第16話「性転少年とワンピース」
読んで下さる方々にいつも感謝です
場所は噴水エリアから少し離れた所の大通りにある洋服店『Pursue』。
意味は、追求。
この通りは多くの学校帰りの学生達が通る道であり、この店はそんな学生達を目当てとしているらしい。
特に男性物よりも女性物を重視している店であり、大雑把に言うとカッコイイ物からカワイイ物まで色々と取り揃えている。
料金は大体500円から2000円。なんでそんなに安いのかというと、店主の女性は専門学校でファッションデザイナーの資格を持っており、裁縫師のアビリティを活用して店に並べる物を全て自作しているらしい。
それ故にこの価格。財布にも優しくて女子高生達から人気がある一店だと、優は授業の休憩時間に女友達から聞いたとのこと。
まぁ、着るものに執着心のない自分には本当は無縁の店なんだけどね。
そんな事を思いながら、機関車のように整列して歩く3人は優に先導されて店に入る。
店の中はそこそこ広く、5分の1のエリアにメンズファッションで他がレディースファッションのコーナーとなっている。
マネキンが来ている服は落ち着いた大人の物から可愛らしい物まであり多種多様。
お客さんは、少ないがチラホラいる。
学生達はまだ学校が終わっていないので、客入りが少ないのは仕方のないことか。
そんな事を考えていると、品出しをしている店主と目が合った僕。
どうやら彼女は大ファンらしく即座に握手とサインを求められると、そのまま優と店主に引っ張られ奥にある試着室に連行されてしまった。
どうやら服を持ってくるから、ここで着替えて披露して欲しいらしい。
僕は念の為に「男の子っぽい服でお願いします」とリクエストしてみたが、果たして聞いてもらえるのか。
汗を大量に含んだ服を脱ぎ、タイツも脱いで下着姿のみとなった蒼。先程手渡されたタオルで汗を拭いていると、試着室と外を仕切るカーテンが少しだけ開く。
嬉しそうに店主が持ってきたのは、青いワンピースと踵の高いサンダルだった。
店主の説明によるとクラシックブルーのティアードワンピースというものらしく、僕の白髪にとても似合うと思い選んだとの事。
受け取って鏡で自分の身体に合わせてみる。確かに似合うなと蒼は思った。
しかし、
女の子っぽい服だなぁ。
服を手にしたまま、着るかどうか迷う。
昨日の撮影会のコスプレは優に世話になった事に対する恩返しで着ていたが、店主とは初対面だし着るだけの恩義なんてものはない。
しかしせっかくファンである店主が持ってきてくれたのを無下にするのも、それはそれで心苦しい。
羞恥心か、サービス精神か。
僕は、溜め息を一つ。
──着るしかないか。
そう決断した蒼は、ワンピースを頭から被ると両腕を通して頭を出す。そして最後にリボンベルトを腰に結び付けると、素足にサンダルを履いた。
そして姿鏡に映るのは、青いワンピースを纏う白髪の少女。
肩丸出しのノースリーブのワンピースは膝下まで長く、青色がとても涼やかなイメージ。そして慣れない踵の高いサンダルは、小さな自分をほんの少しだけ大人にしてくれている感じだ。
例えるならば、お嬢様。
自分のことながら、こんなのと街中ですれ違ったら絶対に振り返るだろうと思う。
試着室から出てきた蒼は、全体を見せるようにその場で舞うように一回転。
すると店主は顔を真っ赤にして、スマートフォンのカメラのシャッターを連打した。
「て、ててて天使がここに居られます!」
「あはは、ありがとうございます」
液晶画面が割れるんじゃないかと思うほどの勢いで連打する姿に、蒼は恥ずかしくて頬を少しだけ赤く染めて苦笑い。
でも着心地はとても良い。自分が本当に女の子なら即買いだろう。
そんな事を思っていると優が「これだー!」と何やら見つけたらしく、手にした服を持ってこっちに走ってきた。
それを見た僕は、絶句する。
メイド服だった。
しかも白と黒の正統派。
勢いのままつい受け取ってしまった蒼は、その服を見下ろして顔を耳まで真っ赤にした。
「な、なんで普通の店にこんな物があるんですか」
「作っている時につい興が乗ってしまいまして……」
「買う人いるんですか?」
「それがわりと多いんです。おかげで店の一角にメイド服コーナーができまして」
そう言われて気づくと、確かに店の端っこの方にわかり辛いがメイド服しか置いていないコーナーがある。
僕は優から手渡されたそれを見る。小さいサイズだ。しかし彼女が選んだのだから、今の自分にピッタリ合うのだろう。
そんな事を考えながら助けを求めるように視線を彷徨わせていると、ふと店長と視線が合う。
着てほしいなぁ。
そんな心の声が聞こえた気がした。
だが今日は女の子の服を買いに来たわけではない。このまま流されるのはよろしくないと思い、蒼はメイド服を優に返そうと押し付けた。
「もう、僕はきせかえ人形じゃないぞ」
「一回だけ、一回だけ着てみて欲しいな!」
「優、まったく、龍二も何か言ってやって……」
少し離れた場所でこのやり取りを見ていた親友の少年は、顔を真っ赤にして顔をそらした。
おまえ、また見惚れてたな?
