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第11話「罪悪感と折れない心」

読んでくださる方々に感謝です

 高層マンションの十三階。

 夕食を外で済ませた土宮龍二は自宅前で執事と分かれると、鍵を締めて靴を雑に脱ぎ捨て、先ずはリビングに行きソファーに腰を下ろした。

 朝食は全く手を付けずそのまま出ていったのだが、途中ダイニングテーブルの上は綺麗に片付いてなにもなかった。

 執事以外にも手伝う人がいるのだろうか。   

 はぁ、と龍二は溜め息を吐くと。


「罪悪感ハンパねーわ……」


 天井を仰ぎ、呟く。

 なんでこんな事を口にしたのか。

 それは今日、ほんの少しだけ助かったと思ったからだ。

 正直に言って、優に昨日告白して断られて、どんな顔をして会えばいいのか分からなかった。

 そんな時に起きたソウルワールドの現実化と蒼の性転換。

 優は蒼を心配して此方に気を回す余裕がない様子だった。

 そのおかげで、自分も大して告白の件について意識しなくて済んだ。

 しかし、それは友人の不幸を利用した行為だ。

 蒼は心の広いヤツだ、きっと懺悔したところで苦笑いして許してくれるのだろう。

 でも紅蘭に自分は何て言った?


 『世界が変わって苦しんでいる親友がいるんだ。まだ俺は、おまえほどこの世界を楽しむ気はねぇよ』


 その親友の苦しみをちゃんと自分は言うほど理解していただろうか。

 答えは、否だ。 

 理解できていたら、矢面に立たせようなんてするだろうか。

 傷口を広げるような真似をさせるだろうか。

 しかもあの後、蒼に接触してきたのは全てアイツに告白する学生ばかりだった。

 蒼を知っている同級生達も、誰一人として今の蒼が女の子である事に疑いを持っていなかった。

 つまりは自分の浅はかな考えは失敗に終わったわけだ。

 親友を矢面に立たせたくせに成果は0。

 唯一この世界の改変に気づいていた紅蘭も、あの演説の後姿を消して何処かに行ってしまった。

 せめて電話番号くらい交換しておけよ、と思うがあの険悪な雰囲気の中で聞けるわけがない。私情を優先して仲間を逃したのだ、役立たずだと罵られても何も言い返せない。

 せめて、何か情報を得ないとな。

 呟き、龍二は時計を見る。

 時間は既に19時を回ろうとしている。

 シャワーを浴びたい欲求がわいてきたが、それを後回しにして自室に向かう事にした。

 目的はVRヘルメットギア。

 この世界を変えたと思われる元凶だ。

 朝は色々あって調べる事ができなかったが、もしも原因がアレにあるのならば、そこからこの世界の事や蒼の性転換について手がかりが見つかるかも知れない。

 そう思い龍二は自室の扉を開けて入ると、即座にゲーミングチェアに腰掛けて専用の充電アダプターからVRヘルメットギアを外して装着した。

 電源オン。

 マルチディスプレイ正常に動作。

 時刻は現在18時58分。

 オンライン接続、正常に完了。

 ソフト起動。

 VRMMORPG『ソウルワールド』

 アカウントのサインインを確認。

 ログインを開始します。

 ──よし、行ける。

 龍二が意識をソウルワールドのキャラ操作用に切り替えようとした、正にその瞬間だった。

 ログイン画面まで進んでいた映像が急に真っ暗になる。

 そして一つのメッセージを表示した。


「は? なんだこれ……!?」


 そこに表示されていたのは、


『お客様のデータは無事にアップロード完了しております。新しい世界を存分にお楽しみ下さい』


 ゾクッと、寒気がした。

 アップロードが完了している。

 頭の良い龍二は、これだけで察した。

 つまりこれが意味することは、ソウルワールド内の自分のデータが“現実世界の自分に上書きされている”事になる。

 蒼の身体はソレが原因なのか。

 一瞬そう思うが、龍二はそれを即座に否定する。

 そしたら巨乳キャラでプレイしていた優の身体にも、何らかの変化があった筈。失礼だが、現実の彼女の身体は変わらず貧乳だった。

 つまりは、何がアップロードされたのかが重要となる。

 それはアバターではない。

 ならば、データ。

 プレイヤーキャラクターのレベルとかステータスになる。

 でもそれをどうやって現実世界の人間にアップロードしたのだろうか。

 ヘルメットギアの電源を落として、頭から外す龍二。

 すると目の前にある、ゲーム用の大きなディスプレイ画面に映る自分と目が合った。


 ……性転換、か。


 細くキリッとした顔立ち。

 左右で色の違う瞳。

 毎日手入れしている眉毛。

 髪を短く切り揃えているせいか、近所の方々からはスポーツをしている印象を持たれている自分。

 壱之蒼と違い、昨日と変わらない自分の姿がそこにはある。

 もしも姿が変わってしまったら、俺は蒼みたいに冷静に振る舞えるだろうか?

