立ち位置
鮮やかな夕焼けが広がる時刻。
黄金色と茜色のグラデーションがかった湖の辺りに影が二つ。
「そろそろ帰る?」
隣りで腰掛ける人物に伺うように小さく首を傾げた。すると、投げ出されていた足を素早く戻し、返事もなく立ち上がると向かい合わせで正面に立つ。そして差し出された手。
「お手をどうぞ」
「それ、本来なら僕が使うべきセリフだから」
とか言いつつも、ちゃっかりと手を重ねる。このまま否定したり断っても無理やり手を取られると既に学んでいるからだ。
酷いとお姫様抱っこで強制的に村まで運ばれます。
「ありがとう。でも、今度は僕がするからね」
「譲らないさ。私の生きがいだからね」
何回言っても女の子扱いを止めないちーちゃん。何故こんなことが日常になっているのか、村に着くまでその原因でも考えてみようかな。
手を引かれつつ、目の前で揺れるポニーテールを眺めながらここ最近の記憶を辿った。
最初の出会いは田んぼだったっけ。田んぼに嵌って抜けられなくなり、それを助けてくれたのがちーちゃんだった。
出会った当初から口説かれていると言えなくもないお世辞や、鳥肌が立つほどの寒いセリフを恥ずかしげもなく宣った。言う側、言われる側が反対だと思うし実際そう言葉にしたのに一切取り合ってくれなかった。だけど僕に対してだけじゃなく、それが通常運行だと知ってからは抵抗する気力も一気になくなったけど。
最初は人とあまり関わりたくないから挨拶程度しかしなかったんだけど、会う度にハグなどのスキンシップをされ、構われまくった。必要以上に敬語を使って壁を使ったり、そっけない対応をとっても全然諦めてくれなくて。寧ろ神殿まで来て「あーそーぼー!」と声を掛けてくる始末。小学生かってツッコミが喉まで出かかったのを必死に我慢して居留守を使ったにも関わらず、バレてしまったのが未だに謎だ。「みぃーつけたぁー」と背後から聞こえた瞬間、恐ろしさの余り意識を飛ばしかけたことは決して忘れないだろう。
ほんの気持ち程度に整備された森を抜け、見慣れてしまった村から賑やかな声がここまで届いてきた。
「みんな元気だねー」
「元気を通り過ぎて鬼気迫る勢いだけどね。あと三日しかないもんね、月守祭。」
"月守祭"とは、この村の伝統である年に一度のお祭りである。
村に伝わる言い伝えによると、遥か昔に存在した巫女が村を守る為に神に身を捧げた。巫女はその身を対価に、お腹に宿っていた子供に村を守るための力を神から与えられ、村人たちはその子供を守るために制約付きの力を与えられた。そして神からの条件が一つ。
"巫女の血筋を耐えさせてはならぬ。その身を犠牲にしても守り続けるのだ。さすれば世界は平和に保たれ続けるだろう"
それから平和になった村は毎年欠かさず感謝の心を持って年に一度、盛大な祭を行なっているそうだ。
「というか、元気だねーって他人事みたいに言わないの。ちーちゃんもやる事あるでしょう!」
「えぇー」
「この前ムーキィさんが探してたよ?初日以来全然練習に出てくれないって泣きべそかきながら」
「だってもう覚えてるし。前日に、最低でも二日前に合わせたら十分でしょ」
なんとちーちゃんは月守祭のメインイベントである出し物に出演するそうだ。主演ではないが、他の村人達曰く一番人気の役だとか。ちーちゃん自体の人気も勿論あるけど、登場シーンが少ない割に戦闘シーンが多く、しかも絶対に外せない大事な役とのこと。それを聞いた時の高揚感といったらもう村中を走り回りたいぐらいだった。
だってだって、目の前でCGなんかじゃない魔法を使った劇が見れるんだよ!!