じろりと睨みつけると、視線に耐えられなくなったのか龍二は遂には背中を見せてしまう。
これぞ孤立無援。
唯一の希望であった龍二はこの通り役立たずだ。
誰かタスケテ。
そんな事を思っている時だった。
「そこにいるのはまさか、ソラ様なのじゃ!?」
洋服店に入ってきた一人の少女が、僕を見てソウルワールドの『ゲームプレイヤーの名前』で呼んできた。
なんか聞き覚えのある声だ。
そう思った僕は声がした方角に視線を向ける。するとそこにはゲーム内で見知った一人の少女が立っていた。
腰まで長く、綺麗なウェーブを描く天然パーマの青髪。
いつも眠たそうに見える半開きの碧い瞳を、今は驚きのあまり大きく見開いている。
身長は160くらいか。身に纏っているのはチェックのスカートと、半袖のシャツ。赤色のネクタイから察するに、恐らくは紅葉高等学校の2年生。
そんな白の少女に負けず劣らずの容姿の少女は、一歩前に歩み出ると。
「本物、本物のソラ様なのじゃ!」
視線が合うと少女は我慢できなくなったのか、唇を噛み締め此方に駆け出してくる。
危ないと思った蒼はとっさに動き、飛びついてきた彼女を受け止めた。
余りにも勢いが強い。僕はそれを辛うじて後ろに倒れないように自重を制御して耐えると、彼女の名前を口にした。
「まさか、アリス?」
感動のあまり、わんわん泣き出す青い髪の少女はその言葉に何度も頷く。
『荒野の魔女』アリス。
ソウルワールドで、その名を知らない者はいない程に有名な魔法使いであり、レベルは自分と同じ68。
『七色の頂剣』の一人で一人称が『妾』で語尾に「じゃ」が付く少し変わった女の子だ。
僕の言葉で彼女に気づいた龍二は「うげ、中二病女」と呻く。
以前に僕に付き纏う変態だと勘違いしたアリスに決闘を挑まれ、龍二は彼女にボコボコに打ちのめされた事がある。
そんな龍二の存在に気づいたアリスは涙を拭うと、露骨に嫌そうな顔をした。
「うわぁ、妾に敗北したソラ様のストーカーさんがいるのじゃ……」
「てめぇ、喧嘩売ってんのか」
「事実ではないか。それともまた妾にボコボコにされたいのじゃ?」
「よし、その喧嘩買った。表に出ろ中二病女、その自信へし折ってやる」
リアルに火花を散らす龍二とアリス。
二人は『世界七剣』の御曹司と御令嬢だ。
そんな二人が喧嘩を始めたものだから、店主さんは滝のような汗を流して硬直してしまい、何がなんだか分からない優は呆然と見ている。
ええいまたか!
僕は胸中で叫んだ。
どうして頂剣達は出会うと喧嘩を始めてしまうのだろうか。
何だか昨日もこんなことあったな、と既視感を感じながらも、その間に僕は割り込んだ。
「ちょっと待て待て、出会っていきなりで険悪なムードになるな二人とも」
「止めるな蒼、一度勝ったくらいで調子に乗ってるコイツにお灸を据えてやる」
「ふーんだ。妾に手も足も出せなかったクセに良くほざくものじゃ」
「俺はあの時の俺じゃねぇ、テメェのしょぼい魔法なんざ食らうものか」
「………ふっ」
龍二の言葉に、アリスは失笑する。
そして見下すような視線を向けると、彼女は言った。
「笑わせるな、紅蓮やソラ様ならともかく、鈍足のお主が妾の魔法を避けられるわけないのじゃ」
「は、なら試してみるか?」
「面白い、ダンジョンの雑魚相手で退屈しておったが、少なくとも肩慣らしには丁度よいのじゃ」
静止に応じず更に熱くなる二人。
その姿に、ピキッと僕の中の理性に罅が入る。
少しばかり怒った蒼は睨み合う二人の胸元を掴むと、自分の顔先まで引っ張り寄せた。
そして二人だけにしか聞こえないように声を落とすと、
「君達、店の中ではしゃぐな。そんなに遊びたいなら僕が相手をしてやろうか?」
その瞬間、龍二とアリスは凍った。
蒼の極寒のような笑顔。
鋭く突き刺すような殺意。
かつて蒼を怒らせ、自分達の土俵で完膚なきまでに叩きのめされた6人の内2人は、耳元で囁かれる氷のような冷たさにトラウマを刺激され、ゾッとして呼吸が止まる。
二人は即座にその場で綺麗に腰を90度曲げると、
「スミマセンでしたぁ!」
「ごめんなさいなのじゃ!」
と謝罪した。
それだけで、僕は怒りを鎮める。
とりあえず冷静になった蒼は、突然のことにややパニックになっている店主に向き直る。そして彼女が手にしているこの服と靴の値札を確認すると、金額分を財布から出して渡した。
「ご迷惑をおかけしてすみません、選んでもらった服はせっかくなのでこのまま着ていきますね」
謝罪して、蒼はそのまま店主に背を向けると、優と愚か者2人に店から出ることを伝えて歩き出した。
そんな蒼の後ろを、3人は慌てて追い掛けるのであった。
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