 想像すらできない。

 だが、もしも自分が世界から否定されてしまったら、冷静ではいられないだろう。

 だからアイツにとって、男だと知っている俺と優の存在がどれだけ支えになっているのか。

 そう思いながらも龍二は、意を決すると精密用のドライバーセットを取り出した。

 ドライバーはヘルメットギアに合った物を選択。

 次に止めてあるネジを順次外し始める。

 2か月前に某動画サイトで、ヘルメットギアを分解した物を投稿したものがあった。

 今は削除されて動画は残っていないが、その時は中身は普通の精密機器の固まりで、中央に宝石のような物が埋まっていたのを思い出す。

 改変が起きた今はどうなっているのか。

 ネジを外し終えた龍二は、緊張した面持ちで次にヘルメットギアの外装を取り外す。

 するとそこには、動画と同じく精密機器が収まっている。

 だが、一つだけ違う。

 動画の内容を覚えている龍二は、その中で1箇所だけ欠如している事に気がつく。

 それは『宝石』のような物が収まっている筈の場所だった。





◆  ◆  ◆





 慣れとは怖いものだ。

 三度目の着替えともなると、服ぐらいは自分で脱げるようになった。

 流石にコスプレ衣装は勝手がわからないので着るのだけは優に手伝ってもらったが、まぁ我ながら似合い過ぎではないか?と思う。

 水色のワンピースに白のエプロン。下には白のタイツを履き、頭にはカチューシャを付けている。

 人は着る服によって印象が変わるというが、これを身に纏う自分は紛れもなく幼女なのではなかろうか。

 身長も150あるかギリギリだし、身体も男の時と比較するとびっくりするくらい細い。

 これでランドセルなんて背負ったら、普通に小学生として通せそうな気がする。


 うーん、それは流石に不味いかな。


 ランドセルなんて背負ったら拉致されそうな予感がする。

 冗談抜きで。

 自分の姿にそんな感想を抱いた蒼は、首をブンブン横に振って虚ろになりそうな気持ちを追い払い脱衣所から出た。

 そこで僕を待っていたのは文字通り撮影会だった。

 まさか三月うさぎのお茶会のセットが出てくるとは思わなかった。流石にマッドハッターと三月うさぎは付属していなかったが、ティーセット等は本格的な物だった。

 その舞台の上で僕の役目は、優からポージングの支持を受けて、その通りにやる。ただそれだけのお仕事。

 椅子に座り、一枚。

 お茶を手にする姿で、一枚。

 頬杖のポージングで、一枚。

 同じ向きだけではなく様々な角度でも一通り撮り終わると、今度はセット無しでの撮影が行われた。

 完全にカメラマンと化しておられる優は、時折「良いよー、蒼ちゃん最高だよー」と少しだけ寒気を感じさせる言葉を口に出しながらもシャッターを切る。

 そうやって一つの衣装に30分から1時間近く時間を掛けて取り終わると、違う衣装を片手に再び脱衣所に入る。

 すると優は蒼が着替えて出てくる度に、小道具を合わせて変えてきた。

 白雪姫では棺。シンデレラでは掃除道具等。

 それを5回ほど繰り返した頃だろうか。

 一番平常心で着ることができた『赤ずきん』の衣装の撮影が終わり、脱衣所に戻ろうとすると、偶然にも買い物から帰ってきた優の母親とバッタリ出会ってしまった。

 身長170センチ程で、モデルみたいなスタイルの近所では有名なイギリス生まれの美女。

 初めて出会ったときと同じく、スイカみたいな胸のサイズを下から見て圧倒された僕は、顔を真っ赤にして頭を下げた。


