第17話「白姫と紅蓮の騎士」
いつも呼んで下さる方々に感謝です。
アリスと龍二の喧嘩のせいで洋服店に居づらくなった僕は、とりあえず近場のオープンカフェで腰を落ち着ける事にした。
時刻は14時。日差しは強いが、バッジに付与した結界のおかげで暑さは感じない。
徐々に通りには人が増えてきており、蒼は自分の容姿と着ているワンピースの効果も相まって、通りゆく人達からの熱い視線を感じる。
しかし見られるのも昨日と今日で大分慣れてきたので無視すると、蒼は嬉しそうに自分の腕にべったり引っ付いているアリスに言った。
「とりあえず離れてくれない?」
「嫌じゃ、最後に会ったのが3週間前だぞ。おまけにソウルワールドはプレイできなくなるし、ソラ様とは二度と会えないんじゃないかと怖かったのじゃ」
「あー、なるほどね」
これはしばらく離れそうにない。
そう思うと、僕は龍二と優に向き直る。
「えっと、この人は二人も知っていると思うけど『荒野の魔女』アリス。ベータテストの時に、街の外でスライム相手にボコボコにされていたのを助けたのが初めての出会いだったかな」
「「スライム相手にボコボコ……?」」
目を丸くする龍二と優。
二人が驚くのも仕方あるまい。
スライムは最初に誰もが相手にするモンスターだ。能力値も低く、初期装備の木刀で3回ほど殴れば倒せる程である。
オマケにこのゲームは、最初は全員同じオール10の均等なステータスから始まる。
つまりは余程下手くそじゃない限りは、スライム相手にボコボコにされるなんて事は絶対にありえないのだ。
僕に恥ずかしい過去を暴露されたアリスは、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「あ、あれは初めてのゲームでオマケにチュートリアルもなかったから仕方ないのじゃ」
「スライム達に囲まれて袋叩きにされてるのを見たときは、流石に笑っちゃったね」
「今日のソラ様はいじわるなのじゃ……」
目尻に涙を浮かべると、アリスは僕の脇腹に顔を埋める。
何やらどさくさに紛れてクンクン匂いを嗅がられているような気がするが、きっと気のせいだろう。
鋼の精神で堪えると、蒼は続けた。
「それで助けたらこのように懐かれてしまって、そこからベータテストが終わるまで何回か二人でタッグを組んでたんだ」
「なるほどね、ベータテストの時の知り合いなら私達が知らないのも無理ないわ」
「中二病女、俺よりも先輩だったのか」
龍二の反応に気を取り直したアリスは僕の脇腹から顔を離すと、どこか偉そうな表情を浮かべた。
「そうじゃぞ、妾はソウルワールドでも現実でもお主達より先輩なのじゃぞ」
「そういえばその制服、紅葉高校ね」
「あそこって学年別にネクタイの色を分けてたよな。赤って事は……おまえ2年生かよ!?」
驚きの余りひっくり返りそうになる龍二。
優も驚いて手を口に当てている。
アリスは遂には僕の膝の上に腰掛けると、改めて2人に名乗った。
「挨拶が遅れたな、妾は紅葉高等学校2年生の伊集院アリス、ソウルワールドではレベル68の魔法使いでな『荒野の魔女』アリスと呼ばれておるのじゃ」
それに対して、僕ら3人も現実世界の自分の名前とソウルワールドのプレイヤー名の両方で挨拶する。
アリスは僕の名前を聞くと嬉しそうに「今後は蒼様と呼ぶのじゃ!」と頬ずりしてくる。
