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第15話「喫茶店の少年」

いつも読んで下さる方々に感謝です。

 『世界七剣』の噴水エリア。

 その通りに看板を掲げていない小さな喫茶店がある。

 世界改変が起きるおよそ一ヶ月前に開業したばかりらしいのだが、ここの店は一部のソウルワールドのプレイヤーで知らぬ者はいない程に有名だ。

 どうしてそんなに有名なのかというと、それは店の中に入るための条件が、ソウルワールドでレベルを50以上にするというものだからである。

 もしもレベル50じゃない場合はどうなるのかというと、その人物には店が見つからないらしい。

 どういう原理なのかは不明。だが試しに向かったレベル未達の何人かのプレイヤー達は、実際に5時間以上探し回って見つからずに挫折したとの事。

 彼等いわく、どうやら条件をクリアしていない者から見ると、この場所は空き家になっているらしい。

 『白の騎士団』の団チャットでそれを知って興味を持った自分は、3週間くらい前に添付されていた店の場所を記したマップを頼りに此処を訪れた。

 その時の自分──四葉紅蘭のゲーム内でのレベルは67。

 店はすぐに見つかり、自分から見たそこは空き家ではなかった。

 中に入ってみると、内装はごく普通の喫茶店で、特別な物は何もなく、客入りを考えていないのかテーブルは一つもない。あるのはカウンターと7つの椅子と観葉植物だけ。

 客は、当然だが自分以外には誰もいなかった。

 これでは儲からず、すぐに潰れてしまうだろう。

 自分は、そう思った。

 だが不安を抱く自分は、次に見たモノに目を奪われた。

 カウンターの向こう側にいたのは、黒のローブを纏った神秘的な黒髪の少年だった。

 身長は160くらい。黒のローブは頭以外を隠すように羽織っており、珈琲を入れるその手は恐ろしいくらいに細い。

 だがなによりも印象的だったのは、金色の瞳だった。

 まるで宝石のように輝くそれは、異様な喫茶店の中でも一際少年の存在を引き立てる。

 そして紅蘭が何よりも驚いたのは、少年が「いらっしゃいませ、魂の安らぎの場にようこそ。ぼくは、この店の店主です」と言ったことだった。


 最初は聞き間違いかと思った。


 何故ならば、店主を名乗るには少年の見た目は若すぎる。どう考えても高校1年生か中学3年生くらいにしか見えなかった。

 紅蘭は、少年の事を親の手伝いをしているだけなのかなと思っていた。

 しかしメニューを受け取り、注文が決まっても親が出てくる様子はなかった。

 紅蘭は恐る恐る「ご両親はいるんですか?」と聞いた。

 少年はそれに対して、異様な落ち着きで「いません。創造主の事を仰っているのならば、あの方は既に消えました」と言った。

 紅蘭は背中に冷たい何かを感じた気がした。

 そもそもこの店は普通ではないのだ。

 空き家であり、空き家ではない建物。

 後にこの場所を調べた隊員によると、どうやらこの喫茶店はソウルワールドをプレイしていない人間には認識すらされていないらしい。

 不動産屋も役所も法務局も、誰もこの場所を知らない。

 また、そういった役職についている隊員も「調査してみたが何も分からなかった。ここは違う次元にあるのではないか?」という一説を提言していた。

 しかし少年に聞いても、彼は何も答えてはくれない。強引に聞き出そうとした悪漢もいたが、彼に殴り掛かった瞬間にその人物は眠ってしまい、次に目を覚ましたら善良な人になっていた。