「こ、こんばんはアイラさん。お邪魔してます」

「こんばんは蒼様。そのお召し物は、ひょっとして優の撮影に付き合ってくれたの?」

「あ、はい。そうですよ……」


 前は“蒼君”と呼んでくれていた知り合いの変化に、チクリと胸に突き刺すような痛みを感じた。

 彼女は何も悪くない。

 全ては世界を改変したソウルワールドのせいなのであって、水無月アイラに非は一切ない。

 理解もしているし納得もしている。

 でも、それでも。

 悲しいなぁ、と蒼は心の底から思った。

 同級生達もそうだったのだ。

 教室に入ってから出会う誰も彼もが敬語で挨拶をするばかりで、僕の事を「君は女の子じゃなかったよね?」と聞いてくる者は一人もいなかった。

 皆の中にあるのは、世界的名家のご令嬢の壱之蒼。

 龍二と優の二人以外、誰も僕のことをごく普通の男子高校生、壱之蒼だと認識してくれない。

 悲しいし、苦しい。

 知り合いの変化が、こんなにも辛いものだとは思いもしなかった。

 きっと、思い出すことはないのだろう。

 思い出もなにもかも、この幻想だったはずの身体──白髪の少女に塗り替えられたのだから。

 でも、それでも僕は。

 大切な知り合いだからこそ、蒼は勇気を振り絞って言ってみた。


「アイラさん、実は僕は男の子なんですよ」


 と、


「え? 蒼様、急にどうされました?」


 それに対して、ぽかーんと口を半開きに驚くアイラさん。

 ああ、やっぱり駄目なんだな。

 例え真実を告白しても、それは自分と龍二と優の中にしかない。他者にそれを共有することはできないのだ。

 そう思うと涙が込み上げてきた。

 大切だった人に自分が自分だと認識されなくて、でもどうにもできなくて。

 辛くて悲しくて悔しくて泣きたくなってくる。

 ……ダメだな。

 この身体になってからというもの、涙もろくなっている気がする。

 気を緩めるとポロポロ溢れそうな涙を拳をギュッと握りしめ堪えると、蒼はアイラに背を向けた。


「すみません冗談です。変なこと言ってごめんなさい」

「蒼様、どうかされましたか?」

「いえ、何もありませんよ」

「とても辛そうな御顔をされてましたわ」

「大丈夫です、今日の演説で少しだけ疲れただけですから」


 そう言って涙を飲み込むと、振り返り頑張って笑顔を浮かべた。


「ご心配おかけしました。優が待っているので着替えて来ますね」

「蒼様……」


 僕は逃げるように脱衣所に入ると、鏡に映る自分を見た。

 全く、酷い顔をしているな……。

 泣いているのか笑っているのか分からない顔をしている。これではレイナはさぞかし心配したことだろう。

 でも、わかっていた事なのだ。

 今日の朝に家族写真すら改変された自分が、他の人に元は男だと覚えてもらえていない事は、初めから分かりきっていたのだ。

 その中でも龍二と優が覚えていてくれていた事は、奇跡だと言っても良い。

 誰も僕を男だと覚えていないという、最悪の展開は避けられたのだ。

 これ以上を望むのは、ただ闇雲に己を傷つけるだけである。


「まだ始まったばかりなんだ、こんなところで挫けてる暇はない。そうだろ、壱之蒼?」


 自分に言い聞かせるように呟くと、蒼は涙を拭い顔を上げるのであった。

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