第10話「生まれる脅威」
読んでくださる方々に感謝です
今の日本に小さな村や街などは存在しない。
その全てが自然発生するモンスター達によって蹂躙され、追い立てられた人々が大きな街に集まることは必然の成り行きだった。
しかしいくら人が集まろうが、無限に湧いてくるモンスターを相手にするのには必ず限界がやってくる。
そのために世界トップクラスの錬金術師と魔法使いが協力して作成したのは2つのアイテムだった。
一つはモンスター達の接近を知らせる『モンスターセンサー』。
これはモンスターの魔力を感知したら即座に対応部署の警報が鳴り、正確な場所をモニターに表示するようになっている安価で量産しやすい代物。
そしてもう一つは、モンスター達が接近すると自動で上級魔法を発動させる『魔導砲』と呼ばれる物。
『魔導砲』は龍脈の無限に等しい魔力を利用しているため、刻まれた魔術式から発動する攻撃魔法はどれもレベル50程度のモンスターなら数発で倒す事ができる一級品だ。
こちらは生産に貴重なマテリアル鉱石を必要とするため、生産コストが非常に高いのが難点であり、万が一破壊された場合は修理に一週間は要する。
だが魔導砲が作られた事でモンスター達が街に近づくことが少なくなり、年間の被害者数で350万人超えていたのが半分近くまで抑えられるようになった。
それでも内側に発生するモンスター達は、対応が後手になっているのが現状だが。
一応感知機は街中にも設置されている。
しかしどうしても発見から出動するまでのタイムラグがある為に、警報が鳴って隊員が駆けつけた頃には、住人が殺されていたケースは数え切れない程ニュースで取り上げられた。
故に学校では最低限の自衛の手段を教えるようになったし、モンスター達の種類、危険度なども学ぶようになった。
だが実戦しなければレベルを上げることはできない。
その為に国が考えたのは、難易度をコントロールできるダンジョンを街中に生成することで安全にレベルを上げる事だった。
今のところ解明されているモンスターを生み出す要素は2つだけ。
1つ目は“モンスターの巣”と呼ばれる穴が、龍脈から魔力の供給を行った時。
一定数のモンスターを生み出したらクールタイムが発生するらしいのだが、これが街の外で起きているモンスター無限発生の元凶だ。
大元がわかっているのならソレをどうにかしたら良いのではないか。
誰もが一度は考えるが、モンスターの巣はレベル70以上の桁違いに強い化け物が守っているケースが多く、今の世界の軍の力だと全滅しても巣に到達することはできないとされている。
つまりモンスターの巣を作った場合、メチャクチャ強いモンスターもセットで付いてくる可能性があるのだ。
あまりにもリスクが高すぎるので、モンスターの巣を研究して利用するのは当然却下された。
そこでダンジョン生成に注目されたのが、第二の方法。
それは世界中に蔓延している負の感情を魔法の力で指向性を与えて、ダンジョンの中に閉じ込めるという手法だ。
負の感情は形のない漠然としたものである。
しかしそれも意図的に集める事で存在の強度を高めれば、後は魔力を得る事で異形の怪物と成る。
つまりは結界内で負の感情が集まりやすい心霊スポット等で、自然発生するモンスター達は大体この現象が原因だ。
「よし、負の濃度を30%で固定。次に龍脈の魔力を流し込め」
国から派遣されている管理者の男性が計量器と睨み合いながら、魔法使いの女性に支持を出す。
女性は頷いて魔法を発動。龍脈に干渉して、その流れから一部管を通すイメージで空っぽのダンジョンに魔力供給を始める。
後は規定値まで供給したら仕事は終わり。
いつも通りにやれば問題はない。
二人がそう思った瞬間。
マニュアルにはない現象が起きた。
モニターの中で負の感情が洞窟内に広がるのではなく、半分くらいが一箇所に集まりだす。
そして供給される龍脈の力を独占するように貪りだした。
不味い、そう判断した魔法使いは即座に龍脈とダンジョンを切り離す。
だが時は既に手遅れ。ダンジョンに供給された魔力の大半を食らったその闇は、次第に姿を形成させる。
『グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
雄叫びを上げるソレは、ダンジョンの外の安全圏にいる二人を震え上がらせる。
計測器に表記されるモンスターのリスト。
そこにはレベル1のスライムやレベル5のゴブリンがいる中、最深部にいる一体だけ桁違いの化け物が混じっていた。
レベル70『大怨鬼』
二人はこんなのどうやって倒すんだよ、と深い絶望の言葉を零した。
◆ ◆ ◆
時刻は16時頃。
