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もしも本当に異世界転移したのなら  作者: ヴァン
第一章
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9



 いつもと変わらない日常に変化が一つ。



 今日はアーノルド様がいない。

 朝早くから側近を一人連れて出掛けられた。明日の朝には帰って来るそうなのだが、それ以外何も知らない。勉強ができないからといって特に不満もなく、寧ろ無事に帰ってきてくださるよう祈るばかりだ。


 

 私は朝のお掃除を終えて昼食後、自室に戻ろうと少し足早に長い廊下を歩いていた。


 昨日お借りした本を結局見ないまま寝てしまった。一度考えだすとその事がずっと頭から離れない。気になって仕方がないんだ。

 通り過ぎる同じメイドや執事の方々には立ち止まって一礼をし、先程よりも速く歩き出す。


 角を左に曲がるとまたメイド服が見えた。同じように立ち止まって一礼。


 さぁ、本が待っている!


 顔を上げて歩き出そうとしたが左腕を掴まれた。



「何処に行くつもりかしら?」



 その声に私は自分が犯した過ちに気が付く。焦りを見せないようにゆっくりと声の主の方へ体ごと方向転換した。



「おはようございます、ルビルさん。いまからじぶんのへやにいき、おべんきょうをするところです」



 赤よりのブラウンの長い髪がチャームポイントだと豪語する人物––––ルビルさんに捕まってしまった。

 気分は一気に急降下。



「アナタ、今になってもまともに喋れないものね。早くその耳障りな喋り方、直らないかしら。まぁ見窄らしいアナタにはお似合いでしょうけど」



 上から爪先までじっとりと眺めると威圧的な態度を醸し出す。



「掃除した場所汚れが残っていたわよ。掃除ぐらいちゃんとしなさいよ。それぐらいしか脳がないクセに、それすら出来ないなんて役立たずにも程があるでしょ。あーあ、どうしてこんな奴をこのお屋敷に置くのかしら。何の取り柄もない、無能で、平凡な女なのにねぇ?」



 鼻を鳴らし、侮蔑した態度を隠す素振りすら見せない。


 何も反論しない私に飽きたのか、掴まれていた腕を力強く振り払われた。痛みに顔が歪みそうになるが、奥歯を噛み締めて堪える。


 つまらなさそうにこちらを一瞥すると、態とらしくヒールの音を響かせながら反対方向に去って行った。

馬鹿にした笑い声とともに。

 ルビルさんの姿が消えるまで頭を下げ続け、見えなくなったことを確認してから私も歩き始めた。



 ルビルさんはこのお屋敷の古株でメイド長の次に偉い存在だ。いつも赤茶の髪を振り回し、弱い者を見つけては先程のように小言や罵声を浴びせる。身長が高めなせいもあってよく人を見下す、少し整った女性だ。

 嫌なことに歳は私と同じ二十一歳。ルビルさんはアーノルド様が大好きで、勉強を教えて頂いたり声を掛けられる私の存在が邪魔なのだろう。私がこの屋敷に置いて頂いてからは彼女の虐める対象は私にロックオンされた。



 他に比べて小さなドアを少々乱暴に開ける。



 それから出会う毎に何かしらの文句や仕事を押し付けられ、仕舞いにはご飯をも取り上げられた。その時皆はもう食べ終わっていたし、時間帯も遅かったので誰も気がつかない。



 机の上に置いてあるクリーム色の本を手に取ると、椅子に腰掛けた。



 嫌な時には本を読むに限る!

 私は早速表紙を捲った。




「だれでもすぐにわかるたのしいまほう




・・・『魔法!?』」



 驚きすぎて体が跳ねてしまい、手に持っていた本が宙を舞う。



 ヤバイッッ



 私は手を伸ばしてダイビングキャッチ。バランスを崩した体はそのままベッドにダイブした。ほっと一息つくと、じわじわ訪れる高揚感。興奮で震えてしまう手をなんとか押さえ込み、ページを捲った。



「えーと、まずは────




『魔法は大きく別けて、攻撃魔法、防御魔法、無魔法である。


攻撃、防御魔法は名前の通りで攻撃と防御を司る。

無魔法はほとんどが私生活に役立つもので、物を動かしたり、浮かしたりなど、魔法の基本となるもの。だから最初は無魔法から学んでいく。


その人が最初から持って生まれた魔力の量と質、練習の度合いなどで強さが変化する。



だからみんないっぱい練習しようね!

