第14話「二重付与魔法」
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朝の騒ぎが落ち着くと、そこから先は意外に何事もなく時間が過ぎていった。
授業の合間の休憩時間も、蒼と龍二と自分のいつもの3人で集まって軽い雑談をしていたくらいで、朝と比べると特に目立った事は起きていない。
教室の外で蒼の事を伺う連中はいたが、それも教室の中に入ってこようとはしなかった。
みんな、蒼の事が気になるが何かが邪魔をしている。
例えるならば、そんな感じだ。
特に害があるわけではないので、3人で話した結果この件は静観する事になった。
裏で誰がなんの為にやっているのかは謎だが、少なくともこれを行っている人物には蒼を傷つける気はない。むしろ守ろうとしている。
それだけは断言できたからだ。
そう思いながらも優は、
あー、はやく4時間目終わらないかなぁ。
教師によって黒板に書き出された魔法理論を写しながら、足をぷらぷら揺らす。
ソウルワールドによって改変された学校は、1時間目から4時間目は座学。昼休みを挟んでから行われる5時間目と6時間目の授業は実技となっている。
その実技の内容は主に剣技と魔法による実戦を想定した訓練だ。
しかし現時点で蒼と龍二と優はレベル50を遥かに越えている。
ソウルワールドをプレイしていない普通の高校生達の平均レベルは1年生で大体25。2年生は30。3年生は35ほどだ。
そういった学生の基準を越えた『覚醒者』と呼ばれるソウルワールドのプレイヤー達は今年だけで日本国内に何百人も現れているらしく、自分達は一般に混じって訓練しても意味がないとの事で午後の授業が全て免除されているらしい。
そんな『覚醒者』達は並のモンスターでは相手にもならないので、役所にある冒険者ギルドに行き『特別許可証』を取得して外のダンジョン攻略に邁進しているとの事。
龍二もそれをしようと提案してきたが、蒼がそれを却下した。
何でも持っていた服が全て女の子物になっているので、街の外に出るのなら少しは男よりの服が欲しいとの事。
そんなこんなで、蒼から提案されて急遽午後は街に服を買いに行くことが決まった。
白髪の少女となった蒼と洋服店を回る。
あの純白の姫をどう着飾ってやろうか。
それを考えるだけでも、優のテンションは昨日の撮影会と同様に上がった。
可愛いものは素晴らしい。
特に今の蒼は、文字通り幻想から生まれた奇跡の産物である。現実という絶対に越えられない壁にぶつかる自分達は、彼には絶対に敵わない。
ああ、それともここは天国ですか?
そういえば蒼は、一部の人達から天使とか姫とか呼ばれていた気がする。
あながち間違いではないのかもしれない。
そんな事を考えていると、目の前に座っている白髪の少女が邪念を感じたのかビクッとなる。
優はくすりと笑った。
まったく、この男はなんでこうも一々可愛らしい反応をするのだろうか。
ソウルワールドをあの姿でずっとプレイしていたせいなのか、今の蒼を見ていると、元は男だと時折忘れてしまう程に自然に女の子の立ち振る舞いをしている事に驚かされる。
朝の事だってそうだ。
確かに蒼はすごく可愛いが、それだけで学生達はあそこまで見惚れたりはしない。
佇まい、纏う空気、打算とか何もない真っ直ぐに心の底から浮かべる笑顔。
正直言って、眩しかった。
触れたら壊れてしまうのではないかと、そう思わせるような美しい者がそこにいたのだ。
昨日ベタベタ触れていなかったら、とてもじゃないが平常心ではいられなくなり、自分も校舎に逃げていたかもしれない(龍二は完全にやられてしまっていたが)。
そんな事を考えていると、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
教師が授業の終わりを告げると、優は素早く教科書などの荷物を纏めた。
さて、何事もなければ良いけどね。
◆ ◆ ◆
街の中央にある噴水エリア。
世界七剣の象徴として、その噴水は7つあり中央にはそれぞれ剣が突き立てられている。
しかも剣には特殊な石を使っているらしく、夜にはライトアップして七色に輝く演出がされるらしい。
だが今日は平日だ。休日には家族連れがよく来る場所らしいけど、今は一人も見当たらない。
そんな場所で一人の少年と二人の少女は、近場のキッチンカーで購入したアイスクリームを片手に、木陰になっている備え付けのベンチに腰を下ろして休憩をとっていた。
「いやぁ、意外にも早く貰えたね」
七色に輝くカードを片手に、蒼はチョコレート味のアイスを舐めながら呟く。
それは結界の外に出ることを特別に許可された、学生用の冒険者カードである。
学校を出て真っ先に役所に向かい冒険者用のスペースに案内された三人は、申請書に記入をして水晶みたいな物に触れてレベルの検査を済ませると10分もしない内にカードをその場で手渡された。
そもそも担当の人いわく『覚醒者』自体の数がそこまでいない上に、更新も年に一回だけなのでこの時間帯は暇らしい。
そのために担当の人はやることがない時は、他の部署の応援に行っているとの事。
確かに思い返すと、あの場には自分達しかいなかったような気がする。
蒼はそんな事を思いながらアイスを食べ進めると、
それにしても、暑い……。
携帯電話に表示されている周囲の気温は40度越え。
木陰にいるというのに、9月の昼間に上る日の光に照らされたコンクリートから立ち上る熱気は凶悪。
蒼は食べる速度を上げると、アイスが溶ける前に急いで完食する。
汗でべったりと張り付く制服。
ジリジリと焼ける地面。
心の底から、うんざりする。
そしてそれは他の二人も同じで、優と龍二も全身から汗を流して脱力していた。
こんな時に魔法でも使えたら……ん?
