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もしも本当に異世界転移したのなら  作者: ヴァン
第一章
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悲劇と光


 死にたいと思ったことはありますか?



 この世にいたくないと、違う世界にいけたらと。



 私も何度も、何十回も思った。



 嫌なことがある度に



 あぁ、違う世界にいけたらいいのにな



 なんで生きてるんだろう



 生きる意味って何?



 この世界から自分という存在を消したい。







 今わかるのはとてつもなく全てが大切で、

 掛け替えのないものだったということ。











 あれからどのくらい時間が経ったのか、一時間か半日か、はたまた三十分か、何もわからない。

 木が大きすぎるのがいけないのだろうか、樹頭が見えない木は初めて見ました。



 何もしなかったら死ぬのかな。



 真っ暗な中を進むのは怖い。



 物語の主人公はヒーローが現れるとか特殊な力をもっているけど、そんなの現実ありえない。



 そして恐怖でお腹が空かないとかありえない。



 いつもと違う環境にいるせいか、水分もいつも以上に欲している。




 帰りたい嫌だなにこれ嘘って言ってよ誰か助けて




 頭の中でエンドレスに浮かぶ言葉。


 何回願っても考えても当たり前に助けなんかこなくて

 意味がないのに繰り返す自分自身も嫌になって

 でも思わずにはいられなくて

 どこかこの思いを吐き出したくて


 私は身近な木の幹を思い切り殴った。痛いけどまだ我慢できる。だから––––。



 何度も何度も拳を降り下ろした。一度殴る度に手がぼろぼろになっていく。こうでもしないと私の心がもたなかった。







「──────!」



 ぐらりと傾く体と急激な頭の痛み。恐らく髪の毛を鷲掴みにされている。そこに力加減なんてものはない。


 何か声が聞こえたけど理解できない。

 体の中から言葉では言い表せない感情が爆発した。



「──っなしてよ!」



 振り向き様に渾身の力で相手を突き飛ばし、その光景を見ないまま走った。去り際に髪の毛が何十本も抜けたがそんなの気にしない。



 これは夢だこれは夢だ



 夢だ夢だ




 呪文のように唱えるけど足は止まらなくて、心の奥底の思いを体は感じとっていた。




 これが現実なのだと。




「はぁ・・はぁ・・はぁ・・っはぁ」



 虫や動物の鳴き声が一切聴こえないこの森ではやけに自分の存在が目立っているように感じる。



 息ってこんなに乱れるの?自分の心臓が五月蝿い。



 速く走ろうと思えば思うほど、枝が折れる音や草を掻き分ける音が響いている感じが拭えない。それがまた焦る心を加速させる。



「・・はぁ・・はぁ・はぅあっ」



 足先の痛みのすぐ後に全身にくる衝撃。


 バイト帰りに遭遇したあの女のように体が揺れ出す。女みたいに私という助けてくれる存在がいない私は這いつくばってでも、少しでも遠くへ逃げようとした。だけど震える体というものは頼りにならないもので、いくら進もうと思っても力が入らない。腰を抜かした時のような、足が痺れて立てない時のような、とにかくもう終わったかもしれない。


 それでも力をなんとか振り絞って倒れた体を進ませた。立ち上がることは諦めて匍匐前進みたいに格好よくはないけれど、地面の上を這って進んだ。



 限界まで体を動かす力を与えたのは見つかりたくないという恐怖心。でも現実はそんなに甘くなくて、私は光の玉が見えたと同時に捕らえられた。



 乱暴に腕を引っ張って起こされると隣にあった木に叩きつけられた。



「──カハッ」



 二、三秒息が止まった。昔、二階の階段から転げ落ちて背中を打ったあの感じに近い。


 急激な明かりに目がついていかず、何度か瞬きをするうちに少しずつクリアになっていく。黒いズボンに黒いタンクトップのようなものからは現代っ子とは間反対な筋肉が顔を覗かせ、その手は私の顔のすぐ横に置かれていた。


 不気味につり上がる口に濁った細い目。左の眉はなく、その代わりに髪の生え際まで伸びた1本の傷跡がただの一般人でないことを決定付けた。


 男は空いている右手で自分の髪を掻き上げ、顔を近付けて来た。



「───?」



 何度聞いても分からない。でも黙ったままだと無視したと思われるかもしれない。私は震える唇をゆっくり開けた。



「ご、ごめなっさい。わかっ・・わからな、いです 」



 男は細い目を少し大きくしたがすぐにニヤリと笑った。私よりも遥かに高い身長をもつ男に見下ろされ、嫌な予感と圧倒的なオーラに心臓を鷲掴みにされる。


 私の顔をマジマジと見てやがて舌打ちすると徐にシャツを引き裂かれた。首筋に舌が這い右手は体を気持ち悪く撫でる。それは私の顔を見ないように進んでいるとしか考えられなかった。だってあれから男は私を一切見ていないのだから。



 じゃあするなよ。



 なんて言えなくて、初めて男が怖いと恐怖した。知らない人に体をまさぐられ、舐められ、吸われる。



 気持ち悪い怖い嫌だ



 少し身を捩るとお腹を殴られた。





 あぁ、襲われる人の気持ちってこんなだったんだ。







 時々、テレビのニュースで流れているのを見て



 可哀相だな、うわ、家から結構近くない?



