燻る気持ち
さり気無く距離を縮めてくるちーちゃん二号に無意識に退く体。嬉しくないことに、避ける私の行動に対し戸惑うことなく平然と近付いてくる図太い神経まで似ている。体に染み付いた問題児センサーの反応がけたたましく、一層のこと今からでもダッシュで逃げ出したい気持ちに駆られた。
「お待たせ。よく逃げなかったね」
「待ってないです。逃げても無意味に思えたので」
「それは正しい判断だ。どうせ逃げられないんだから」
爽やかな表情と言葉が全くもって一致していない。考えていたことを読まれたのかと思うと背筋が凍る。
な、なんなのコイツ!
例え超絶イケメンでも断固拒否、マジで怖い。現在普通の女である私に対してヤバイ発言が出てくるのに、もし今がケイの姿だったらと想像するだけでゾッとする。
【照明】の威力は異常だったけどほんの一瞬の効果だったため一度銀に染まった髪も直ぐに灰色に元どおり、私の姿で保っていられるわけだ。しかも村人は目をやられて、守り人は後ろを向いていたからその変化すら見られていないだろう。この男が何処かに潜んでいたと仮定しても【照明】で何も見えなかったに違いない。・・・切実にそう願う。
今回、守り人二人は顔見知りのせいか男の行動を阻害する素振りは見られない。呆れ顔と疲れた顔で行く末を見守るようだ。
いやいや、寧ろ今守ってくださいな!
私の心の悲鳴が言葉に出る時間すら与えて貰えず、とうとう男とゼロ距離になった。ちーちゃんよりも高い身長のせいで見上げる首が痛い。視線を絡めニンマリと笑う口は宛ら草食動物を追い込んだ肉食動物のよう。
「わ、わたっ・・・おいし・・ない!」
「そう?随分美味しそうに見えるけどねぇ」
恐ろし過ぎて自分でも何を言っているのか分からない片言になった言葉すら解読して見せ、更に鳥肌がたつ爆弾を投下してきた。
もう私のライフはゼロです。
男らしい手が私の顔に伸びてくる。継続して絡められた視線は獲物を捕らえた喜びに変化していた。
あと少しで手が頬に触れる矢先、右側から現れた白い手が目前に迫った男の手首を掴み引っ張っていく。
「先程はご迷惑をお掛けしてすみません。村に力を貸してくれないと聞いたらつい戸惑って感情のままに動いてしまいました」
男の手首を掴んだのは守り人を刺そうとした女。態とらしい上目遣いで謝罪する女に片眉が上がる。
何でまだいるの?帰れって言われてたよね?というか、謝罪するなら守り人の二人にでしょうが!しかも戸惑うって言葉の意味分かってんの?わたわた慌てた訳でもなく鬼みたいに目を釣り上げて二人に迫ってたくせに!
心の中で突っ込むも非常識な見解に驚いて上手く言葉が出てこない。取り敢えずこの男じゃなくて守り人二人に謝るべきだと主張すべく口を開いたら女が見えなくなった。
ん?何事?
視線の先には男の背中があり、見えなくなった原因はコイツだと判明。
「ちょっ–––」
「帰りなって言ったよね?何でまだいるの?」
酷く冷たい声色。
先程までのナンパ男みたいな猫撫で声は影を潜め、予想外の変化に文句を言いかけた口を噤む。
「え?」
姿は見えないけど声から戸惑っている様子が伝わってくる。
「女性には優しくがモットーなんだけど、人を害するモノは対象外なんだよね。一度ぐらいなら見逃すんだけどさ」
「流石に三度目はないよ」
一層下がった声色に背筋が凍る。自分に向けて言われている訳でもないのに勝手に体が震えだす。鳥の囀りすら消え失せた空間に自分の荒い呼吸だけが音を成しているように感じられた。
背中からでも分かる重圧に目を向け続けることが出来ず、視界に入れないよう思わず顔を逸らしてしまった。逸らした方向に居た守り人は全く変わらない顔色で行く末を見守っている。若干顔に浮かぶ面倒くさ気な気持ちは隠しきれていないみたいだけども。
普段と大きく変化のない様子に驚きを隠せないでいると、私の視線に気づいた守り人二人と目が合う。にっこり笑って小さく手を振ってきた。
・・・・え?
あれ、私がおかしいのかな?あの重圧に慣れているのかもしれないけど、今笑って手を振る場面じゃないよね?そんな和やかな雰囲気じゃないよね!?
