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夢は叶ったが安心できない。

内心叫び声を上げながらトレヴァーの頭に抱きつく。

さすがトレヴァーですわ!とても重たいふわふわなドレスと私をいとも簡単に持ち上げるなんて!あぁ、なんてかっこよくて美しくて強いの。

私の、私の愛しのトレヴァー。


「だ、誰だ貴様!どこから侵入した!」


フランシスの焦ったような声がホールに響く。その声でトレヴァーに見惚れていた会場の貴族達が思い出したかのように国王陛下の周りを固めたり、トレヴァーから距離とったりした。

あらあら、皇太子殿下の傍に、大人は誰も寄らないのですね。


「貴様がいまさっき婚約破棄をした、レリアナ・フォン・サーベラスの新しい婚約者だが?

ん?まだ婚約の承諾を受けてないか」

「受けますわ!もちろんですわ!トレヴァー!」

「ありがとうレナ」


そう言ってトレヴァーが私の頬にもう一度くちづけをする。いやぁぁぁん!かっこいいー!!


「貴様!いきなり侵入してきてぬけぬけと!」


フランシスが腰に着けた剣を抜く。片手にはマックイ男爵令嬢を抱いて片手には剣。動きにくそうですわ。

フランシスがトレヴァーに切りかかろうとした瞬間、国王陛下の喝が入る。

一斉に静けさを取り戻したホールは、さっきのざわめきが嘘だったように耳が痛くなるほど静寂が全てを包む。


国王陛下は王座から立ち上がり、いきなり片膝をつく。

「国王陛下!」と周りの貴族が慌てて駆け寄り立たせようとするが、陛下はこれを手で制止する。


「トレヴァー殿。貴方様は、神々の寵愛人。神騎士が1人とお見受けする。」


国王陛下のその言葉で、制止しようとしていた貴族達の行動が止まる。

ガランカランと響く剣が落ちる音。フランシスが手から落としたようだ。

トレヴァーがクッ、と一瞬だけ笑っている声を出して、私に意地悪そうな笑みを浮かべてくる。あぁ、この時のトレヴァーの顔はとても楽しい時だ。


「さぁ?どうだろうか。

神騎士といっても、その見た目は人と全く異ならないのだろう?」


そう言って笑うトレヴァーは私の手から神の書面を受け取ると私を持ち上げていない方の手で目線より少し上に掲げる。


「んー、どうやったら、神騎士と人間は見分けられるのだろうか?なぁ、アラバスタン王国、国王陛下。」


そう言ってトレヴァーは神の書面に息を吹きかける。それだけで神の書面の端に火がともり、赤い光を放ちながら燃えていく。

神の書面は燃えない。昔、ある国の城が七日七晩燃え続けたらしい。それでも、唯一そのままの状態で発見されたのがその神の書面。焦げもなければ汚れもない。まるで燃え落ちた後に置かれたような綺麗な紙がその場に落ちていたらしい。


トレヴァーのその行動によって、ここにいる全員が確信する。

トレヴァーは、本物の神騎士だと。


「きゃ!」


この場にそぐわない、軽い悲鳴が近くで上がる。

スっとトレヴァーが体を動かし、何かを避けるようにして反対側を向く。


べちゃ!と音がして足元に何かゴミが倒れている。おっと失礼、マックイ男爵令嬢でしたわ。

トレヴァーが冷めた目でマックイ男爵令嬢を見つめ、次に私を見つめてくる。あぁ!かっこよすぎてキュンキュンしますわ!

トレヴァーの顔にはデカデカと、何だこれは、と書いてある。私も知りませんわ。


「キャル!」といいながらフランシスが急いで彼女を起こす。ご令嬢を転ばせる相手なんて恥ずかしいわね。私のトレヴァーのように大事に抱き抱えていればいいのよ。

フランシスに起こされたマックイ男爵令嬢はフランシスには目もくれずトレヴァーに話しかける。


「先程はお見苦しい姿をお見せしましたわ、トレヴァー様。」


うっわ、うっわ!国王陛下にも声をかけることが出来ない下流貴族が、それよりも崇高で偉大で、この世界その物である神の守護を直接することが出来る神騎士に軽々しく話しかけるなんて、どうゆう脳みそをしているのよ。


「あの、お詫びと言ってはなんですか、少しお茶を致しませんか?

