最初から重い
「おねぇぇえさまぁがぁぁぁぁあ!!!」
うわぁぁああー!!と私にすがりついて泣くのは三人兄妹の一番下であるアドリーヌ。
家に帰りついて直ぐトレヴァーとナシオンディユに登城することを話したら、全力で泣き付かれた。
「アドリーヌ....」
「トレヴァーの嘘つきー!!!
お姉様がここにいるって言うから結婚を認めたのに!!裏切り者!最低!この毛虫!陰湿野郎!無職!ニート!引きこもりー!!」
アドリーヌがソファにあるクッションをトレヴァーに投げつけている。
トレヴァーは一言一言にダメージを受けているのか、心臓を抑えて俯いている。
アドリーヌ、トレヴァーは無職ではないわ、一応ね
「あらあら、大変ねトレヴァーは」
のほほんとして言うのは、タレ目でしおらしい淑女であるお母様。頬に手を当て、困ったように言うが、助ける気がないのはここにいる家族全員、側仕え全員が分かっていることだけど。
むしろレナリア以外の全員はもっとやれ!と思っている。
「アドリーヌ、もう顔を上げてちょうだい。」
そう言うと、可愛らしいアドリーヌが顔を上げる。
本当に可愛いわ〜、私の父譲りのつり目とは真逆の母譲りの可愛らしいタレ目で、少し童顔だけどそれが似合う可愛らしい身長だし、背中に羽根が生えていてもやはり天使だったのね!と信用出来るほど可愛い。
あんなに疲れることがあった後だけどアドリーヌの顔を見ると忘れるわ〜、本当に見てても飽きない美人っているのね〜、と思っていると「お姉様?」と首を傾げられる。
ゥ"!心に萌というダメージが痛い!
こんな可愛らしい子と離れて生きていけるかしら!と思いながらギュッとアドリーヌを抱き込む。
「大丈夫よアドリーヌ。
私はいつでもあなたの事を思っているわ」
「絶対よ」
「えぇ、絶対」
そう言うと、アドリーヌはギュッと抱きついてくるのでそれをさらに強く抱きしめ返す。
「レナ」
「はい」
「早く荷造りをしなさい。アドリーヌあなたも手伝いをして来なさい。」
あ、確かに、明日の夕方出発と言っても、明日はお世話になった人に挨拶しないといけないし、荷造りする時間なんてあるわけない。
いけない!と思い急いで立ち上がる。
「お父様、お母様、お兄様お先に失礼します」
そう頭を下げると、返事が返ってきたので急いで出ていく。
あー、早くしないと。あんなにのんびりしている場合では無かったわ。
先程居た家族の談話室をはなれ、3階にある自室へ向かうため、玄関の前にある豪華な階段を上る。
私とアドリーヌの足音しかないのに、後ろにいるのは3人だ。
私の侍女のマリとアレン。アドリーヌの侍女のカレン。
この家では、必ず家督を継ぐものが1番、そしてあとは年功順と、身内同士で揉め事を起こさないために、と優先順位が決まっている。
だから、側仕えの数も兄弟の中でも兄が必ず1番多い。
故に、私達2人も小さい頃から言い聞かされてきた。
この家を継ぐのは兄、お前たちはお嫁さんに行って幸せになるんだ。お兄ちゃんの言うことを聞きないって。
だから、3人で食べたいものをリクエストすれば、必ず最初に作られるのは兄のリクエスト、次に私で最後にアドリーヌだ。
小さい頃はアドリーヌもぐずったことはあるし、それで私が順番を譲ろうとしたらお父様からもお母様からも怒られた。
お母様に関してはいつも通り笑いながら叱り、お父様はいつも悪い目付きを何倍にも悪くして怒られた。
あれは今でもトラウマだ。
階段をのぼりきり、3階に着く。
「じゃあ、アドリーヌとカレンで私の明日挨拶しに行くドレスと、ナシオンディユに登城するためのドレス、あと、向こうで家族が思い出せるようなドレスを2着ほど、選んでくれる?」
「えぇ!もちろんですわ!