「な、なんのこと?さっきのは確かに私もやり過ぎたと思うけど、三度じゃなく二度目の間違いじゃなくて?」
そこはそんなに重要じゃないから。寧ろ殺そうとしたのか刃物使った時点で普通アウトだから。
「黙ってくれるかな。君が昨日けしかけたことは知ってるんだからね。嘘ついて誤魔化す余裕があるならさっさと帰ってくれない?」
優しい語尾を使いつつも嫌悪感を隠さない言葉選びは内心の苛立ちを表現しているように感じられた。
『ケイ』
「––––ッ!」
咄嗟に口を手で塞ぐ。
以前レフの声が急に頭に響いた時は女性らしからぬ声が出てしまったが、二度同じ失敗はしない。
前回も急にレフの声が聞こえたこの魔法–––【心話】は、読んで字の如く心で話す、つまり声に出さずに会話ができるもの。
繊細な魔力コントロールや相手との距離によって消費する魔力が異なったり等、様々な条件をクリアして使えるものなので、私自身は使えずレフからの着信にのみ応答できる状態。悲しいことに私にはそんな高等技術はございませんので・・・。
『ケイ?』
『ごめんごめん、ちょっとびっくりしちゃって』
『それはすまない』
『謝らなくていいよ。これから慣れていくし!ところで、どうかしたの?【心話】を使うなんてよっぽどのことでしょ?』
『うーむ・・ちょっとな。手伝って欲しいことがあるのだ』
何をと聞いても教えてくれず、一先ず神殿に来て欲しいとのこと。
『あのね、行きたいんだけどこっちはこっちで非常に凍った空気が広がってんのよ。今すぐはキツイ』
『・・・何があった?』
ワントーン下がったレフの声に内心焦りそうになるも心を読まれないように平常心を取り繕う。
レフは何故か仲良くなればなるほど、私がすることに関して目を光らせるようになった。
私の監視というより、私に対する周りの反応や変化などを気にしているっぽい。どうやら契約前にわーわー文句を言った私の言葉に結構堪えているらしく、もう同じ思いをしたくないらしい。レフ自身も私を見守ることしか出来なかったあの時の不甲斐なさが忘れられないとかで、心配性になってしまったようです。
『待っていろ。直ぐに向かう』
ほんの少し心配性になった経由を思い出していたら返事をしない私に痺れを切らしたみたい。
本当に心配性になったなぁ・・・・じゃないって!だめだめだめ!
『待って!大丈夫だから!』
『何かが起きたから空気が凍ったのだろう?この森は我の領域だ。我が出て行かずどうする』
『待ってってば!まだ小競り合い程度だしレフが来るほどでもないよ。それに甘えてばかりいたら私自身成長できないし、ちょっと頑張らせて?本当に危なくなったら絶対に呼ぶから』
伝説級の生き物がほいほいと世間に出てはいけない。ただでさえトラブルを起こしている村人にレフの存在が知られたらと想像するだけでゾッとする。周囲に言いふらしたり仲間と言う名の恩恵にあやかりたいが為、無理やり守り人達の村に引っ越してくるかもしれない。騎士団や冒険者に密告された日には血を見ることは明らかだろう。レフや守り人が正当な理由もなく理不尽な行為を見逃すとは到底思えないからだ。
『・・・・危ないと感じたら直ぐに我を召喚すると約束しろ』
最初、別々に行動しようとしたときに何かあったらレフを召喚して呼ぶと約束をした。森はレフの領域だから何があっても直ぐに駆けつけられるから、自由に歩く許可を貰えたのだ。
『はい、私ケイ・ラヴェナルは危なくなったらレフィナドを召喚することを約束します』
気持ちは壇上での生徒代表宣誓に近い。もちろん、心の中ではあるがきっちり右手を上げている。
『直ぐにが抜けているぞ』
こ、細かいぞ校長先生。
『直ぐに召喚すると約束します』
『うむ。では落ち着いたら神殿まで来るように』
なんとか宥めることに成功したが呼び出しはチャラにはならなかった模様。何の用かは結局教えて貰えなかったので少しもやっとするものの、大事にならなかっただけでも僥倖だ。
安堵の息をそっと吐いているとこちら側にも変化が見られた。草や枝を踏んだ音が聞こえ、その音も段々と遠ざかっていく。
帰ったのかな?
