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第12話「白の騎士団」

いつも読んで下さる方々に感謝です

 都市の結界の外には、廃墟となった工場がいくつも使用されていたそのままの姿で放置されている。

 その理由の大半はモンスター達の巣になっているからであり、しかもその総数はレベル40以上が数十匹という極めて大規模なもの。

 それ故に廃墟を取り壊す事は極めて難しく、国としてはお手上げという状況らしい。 

 しかし、その数ある中でも一番大きな工場跡地に、真っ黒なロングコートと仮面を被った異様な出で立ちをした集団が集まっていた。


「ホムラ殿、内部のモンスターの掃討完了致しました」

「結界の構築も完了しました。これで周辺の雑魚共は寄ってこれないでしょう」

「ふむ、ご苦労でしたミカヅキ、ゲッコウ」


 ミカヅキとゲッコウと呼ばれた二人の男は一礼すると、それぞれの持ち場に戻る。

 真紅の仮面を被るホムラこと四葉紅蘭は、集まった一同を見渡した。

 ここにいるメンバーは、紅蘭が呼びかけて集めた『白の騎士団』の幹部達だ。

 レベルは全員60〜65であり、恐らくはこの日本でも屈指の実力集団である。

 そんな彼らを出迎えてくれた廃墟の先住者達は、僅か5分で殲滅された。

 まぁ、レベル40程度の蜥蜴トカゲがこの面子を相手に5分も頑張ったのは、むしろ讃えてあげるべきか。

 そんな事を考えながら、紅蘭は一段高い場所からメンバー達を見渡す。

 彼らが集まった理由は唯一、仕えるべき姫が実在したからである。

 紅蘭は右手を上げると、


「本日は団長は多忙の為に不在です。その代わりに私『紅蓮の双剣士』が司会を務めさせてもらいます」


 声高らかに言った。


「既に各々映像は見ただろうか──我々の姫君は実在した!」


 その言葉に、他の数十人が「おおおおおおお!」と嬉しそうな声を上げる。


「まさか本当に姫様が実在するなんて……」


「教室のテレビで見てたけど感動したなぁ」


「俺も俺も! あの演説は感動して涙が止まらなかったわ!」


「純白の美しき姫、ゲームの中でも可愛かったがリアルはもっとヤバかったな」


「小さくて可愛くて白髪とか俺の趣味ドストレートで最高すぎる!」


「あんな彼女が欲しいなぁ」


「バカ、みんな欲しいに決まってるだろ!」


「それにしてもホムラさん、直で見てたんですよね? 良いなぁ羨ましいなぁ」


「自分も直で見ましたが、神々しくて近寄れませんでした!」


「愚か者、姫に近づくなんて恐れ多いわ!」


「告白シテタ奴ラ、ウラヤマケシカラン……」


「ソウダナ、姫ニ気安ク話シカケルトハ余程命ガ要ラナイトミタ」


「そこの二人やめておきなさい、学生達に何かしたら姫に嫌われますよ」


 嫉妬の炎に燃え上がる一部の団員に、紅蘭は呆れた声で釘を刺す。

 姫に嫌われる。

 それだけで、呪詛を吐いていた奴らは黙った。

 ……ほんと、ここの連中は実際に一人だけで学生達を皆殺しにできるだけの実力レベルがあるからヤバいよねぇ。

 PVP規制のルールのおかげでそんな事はできないのだが、もしもなかったらと考えるとゾッとする話だ。

 そんな事を考えていると、団員の幹部の一人『鉄腕』アテムが紅蘭に言った。


「それで、紅蓮の副団長殿よ。今日は姫の話をする為だけに我々を集めたわけではあるまい?」

「ああ、もちろんですアテム殿」


 頷き、紅蘭はコートの中からソウルワールドをプレイするためのゲーム機、VRヘッドギアを取り出して皆に見せた。


「皆も知っているが世界は改変された。今や空想は現実となり、この世界はボク達の知らない未知で溢れている」


 その言葉に、全員頷く。

 朝目を覚ました後、紅蘭含めグループチャット内はソウルワールドの現実化に大混乱を極めていた。

 普通の家庭育ちだったはずの紅蘭は世界七剣の御曹司として急に見ず知らずの本家に帰らないといけなくなったり、他の団員達も高いレベルのせいで勤務中にワイバーンの駆除の依頼をされたり、要人の警護を依頼されたり、結界の外にあるダンジョンの調査を依頼されたりしたそうな。