登城した際誰もがお姉様に目を奪われるようなドレスを選びますわ!」
そう言うアドリーヌに苦笑する。
トレヴァーの顔と、今日出会ったミシャエル様とミシェル様、その3人の顔を見ただけでどんだけ顔面偏差値高いのか分かるわ。
トレヴァーの顔が軽くかすみましたもの。会場で貴族たちはトレヴァーに見惚れたというのに。
明日方向を向きながらため息を着くと、マリを声をかけられる。
慌てて覚醒すると、もう既にアドリーヌは衣装部屋に行き、2人でキャッキャウフフしている声が聞こえる。
ちょっと心配だけどセンスだけは一級品だから任せて大丈夫なはず。
と、自分のいいきかせて自分の部屋に入る。
「では、準備させていただきます。」
そう言うマリとアレンにお願いね、というと2人は早速取り掛かる。
お母様に準備をしてきなさい、と言われたが実際私ができる事なんて何も無い。
侍女任せの生粋のお嬢様と言われてもなにも言い返せないほど、正直言って身の回りのことが出来ない。
「殆ど向こうで揃えてあるそうだから、最低限、私がこの家を忘れない様なものを入れてちょうだい」
「かしこまりました。」
私と会話したり、私に直接指示を仰ぎにくるのはマリ。アレンはアドリーヌが産まれてから付いた侍女なので、マリの方が先輩ということになる。
「こちらは如何致しましょう」
マリに声をかけられて、ソファからそちらを見る。
そこにあるのは数年前の宝物。全て皇太子からプレゼントとして貰った物だ。
今思えば、婚約者としてこれを送るのはどうなのか、てか、これ絶対あんた選んでないでしょ、と言うものだが、トレヴァーと出会うまでは私の宝物だった。
「要らないわ。
全て処分してちょうだい」
「かしこまりました。」
あ、でも、とそこで思いつく。
皇太子から贈られる物なだけあって、全て一級品だ。例えば、侍女なら一生に一度買えるか買えないようなものばかりだ。
「もし、マリとアレンが欲しいなら、ここにあるものは好きに持って行っていいわ。
この十数年仕えていてくれたお礼よ。」
そういうとマリもアレンも目を見開く。
初めて見た。マリもアレンも超一流の侍女で、主人の前で表情を簡単に変えることは無いし、言われたことは必ずこなす、本当に凄い侍女なのだ。
2人の表情に笑みがこぼれる。
「初めて見たわ、あなた達のそんな表情」
そう言うと、アレンは少し恥ずかしそうな顔をし、マリは普通の顔に戻る。
「そうね、今まで2人とは侍女と主人としてしか関わって来なかったわね。」
今思えば勿体ないぐらいだわ。
もっと沢山話して、もっと沢山笑っておけば良かったわ。
ソファから立ち上がると、無駄にフリフリした舞踏会用のドレスを脱がして貰う。
せっかく作業していたのに、などと文句も言わず2人はすぐに取り掛かってくれる。
あれ?そういえばこのドレス.....
「なにか、このドレスおかしくないかしら?」
そう言うと、侍女達は首を傾げる。
「変わったところはない?」
「はい、ございません。
お嬢様が家を出発なさった時と全く変化はございません。」
「そうよね?」
私もミシャエル様に服を直して貰った時に、1回クルリと回って見て見たが変化は無かったはずだ。
中身かしら?と思いながらドレスを脱いでいく。
今流行っているのは下から上まで、殆どがパーツごとに分かれるのではなく、一緒になっていくものだ。故にドレスをふわりとさせるための骨組みと、コルセット、あと細々したパーツとドレスだけでいいのだが、なんせドレスが大変重くなる。
大きなフリルを何枚も重ねて作る細かなフリルではなく、動いても形が崩れないように固定してある大小様々なフリルがつけられているだけあって本気で重い。
そんな流行無視して昔のを着たい!と思うが、公爵家が流行を無視するなんてことはあっては行けない。
むしろ流行を作る側の人間なのだから。
貴族ってめんどくさいわ、と思っているうちにマリとアレンが先に胸元のパーツを外してしまう。そして次に床に膝を着く。このドレスを脱ぐ為に必要なことなのだ。
最近ではどっかの家で、とあるご令嬢が私が床に膝をつくなんて!と言って侍女を困らせたと言うのが夜会等の話題に上がっていた。
先に肩の部分を脱いで、持ち上げやすいように真っ直ぐと背筋を伸ばしておく。
てか、コルセットのせいで腰は曲げられない。
2人がドレスの裾を持ってアイコンタクトをする。何となく、いつもドレスを脱がされる自分のシーンが嫌いなので、いつものように目を瞑る。
「え?」
「あれ?」
が、2人の声ですぐに目を開ける。
いつもなら脱げるのに数分ほどかかるのに。
目を開けると、私の目に入ったのはドレスでは無く骨組み。私も一瞬ぎょっとする。
侍女2人の手際が良くなったどころの話ではない。
先程声を上げた2人を見ると、2人も戸惑いの表情を浮かべながらドレスを手に持っている。
重いだろうに。
「どうしたの2人とも、手際が良すぎるなどという話ではないわ」
そう言うと、2人が困ったようにドレスを持ってこちらに来る。
骨組みなら自分でも脱げるので、骨組みを脱いでポイッとそこら辺に投げる。
「あの、このドレス」
「?どうかしたの?」
2人が見合って、不安そうな顔をしてマリが口を開く。
私の侍女の困った顔がこんなに可愛いなんて、なぜもっと早く知らなかったのかしら。
「物凄く、軽いんです。」
「え?」
物凄く軽い?なにが?ドレスが?