 なんて呑気に考えていた、そんな自分を殴ってやりたい。何で抵抗しないのかとか思ったことがあるけど、そんなの出来るはずがないんだ。空手とか柔道なんかで鍛えていた人は別かもしれないけど、一般人は殆どの人が何も出来ないと思う。


 抵抗したら殴られ、更に乱暴に扱われる。泣いたらそれすらうざいと殴られた人もいるかもしれない。心と体を同時に、どちらの意味でも恐怖を植え付けられたら、もうどうすることもできなくなるんだ。



 男はお構いなしにどんどん進めていく。

 その行動一つ一つが私の心を蝕んでいった。





「─!────!!」



 誰かが叫ぶ声が聞こえた。



 男は首筋に埋めていた顔を上げ、気怠げに左側に視線を飛ばす。右手は私の体を触り続け、空いている左手で面倒くさ気に髪をぐしゃりと掻いた。左手の甲には大きな三本の傷があり、並みの暮らしをしていないことを痛感させるようだった。



「─!!───!!!!」



 声の主はかなり怒っているようで、半端なく大きく、乱暴な声が響いている。


 男は私の身体から手を離し小さく溜め息をつくと変わりに耳元に顔を寄せてきた。





「stay」





 耳朶を軽く噛まれ、首筋を今までで一番の強さで吸われた。それを満足そうに眺めた後、男は去って行った。


 一度も振り返らずさっきまでの状況がまるで嘘のように静けさが辺りを包んだ。



 光も無く音も無く生き物の気配も無い。

 少し前と同じ状況に戻ったのに私は動かなかった。確かに恐怖心もあるからとか、体が疲れているからとか色々な理由はある。

 でも一番の理由は違う。





「stay」





 そう、"待て"と言われたから。









 私はそれから待ち続けた。何で英語を知っているんだとかまさか言語として使われているのかとか疑問に思ったが今の自分にはたいして大きな問題ではない。ただその場にしゃがみこんでずっと待ち続けた。けれども、どれだっけ待っても男は戻って来なかった。


 いなくなったら世界の果てまでも追って来そうな気がして動けない。その時今回の事以上に酷い扱いをされそうで、恐怖が足を植えつけた。


 食べ物だって、飲み物だって無い。意識も朦朧としてきた。それでも動く事が出来なかった。

 でもふとした時に思ったんだ。



 死ぬなら何をしても一緒じゃないかって。



 酷い死に方はしたくないけど、あいつに捕まりそうになったらその前に死んじゃえばいいんじゃないか。


 この力の入らない体をなんとか起こそうと、木を支えに手足に力を入れた。ただそれだけの動作なのに息が上がってしまう。どこを目指しているのか自分自身分からないけど、取り敢えず小さな一歩を踏み出した。


 進もうと思う先には必ず大きな木が傍にあってそれを支えに進んでいた。足場は来たとき、逃げたときよりも遥かに歩きやすく、躓きそうな根っこも見当たらない。まるでこの森が「進んでいいよ」って言ってくれているように感じられた。


 それは偶然なのか、それともそう感じてしまうのはただ私の脳が機能していないだけなのか、見当もつかない。

 そんな私の目の前に映る大きな大木。少しくり抜かれ、へこんでいるけれど、そんなの関係なしに大きい。


 私は誘われるようにその木に近づいた。大きな大きな大木を眺めた。そっと撫でてみる。ガサガサしているかと思いきや案外滑らかな肌触りだった。



「ここで寝かせて下さい。乱暴はしませんから」



 昔、木に話しかけたら答えてくれると、とある先生が教えてくれた。


 へこんでいる部分に背中を預け、ずるずると地面に座り込んだ。



「私が死んだらこの体を栄養にして下さい。役に立たないのであれば野獣にでも食べさせて下さってかまいません」



 足を引き寄せ三角座りをし、頭を膝の上に乗せた。



「おやすみなさい」





 願わくば




 目が覚めたときには









 自分の人生が終わっていますように。


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