 その中でも極めて現在進行形で大変なのが団長こと『鉄壁の要塞』ガルディアンだ。

 社会人であった彼は世界七剣の代表の一人として、今は国外の竜王の国に訪問している。

 その為に作法、文化、歴史などを急遽勉強しないといけなくなり、時折チャットに現れては『タスケテクレ』という悲痛な言葉を呟いていた。


「未知といえば団長が今行ってる竜王の国、ゲームの中には実装されていなかったな」


「今頃は未知のドラゴン娘達とキャッキャうふふしてるのかね」


「おまえあのチャット見てそんなことしてる暇あると思う?」


「ふ……未知か。俺はできるなら姫の未知に触れてみたい」


「バカおまえ真面目な話をしてるんだから黙ってろ」


「副団長殿が珍しく真面目な話題を提供してるんだ。流石に空気を読んでさしあげろ」


「いつもは姫に対するポエムを団チャットに垂れ流してるだけだからねぇ」


 ごほん、と咳払いを一つ。

 それだけで話題がずれている奴らは全員黙る。

 おまえら──後で半殺し確定だ。

 そういう殺意を抱きつつ紅蘭は気を取り直すと、改めて全員に言った。


「とりあえず皆にやってもらいたい事は二つある。その一つは情報収集だ。ボク達はこの世界について知らない事が多すぎる。レベル60を越えているからって油断していると、思わぬ事で死ぬかも知れない」