そして憧れの騎士になろう!!』




────こんなかんじかな?」




 まぁ確かに分かりやすい。

 けど如何せん内容が少なすぎる。


 私が読みやすいように子供用の本を選んでくれたので普通に読むことが出来た。が、やっぱり少ない。そこでアーノルド様との勉強会がとても有意義で為になるお話ばかりだということが身に染みた。


 毎日の勉強が未知との遭遇で、新しい知識を入れることが好きだった私は、その時間だけ地球の存在を忘れることが出来たんだ。丁度小説を読むときと同じように、その世界に自分が入り込んでいく感覚。現実逃避と言っても過言ではないが、その時間が今の私にとって息抜きであり、希望でもあった。



 確かに最初は死にたいと思った。

 アーノルド様が毎回自殺未遂をする私に逸早く気が付いて助けて下さったのだ。

 アーノルド様曰く、



「リナはすぐ気が乱れるからねぇ」



 と仰っていた。

 何の事か分からなかったけど、今はその力も魔法ではないかと思う。



「下ばかり向いてはいけないよ。頭から転んでしまうからね。ちょっとかっこ悪いかもしれないけど上を向いてごらん。きっと転ける時には先に手が付くから」



「これはリナが必死に生き延びようとした証だよ」



 そっと私の手をとって腕にある細長い傷を優しく撫でる。



「今諦めてはいけないよ。こうして勲章も貰ったんだ。ここは魔法がたくさんある世界、異世界へ渡る魔法だってあるかもしれない。絶対あるとは言えないけど絶対ないとも言えないのだから」




 さぁ、帰ろう




 そう言って伸ばされた手を、私は戸惑いながらも取ったんだ。








 次の日、雑巾を手にいつもより早い時間から掃除をしていた。


 昨日、あのまま寝てしまった私は寝苦しくて目が覚めた。そこでルビルさんに汚れが残っていたと注意されたことを思い出し、急いでお風呂などの身支度を済ませて出てきたのだ。


 皆が起きて来る頃にはなんとか全て掃除し終えた。後は今日のノルマのみ。



「おはよう~」

「おっはよー何かいつもより元気ないね?」

「無理するなよー」



 会う人皆に言われる。

 何処に汚れが残っていたと敢えて言われなかったせいで全部掃除し直す羽目になり、もう体力は半分も残っていなかった。この事がルビルさんにバレたら余計に仕事を押し付けられるので、早くすまそうと思ったのも原因だ。



「なんかいつもより不細工じゃない?鏡見て身嗜み整えて来なさいよ。そのままじゃ目障りだわ」



 誰のせいだよ誰の。



 喋る気力もなかったので大きく一礼をして御化粧室へ向かった。


 鏡の中の自分は一言で言うと不細工だ。悔しいけどルビルさんの言う通り。一つ括りにした髪はボサボサでピンで止めた前髪も所々はみ出していた。服は少しれて靴紐は解けかけている。

 顔を洗い、手早く正すと急いで正面玄関へ向かう。



 大きな入り口から左右両端に立ち並ぶメイドと執事。私は走って一番扉に近い場所に立った。


 順番は決まっていて、入り口から順に下の者から並んでいく。最後には側近や秘書が立っており、アーノルド様と共に歩かれるのだ。


 何故新人が扉に近いのか。扉を開けて前を見ると基本映るのは斜め前からだよね?真横は草食動物ではない限り見えない。人間は180度の視界の広さはない。

だから新人がそこなのだ。


 お前らはアーノルド様の視界に入る価値もない


 ってね。

 ポジティブに言うとしたら、早く向上しなさいなってとこかな。



 そうこうしている内に帰って来られたようだ。一瞬にして緊張した空気が辺りを包む。小さく深呼吸をして、周りと同じように背筋を伸ばした。



 大きな扉が開いていく。




「お帰りなさいませ、アーノルド様」




 寸分も狂わない揃った声。



 あぁ、違う世界にいるんだな



 何故かこの瞬間はそう思わせる。



 この習慣がないからか、このお屋敷を見渡せるからか、理由は分からないけどなんとなくそう思う。



「ただいま。いつもありがとう」



 優しく微笑み軽く手を上げて応えるその姿に、ふいにとても遠い存在なのだと現実を突き付けられた。


 分かっていたはずなのに何故か悲しくて、顔を俯かせないよう必死だった。


 勉強だけでなく、悩みも聞いてくれて一緒にお茶をしたこともある。偶に秘書の人にサボりを怒られている姿を目撃すると、その時は決まってばれない様に小さく笑いかけて下さるんだ。

 私の気が乱れているせいなのか、殆ど直ぐ見つけられ



「元気がないように見えるけど、大丈夫?」



 こうやっていとも簡単に心に入り込む。



 私が異世界から来たことや、ここに来る前にあった出来事もお話済み。だから気に掛けてくださっているんだなんて子供でも分かる。それが上部だけのものなのか、同情からか純粋な気持ちからかなんて判断することは出来ないけれど、それで救われたことは揺るぎない事実だ。


 私は今出来る精一杯の笑みを貼り付けた。



「だいじょうぶです。おかえりなさいませ」



 この感情に蓋をした。



「ならいいんだ。でもあまり無理しないように。午後の勉強の為に温存しておくんだよ?」



 茶目っ気たっぷりなウインクをして側近の方と一緒に階段を上がられた。


 やがてその姿が見えなくなるとみんな解散してそれぞれの仕事に戻った。私は少し名残惜しく、暫くアーノルド様が去った場所を眺めてから同じように仕事場に向かった。







 私の後姿を睨み続ける視線に気が付かないまま。


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