私は、レリアナ様とも仲直りしたいのです。」


はーい?お茶?レリアナ様?面が厚いのはどっちよ。まず目上の人を親しくもない人がお茶に誘うなんて無礼だし、私の名前を男爵が呼ぶなんて以ての外よ。

読んでいい、と許可が降りるまでサーベラス公爵令嬢と呼ぶのが普通よ!私も他の公爵家の仲良くない令嬢にはそう呼んでるわ!


「いらん」


たった一言で片付けるトレヴァー!なんとかっこいい!

フランシスがトレヴァーと私を睨みつけている。なぜこんなに可愛いく、優しいキャルの頼みを断るのか!未来の王妃だぞ!と顔に書いてある。

え?馬鹿ですの?好きな人の男女の仲を取り持ってどうする気ですの?アホですか?アホでしたね。申し訳ございません。


「し、しかし!」


マックイ男爵令嬢がトレヴァーの上着の裾を触ろうとしてくる。

軍服みたいな格好がとても似合っていてかっこいいですわ!しかもこんな姿で私を助けに来てくれるトレヴァー!あぁ!なんとも美しい!


トレヴァーはその腕をスっと避けるとお兄様とお父様とお母様が集まっている方に歩き出す。

あ、そっちに行くなら下ろしてくださいまし、さすがにこのまま喋るのは恥ずかしいです。

トレヴァーに下ろして、と耳打ちすると少し渋い顔をされたが下ろしてくれた。


「全く、レナは」


着いた瞬間お父様がため息をつく。


「まぁいいじゃんお父様。俺はレナが好きな人と結ばれて嬉しいよ」

「えぇ、そうですわ。」


お母様とお兄様が祝福の言葉をくれる。


「レナ」

「国王陛下」


ドレスを持ち上げ軽く礼をする。


「綺麗に育ったのぉ」


おじい様のようなことを言う国王陛下に笑みがこぼれる。これでもお父様より少し上ぐらいですわよ。


「おじ様。舞踏会をダメにして、申し訳ありません。」

「よいよい、元はと言えばバカ息子のせいだ。」

「そのバカ息子について一言予言しておこう」


トレヴァーがおじ様に言う。珍しい、トレヴァー、神騎士が予言を言うなんて、相当気に入った人にしかしないのに。


「滅びの幕が上がったぞ。このまま面白くない演劇を続けていると客は減り、上から眺めるものも減り、照明も消え去り、役者は消え、1人芝居になるぞ」


その言葉におじ様が何度も何度も頷きながら解釈していく。きっと、おじ様なら正しく解釈してくれるだろう。


「さぁ、レナ。行こう」


その言葉に頷き神の国へ行けば、二度とここには戻ってくることは出来ない。


「お父様、お母様、お兄様、おじ様、おば様。私のわがままを、今まで叶えてくださってありがとうございます。

少しでも、この国に幸があらんことを、願います。」


5人に最大級の礼をしてトレヴァーに振り返る。


「トレヴァー」

「レナ」


顔を見あって頷くと、クォォォォーーー!とどこかで神秘的な音がする。舞踏会の会場は月が見えるように屋根が大きく開かれている。そこから見える雲ひとつないその空からの月の光に大きな影がかかる。

その姿に多くに人々が悲鳴をあげる。当たり前だ。今からここに降り立つのは、天災なのだから。


爆風と共に降り立ったその姿。獣の四肢に背中に大きな翼、尾は大きく鞭のようにしなり、尾だけが鱗で覆われている。顔は凛々しいその姿に畏怖を抱くほどの瞳。一頭入れば大きな街が一夜にして滅ぶと言われる伝説の一角。天獣(てんじゅう)

神のみに頭を垂れるその獣が、舞踏会の会場に降り立った。


貴族達も腰を抜かすものが何人がいる。

それでも、その神々しい伝説の姿に目を奪われるものもいる。

そうでしょ!このちょっと灰色混じりの白銀のふわふわとした毛は毎日トレヴァーとブラッシングを一生懸命したのよ!触ればふわふわ、戦に出れば鋼鉄の鎧となるその毛!なんと素晴らしいのでしょう!


「ヘレガあなたはいつ見ても美しいわね」


そう言って近づくと白銀のふわふわの毛で覆われた大きな顔を撫でる。撫でて欲しいというように人を一口で飲み込めるような大きな口を近づけてくる。

ふふ、愛らしい。


「さぁ、行こうか、レナ」

「えぇ、」


差し出してきたトレヴァーの手を取る。前に、誰かの影が目の前に出てくる。私が彼の手を取る前に。

マックイ、男爵令嬢。


「なにを、してらっしゃるの!」


何こいつ!あなたの望む皇太子は上げたじゃない!