そこで、ふと僕は思い出す。
今日の朝、教室の扉に付与魔法を使って成功させていた変わった二人組の事を。
アレができるのなら、行けるのではないか。
ふと思い付いて、蒼は一人ベンチから立ち上がる。
そして右手を天に翳すと、ソウルワールド内と同じように頭の中にある複数の術式から二つを選んだ。
「初級付与魔法、二重発動」
難しい上級の術式は今は要らない。
故に求める効果の中で最もシンプルな初級の付与魔法から、目当ての『氷の術式』と『風の術式』を選ぶ。
すると身体の中から目に見えない熱い力『魔力』が溢れ出し、それを燃料にして何もない空間に2種類の異なる魔術式が展開する。
次は付与する物の選択。
僕は頭の中に浮かんだ周囲で付与できる物の中から、自分の着ている服についている新芽の学年章バッジを選ぶ。
すると展開して、ただその場に漂っていた二つの魔術式は指向性を持ち、僕のバッジに溶け込んでいく。
異なる魔術式が喧嘩しないように、ゲーム内で何度も経験し慣れた操作で術式を絡まらせ、一つに収まるように誘導。
要となるイメージは、螺旋。
バッジを隙間なく埋める螺旋を、針に糸を通すように集中して描く。
宙に浮かぶ魔術式が無くなるまで、一切油断せずにそれを行うと、蒼は額の汗も拭わずにバッジを手に取り確認した。
術式に破綻は無し。定着率問題なし。
最後に魔力供給をする対象を自分に設定して、僕は言った。
「完了」
そして早速だけど付与魔法を施したバッジに、一番出力が小さくなるように極小の魔力を込めて発動してみる。
効果は、すぐに出た。
今まで感じていた周囲の熱気が消失。自分を中心にして程よく涼しい風が周囲を満たしていく。
それは『冷風結界』と呼ばれるもの。
中級付与魔法の一つであり、ソウルワールドでは主に熱い地域を長時間行動する為に不可欠な『レアアイテム』に付与されているものだ。
額の汗を拭い、蒼は二人に言った。
「す、すごい。できたよ」
「マジかおまえ」
「え? 今の付与魔法?」
「うん、今朝みた扉の付与魔法を思い出してさ。これなら即興でいけそうだなって」
一部始終を見守っていた汗だくの二人は、自分達の周りにあった熱気が程よい冷風に変わった事に呆然とする。
ソウルワールドでは日常的に利用していた付与魔法。
現実世界でそれを成功させた蒼は、感動のあまり優に抱きついた。
「やったー! しかもバッジに二属性を複合させて付与したんだ!」
「あわわわわわ!?」
子供のように「見てみてー!」とバッジを片手に白髪の少女が抱きしめてくる。
しかも汗まみれで、張り付いた制服からうっすら肌が見えているのに。
完全に油断していた優は、突然の抱擁に嬉しいやら恥ずかしいやらで目を回した。
その微笑ましくも艶めかしい光景に、隣にいた龍二は顔を真っ赤にして溢れそうになる鼻血を我慢する。
だがそれを影から見ている者達は、堂々と二人の美少女のやりとりを間近で見ている龍二に対して、
「「「チッ!!!」」」
と盛大に舌打ちをした。
複数の気配から全く同時に殺意を向けられた龍二は、慌てて二人から目を逸らした。
恐らくそのまま見ていたら、狙撃や遠距離魔法の類が飛んできただろう。
そんな危ない架け橋を龍二が渡っている事を露知らず、優に抱きつく蒼に龍二は言った。
「あ、蒼のおかげで暑さがなくなったからさ、早く服を買いに行こうぜ。俺はともかく、二人とも汗で大変な事になってるぞ」
その言葉にハッと冷静に戻った蒼は、抱きしめていた優からそっと離れる。
そして今の自分達の姿を見下ろして、少しばかり驚いた。
「うわー、本当だね」
サイズがピッタリだからか、二人分の汗で更に服が肌に張り付いている。
下は心の安定の為に黒のタイツを履いているから大丈夫だが、上は優に抱きついた事も合わさって白の制服が完全に透けていて大惨事だった。
すると僕の姿を見た優が顔を真っ赤にして、まるで周囲から隠すように鞄を自分の胸に当てて前に立った。
「近場の洋服店にすぐ行きましょう。今の蒼は周辺の男どもに見せるにはちょっとヤバすぎるわ」
「そ、そうかな?」
「そうなのよ。龍二は後ろに立ちなさい。間違っても蒼を凝視しないこと。良い? これが守れないならその両目を潰すわよ」
「お、おう。わかった」
何やら今まで見たことがない形相の優に二人が頷くと、彼女は先導して真っ直ぐに洋服店に向かうのであった。
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