嘘。と思いながらマリとアレンの腕に乗っているドレスを摘む。
「軽い」
まるで綿を持っているかのようにふわふわと軽い。
違和感の正体はこれか、と思いながら2人からドレスを受け取る。
いつもの顔に戻った2人は私がドレスを持つことに何も言わない。
むしろ、私がドレスを持つと、すぐにコルセットを外してくれるような優秀さだ。
ドレスの肩の部分を持つと、自分に当ててみる。小さくなった訳でもない。ふわふわとしているレースが無くなったわけでもないし、何重にも重ねてある布が物凄い擦れた訳でもない。
戦闘で擦り切れたの?と思ったが、戦闘の際は全部切り取ってしまったし、ミシャエル様が完璧に直してくれたし.....
「あ、」
すっかり下着と靴だけになった私。
すぐ側に部屋着を持って待機している2人。
思いついたように声を上げる私に、2人は言葉を待つように軽く頭を下げている。
「部屋着ではなく、動きやすい服にしてちょうだい。」
「かしこまりました。」
すぐにマリが部屋着をタンスに戻しに行き、すぐにアレンが衣装室から男性用のシャツとズボンを持ってくる。
しかもちゃんと動きやすい用の物だ。
靴もヒールではなくブーツに変え、服に着替えると、マリにアドリーヌに伝言を頼み急いで部屋を出る。
後ろから静かに着いてくるアレンを連れて、1階に降りると中庭を走り抜ける。
元々運動神経がいい私は足が早い。アレンは一生懸命後ろから走ってきている。
ごめん、アレン。と思いながらも離れにあるお抱えの魔法師がいる小さな屋敷を叩く。
「ベージュ!ベージュ!」
ゴンゴン!と叩くと、いくらか人の家を訪問するには遅い時間だが、部屋の人物はいつものように迎え入れてくれる。
「これはこれは、レナリアお嬢様。」
「こんばんわベージュ!」
はい、こんばんわと返すのは、髭をふんだんに蓄え、いかにも魔法師といった格好をした丸い小さなメガネを掛けたお爺さんだ。
いつでもニコニコとして、誰かに怒られてここに引こもる私をいつも迎え入れてくれたのだ。
「お嬢様、いくら老人とはいえ、この様な時間にお独りで、しかもこの様な場所に来られては.....」
「大丈夫よ!今日はアレンも一緒に連れてきたし!後からアドリーヌも来るわ!」
「アドリーヌお嬢様ですか、最近はお忙しいようで」
「えぇ!私も明日この家を立つから少しバタバタしてるの!」
明日!?と驚きながらもベージュは中に招き入れてくれる。
いつものように、高くはないが、この庭で取れたハーブティーを入れてくれて、それで喉を潤す。
一息着いた所で、また扉が叩かれる音がする。
アレンが開けると、そこにはアドリーヌとマリとアレン。
ベージュはアドリーヌに私の横の席を勧め、ハーブティーを入れようとしたが、マリが入れている。
大人しくそれに感謝の言葉を述べ、ベージュは私たちの前に座る。
貴族の屋敷にはないような質素な木の机、昔から王妃になる為の教育の隙間を縫ってはここに来て魔法をベージュに習っていた。
「さて、落ち着かれました所で説明を願えますかな?」
「そーよお姉様、私もいきなりマリから連れてこられたんだから。」
マリもお姉様相手じゃ無かったら雑なのよ!と零すアドリーヌに、マリはいつも丁寧よと言うと、アドリーヌは苦笑した。
「えぇっと、どこから話そうかしら」
「では、明日この家を立つ理由からお聞きしても?」
「えぇ、」
ベージュに婚約破棄の事からミシャエル様の事まで全て話すと、いつもの笑顔が消えていた。
そして、話が終わり次第席を立つ。
「あら、ベージュ何処に行くの?」
「申し訳ございませんお嬢様、儂はちょいと急用が出来てしまいました。」
急用?この話の中で何か思い出したのかしら。
「そう、残念ね。
そのミッシェル様が直してくれたドレスに魔法がかかっているようだから、害がないか調べて貰って、害がなければアドリーヌに譲ろうと思っていたのに......」
「え!本当ですかお姉様!?」
そう言うと、ベージュが入口で止まり、大人しく席に戻った。
ふふーん、知ってますのよベージュ。あなたの中は1に魔法、2に魔法、3、4にこの家なのよね!
