訪問者
「あぁー、またダメだ」
何度目か分からない溜め息が溢れる。
魔力操作を止め、殆ど変化のない左手の甲を見て肩を落とした。
昨日、怪我をした村人を発見し治療した。いや、治療と言うよりは応急処置に近いのかもしれない。
魔法で水を出して傷を洗い、その後に治癒魔法をかけたのだが如何せん、効果が微力だった。足の大きな傷は抉れていたのが少し深めな切り傷になり、打撲などはその範囲が気持ち小さくなった。
僕の魔法はないよりはマシ程度。
寧ろ魔法と言っていいのかすら分からないほど残念なものだ。因みに魔法で出した水が少し捻った蛇口と同じぐらいだったことには触れないでもらいたい。
傷口を見るのをやめて草の上に寝転がった。
そよそよと揺れる木の枝の隙間から差し込む日の光。そして雲一つない晴れ渡った青空。自分の心とは真反対な天候に少しでもあやかりたく、大きく息を吸い込んだ。
原因は恐らく二つ。
一つは単純に魔力が体に馴染んでいない。
もう一つは一つ目の原因の影響で上手く調整できない魔力操作。
魔法を使う上で重要な想像力、イメージは今まで見た映画や小説、漫画などから充分過ぎるほどあるつもりだ。他に考えられるとすればこの世界での魔法・魔力に対する理解や知識だろう。
レフやちーちゃんが教えてくれるけどそれはどれも実践的なもので、更につけ加えると幼い頃から魔法に触れているため培った感覚や経験が根底から違う。それでも教えてもらった方が理解しやすいし実際に使うところを見ると色々気付くことも多いので無駄ではないのだが。
「練習しかないよねー・・・」
誰に言うでもなく独り言つ。考えても今の自分で出せる答えは結局一緒。それならば今出来ることからやるしかない。そう気合を入れ直すも、朝からずっと練習し続けた体は太陽の温もりに勝つことが出来ず、誘われるまま心地良い温もりに身を委ねた。
穏やかで、それでいてふわふわと浮いているような感覚を楽しんでいる中、段々とボリュームを上げた騒々しい音によって無理やり覚醒させられた。
太陽は少し傾き、お昼過ぎ夕方前という微妙な時間。また月守祭の準備で騒がしいのかと思いきや、なんだか様子が違う。村から少し外れた森の中から聞こえる怒鳴り声に首を傾げる。傾げた反動で視界に入った灰色の髪を見て今の自分の状態を察っしつつ、考えを巡らせる。
もしかしたらちーちゃんがまた何かやらかしたのかも。
寝覚めの悪い体を首や腕を回してほぐし、問題の場所へと向かった。
騒ぎの中心地に到着すると見知らぬ女と男が一人ずつ。対角線上に少し離れて見覚えのある守り人が二人。守り人の表情は険しく、良い話ではなさそうだと悟った。急に出て行って話がややこしくなる可能性を考慮し、一先ず気付かれない程度に近そうな木に身を隠した。
「だーかーらー、食料を少し分けて欲しいって言ってるだけじゃない」
「先日渡しただろう」
「渡したって四袋じゃない。一週間ももたないわよ。しかも何あれ、切ったら涙が出てくるぐらい痛いし辛いしなんなの?嫌がらせ?」
この世界も一週間という数え方をするんだと内容よりも違う点が気になってしまったが、軽く頭を振って余計な事を振り払う。
「あれは村の特産品だ。それに、火に通すと食べやすいと言ったはずだが」
「そうだったかしら?とにかく、あれじゃないのが欲しいの。お肉とは言わないけど、穀類とかお腹に溜まるような物よ」
「無理だ。特産品以外は皆が食べる最低限の物しかない。悪いが他をあたってくれ」
どうやら他の村人らしき人が守り人に食料を分けて欲しいといった内容みたいだ。何故食料が足りなくなったのか分からないけれども、聞いた感じそこまで切羽詰まったようには思えない。あと、個人的な感情になるが、お願いする立場にいながら偉そうな態度をとる姿勢が気にくわない。
守り人もそんな村人に好感を持ってはいないのだろう、態度もどこか素っ気なく、また必要最低限の会話しかしていない。だが、村人はその答えに納得いかなかったようだ。顔を顰めてさも不満だという表情を前面に出す。
「それは困る。他の村も同様の被害が出て作物が殆ど育たないみたいなんだ。頼れるのはあんたたちしかいないんだよ」
黙っていた男が女の後ろから援護射撃を行う。女よりも控えめだが、女の態度を窘めない時点で必然的に評価は下がる。
「もし作物を譲れないと言うなら、何人か労働力として貸してくれないか?」
「そうね!それはいい考えだわ!村の男たちは貧弱者が多くてねぇ。それに比べて貴方達はしっかり鍛えられているし、作業も捗って村も元通りになるかもしれないわ!」
男は顔色を伺うように恐る恐る話し、女は妙案だと満面の笑みで意見を肯定する。
だが、純粋な労働力を得られる喜びではないようだ。女は守り人に近づいて上目遣いで側に擦り寄り助けてほしいアピールをしだす。それもある意味仕方のないことなのかもしれない。何故なら守り人は漏れなく全員整った顔立ちをしているからだ。男らしい、爽やか、綺麗系等々、様々な顔立ちの者がいる。アーノルド様のお屋敷に居た頃と比較しても非常にレベルが高い。