「ゲームと現実は違うって奴ですな」


「正直なところ全員何度か実戦の経験を積んだほうが良いっすね。昼間ワイバーンと戦いましたが、剣技とか魔法とか生身だとかなり勝手が違うっすよ」


「レベル40程度の蜥蜴では肩慣らしにもならなかったなぁ」


「ダンジョンはそこそこ慣らしには良いかもしれないな。素材とかも集められるし、お金にもなるしオススメだぞ」


「そういえば冒険者ギルドなんて物ができていたな。資格取るついでに情報集められそう」


「姫様の情報収集なら拙者に任せろ」


「いや、それは俺に任せろ。お前には荷が重過ぎる」


「おまえら絶対抜けがけするつもりだろ!」


 再び五月蝿くなる一部のメンバー達。

 紅蘭は笑顔になると、真面目に談議している中でも特に騒がしいバカ共に歩み寄り。


「姫に迷惑をかけるのだけは や め ろ ッ!」


 瞬速の拳が、戦闘行為ギリギリの威力で3人の頬を打ち抜く。

 殴られた3人はわざとらしく宙を舞い、錐揉みしながら地面に落下した。


「ぐふ、すみませんでした」

「痛い、けど気持ちいい」

「うーん、可愛いイケメンに殴られるのも良いですなぁ」


 びくんびくんとわざとらしく痙攣してみせる3人。

 もはやツッコミを入れる気も起きない。

 紅蘭は仲良し3人組を無視して他のメンバーに視線を向けると、疲れた口調で言った。


「全員にこれだけは言っておく、ボク達は非公式のファンクラブみたいなものです。姫をもしも見かけたとしても」


「「「イエス姫! ノータッチ!!」」」


「それでは明日もボクは色々と忙しいので本日の集会もここまで、飲み食いしてる奴らはちゃんと片付けを忘れないように! そのままにした奴らは除隊処分になるからな」


「「「了解!!」」」


 会議が終わると、メンバー達は箒やゴミ袋を片手に辺りの掃除を始める。

 やれやれ、と紅蘭は夜空に浮かぶ月を見上げると。

 世界が変わっても、月は変わらないなと思った。





◆  ◆  ◆





 写真撮影が終わった後の事だ。

 風呂と夕食を済ませると、蒼はアイラ作のウサギのデザインのワンピースを身に纏い、水無月優の部屋にちょこんと座っていた。

 これは、いわゆる女子会?というものらしい。

 確かに見た目だけなら女子会だが、僕の中身は男だ。

 果たしてこれを女子会と言って良いのだろうか、只々疑問しかない。

 麦茶の入った透明なグラスにストローをさして飲みながら、僕は優を見る。

 つい先程、風呂から上がったばかりなので身体からは僅かに湯気がのぼっている。

 シャンプー等は来客用と自分用とで分けているらしく、自分は石鹸の香りが、優からはほのかに花の良い匂いがする。

 普通の男ならば、この空間にいるだけでドキドキするだろう。

 優だって凄く可愛い部類の少女なのだ。

 長い金髪を今は結い上げて、肌が透けているネグリジェを身につけている。

 龍二が見たら鼻血出すだろうなぁ。

 そんな事を考えていると、優もグラスの麦茶を一口飲み、此方を見て言った。


「蒼、少しは落ち着いた?」

「うん、ありがとう」

「疲れてたのにごめんね。私、蒼の可愛さに夢中になってちょっとはしゃぎ過ぎちゃった……」

「ううん、少しは気分転換になったし、それに優にあんな趣味があったのは意外だったね」


 悪戯っぽい笑みを浮かべると、恥ずかしいのか優が少しだけ頬を赤く染めた。


「もう、蒼のいじわる」

「でも本当に意外だったよ。将来はデザイナーかコスプレイヤーにでもなるの?」


 聞いてみると、優は首を横に振った。


「ううん、これはあくまで私の趣味。好きなことを仕事にするって、大変なのよ」


 それに、と彼女は続けると。


「世界が変わって、私も蒼もこの先どうなるかわからないじゃない」

「そうだね、僕は今のまま行くと間違いなく『世界七剣』の壱之家長女として家督を引き継ぐことになるんじゃないかな?」


 しかもテレビでは国を導く『天使』の奇跡というタイトルで取り上げられていた。

 ここからどう転がっても、普通の人生なんて歩めそうにない。

 街中を歩くのも一苦労しそうな気がする。

 そんな事を考えていると、優は笑った。


「そっか、なら私は泣き虫の蒼を側で支える秘書にでもなろうかな」

「泣き虫は余計なのでは?」

「だって朝からずっと泣いてるじゃない。さっきだって酷い顔してたの知ってるんだから」

「マジか。上手くごまかせると思ったんだけどなぁ」


 麦茶を飲みきった蒼は、側に置いてあるポットを手に取ると傾けて自分のグラスに追加する。

 ついでに飲みきった優が差し出すグラスにも何も言わず入れてあげると、蒼は天井を見上げた。


「まったく、優には隠し事できないね」

「当たり前じゃない。一体何年アンタの幼馴染していると思っているの」

「……幼稚園の時からだから、大体10年以上かな?」

「そっか、もうそんなに経つのね」


 僕は頷く。

 そう、彼女とはもう十年以上の付き合いになるのだ。

 親同士が仲良くなり、そこから僕と優の交友は始まり、ずっと双子の兄妹きょうだいの様に過ごしてきた。

 そこには恋愛感情は存在しない。

 僕は優の事を妹のように思っているし、優は僕の事を弟のように思っている。

 それはずっと変わらないものだと思っていた。

 だから、こんな形で僕達の長きに渡る戦いに決着がつくのは予想外だった。


「ふ、まさか──蒼が私の“妹”になる日が来るなんてね」

「わ、わわワンチャン僕が姉は……」

「ないわね。私の方が身長は高いし胸もある。男の時は流石に優劣付けられなかったけど、同性になれば話は別よ!」


 ビシッと指差す優。

 それに僕は『ぐぎぎぎぎぎ、何も反論できないッ』と額にびっしり汗を浮かべる。

 幼馴染である僕と優は、これまでに何度も何方が上なのか争ってきた。

 それはずっと決着がつかないものなのだと思っていた。

 同じ誕生日で決着はつけられなかった。

 異なる性別では決着はつけられなかった。

 しかし同じ性別になってしまった今。

 圧倒的優位は彼女にある。

 自分が勝てる隙はない。


「さぁ、私を姉と呼びなさい蒼」


 ベッドから身体を起こし、じりじりと歩み寄る優。

 その圧倒的な威圧感に、尻もちをついた僕は後退して扉前まで追い詰められる。


「約束したわよね。敗北したと思ったら私をお姉ちゃんって呼ぶって」

「お、おおおおお……ちゃん」

「ちょっと、ちゃんと聞こえないんだけど?」


 わざとらしく耳に手を添える優。

 実に小悪魔らしい仕草で、憎たらしい。

 蒼は屈辱感に顔を真っ赤に染める。

 そして耳を近寄せる優を見上げる形で、心底恥ずかしそうに震える唇を開くと。


「お姉、ちゃん……」


 真夜中だというのに優の勝利と歓喜が入り混じった叫び声が、街中に響き渡った。

 その後、僕と優はアイラさんに「真夜中に叫ばない!」と怒られるのであった。

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