男の背中からひょっこり顔を出して、そして猛スピードで引っ込めた。
怖い怖い怖い怖い。
え、あんなに人の目って鋭くなるものなの!?
顔を出した瞬間あの女性と目があった。取り繕う様子が欠けらもない吊り上がった目に込められた憎悪が手に取るように分かり、悪寒が走る。嫌な感情をぶつけられ、最初は恐ろしさと何で自分に向けられるんだという戸惑いが勝っていたが、やがて少しずつ可笑しいと思い始めた。
何故自分があんな目で見られなければならないのだろうか。
ふと感じた小さな疑問に、心に黒い点が落ちる。
初めて見た人だし今まで関わった記憶もない。しかも他の村人なので自分が不甲斐なく何か迷惑をかけたなんてこともありえない。
側から見たら今の私の状況は見目麗しい人たちに守られているように見え、女の嫉妬心を煽る光景なのかもしれない。
けれども、それがどうした。
私が貴方の目の前で男に甘えましたか?
助けてって縋りましたか?
いいだろーってドヤ顔しましたか?
寧ろ一言も喋ってないし。
黒い点という名のドロドロとした感情は勢いを増し、レフと守り人のお陰で落ち着いていた心を黒く染めていく。
嫉妬なんかなんなんか知らんけどや、そんならあんたも異世界に放り出されて犯されかけて騙されて殺されかけたらいい人に巡り合うんちゃう?
羨ましいなら代わったるわ。
「大丈夫?体調悪い?」
至近距離から男の声が聞こえた。
意識を外に向けると、眉をハの字に曲げた男が心配そうにこちらの顔色を伺っていた。口から飛び出そうともがく口汚い言葉を僅かに残った理性で抑え込んでいる間に既に村人は去っていたようだ。もういないのかと嬉しい気持ちと何故か残念な気持ちが渦を巻く。
あと何か一つでも余計な事をしたら反撃に出ようと思ったのに–––––。
そんな物騒な考えも何の抵抗もなく当たり前の判断だと思ってしまっているあたり、想像以上に心のバランスが崩れている。このままでは残った理性も早々に消え去り、この場にいる守り人に当たり散らす可能性が高い。
一歩後ろに下がって視界に守り人二人と男を入れ、深々と頭を下げた。
「勝手に飛び出して事態をややこしくしてしまい申し訳ございません。守ってくださり、ありがとうございます」
「い、いえ、こちらこそ危うく後ろから攻撃されるところを助けていただきありがとうございます」
謙虚にお礼を言う守り人に、そんなことないでしょうと口には出さず否定する。レフが私を自由に歩き回ることを許容するぐらい信頼している守り人。恐らく人間性だけでなく力強さもあるのではないかと思う。
あまり深い交流はないが、よく絡んでくるちーちゃんを例として上げてみよう。気配を感じさせず背後に佇んで私を揶揄うこと数回、私の行く道を先回りして待ち伏せしちーちゃんの気がすむまでホールドされること十数回、魔法の先生として教えてくれること数十回。これらの経験から守り人は決して弱くないと、恐らく普通ではないと判断できるだろう。
話を戻すと、女が守り人へ背後から襲いかかろうとした時、私が飛び出すなんて余計な事をしなくても対処できただろうということ。寧ろ場を引っ掻き回してしまい非常に申し訳ないことをした。
「そんなに眉間に皺を寄せたらダメだよ。折角の綺麗な顔が––––」
「見知らぬお方もありがとうございました」
手が伸びてきたタイミングでもう一歩後ろへ下がって躱す。
「助けていただいた事には感謝致しますが、そのように知らない方に触れられるのは些か良い気持ちは致しません。私は軽度ではありますが対人恐怖症の節がございますので、以後距離をとっていただきたく存じます」
女性にそんな対応を取られたことが始めてなのか、ぽかんと口を半開きに開けたまま言い返すこともなく固まっている。守り人も丁寧な言葉遣いに反して鋭い口調の私に驚き、目を見開いている。
「では場も落ち着いたようですし、森神様に呼ばれておりますのでこの辺りで失礼致します。皆様方、誠にありがとうございました」
もう一度深々と頭を下げ、その場を後にした。
早足で森の中を進みながら自然の空気を大量に吸い込んでは吐き出す。