龍二の執事の車で水無月家前まで送ってもらった蒼と優は「また明日」と言って彼と分かれると、誰かに見つかる前に家の中に避難することにした。
目視で周囲の確認、良し。
先ずは鍵を空けて扉を開く。
見つかるとヤバい蒼が先に入ると、次に流れるように優が入り扉を閉めると同時に鍵もかける。
家の中に入る事には成功した。
しかし、そこで安心はできない。
念の為に蒼がアビリティを発動。隠れている者や家に近づいてくるものがいないか念入りに探ってみると、水無月家の周囲に怪しい反応は一つもなかった。
正直な話、尾行くらいはされていると思っていた。
だがどれだけ確認しても、一つも反応はない。
安全だよ、と無事に帰られた事を教えると、二人は顔を合わせホッと一息ついた。
「いやー、あのタイミングで報道記者が全員いなくなるって事は誰かが何かしたのかな」
「誰かっていうと、蒼のお父さんとか?」
「まぁ、その可能性はあるかな」
娘にはメチャクチャ甘い父親だ。
そんな父親が今は世界的名家という力を得たのだ。きっと僕の現状も把握しているはずなので、裏から手を回して圧力を掛けるくらいは普通にやりそうな気がする。
まぁ、そうなると父さんは僕の事を男じゃなくて、女の子だと思っている事になるんだけどね。
万が一男子だと認識しているのなら、全国放送された自分の姿を見た彼はびっくりして電話の一つくらいするはずだ。
それがないということは、つまりはそういうことである。
そこで考えるのを止めると、蒼は靴を脱いで「お邪魔しまーす」と言って中に入った。
水無月家の作りは広い空間に居間と食事所と台所がまとまっている。
一目で整理整頓と掃除がキチンとされているとわかり、流石はご近所でも評判の高い水無月アイラといったところか。
しかし見たところ姿が見当たらない。夕食の買い出しに出かけているのだろうか。
そんな事を考えていると「にゃー」という鳴き声と共に優の愛猫シロマルが二階から降りてきた。
シロマルの種類は雑種だ。真っ白な毛並みをしており、唯一額にある茶色の毛がマルを描くように模様になっている事からシロマルと名付けられた。
ちゃんと食事管理されているシロマルは、尻尾をビシッと垂直に立てて、細い身体を僕の足に擦りつけてくる。
抱っこしてほしいのだろうか。
蒼は慣れた手付きでシロマルを抱えると、興味深そうに自分を見つめるシロマルの頭を撫でた。
「いやー、いつ見ても君は可愛いなぁ」
ちなみにシロマルはオスだが去勢しているので今はオカマちゃんです。
ゴロゴロ喉を鳴らすシロマルに鼻先をぺろりとされてくすぐったく思っていると、ふと視線を感じて優の方を振り向く。
するとそこには、何やら携帯電話を片手にカメラ機能でパシャパシャと写真を撮っている幼馴染の姿があった。
「ゆ、優?」
「ごめんなさい、だってあまりにも蒼とシロマルのツーショットが可愛すぎて」
とても幸せそうな顔で頬を赤く染める優。
言いたいことはわからないでもないが、このお方こんな性格だったっけ?
やや興奮気味の彼女に愛猫のシロマルも若干怯えている気がする。
「ねぇねぇ、せっかくだしちょっと写真撮影しても良い? 蒼に似合いそうなコスプレ衣装とかいっぱいあるんだ」
「今日は沢山世話になったし、それくらいなら良いよ…………コスプレ?」
頷いて、思わずその場で固まる。
彼女は確かにコスプレと言った。
コスプレとは、あのコスプレ?
聞き間違いだったかも知れないので、念の為にもう一度聞き返す。
すると優は、これ以上ない満面の笑顔で大きく頷いた。
「うん、そうよ。服を作るのが趣味でね。蒼達とソウルワールドを始めたのもいろんな衣装を見てみたかったからなの。一時期ログインしてない時あったけど、それはママと衣装作りしてたからよ」
そう言って彼女が2階に行って持ってきたのは、小さい頃アニメとかでよく見ていた衣装達だった。
今回着せたいコンセプトは童話。
不思議の国のアリス、赤ずきん、白雪姫、シンデレラ等々。
とても出来の良い衣装を手に、僕にどれから着せるか悩んでいる様子の優。
そのとても強い圧にシロマルが腕から飛び出して2階に逃げた。
もしかしたらシロマルも、昔から優のコスプレの犠牲者になっていたのかも知れない。
そんな事を思いながら、遠い目をしていると優が「最初はやっぱり王道アリスから行きましょ!」と意味不明な事を言った。
そして僕の前に提示されたのは、水色のワンピースに白のエプロンを合わせたメイド服のような衣装だった。
……うん。今日は優に本当にお世話になっているし、これくらいで彼女に恩が返せるのなら安い物なのだが。
やはり中身は男なので、凄まじく抵抗感がある。
渋々といった感じで衣装を受け取ると、蒼は優に引っ張られ脱衣所まで連行された。




