嫌い、嫌い、どっか行け。
「おはよー。」
この学校で朝はもう何十回も迎えたというのに、三城は私のような大して仲の良い訳でもないクラスメイトにおはようなどと挨拶をして、飽きたり懲りたりはしないのだろうか。
「…。」
私は彼女が嫌いだ。目を合わせたくもない。
「おーい、生きてますかー?」
うるさい。黙れ。どっかいけ。
心の中で念じても、彼女はどこへも行ってくれない。
朝の挨拶を無視されるのは、別に珍しいことでもないので、私にとって今更そんなに落ち込むことでもない。
落ち込むことでもないので、私は懲りずに片平さんの顔の前で手を縦に振ってみせるが、やっぱり何の反応もない。
仕方ないので私は、守りに入ることにした。
同じ角度で片平さんを見続け、向こうに先に反応してもらう作戦だ。
三城は大人しくなったと思えば、私の目を穴が開きそうなほどじっと見つめ始めた。
私は溜息一つつかず、同じ姿勢で目の焦点をずらす。いつまでこうしていれば、彼女は去ってくれるのだろうか。朝のHRが始まるまでだとしたら、軽くあと二十分はある。
この状況のままでいるのは、思っていたより辛そうなのだが。
私は片平さんに嫌われているのだろうか。
片平さんはクラスの地味な女の子。飲食事も紐を外さない無地のマスクが似合っていて、人の和に入りたがらない、いつも頬杖をつきながら退屈そうにスマホをいじっている女の子。
最初は絶対に関わることはないだろうと思っていたその女の子に、たった今の私はばかみたいに固執しているのはなぜなんだろう。
三城は考え事でも始めたのか、体勢を崩して頭を掻き出した。
一人で色々忙しそうだ。家でもこの調子なのだとしたら、体力は持つのだろうか。
自分の世界に入り込んでしまっていた、と我に返って、最初に目に映ったのはやっぱり片平さんだった。
彼女のマスクから漏れる吐息の音が落ち着く私は、ひょっとしたら変態なのかもしれない。
変態の私は開き直って、その音に少しの間耳を傾けることにした。
三城は今度は安らかな顔になった。
湖の波音を聴きながら、青い空を見て黄昏れる旅人のように安らかな顔に。
彼女は本当に忙しいなと呆れかけた私だが、彼女の寝息を確かめてからはその考え方を改めることにした。
彼女の体はゆっくりと私の方に倒れてくる。
やめろ、来るな、どっか行け。
心の声はただでさえ聞こえないのに、彼女に意識がないだけあって、それはさらに絶対さを増した。
トン。
そんなような音が聞こえたか聞こえてないか、それはあとで思い出すにしろ、今私の肩に彼女の頭が当たった。
当たって、そのまま彼女は私の肩を使って気持ちよさそうに熟睡している。
自由人、というよりも、ここまで来るとサーカスだ。
彼女の髪の毛が刺さって、チクリと痒む。それ自体は気にするほどの刺激ではないが、その後もモゾモゾと髪の感覚が肩を覆い続けるのは、なんというか精神的にむず痒い。
むず痒いだけではなく、体の芯から嫌な熱が出て、それが血管や神経にまで染みる。
ああ、やっぱり、だめだ、私。
だから嫌いなんだ。
三城の近くに居ると、こうも調子が悪くなってしまう。
どっか行け。どっか行け。
そう思うのに、どうして私はこいつの頭をどかさないんだろう。
良い夢を見た。
好きな人に、肩枕してもらう夢だ。
…肩枕ってなんだ。