 それ以降、少年に手を出す人間は一人もいなくなった。

 そんなわけで、ここは色んな意味で有名な場所なのだ。

 この店に対して唯一ボクが言えるのは、彼が出す珈琲の旨さの虜になり、気がつけば2日に一回は足を運ぶようになってしまった事くらいか。


「うん、今日も実に美味しい」


 ボクは珈琲を一口飲み、感想を呟く。

 相対するようにカウンターにいる黒髪の少年は頷くと、金色の瞳で紅蘭を見た。


「君は本当によくここに来るね。正直に言って、面白くないだろう?」

「ボクはここの美味しい珈琲に惚れ込んでいてね、2日に一回は飲まないと落ち着かないんですよ」


 それは本当の事である。

 ここの珈琲は美味しい。豆は何なのか店主の名前と同様に教えてくれないが、飲むと身体に不思議な力が満ちるような気がするのだ。

 それは世界が改変される前から変わらない、この店の珈琲に秘められた効果。

 黒髪の少年は、そんな紅蘭の言葉に微笑を浮かべると。


「やはり『七色の頂剣』は変な人が多いな」


 と、言った。

 それに対して紅蘭は苦笑する。


「当たり前でしょう。みんなソウルワールドに魅入られた廃人ですよ」

「そこはソウルワールドじゃなく、ソラ様に魅入られたが正しいのでは?」

「ふむ、それを言われると否定できない」

「ガルディアンさんは最近見かけませんが、昨日はアリスさんとケルスさんが熱くソラ様の事を語っていましたよ」

「あー、あの二人らしいなぁ」


 店にいる時に出会ったことはないのだが、この店は『七色の頂剣』のメンバーの内4人ほど通っているらしい。

 1人は常連である自分。

 もう1人は現在竜王の国に派遣されているガルディアン。

 残る二人は犬猿の仲で有名な『荒野の魔女』アリスと『万能の賢者』ケルス。

 それを聞いたボクは、好きな店だけど来るのを止めようかな、と思った程だった。

 何故ならばアリスとケルスはソウルワールドのプレイヤーならば、2人が一緒にいるのを見かけたらその場から全力で逃げろと初心者にも教えられる程に仲が悪いからだ。

 しかもそれは初心者用の掲示板にすら記載される程で、それだけ被害にあった人達が多い事を証明していた。

 自分が初めて出会った時の印象は、水と油。

 絶対に混ざることのない2人。

 出会ったら周囲を巻き込んで爆発する2つの化学物質。

 付いた二つ名は『天災』。

 そんな2人が一緒にいても唯一爆発することがなかったのは、白の少女の前だけだった。

 過去に二人とも彼女とパーティを組んだ事があるらしく、どういう関係なのかは教えてもらえなかったが、白の少女と出会うと決まって2人は「姫よ、ご機嫌麗しゅう」と傅くのだ。