「トレヴァー様!私を連れてってください!私なら!絶対神の国でも立派に務めを果たして見せます!私を婚約者にしてください!」


え?ほんとに何を言ってるの?


「キャル!」


ほら、あんたの王子が呼んでるよ?


「触るな、汚らわしい」


トレヴァーがキャルの手を放り出す。


「そんなこと、私にしていいと思ってますの!」


え?マックイ男爵令嬢がいきなりトレヴァーに怒り出す。え?未来のこの国の王妃なんて言うつもりないよね?この国なんてトレヴァーにかかればぺちゃんこだよ?


トレヴァーは、あー、怒ってる。めっちゃイラついてる。

マックイ男爵令嬢が自分のドレスの胸元を引きちぎる。うえぇぇ!?!?令嬢がそんな恥なことをしていいと思って、え?

マックイ男爵令嬢の胸元には、神の国が掲げている、剣と、瞳と、華が描き込まれたマークがある。

これって、


「愛し子の、もん、よう。」


トレヴァーが目を見開いて言葉を紡ぐ。え?ほんとに?待って、なんで、なんでマックイ男爵令嬢がそんな痣を。

マックイ男爵令嬢はその紋様をさしながら宣言する。


「生まれつきこの紋様があり、数日前にハッキリと浮かび上がりましたの!だから!私はこんな女より、神の国に上がる権利がありますわ!」


生き生きと宣言するマックイ男爵令嬢。

え、また、捨てられるの?また婚約破棄?いや、いやよ、嫌!!トレヴァーに捨てられるなんて、嫌よ!


「トレ、ヴァー?」


弱々しくトレヴァーを見れば狼狽えているトレヴァーの顔。


「ひとまず、お前は1度神に謁見を」

「やだ!トレヴァー様!私のことはキャルとお呼びくださいまし!そんな他人行儀嫌ですわ!」


嬉しそうにキャルがトレヴァーに抱きつく。あぁ、本当に、彼女は私にないもの全てを持っている。可愛らしい顔も、可愛らしい性格も、神の国への招待券も。

私は、ここまで努力しても彼女には勝てないのね。


王子は別によかった、愛してなかったし、トレヴァーが横にいてくれたから。でも、トレヴァーとは数年の月日を重ねて仲良くなり、恋仲になり、叶わぬ恋に思いを馳せていた。


でも、たまたま風の噂で王子が1人の女の子に夢中だと知った。どんなに喜んだか、久びさに枕を涙で濡らさない日が出てきた。

そして、お父様、お母様、お兄様、トレヴァーと約束した。もし、万が一婚約破棄があったなら、トレヴァーとの恋を認めて欲しいと。


お父様は渋ったが最後には折れてくれた。

その日から、私の根回しは始まった。王子とキャルが上手くいくように頑張って頑張って沢山祈って、策を講じて、やっと、婚約破棄出来たのに。


貴方はトレヴァーを奪うの?


目の前が歪む。

神騎士が一度ナシオンディユに戻ればそうそう下界に戻ってこれるものでは無い。寿命のない神騎士からしたらちょっとしている間に下界では数百年が経っている。

そして私たち人間は、王家の血筋だろうと生きられて100年前後。


声を漏らさないように、キャルの甘い声を聞きながら涙を流さないように下を向いて歯をかみ締め、扇子を強く握り、背筋を伸ばす。


見送りなさい、それが私の愛したひとの仕事なら。


愛した人の決めた道なら。


きちんと、微笑みなさい。

レリアナ・フォン・サーベルス。


「レナ......」


トレヴァーが困った顔と、悲しい顔を混ぜ合わせたような顔で見てくる。あぁ、そんな顔しないで、せっかくの男前が台無しよ。


「いってらっしゃい、トレ....」

「早く行きましょう!トレヴァー様!!」


キャルが私の言葉を遮る。

あぁ、私は、別れの挨拶も言えないのか。ニィッと確信犯の笑みを浮かべるキャル。

神の愛し子であるキャルに強く出れないトレヴァーは困った声で返事をする。


「さようなら、トレヴァー」


「だーれがそんな女連れていくかよばーか」


小さな声で別れの挨拶を告げるのに被せるように聞いたことがない、第三者の声がする。

誰?

ガツン!

え?トレヴァーが、勢いよく膝をつき震えている。なんで?トレヴァー?どうしたの?キャルは声の主を探すのに必死になっている。

私は急いでトレヴァーに近づくと青い顔をしているトレヴァーの汗を拭う。


「お初にお目にかかります。神騎士副隊長様。」


副、隊長?