私が声優を目指した切っ掛けは洋画、主にファンタジー映画が好きで、その吹き替えをしたいと思ったからだ。
手から炎を生み出すような非日常の魔法に触れ、ドラゴンなど伝承でしかない生物と相見える事が出来る。物語の内容によっては、この世のものとは思えない幻想的な光景が広がっていたり、将又空を自由に飛ぶこともできる。
そんな世界に飛び込んで実際に物語の人物として生きることが出来るなんて、夢のような職業だと思った。
それがだ。ここに至るまで色々と嫌なこともあったけれども、現実として存在しているこの世界。魔法あり、嬉しくないけど魔物もいて、住民の外見もファンタジーでお決まりのカラフルカラー。他にも沢山ファンタジー要素がいっぱい詰まっていて、もし嫌な経験がなかったならば僕にとってここは理想郷であり夢の国でもあった。
その世界の劇と聞けば、自ずと期待してしまうのは仕方ないことだろう。しかもちーちゃんはこの村一番の使い手且つ、一番激しい戦闘シーンの担当。更に言うとこの役も三回目というベテランさん。
あぁー、早く見たい!
「ねぇちーちゃん、本番ってどんな格好なの?どれぐらい激しい戦闘シーンなの?」
「なぁに、そんなに私のことが気になる?」
繋がれていた手を引っ張られ、急な行動に体がつんのめる。ちーちゃんは体を半回転させて正面に立つとそのまますっぽりと僕を抱きすくめた。
「ちょ、何で抱き締めてるの!」
「んー?可愛かったから」
「いや、ただ質問しただけだし」
「あんなに可愛く上目遣いで聞いてきたくせに」
「なっ・・・!」
上目遣いなんて断じてしていない、と言い切りたかったのだが喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
今の僕はオリキャラ、大好きなケイくんと非常に近しい・・・というか、性格以外はそのものだけれど、それは言葉遣いや行動にまで影響を及ぼしている。魔力を使って"僕"になる時間が延びるのと比例して"ケイ"というキャラに近づいている気がしてならない。
何も言い返せないでいると調子に乗ったちーちゃんは僕の顎を人差し指で上げさせた。
「可愛いケイのお願いだからね、少しだけ話してあげるよ。私が演じるのは巫女の半身とも言われてる"カテーナ"って役。この世界を闇で包んだ災いといわれる反面、災いが広まるのを闇で鎮めたとも言われてる」
「おぉー!ちなみに外見は?やっぱり闇って言われてるから黒髪とか?魔法で色を変えたり出来るの?」
「ううん。外見を変える魔法は残念ながらないんだよね。だけど・・・」
何かしらの方法があるとみて黙って先を促す。けれども全然続きを話してくれなくて、疑問に思い目線を上げると異常にニンマリ笑っているちーちゃん。嫌な予感がして逃げようともがくも力強いホールドが微動だにしない。
「知りたい?可愛くおねだりしてくれたら話してあげるよ」
「お、おねだりとかしない!」
「ダメ?じゃあ続きは内緒ね。演者以外知らないカテーナの秘密を教えてあげようとおもってぶふぅッ!」
ちーちゃんの潰れた声が聞こえた後に髪が靡く程の風が通り過ぎた。
「こんの馬鹿者!それは演者以外に教えてはならんと言っておるだろうが!」
馴染みのある声になんとなく何が起こったのか想像がつく。伊達に引っ付かれ続けてる訳じゃございませんわ。けれども一つ物申したい。
ちーちゃんに怒鳴っているつもりかもしれないけど僕も近くにいるからね。こちとら毎回心臓が飛び出かけるわ鼓膜破れそうになるわ大変なんですけど!