「用事は明日に回します。」
「えぇ、ありがとう」
そう言うと、アレンがさっとテーブルの上にドレスを広げてくれる。
マリがいつの間にハーブティーのカップを片付け、汚れないように布をドレスの下に引いてくれた。
あら、分かっていたけど私の侍女優秀過ぎますわ。
「..........」
「..........」
ベージュとアドリーヌがジーとドレスを見る。
あら、それで魔法がかかっているか分かりますの?
「レナリアお嬢様」
「お姉様」
同時に声をかけてきた2人に、マリが入れてくれたハーブティーを片手に顔を向ける。
もちろん入れ直してくれたものですわ。
「どうしたの?」
「分かりません」
「分からないわ」
また同時に言ってきた2人に苦笑を返す。
「それは、どこがどう魔法がかかっているかってことでいいの?」
「えぇ」
「うん」
すっかり息が合っている2人の面白さに笑いを堪えながらドレスを指さす。
「持ってみて」
ベージュとアドリーヌが目を合わせ、ベージュから手に取ることが決まったようだ。
そっと優しく触るベージュ。
そしてゆっくりと持ち上げて驚きの表情をする。
「え?え?どうしたのベージュ!?」
まだ分かってないアドリーヌに、ベージュが優しくドレスを渡す。
「えっと、お姉様」
「なに?」
「落として汚してしまったらごめんなさい」
「あら、いいのよ」
アドリーヌが、重くて落としてしまうことを心配して言ってくるが、その心配は無用だ。
アドリーヌが恐る恐るベージュからドレスを受け取ると、驚きの表情を浮かべる。
ふふ、何回みても面白いわね。
「軽いわ」
「えぇ、凄いでしょ」
「えぇ!とても凄いわ!」
キャッキャッとはしゃぎながらカレンにドレスを見せに行くアドリーヌに笑いながらベージュに向き直る。
「お嬢様、あれは、」
「えぇ、ミシャエル様がドレスを直す時にかけてくださったようね」
「直す!?」
「えぇ、ドレスの下の方からまるでドレスが育つまでいるかのようだったわ」
今思い出しても不思議な光景のそれに、くすくすと笑う。
「そ、それは....」
「どうしたのベージュ?」
わなわなと震えるベージュに首を傾げる。
「お嬢様、魔法糸を覚えてらっしゃいますかな?」
「え、えぇ、」
教師モードが入ったベージュに、懐かしさと戸惑いが出る。
「たしか、魔力で練った糸よね」
「そうでございます。
その技術は大変高等な物です。王家の方々の戦闘服にも使われているもので、普通の布をおり、その隙間に魔法糸を折ることで強度、魔法の速さ、そして軽量化がなされます!」
たしかに、王家の方が他の戦闘服は一見普通の服だけどとっても丈夫よね。
お兄様も、たしか1着持っていたはずだわ。王家でも数着、我々公爵家でも当主と当主候補しか持って無いので、その貴重さが分かる。
「その!魔法糸で!全て作られているのですよ!あれは!!」
え、まじ?
でも、たしかにあんなにふんだんに布が使われているのに、あんなに軽いなんて説明がつかない。
まだはしゃいでるアドリーヌに声をかけて、ドレスの端を持つ。
「真っ赤な炎よ遊びましょ。」
簡略化された魔法の呪文を言う。
ぶわりと私の手から燃え上がった炎は、ドレスに移るかと思ったが、まるでドレスが炎をかき消すかのように、端も燃えずに炎は消えていく。
横で目をキラキラとさせるアドリーヌ。
「嘘でしょ。」
きっと私も当事者じゃ無ければ目をキラキラさせて眺めていられると思うわ、でも、こんな素晴らしいものをアドリーヌにおき土産にしていいのかしら?
もしかしたら、という悪い予感が次々に頭に流れてくる。
きっとアドリーヌがこれを着たら、少し大人に近付いて可愛らしいが、美しさも兼ね揃えた素晴らしい見た目になるだろう。
しかも、こんなに軽いなら踊るのも楽なおかげで、ダンスにも一層美しさに歯車がかかる。
アドリーヌが危ない。と変な方に思考が飛んでいくが、慌てて戻す。
きっと、これが全て魔法糸で出来ていると知れたらあのバカ王子が欲しがるに決まっている。
それに他の貴族たちも何としてでも手に入れようとするに決まっている。
初めから爆弾を何発も投下するミシャエル様の姿を思い出す。
ぶっ飛んでるのは見た目だけでなく思考もなのね。
見てくださってありがとうございます!




