えるのなら、と僕が了承すると彼らは苦虫を噛み潰したような顔で沈黙した。
いやいや、だってこれがあるとソウルワールドで使っていた防具が使えるんですよ?
僕としては全然釣り合いが取れてない気がするくらいだ(アリスが満足そうなので余計な事は言わないが)。
というわけで更衣室にやってきた僕は、身体を循環する魔力に意識を向けると結晶に口付けをした。
イメージするのは、ソウルワールドで愛用していた防御力よりも速度を殺さない軽装の防具。
それを結晶に付与された記憶干渉魔法が具体的に形に呼び起こし、次に形にしたそれらを復元魔法が結晶内に記録されている防具に上書きを開始する。
全てが終わるのに5分も掛からなかった。
透明な結晶は、僕の魔力によって純白に輝く。
それを握りしめると蒼は一言「着装」と結晶に新しく記録した鎧を纏う為の言葉を口にする。
変化は直ぐに起きた。
先ず着ていたティアードワンピースとサンダルが光に消え、次に出現したのは白のドレス。
肩を露出させ、ドレスの裾は膝下まで。
極限まで薄さを求めた最低限の強度を持つ鎧は胸部と肘から指先、膝から足の先端までを覆う。
それは正に戦う姫を連想させる姿。
最後に黒いリボンで長く白い髪を後ろに束ねられ、鏡に映る自分を見た蒼は小首を傾げた。
あれー、なんで魔王戦で一度しか使わなかった『白騎士』装備になったんだ?
イメージした装備と違う。
いわゆるバグという奴だろうか。
そんな事を考えていると、着装を終えて黒の魔女を思わせる軽装備を身に纏った優と、二人の様子を見守っていたアリスが、此方に見惚れているのに気がついた。
「二人ともなにその目は」
「えっと、戦場にでるお姫様みたいだなって……」
「それは蒼様が魔王と戦った時に着ていた装備じゃな。妾の記憶内でもあの時しか使用していなかったのにソレが復元されたということは、推測じゃが余程ステータスが高かったのじゃろう」
「え、ステータスが優先されるの?」
「作った妾も初めて知ったのじゃ」
まさかの記憶<ステータスに僕は驚く。
確かにこの装備は持っていた中でも一番優れていたが、如何せんドレスでひらひらしてて動きにくいから余り使用してはいなかったのだが。
「まぁ、なにも装備しないよりはマシかな」
「学生や軍人に支給される普通の防具では、妾達のレベルでもあのボスの攻撃一つで致命傷になりかねないからの。賢明な判断なのじゃ」
「と言いながら二人とも携帯で撮るのやめてよ。恥ずかしくなるだろ」
最早撮影されるのが日常風景になっていないか。
そんな疑問を懐きつつ、蒼は言った。
「よし、準備はできたから目立つこの装備は一旦解除して、龍二達と合流しよう」
◆ ◆ ◆
黒を基調とした一般の女子用の装備に切り替えた蒼と優とアリスは、校庭の一角に生成されている人工のダンジョンに足を運んだ。
僕たちと同じように一般の男子用の装備を纏う龍二と紅蘭が待つそこは、地面から盛り上がった洞窟だった。
今はぐるっと封印するように黄色のテープが巻かれ、看板には『落盤のため使用禁止』と書かれていた。
先に待っていた紅蘭に聞いてみると、彼は「ここでは話せないので中で」と言ってテープを潜り中に入る。
僕等4人も同じように入ると、洞窟の中を先導する紅蘭の背中を追い掛けた。
そして追いつくと、彼の横に並んで僕は尋ねる。
「それで、あの看板の内容って本当?」
「いえ、アレは学生達を中に入れないための嘘です。レベル70のモンスターが学生達が使うダンジョンに出現したなんて知られたら、大騒ぎになりますからね」
「それなんだけど、レベル70のモンスターが出現したなら公にして協力してくれる人達を募ったほうが効率が良いんじゃないのかい?」
「それが簡単にはできないんですよ」
紅蘭は実に面倒そうな顔をすると、続けて言った。
「この世界には『人工ダンジョン反対派』や『モンスター愛護団』という人達がいるんです。前者は人の手でダンジョンの運用は危険すぎるって事を世間に訴えていて、後者はモンスターも生きているのだから大事にするべきって公表している頭のイカれたヤバい人達です」
「うわぁ、それは酷い」
紅蘭いわく、この件をダンジョン反対派に知られると批判の材料にされて、最悪ダンジョンの使用が禁止される可能性がある。
人工ダンジョンは学生達がレベルを上げるには必要不可欠な存在であり、これがなくなった場合には日本のレベルが全体的に低下してしまうので、それだけは絶対に避けなければいけないとの事。
そして表立って公表できない理由の一つには、軍が弱いからというのもあるらしい。
まぁ、確かに平均レベルが50の軍では、限られた人数しか入れないダンジョンの最奥の広間で唯一の強みである“数”を使った戦法は使えないだろう。
そしてもう一つの問題である『モンスター愛護団』。
此方は一部の過激派が、人工的に生み出したモンスターを倒す事を道徳的に問題視しており「人間達がそのような事をしているからモンスター達から敵視されるのだ」という訳の分からない持論を唱えているらしい。
ちなみにソウルワールドには『ビーストテイマー』という動物やモンスターを手懐ける事ができる職業がある。