ちなみにアリスは現実世界とソウルワールドの名前が一緒なので、此方の呼び方は変わらない。
4人が自己紹介を終わらせると、頼んでいたサンドイッチとパンケーキがテーブルに運ばれる。
卵とレタスとハムを挟んだオーソドックスなサンドイッチは龍二と僕、ラズベリーのジャムとバニラのアイスクリームが乗ったふわふわのパンケーキは優とアリスが頼んだ物だ。
料理の乗った皿をテーブルに運び終えると、ウェイターの男性は僕に何か言いたそうな顔をする。
しかしそれをアリスが物凄い形相で威嚇すると、その余りの威圧感に彼は諦めて店内に帰ってしまった。
勝利したアリスは鼻で笑うと、
「ふふん、またつまらぬ者を退治してしまったのじゃ」
「アリス、すこし可哀想じゃない?」
「ソ……蒼様は寛大すぎるのだ。あの程度の小物を一々相手にしておっては、キリがないのじゃ」
「別に告白なら断るから大丈夫なんだけど……」
僕がそう言うと、アリスは右手の人差し指を目の前に持ってきて小さく左右に振った。
「蒼様、断っても諦めきれない小物は再び告白してくるのじゃ」
「それも断れば……」
「それが時間の無駄だと妾は申しておるのだ。良いか蒼様、この世で蒼様の伴侶にピッタリで誰にも文句を言わせないのは──妾だけじゃ」
「ごふッ!」
その言葉に食事をしていた龍二は、口にしていた物を吹き出しそうになる(気持ちは分からないでもないが、この場でそれをするのは少々汚いと僕は思う)。
一方で優はどこか引っ掛けたのか、ゲホゲホ言うとテーブルの上の水を掴み取り一気飲みした。
僕はというと「ああ、まだ諦めてなかったのか君は」とサンドイッチを一口食べて呆れた顔をする。
この状況を作り出した張本人であるアリスは、自信満々といった様子だ。
自分の考えを1ミリたりとも疑っていない。そういう顔をしている。
そして彼女はアイスクリームを3分の1ほどパンケーキに乗せて頬張ると、背中を此方に預けてきた。
「ほむほむ、ごくん。……蒼様、知っておるか。実はこのソウルワールドが現実化した世界では、全国で同性の結婚が法的に認められておるのじゃぞ」
「んー、僕の記憶では日本って確か認められてなかった気がするんだけど……」
「今は認められておるのじゃ」
「マジかぁ」
なるほど、だから同じ女性からも男性と同じくらいの人数に告白されるのか。
別に知らなくても良い情報を知らされた僕は、少しばかりげんなりした。
すると、パンケーキを完食した優がいきなり椅子から立ち上がると、
「それってつまり私にもワンチャン……!」
「やめてくれ、優が参戦してくると面倒臭いことこの上ないから」
「人気者は辛いな」
「他人事みたいに言うのはやめろよ龍二。ただでさえこっちは、おまえと付き合ってるのか聞かれる時があるんだから」
「ならば妾と付き合えば」
「「「それはない!」」」
3人に同時に否定されて、流石のアリスもしゅんと大人しくなった。
流石に少し可哀想かな?
そんな事を思った僕は、膝に座っている一つ年上のアリスの頭を妹みたいに撫でると。
「ごめんごめん、恋愛対象にはならないけど、アリスはずっと大切な友達であり仲間だよ」
「ぐふぅっ!?」
意図しない攻撃が刺さり、アリスは胸を押さえて蹲る。
あれ、僕なにか不味いこと言いましたか?