しかし、女の誘惑に欠けらも揺さぶられなかった守り人は体に触れられていた手を払い距離を取る。村で見かけた時とは違い、いつも目尻が下がった瞳は冷たく、女が触れていた場所を然も汚いと表すように数回手で払った。女は呆気にとられ、守り人の行動を理解した途端顔を真っ赤に染めた。
「何よその態度!ちょっと顔がいいからって何をしても許されるなんて勘違いも甚だしい!」
「そちらこそ我等に願う立場だということを忘れないで欲しいな。我等の好意があったからこそまだ村として保っていられるのだ。態度を改めなければ、このままそちらとの関わりを断つことも考慮に入れている」
手を払った守り人ではなく、もう一人の如何にも狩人の風貌をした守り人が低い声で相手を突き放す。男は悪くなった状況に顔を真っ青にし、女は怒りのあまり顔を真っ赤にしたままだ。正反対な態度をとる村人に少しも動揺する事なく、話しは終わったと守り人は村の方に踵を返した。
だが、あんな態度をとる奴がその話に納得できる訳がない。
自分の魅力を最大限にアピールしたにも関わらず鼻にもかけない態度で遇らわれ、更には村への援助も取り下げるとまで言われたのだ。女としてのプライドをへし折られた女は絶望に打ちひしがれるなんて事はなく、浮かべた表情は狂気以外の何ものでもない。
気が付いたら女が走り出したと同時に木から飛び出していた。そして守り人と女の対角線上に立ちはだかる。
何か、何か気を逸らすもの。
風魔法・・・ダメだ。
この間失敗して木を薙ぎ倒したばかりだ。水は少量しか出ないし魔力を込め過ぎたらどうなるか検討もつかないのでこれも却下。他に攻撃性もなく、且つ使ったことのある魔法は何かないか。
その時閃いた一つの魔法。間近に鬼気迫る女に躊躇している暇はない。考える間もなく魔力を込めて魔法を発動した。
「【照明】!」
込めすぎた魔力のせいなのか、予想だにしていない効果をもたらした。体そのものが光に覆われ、瞬く間に強烈な光を発する。
「あああああああ!」
「うぅああああ!」
目先にいた女の目を諸に直撃し、更には後ろにいた男までも道連れにした。魔法を使った張本人はその効果に唖然とし、何が起きたのか把握出来ていない。
頭の中に描いたイメージでは女の正面に光る玉を出し、急に出現した物体と明るさに驚いて行動を止めるのではないかという単純な作戦の筈だった。にも関わらず何故か体自体が発光。しかも緊張と焦りで込めすぎた魔力により威力は半端なく、ただの照明に使う魔法が予想外な攻撃力をもって発動してしまった。
「主様!?」
「えっ、主様!?」
馴染みのある守り人の驚いた声が背後から聞こえ、直後に地面を蹴る音がした。三度瞬きをした時には既に整った顔が困惑した表情でこちらの様子を伺っていた。
「何故こんなところに?」
「何かあったのですか?」
困惑しつつも心配しているような、そんな表情を浮かべておろおろする姿からは先程の冷たい雰囲気を微塵も感じさせない。優しい声色で問われたけれども、こちらも想像していなかった事態に頭がついていかず、纏まらない言葉の代わりに正面に向かって指を指した。守り人はその指先を辿って視線を動かし、やがて目的のものを視界に入れると眉を顰めた。
地面に膝を付け、目元を手で覆い未だに唸り続ける女。その直ぐ側に落ちている果物ナイフよりも少し大きな刃物。
目に映る状況から何が起きたのか即座に判断した二人は勢いよく此方を振り返った。
爽やかな笑顔二つが私を捕らえた。
キラキラなエフェクトが背景に見えるのは、きっと幻に違いない。
「私たちを守ってくださったのですね!」
「あぁ!感謝致します主様!」
一人は右手、もう一人は左手と片方ずつ恭しく手を取り、片膝をついて見上げてくる。
・・・何だこの状況。
【照明】の魔法からまだ整理出来ていない頭が新たな状況を認識・消化出来ず思考停止。結果、唯見つめ返すことしか出来ない。
因みに、その行動により、相手からは堂々とした態度にしか見えず、更に尊敬の眼差しで見られている事には全く気が付いていない。
どうしたものかと悩んでいると守り人の背後から現れた人物を目にした瞬間、反射的に体が震えた。ずっと手を取り続けている二人はその微かな反応にも気付いたのだろうか、即座に立ち上がり体を反転させた。女は二、三度ほど頭を振り、乱れた髪から覗く鋭い目が私を捉えた。あまりのホラーじみた恐ろしさに小さく悲鳴をあげてしまう。
「・・・のよ」
「なんなのよあんたは!!」
急に叫び出した女から守るように私の視界を二人の背中が覆い隠す。それが余計に女の癪に触ったのか、鬼の如く目を吊り上げ地面に落ちたナイフを手に取った。
「なんでアンタみたいなブスが守られてんのよ!守るなら私みたいな人でしょ!?急に出しゃばってきてんじゃないわよ!!」
いやいやいや、何でターゲットが私に移ってんの!?