トレヴァーが頭を下げている方を見ると、1人の女性が宙に浮いて足を組んで座っていた。おしりにも背中にも、何も無いのに。


「女神、さま?」


美しい長い髪に美しい顔立ち。トレヴァーと同じような服に身を包んでいるが神々しいほどの雰囲気と、何者にも膝をつかず、頭を下げることを知らないような圧倒的な力、それらを感じさせる何よりもその完成された姿。そして、その振る舞いに魅了された。

私がそう呟くと副隊長様はキョトン、とされた。

そんな顔でも美しい。


「ぷ、はははは!

トレヴァー!お前の婚約者は面白いな!」

「ありがとうございます。」


トレヴァーに昔聞いたことがある神騎士の中でも1から十数番までくらいが決まっており、その番号の5番から上は桁違いに偉いのだと。

トレヴァーはその中でも下から数えた方が早い番号だ。そして副隊長と言えば、No.2。文字通りとても偉いのだろう。


「さて、こんな事をしに来たのではない。

キャロライン・マックイ!」

「なに、」


!?!?!?!?

マックイ男爵令嬢がタメ口で返す。だ、大丈夫なの!?いいの!?生きてられるの!?

副隊長様がパン!と手のひらで大きな音を鳴らす。すると、ヒラヒラと天井から何かが落ちてくる。

凄い。


次々と落ちてくるその紙を拾った至る所から悲鳴が上がる。なんだろう?

近くに落ちてきた紙を拾う。裏返してみると、そこにはカラーで取られた写真。へー、写真ってカラーもあるのね。.....じゃなくて!!

そこに写ってる写真はフランシスとマックイ男爵令嬢が野外でヤってるところ。え?

近くに散らばっている写真を取ると、至る所でフランシスだったり、違う男だったり何人もの違う男と映っている。すーごいね。


「キャル!どうゆう事だ!」

「ち、違うの!こんなの、こんなのデタラメよ!」


フランシスとマックイ男爵令嬢が喧嘩を始める。周りではそこに写っている男の婚約者だったり、親だったりが、その事に付いて突き詰めている。

そんな騒動の中でもトレヴァーは微動だにしない。


「トレヴァー、大丈夫?」

「あぁ、多分。」


力なく笑うトレヴァー。


「さて、言い訳はあるかな?キャロライン・マックイ」

「あるわよ!こんなデタラメ!」

「デタラメだろうがなんだろうが、貴様は処女を散らしているだろう。」

「だから何!大好きな人と愛を確かめあって何が悪いの!」


副隊長様の口元がにぃと釣り上がる。それでも、美しい顔は無くならない。でも、怖い。

咄嗟にトレヴァーに抱きつく。


「神の国へ入国の最低条件は処女。貴様はそれを散らしている。よって、その紋様は、剥奪だ。」

「は!あんたになんの権限があるのよ!

そんな事!できるもんならやってみなさい!」


副隊長様がパチンと指を鳴らす。すると、マックイ男爵令嬢が悲鳴を上げて蹲る。

しばらくすると胸元が輝きだしそのままその光がマックイ男爵令嬢の中から出てくる。その光の中には、紋様と綺麗な宝石のようなものが入っている。


「トレヴァー」

「はっ!」


副隊長様がトレヴァーに話しかけたので急いでトレヴァーから手を離す。邪魔しちゃダメ!


「そしてレリアナ・フォン・サーベラス」

「は、はい!」

「2人にこれを授けよう。」


そう言って私の胸元にこの輝きを放ったものが降りてくる。え?


「ふ、副隊長様!」

「トレヴァー、私が許可した。

神々には私から伝えておく。大切に使え。」


そう言われてトレヴァーが深々と頭を下げるので私も最大限の礼をする。


「番人、キャロライン・マックイを連れて行け。」

「いやよ!!!いや!!!!」


副隊長様がそう声をかけると灰色のモヤのようなものがマックイ男爵令嬢の周りを駆け回る。

それは、マックイ男爵令嬢がいくら足掻こうと離れては行かない。


「っ!やめろ!!!