困惑する蒼に、龍二と優が「ひでぇ、止め刺しやがった」「慰める振りしてなんて酷い追い打ちを……!?」と顔を青ざめて呟く。
いや、本当にそんなつもりはなかったのだが……。
どうしたものかと蒼は困る。
その瞬間だった。
突然蹲っていたアリスが蒼の膝から立ち上がると、誰もいない明後日の方角に右手を翳した。
「そこに隠れている者、妾を笑うのも大概にするのじゃ!!」
怒り、羞恥、絶望、そういった感情を起爆剤にして魔力を内側から呼び覚ます。
そして頭の中に浮かんだ複数の術式の中から一つを選ぶと、彼女は自身の魔力を消費して右手から炎の竜を解き放った。
「──ああ、もう。せっかく姿を隠す透明ローブを使って隠れていたのに台無しじゃないですか!」
何もない空間から苛立ちの声。
虚空から突如二本の剣が現れると、それは舞うように炎の竜を切り裂き、霧散させる。
蒼達の前に姿を現したのは、紅葉高等学校の男子制服を身に纏う紅蓮の少年だった。
いつも涼しい顔をしている彼は蒼達に歩み寄ると、珍しくその顔で忌々しそうにアリスを睨みつけた。
「はぁ、全くどうしてくれるんですか。騎士の約定で話しかけるわけにもいかないから隠れていたのに、まさか攻撃されるとは思いませんでしたよ」
「受ければ良かったのではないか。妾達は、PVPの規制で守られておる。受けても無傷で済んだはずじゃが」
「貴女の攻撃を受けるのだけはお断りです。それに身体は無傷でも、服は燃えるのは知っているでしょう」
「無論、だから火属性で攻撃したのじゃ」
その言葉に、少年は大きな溜め息を吐く。
アリスと少年、睨み合う2人。
気まずい空気だ。優と龍二は無言で事の成り行きを見守っている。
となると、やはり僕しかいない。
彼を見知っている蒼は、真っ直ぐに彼を見据えると。
「久しぶりだね、ホムラ」
「……姫、お久しぶりです」
視線が合うと、彼はその場に跪く。
その光景は傍から見ると姫と騎士の一枚絵。
周囲が見惚れている中、蒼は彼が困っているような顔をしている事に気づくと、椅子から立ち上がり前に出た。
「どうしたんだい、ホムラ。前に会ったときと違って余裕がないみたいだけど、何か困っているのかな?」
「いえ、ボクはそんな……」
「話してみなよ。僕達は一度は魔王を倒すために共闘した仲間だ。きっと力になれると思う」
「……っ」
ギリッと唇を噛みしめるような音が聞こえる。
それほどまでに追い詰められているのか。それとも僕を巻き込みたくないのか。
恐らくはその両方なのかも知れない。
そう思っているとアリスが右手の親指と中指を擦り合わせ、指をパチンと鳴らす。
そして周囲に僕等を覆うように展開されたのは、防音と認識阻害を複合させた『結界』だった。
少なくとも僕の目から見たソレは、外部の者にはけしてここの会話を聞き取る事はできない、そう思わせる程の術式の強度を持っていた。
それから口を開いたのは、アリスだった。
「そいつが持ってる厄介なネタは、妾達の学校が管理するダンジョンの事じゃ」
「アリス貴様……!?」
「黙れホムラ、今の貴様の力で処理できる問題か」
アリスはピシャリと言ってホムラを黙らせると、僕と龍二と優を見て話を続けた。
「それで先程、蒼様と出会う前に妾が偵察してきたのじゃが。そこにはレベル60程度では相手にならない化け物、レベル70のレアボスがおったのじゃ」
「レベル70……」
「オマケにホムラの仲間の先見隊、平均レベル60程度の小僧共が戦っているのも見させてもらったのじゃが、2時間程で半分程度削った後に半壊させられて撤退したのじゃ」
「なるほど、確かに普通の上位パーティじゃ苦戦するかな」
並のパーティでは荷が重すぎる。
少なくともソレに対処できるのは最上位の部隊の精鋭達か、魔王を倒した経験のある僕達くらいしかいないだろう。
蒼はホムラを見る。
今思い出したのだが、彼は自分に好きだと告白してきたことがある。恐らくは想い人を危険な目に晒したくないと思ったのだろうが。
僕は彼に歩み寄ると、その顔を両手で掴み鼻先が触れる寸前まで近づけた。
「姫と呼んで僕を侮るなよホムラ!」
「───ッ」
「キミが僕を大事にするのは結構だけど、生憎と僕は魔王に挑むほどの冒険好きだ。ソレ程の大物がいるというのなら、戦わずにはいられない」
それが、ソウルワールドのトッププレイヤーだろ?
そう言うと、ホムラの目の色が変わった。
姫を守ろうとする騎士から、並び立ち戦う勇士の目に。
蒼は他の3人を見る。
皆、戦う覚悟のある目をしていた。
敵の能力は未知数。
だが此方には、攻略不可能と言われていたレベル100の魔王を倒した『七色の頂剣』が4人もいるのだ。
相手はたかだかレベル70。負ける道理はない。
そしてなにより、
──クセの強い6人の廃人プレイヤーを束ねた自分がいるのだ。
蒼は紅蓮の少年に手を差し伸べる。
彼はその手を取ると「姫、協力してください」と頼むのであった。
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