助けてくれた三人にあの対応は良くなかった。でも、この感情をぶちまけるよりはマシだと自分に言い聞かせる。が、それでももっと良い言い方があったのではないかと思い悩むも既に終わったこと、後悔先に立たずとはこの事だ。頭で理解はしているものの気持ちが付いて行かず、こうやって自然のマイナスイオンを取り込んで忘れ去ろうと努力している。
意味を成さない無駄な努力を繰り返す間に神殿に辿り着いてしまった。
様々な感情が渦巻く心をそのままにしてしまうと大きなリスクが伴う。高確率でレフにばれる。そして原因究明の為守り人の村までならいいが、あの女がいる村まで行ってしまうかもしれない。けれども心はこれっぽっちも落ち着かず、落ち着く目処も立っていない。
仕方ない。全部話してレフが行動する前に全て解決済だと念を押すか。それでも無理なら今は知らない人に出会って心が落ち着いていないから側にいて欲しいと駄々を捏ねるのもアリかもしれない。
ここで考えていても何も始まらない。
最終的には諦めが肝心だ、うん。
最後に大きく息を吸ってマイナスイオンを吸収し、気持ち気分を落ち着かせる。今度は立ち止まる事なく神殿内に足を踏み入れた。その瞬間、足元から金色の光が立ち上り一瞬にして視界が真っ白に染まった。
眩い光が落ち着きを取り戻し、数度瞬きをしてやっと目が正常に戻った。
そして私の口がだらしなく大きく開くことになった原因がそこにはあった。
何故か見た瞬間悲しい気持ちになって涙を流したあのお墓の近くに生えた大きな木。よく背もたれにしてお昼寝をしたり何かとお世話になっている木に違和感を感じた。
茶色い木の幹に真っ白い何かが見える。大きさは私の顔ぐらいでよく見ると肌触りが良さそうな表面をしている。まん丸い白い塊から若干飛び出てるピンクのぷにぷに。そして木の側で落ち着きなくうろうろ歩き回る大きな狼もどき。
「ケイ!待っておったぞ!此奴を助けてくれぬか?」
私の存在に気づいた狼、元いレフは下がっていた尻尾をピンと立て、目もクリクリと嬉しそうに輝いている。
「た、助ける?」
「うむ。ケイを待っている間が退屈でな。動物たちにせがまれ遊び相手をしておったのだが、力加減を間違えたのだ」
レフの視線の先にはあの茶色い幹に出来た新しい真っ白いもふもふ。
何だろう、何処かで見た気がするんだけど・・・。
「我の手だと爪が当たるやもしれぬし、子犬のように咥えて引き出すことも出来ぬ。ケイ、此奴をその手で引っ張ってはくれぬか?かれこれ三十分は経過しておるのだ」
此奴って言うからには生き物だよね。で、恐らくレフと遊んでいた動物の内の一匹で間違いない。それでいて白いもふもふにあのピンクの肉球は・・・ウサギだね。間違いなく。
考えを巡らせている間に、いつの間にか後ろに回ったレフに鼻先でグイグイ押される。
「分かったから、取り敢えず引っ張ればいいんだよね?」
異様なほどまん丸いもふもふの両側を持ち、取り敢えず軽く引っ張る。
「ぴにゅっ!」
もふもふから悲鳴に似た鳴き声が聞こえた。
あれって鳴き声?ウサギってあんな声だしたっけ?
気が抜けそうさ声に戸惑いつつも気を取り直し、今度はもふもふから飛び出た足に注目する。
あまり力を入れてないのに痛いらしい。もしかしたら毛を引っ張られるのが嫌なのかと思い、先程よりも力を込めて小さな両足を掴んで引っ張った。
「ぴ、ぴにぃーーー!!」
大きくなった鳴き声に咄嗟に手を離した。楕円形に伸びていた体はぽよんっと二、三回上下に揺れて最初のまん丸へと戻っていった。
「・・・レフ、これ無理じゃ––––」
「ケイなら出来る。今度は横ではなく上下に持って引っ張ってはどうだ?」
何故か励まされ再度挑戦を促される。
どうやったらこんな状態になるの?
なんか、すっぽり綺麗に挟まってるよねこれ。
力加減間違えたって、何の間違いを犯せば木の幹に挟まんねん!!
森での出来事はいつしか頭から消え去り、目の前の珍妙な事件に頭を悩ませるのだった。
因みにウサギか無事救助されたのは、上下に引っ張る方法を試してから二時間後の事である。
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