というか、最初に二人を殺そうとしたのはそっちだよね?それを助けた事で怒るならまだしも、二人に守られている状況が羨ましくて怒り狂うってそんな馬鹿な。支離滅裂というか脈略がないというか。
あと、ブスは関係ない。
人の心を抉るの、よくない。
あんたなんかうちのケイくんに比べればドブスなんだからね!!
なんて心の中で言い返しつつもナイフが狙っているのは私で、恐怖のあまり思考が飛んでしまったのは許してほしい。そして、壁になってくれている守り人二人がどうにかしてくれると当てにしてしまう小心者の私を許してください。
女は腕を振り上げ、守り人は腰を落としていつでも反撃出来るように身構えた。守人二人の間、少し後ろにいる私を目掛けて振り下ろされた矢先、後方から突風が襲う。咄嗟に目を瞑り、直ぐに止んだ風の後に鼻腔を擽ぐる柑橘系の匂い。
この匂いはもしかして––––。
思い当たる人物にまさかと思い目を開けたが、予想と違う光景に肩透かしを食う。
襟足が少し長く、けれどもざっくばらんに切られた黒髪。首筋やナイフを持った女の腕を掴む手から見える肌は健康的に少し焼けた肌色。程よい肩幅に引き締まった体はその長身に合っており、後ろからでも微かに見える口元は弧を描き、それがまた妖艶に見せていた。
「こんな物を振り回すなんて、随分とおいたをしたものだね」
口から溢れる声色は鼓膜を刺激し、一層周りを魅了させるのだった。腕を取られているにも関わらず妖艶な魅力に当てられた女はぼぉっと熱い視線を相手に向ける。
「今なら見逃してあげるから早くお帰り」
「えっ?」
そっと手を離して女の肩に手を置くと、強すぎず弱すぎずの絶妙な力加減で女の体を反転させた。
「は?何を言っているのだお前は。そいつは主様にナイフを向けたのだぞ。許せる筈がないだろう!」
「そうだ!それに一番許せないのはおま–––––」
「いいから。今は言う通りにして」
ね?と首を傾げておねだりをするその姿はあざといと感じるも、許してしまう魅力を兼ね備えていた。さらりと流れる黒髪は角度が変わった為か、太陽の光を受けて赤みがかった箇所がちらほら見える。
真っ黒ではなかった事に少し落胆するも、成る程と納得する自分が居た。
守り人全員に共通するのは整った顔だけじゃない。髪色も似通っているのだ。
ちーちゃんはストロベリーブロンドに近い赤よりの金で、目の前にいる二人は燃えるような赤。お爺ちゃんは赤茶だし応急処置をした男性は赤緑。基本は赤がメインだけど、突然現れた男みたいに赤が少しの割合の人もいなくはない。
ということで、今まで見た事はなかったけれども守り人であるだろうという安心感が強張っていた体を徐々にほぐしていった。守り人二人と気兼ねない会話をしていた事が後押しする材料となったのも、また然り。
ほっと一息ついていると、黒髪の男と目が合う。やっぱり見たことないなぁと観察結果を知らない人で締め括ろうとした時、パチンッとウインクを頂いた。そしてパクパクと動いた口の動きを読み取り唖然とした。
訂正。
この男はちーちゃん二号と名付けよう。
そう心に深く、ふかーく刻み込んだ。
ちなみに男が口にした言葉とは、
『待っててね、俺の可愛こちゃん』
コンマ何秒という単位で鳥肌が全身を覆った経験は、歩んできた人生の中で二度目。しかもこの世界に来た短い期間内の事であった。