 ほんと、彼女は凄い。


 昨日の演説する白の少女の姿を思い出して、紅蘭は胸が熱くなる。

 魔王との戦いでも演説して皆を鼓舞して、先頭に立ち勝利を齎した『白の戦乙女』。

 多くの人達は彼女を称えるが、光あるところには闇もある。

 戦いに参加しなかったプレイヤー達からは『白の非女プレイ』だの『女王気取り』だの『頂剣の底辺』だの様々な汚名を付けられている。

 だが彼女はそれを「注目されてるんだから仕方のないことだよ」と言って一切気にしない。

 ……好きだ。

 かつてソウルワールド内で告白して断られたが、その思いは未だに消えない。

 むしろ昨日の学生達に真剣に向き合う姿を見て、思いは更に強くなった。

 紅蘭はその胸を焦がす思いに心地良さを感じつつ、


「それであの2人の事だから、その後どっちがソラ様にふさわしいのかで争いを始めたんでしょう」


 そう言うと、黒髪の少年は正解ですと言わんばかりに苦笑した。


「よく分かりましたね」

「アイツらとは共に戦った仲ですからね、わかりますよ」

「決闘申請して魔法を使って戦おうとしてたから、仕方なく店の外に叩き出しました」

「貴方にそこまでさせるとは、かなりヒートアップしたみたいですね」


 それだけ2人が演説する少女の姿に興奮したという事か。

 珈琲を飲み終わると、紅蘭は呆れた顔をする。

 そんな紅蘭の様子を見ていた少年は、空になった珈琲の器を受け取り、全てを見透かすような金色の瞳を細くして言った。


「でも、君も中々に厄介なものを抱えていますね」

「厄介なもの?」

「昨日の夜に悪意の変異を感じました。そこから生まれたモノのえにしと、貴方の縁に強い結びつきが見えます」


 その言葉に、紅蘭は驚かされる。

 今朝日本のダンジョンの管理をしている父親から届いた、一つの面倒事の依頼。

 絶対に自分と一部の者しか知らないソレを、店主の少年が正確に言い当てた。

 驚きのあまり口を半開きにした紅蘭は、気を取り直すと少年に聞いてみた。


「一応尋ねますが、その話をどこで?」

「ぼくの目は“繋がり”を見る事ができます。人の手で作られた洞窟の奥に住まうアレと君の縁が強い結びつきをしているという事は、近いうちに相見えるという事かなと」

「流石ですね。ちなみに出会ったらどうなると思いますか」


 試すように問い掛ける紅蘭。

 少年は少し間を開けると、まるで星を見るように天を仰ぎ、


「貴方の今の繋がりを持った方々でアレと出会えば、間違いなく全員死にますね」


 と、言った。

 そして少年は右手を持ち上げ、人差し指を真っ直ぐ店の外に向けると。


「死にたくないのなら、今からこの店を出て少し歩いた先にある洋服店に行くと良い。そこには君を助ける者達との出会いがあります」


 それは常連である紅蘭に対する、少年からの助言だった。





◆  ◆  ◆





 真っ暗な闇を、鋭い剣閃が切り裂く。


「前衛、まともに受けるな流せ!」


 その叫びを聞き、一番前に立つ盾持ちの2人が剣閃を受け、身を斜めにしてそのまま上に流す。


「魔法隊、撃ち抜け!」


 大振りの一撃を放ち、脇腹を見せる巨大な怪物に後方にいた3人の魔法使いが待機させていた上位魔法を一斉に総射。

 雷を宿した複数の槍が怪物に突き刺さり、その身を焼く。


「グゥオオオオオオオオ!!」


 苦しむ巨大な人形の怪物。

 そこに畳み掛けるように、指揮を取る少年は杖を構えた。


「ブラインド!」


 杖から放たれた妨害系統の魔法が怪物の目に真っ黒な雲を召喚する。

 これで目は潰した。

 今が畳み掛けるチャンス。

 少年が「今だ、総攻撃!」と叫ぶと、前衛の2人が剣技を発動させて怪物の下半身を切り刻む。

 血は流れない。

 代わりに巨大な身体からは、真っ黒な煙が傷口から漏れ出す。


「中隊、前衛と交代して止めを刺せ!」


 前衛の部隊と入れ替わるように中隊が前に躍り出る。

 そして視界を奪われ、明後日の方角に攻撃をする怪物の上半身に向かって跳ぶと、下段から上に切り払う上位剣技『巨人殺し』を腰から背中にかけて叩き込んだ。

 だが、それでも倒れない。

 地面に着地した二人に指揮を取る少年は、後ろに下がるように言った。


「良し、みんな一旦下がれ。敵の出方を見るぞ」


 身体中から黒い煙を吹き出す怪物は、膝を着くが倒れない。

 猿のような容貌をした二本の角を生やした巨人は真っ直ぐに此方を睨み付け、手に持つ太刀を杖代わりにして身体を支える。

 少年は額の汗を拭う。

 かれこれ交戦を初めて2時間くらいか。

 上位魔法も剣技もかなりの回数を叩き込んだ筈だが、敵は未だに倒れそうにない。

 これがレベル70『大怨鬼』

 繰り出してくる技は大振りの物ばかりで対処は楽なのだが、耐久力がバカ高すぎる。

 そのおかげで長期戦となり、部隊の精神的疲労はかなり来ている。そろそろミスが出る頃合いだ。


「みんな、そろそろ撤退の準備を始めるぞ。ここまで追い込んだが、コイツ──まだ底が見えない」

「了解した」

「大抵こういう奴は残り10%くらいで大技を使ってくるからね、ここが潮時か」


 ゲームのソウルワールドと違ってここは現実世界。疲労している状態で戦ってミスをしたら誰かが確実に死ぬ。

 堅実な立ち回りが何よりも要求される。

 『白の騎士団』の先見部隊としてホムラに任されたこの任務、絶対に失敗してはならない。

 そう思った瞬間だった。

 怪物が離れた位置から、絶対に届かないにも関わらず大太刀を横に振り払った。

 一体なにを。

 バグったのか。少年は一瞬そう思った。

 その直後、前衛にいた2人が構えていた盾を真っ二つにされて地面に倒れた。


「…………は?」


 皆の呼吸が、止まった。

 地面に倒れた二人からは真っ赤な血が流れ出している。

 息はあるのか。それとも即死したのか。

 というか、今のはなんだ。

 まさか、斬撃を飛ばしてきたのか?

 体感にして2秒。

 恐怖に呼吸が止まり、身体が動かなくなった時間。

 それだけあれば、鬼の怪物が次の獲物を切るのは容易であった。

 また、刃を一閃。

 次は自分の胴が切り裂かれた。


「ぐ、ぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ソウルワールドの影響か、赤い線が走り真っ赤な血液のエフェクトが出るだけで臓物は出ない。

 しかし受けた傷の痛みは現実の物であり、ゲームでは体感したことのない激痛に少年は蹲り動けなくなる。

 指揮官が倒された。

 これ以上の戦闘は不可能。

 そう判断した副官である魔法部隊の少女は、指揮官の少年と倒れている二人に待機させていた回復魔法を掛けると、部隊の全員に告げた。


「総員直ちに撤退! 指揮は私が引き継ぐ、負傷者を抱えて速やかに離脱するわよ!」


 その合図に魔法部隊が結界を構築。

 怪物が放つ斬撃を辛うじて防ぐと、動けなくなった隊員を抱えて最深部の大広間から離脱する。

 それを見て、怪物が走る。

 地面を蹴り、物凄い速度で追い掛けてくる『大怨鬼』に部隊の誰もが恐怖した。

 あと少し。

 あと少しでここから出られる。

 ボスモンスターは最奥部からは絶対に出てこない。ソウルワールドの常識を信じるのならば、此処を出れば助かる。

 故に全員必死に走る。

 だが、敵の方が早すぎる。

 レベル60の足では、振り切れない。

 距離は凡そ10メートル。敵は真後ろ。


 ダメ、追いつかれる!?


 怪物が刃を振るう。

 走りながらも撃てるのか。

 副官の少女が絶望したその瞬間だった。


『上位結界魔法──《絶》』


 突如背後に現れた結界によって、怪物が弾き飛ばされた。

 何が起きたのか少女達には分からない。

 ただ一つだけ分かるのは、これで逃げられるという事だけ。

 背後を振り返る余裕のない『白の騎士団』の先見部隊は、そのまま大広間から抜け出すとダンジョンからの脱出を試みるのであった。

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