その団の構成員は殆どがビーストテイマーらしく、愛護団の内部でも人工モンスターに関しては意見が割れていると紅蘭は語った。
全てを聞いた蒼は苦笑すると、
「そんでもって四葉家は国内で大きな事件が起きた場合に対処する事を任されていると。大変なんだね、紅蘭のところも」
先程5人で改めて自己紹介をして知った名前で呼ぶと、紅蘭は少しだけ頬を赤くした。
「いえ、世界からの期待を一身に背負われている姫に比べれば、ボクの家なんて大したことないですよ」
「こらこら、他人と自分を比較しちゃいけないぞ。僕は僕、君は君だ。そこに違いはあれど差なんてものは存在しないよ」
「わかりました、以後気をつけます」
そのやり取りを聞いていた龍二とアリスは後ろで「おい、アイツなんか素直じゃないか?」「彼奴があんな態度を取るのは蒼様の前だけなのじゃ」と内緒話をしている。
僕はそれに気を止める事なく歩くと、ふと疑問に思った事を彼に聞いた。
「そういえば、なんで僕に接触するのを避けてたんだ? 昨日だって演説の後に会いに来るもんだと思ってたら来なかったし」
「……ボクは姫を想う者達が集まった『白の騎士団』に所属しています。そこでは騎士の約定で、姫に接触するのは禁止されているんです」
「なるほどね、だからさっきはわざわざ姿を隠すアイテムを使ってまで隠れていたわけか」
これで納得した。
つまりは朝の3人組も白の騎士団の団員だったわけだ(約2名は約定を破っていたような気がするが)。
洞窟を進みながら、蒼は小さな手足を伸ばす。
ダンジョンだというのに、先程からモンスターと出会わない。
それはアリスが言うには紅蘭の部下が先見隊として派遣された際に、全て倒してしまったかららしい。
移動ばかりで少し退屈に感じていると、紅蘭が徐に口を開いた。
「今回、ボクは自ら規定を破りました。その上に姫を危険に晒すことになるので、次の会合で重い罰則を受ける事は避けられないでしょう」
「ふむ、なら今度その『白の騎士団』の会合とやらに僕も連れて行ってもらえないかな」
「……今、なんと?」
意外な提案だったのか、紅蘭が足を止めて驚いた顔で此方を見る。
僕はそんな彼に指を指して、騎士団に接触する目的を言ってやった。
「君達と協力関係を結びたい。アリスの話だと平均レベルが60くらいなんだろ。世界が改変されて今後何が起きるかわからないんだ。僕等4人だけじゃ対処できない問題がいつ起きるか分からない」
「その為の人員と力が欲しいと、そういう事ですか」
「ああ、話が早くて助かるよ」
「姫が会合に……いや、しかし」
紅蘭が物凄く渋い顔をする。
簡単に言うのならば、白の騎士団とやらは自分のファンクラブみたいなものだ。
そこに本人が現れたら何が起きるのか。それを想像するのは容易い事である。
大騒動だ。間違いなく会合に集まった皆、冷静ではいられないだろう。
苦悩する紅蘭に僕は後ろの3人を見ると、
「まぁ、強力なボディーガードもいるから大丈夫だよ。いざとなれば優の空間魔法で逃げるし」
「空間魔法じゃと!?」
その言葉に食いついてきたのは、紅蘭と僕の会話を邪魔しないよう優の隣を歩かせていたアリスだった。
そういえば空間魔法はユニーク魔法の一つで、通常の方法では習得できなかったような。
アリスに詰め寄られた優は困ったような表情を浮かべると、
「あ、アリスさんがそんなに驚く程に、空間魔法って凄いの?」
「当たり前なのじゃ、妾が唯一使えない至高にして究極魔法の一つなのじゃ!」
「でもこれ覚える時に他の魔法全て使えなくなるから、そんなに良い魔法じゃないと思うけど……」
「空間を支配できるのじゃぞ? その程度の代償で済むのなら安いものじゃ」
なにやらアリスは「ふっふっふっ」と不気味な笑い声を洩らすと、優の肩をポンポンと軽く叩いた。
「レベル58と聞いたときは足手まといになるのではと不安に思ったものじゃが、空間の支配者となれば十分な戦力じゃな」
「あ、ありがとうございます」
無事に打ち解けているようで何より。
僕は、二人から視線を外すと紅蘭を見据えた。
「大丈夫、なんとかなるさ」
「そうですね。次の会合が決まったら連絡します」
「となると連絡先の交換しようか。アリスもこっちにおいで」
「妾も蒼様とLNするのじゃ!」
簡易チャットアプリLN。
今の時代誰もが携帯電話に入れているそれに、僕は紅蘭とアリスの情報を入力する。
するとアリスは嬉しそうに「家族以外では蒼様が初めてなのじゃ」と中々に胸に刺さる言葉を口にした。
アリス、キミは友達が……!?
流石にこればっかりは紅蘭も弄れないと思ったのか、神妙な面持ちでアリスから視線をそらす。
龍二と優も、どこか可哀想な子を見るような顔をしていた。
ちなみに当の本人は、猫のように小首を傾げて僕を見つめている。
蒼は鋼の精神で動揺を心の中に抑え込むと、腕に絡みつくアリスの頭を撫でた。
「う、うん。良かったね」
「ありがとうなのじゃ♪」
やだ何この子泣ける。
満面の笑顔ですり寄るアリス。
気まずい空気は、ボス部屋の前に到着するまで続くのであった。
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