「ったー。何も殴らなくていいでしょ。こんな可愛い娘に痕が残ったらどうするのさ!」
「滝の上から放り投げても無傷で帰ってくるくせによく言うわ!」
「あんな高さじゃ傷なんて作りようがないからさ!」
「お前、あれ神殿付近の木二本分ぐらいの高さだぞ」
神殿付近に生えている木は恐らく三メートル以上はあったはず。ということは、最低でも六メートル以上ある場所から落下しても平気ということだ。
いやいやいやいや、無傷とか可笑しいって。
―
その後も暫く言い合いは続いて、最終的にちーちゃんパパが引き摺ってちーちゃんを連行して行きました。僕に助けを求めていたけど、どうしようもないので手を振ってさよならした。
決して清々しい笑みなんか浮かべていない。悲しそうな顔がにやけ顏に崩れていなかったか非常に心配だが過ぎたことは仕方ないよね、うん。
お祭りの準備で忙しいみんなの邪魔をしないように遠目から眺めていた筈なのに、いつの間にか両手一杯に物が溢れていた。
僕が一人で歩いているのが珍しいのか、まず始めにちーちゃんが一緒じゃないことを不思議がられ、そのあと「これ持っていきな」みたいな感じで次から次へといただいてしまった。貰いすぎてなんだか申し訳なくなり、早いとこ神殿に戻ろうと最後の家の前を通り過ぎようとした矢先、名前を呼ばれてしまった。振り向いた方向にちょっと恰幅のいい女性が左手に何かを持って近づいてくる姿が目に止まる。
「主様、これも貰ってくださいな」
そう言って差し出されたのは赤く熟れた大きな実が二つ。
「お気遣いありがとうございます。ですが他の方々から既に沢山頂いていますので、お気持ちだけ受け取らせていただきます」
「私が主様に貰って頂きたいと思って摘んだものです。主人と一緒に選んだんです。どうか貰ってはくださいませんか?」
気持ちは有り難いけど正直困る。
村人たちはみんな優しい。僕が通ると笑って挨拶してくれるし質問しても優しく答えてくれるしこうやって色々貰ったりもする。
けれども僕は知っている。
それは僕だからじゃなく、僕が"力"を持っているからだってことを。
"ラヴェナル"の性をもつこの力の持ち主の正体は未だに不明だ。レフは何か知っているのかもしれないが説明してくれそうな雰囲気はなく、神殿内にも手掛かりはなかった。ちーちゃんにもそれとなく聞いてはみたけど満面の笑みで威圧されて何も聞けませんでした。
だから純粋に喜べない。けれども好意的なのは確かで、更には欲目があって恩を売っている感じでもない為無下にもできない。
どうしようか迷っていると、視界の端に映った光景に考える間も無く走り出していた。
「大丈夫ですか?」
「ん?あ、これは主様、お見苦しいところをお見せしてすみません」
「見苦しいなんて・・・。それよりも、何があったのですか?」
肩を借りながら足を引き摺って歩いてきた男は、僕の顔を見ると慌てて頭を下げようとしたので手で制した。顔には痣、腕には切り傷、そして引き摺っている右足は膝から足首にかけて切られたような跡があり、ズボンは赤黒く染まっている。
「ちぃっとドジしちまっただけです。主様が心配なさるようなことはございません」
「ですがその傷は––––」
「あんた!どうしたんだいその格好は!」
先程まで話していたおばさんが実を抱えたまま男に近付く。
「おう、今帰った」
「帰った、じゃないわよ!何がどうなったらそんな傷だらけになるの!」
「いつものだよ。だが今回は躾がなっていないのがいてな、帰る間際に後ろからやられた」
「–––––ッ!」
男、おばさんの旦那さんだろう人の説明におばさんは口を手で覆った。何の話か今一つピンとこないが、会話の流れからして恐らく魔物にやられたのだろう。僕を怖がらせないように言葉を選んでいるようだ。
取り敢えず現状をなんとかしなければと思い、口を開く。
「すみません、この手荷物を入れる籠などお持ちでしたらお借りすることは出来ますか?」
「え、ええ、持っていますけど」
「明日にはお返ししますので、貸していただけませんか?」
「今すぐ、ですか?」
「はい。申し訳ございませんがお願い致します」
おばさんは戸惑いながら旦那さんと僕を交互に見ると、やがて旦那さんに背中を押されて小走りで駆けて行く。
一分も経たないうちに戻ってきたおばさんに感謝の言葉を伝え、お見舞い用の詰め合わせフルーツに使われる籠に似たものを地面に置いてもらい、その中に両手いっぱいの頂き物を全て入れる。そして直ぐ様体を反転させた。
痛みに顔を歪めながらも、目が合うと心配しないで下さいと力なく笑う旦那さんに近付いた。顔を右に向け、旦那さんではなく旦那さんに肩を貸す少し若い男に声を掛ける。
「そこの石に旦那さんを座らせてください」
腰掛けるのに丁度良い石を指す。何を言われたのか理解できないとでも言うような顔でこちらを見たが、表情を変える事なく石の方向を指し続ける僕に戸惑いながらも旦那さんを運んでくれた。
若い男がゆっくり腰を下ろすようサポートしたにも関わらず、膝を曲げるタイミングで小さな呻き声を漏らす。なんとか座り終えた旦那さんに直ぐ様近寄り膝をついた。予想外な行動に目を丸くする三人だが、気にする余裕なんか欠けらもない。胸に手を当て、三度深呼吸をして気持ちを落ち着かせると傷口に向かって両手を突き出した。