俺の愛する人に手を出すな!!」

「フラン!」


フランシスが剣を構えて副隊長様を睨む。

ついでにこっちも睨んでくる。

トレヴァーに手を出して来たら容赦しないわよ。

少しだけでも魔法の発動が早くなるように体全体に魔力を行き渡らせる。


副隊長様は驚いた顔をする。

トレヴァーより、副隊長様は随分と表情豊かなんだ。

トレヴァーは滅多なことで表情も変えないし、笑顔だって普通の人なら微笑む程度しか見せない。

神騎士が全員そういう訳じゃないんだ。


「くはっ!なんだなんだ!!王子様の英雄譚か!?

そして、私はさながら悪役か!!


良きかな良きかな!!

面白い!!!ならばここは悪役として行動しようじゃないか!!」

「っ!!!お待ちください!!副隊長様!!」

「犬、鳴け。」


副隊長様にトレヴァーが叫ぶがそれを無視してヘレガに命令する。

ヘレガはトレヴァーの天獣。

他人の命令なんて、聞かないのに。


ヘレガは月に吠えた。


「っ、副隊長様!!お止め下さい!!」


トレヴァーが必死に叫ぶ。

膝はついていても、頭は上げている。


バサ!!!


一段と大きな風の音がする。

月の光がなにかに反射して会場内に降り注ぐ。

そして、月の前には、ヘレガとは比べ物にならないほど大きな体に透明感を持ちながらも美しく輝く白銀色の天獣。

その大きな天獣を中心に何体もの天獣が空中で吠え、まるで威嚇するかのように飛び回っている。


「あ、」


微かに漏れた私の声。

そんな声は誰にも聞こえてないはずだ、私の声は、ヘレガが飛び立つ音にかき消された。


「ヘレガ!!!」


トレヴァーが叫ぶがヘレガは帰ってこない。

こんな事、今まで無かったのに。

他の貴族たちは顔を青ざめながら、壁端による。

扉が開かないことなどとっくの前にほとんどの貴族が知っている。


「さぁ、敵はこれだけでいいかな?皇太子よ。」

「っ!1人相手に、こんな事をして恥ずかしくないのか!!!」

「ふっ!何を言う!英雄譚の悪役は大抵多くの手下がいて、それを乗り越えるのが英雄だろう!!

さぁ!愛の力とやらを見せてくれ!!」


さも愉快だと言うよに副隊長様が笑う。


「副隊長様!!どうぞお許し下さい!!

この国は我が愛する人の国!!傷つけたくはありません!!気が収まらないのであれば私が全身全霊を掛けて剣を取らせて頂きます!!

どうぞ!!どうぞご容赦ください!!」


トレヴァー。

トレヴァーが叫ぶと、ようやく副隊長様がトレヴァーに目を向ける。

そしてその目は、冷たい。


「はぁ、せっかく盛り上がってきたのに、くどいぞトレヴァー。」

「申し訳ありません。しかし、副隊長様もこのような若輩者では遊びにもなりませぬ。なにとぞ、何卒ご容赦ください。」

「たしかに、その面白い運命を持ったご令嬢に嫌われるのは私も心が痛む。

それに私もこんな若く、将来性のある人間を殺しても面白みも無ければ悲しみしか湧かない。」

「ならば!」

「だが別だ。」


すぅっと息を飲む。気圧が下がっているかのように呼吸が苦しくなり、全身が震える。

格の違い、存在の違い、そして何より、生きているものとしての価値の違いが嫌やでも理解させられる。

彼女が望まなければ一瞬で消される。彼女が望まなければ私たちはもとより無きものとして扱われる。そんなことを痛感させられる。


それはトレヴァーも例外ではないようでギュッと手を握りしめている。神騎士が消える理由は神が消すか、神騎士同士で殺し合うか。

神の遊戯で神騎士同士が殺し合うこともあるらしい。

そんなことを思い出してゾクリと背中が凍る。

これでは、トレヴァーも。


「その王子は我に喧嘩を売ったのだ。それを我が買った。何が悪い。身の丈にも合わないことをしようとしたその王子に、我が身の丈を教えようとしているだけでは無いか。」

「っ!」


トレヴァーの声が止まる。

副隊長様は1つ鼻を鳴らすとフランシス皇太子に視線を合わせる。

それだけで皇太子はガタガタと膝を鳴らす。


「さぁ、今宵は祭りの良き日だ。

散らす血の色は人間の赤い血か、ビーストの青い血か、我が金の血か!見せてみよ人間!運命に抗うその勇姿を!!


さぁ、選べ人間。そなたが望はこの国か、その女か。」


クスッとこの場にはそぐわない笑い声が響く。

あれれー?最初の婚約破棄こんなに長いはずじゃなかったのに。

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