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もしも本当に異世界転移したのなら  作者: ヴァン
第一章
23/30

23



 田んぼから助けてもらった後、結局欲しかった野菜は貰わなかった。神殿内にキッチンとか家事用品が全くないことを失念していたからだ。村のどこかを借りればいいんじゃないかと守り人に提案されたが、丁寧にお断りした。レフの紹介だから恐らく安全な人達なんだとは思うけれど、臆病になってしまった心が人との関わりを拒絶した。


 レフは何も言わずに好きにさせてくれているけど、きっと守り人達との繋がりを望む気持ちはあるはずだ。私自身もこのままでずっといられるとは思っていない。今後、魔力の扱いに慣れてきたら世界を渡る方法を探す旅に出ようと決めているからだ。その為に必要な知識を得るために、日々守り人達の村へ足を運んでいるのだけれど、どうなんだろう。未だに距離感が掴めない。



 何度も通って見慣れた道を迷いなく進むと目的地である村の中でも一番立派な戸を発見。軽く三回ノックする。



「はい」

「ケイです」

「今少し手が離せませんので、そのまま入ってきてくだされ」



 木でできた古びた戸を軽く押す。一直線にテーブルに向かい、椅子に腰掛けた直後に左奥からひょっこりご老人の顔が現れ、穏やかに微笑まれた。



「お待たせいたしました。今日は貨幣についてのお勉強です」



 レフから紹介された三人組の中のご老人であり、この村の村長さんはテーブルの上に少し薄汚れた袋を置いた。縛っていた紐を解き、中身を取り出すと私から見て左側から銅・銀・金の貨幣が並べられていく。



「貨幣は大きく分けて三種類です。銅貨・銀貨・金貨にわけられ、銅貨が安く、金貨が高い価値を持ちます。その中でも少し細かく分けますと––––」



 説明をざっくりまとめると、細い貨幣を含め全部で八種類に分かれる。

 銅貨は小銅貨・銅貨の二種類。銀貨は小銀貨・銀貨・大銀貨の三種類。金貨は小金貨・金貨・大金貨の三種類、合計八種類となる。


 一食の平均は銅貨二枚から四枚、宿の一泊あたりの平均は小銀貨二枚から三枚。ただし食事なしの素泊まりでの値段だ。ただ、この村の住民は街に行くことも少なく、況してや宿泊など殆どしないらしく、現状とは一致しない可能性が高いからあくまで参考程度に、とのこと。それでも全く知らないよりは断然助かるので、感謝する気持ちに変わりはない。



「いつも貴重なお時間を割いていただきまして、本当にありがとうございます」

「頭を上げてくだされ。儂も歳ですからこのように復習することで老いを防ぐことが出来るというものです」

「ですが、私はいただいてばかりで何もお返しできておりません。そのように仰っていただけるのは嬉しいのですが、こう・・・勝手ながら良心が痛むと言いますか」

「いやいや、これは譲れませんぞ。儂らは主様のお力になることが誉れなのです。いくら主様と雖も奪わないでいただきたいですな」



 フォッフォッフォッと絵に描いたようなお爺ちゃんの笑い方をする村長に目で訴えかけてみる。

 あ、ニヤリと笑って逸らされた。


 最初に出会った頃は小指の爪ぐらいは威厳というものを感じられていたのに、今ではご近所のお茶目なお爺ちゃんポジションになっていた。歳が離れているからか、会話もしやすく穏やかに進む時間が結構好きだったりする。



 本当はもっと砕けた感じで、おじいちゃあああんって甘えてみたいんだけどなぁ。



 出された熱々のお茶に数回息を吹きかけ、ずずっと恐る恐る啜る。

 あぁ、このお茶も美味しいけど、熱い緑茶が恋しい。



「じっちゃん、祭具どこか知らない?」

「–––––ッ!」



 大きな音に驚き、飲んでいる最中だったお茶が勢いよく流れ込んできた。なんとか悲鳴を押し殺すために咄嗟に手で口を覆う。

 これ絶対火傷したわ。

 口の感覚からして間違いない。



「チェカ!戸を乱暴に開けるなと毎回言っておるじゃろ!」

「ごめんじっちゃん。それで祭具どこ?」

「儂に謝る前に主様に謝罪せい!ほれ見てみぃ、お主のせいで驚かれているではないか!」

「え?主様?」



 マイペースな人だなぁ、と再度お茶を啜りながら二人の会話をBGM代わりに聞き流していたら、最後に自分も巻き込まれてしまった。聞こえていませんアピールをしようかと悩んだ時間もありましたが、うん、無理でしょう。鼻と鼻が触れ合う寸前の位置で顔を覗き込まれているのだから。



「これチェカ!離れなさい!」

「主様驚かしてしまってすみません。で、何処かでお会いしませんでした?」

「チェカ!!」



 お会いしませんでしたかと問われても近すぎて判別できないので、一先ず体を後方へ退けた。バッチリ視線が交わる。少し吊り上がった茶色い瞳は楽しげに目を細め、口も綺麗に弧を描く。一つに纏められた赤よりのストロベリーブロンドの髪は時折窓から入ってくる風によってゆらゆらと靡いていた。

 暫く眺めているとやがて一つの記憶が思い出される。



「もしかして、田んぼから救ってくださった方ですか?」



 私の問いに細められていた目が見開かれる。



「あぁ!あの時のお肌モチスベ可愛い子!」

「も、もちすべ?」

「そう。私チェカ。チェカって呼んで。というか、あれから一回も遊びに来てくれなかったね。私結構楽しみに待ってたんだけどなぁ?」

「う、え?あの、」

「というかさっき驚いてお茶勢いよく口に入ってたよね?火傷してない?」

「あ、ちょっと––––」



 顎を軽く掴まれ、上を向かせられた。有無を言わさず口を開けられると角度を変えつつ口内を確認し、それによって眉間の皺が段々と増えていく。



「ごめん、やっぱり火傷してたね。今すぐ治すから」


「【治癒(ヒール)】」



 淡い光が体を包み込み、心地良い暖かさに自然と目が閉じていく。



 なんでだろう。力が入らない。



「あれ?もしかして【治癒】初めてだった?」

「お前は確認もせず使用しよってからに!!」

「いたっ!じっちゃんぐーで殴ることないでしょ!」

「ほんっっとうに学ばんな!お前は昔から–––」



 今度こそ二人の会話をBGMにして意識を手放した。



 これが私とチェカの繋がりを決定付けた大きな切っ掛けとなった。


 因みに後日聞いた話によると、【治癒】は体の治癒力を活性化させる魔法で、初めて受ける場合は体内の魔力がその力に慣れようとする働きが起こり、なるべく負荷が掛からないように強制的に眠ってしまうらしい。だから【治癒】を初めて受ける際は眠っても良い場所等、配慮して行うのが普通だそうだ。


 それまでが色々とインパクトが大きすぎて、その話を聞いた時も、だから村長さん怒ってたんだ、ぐらいしか感想が出てこなかった私の感性は少し可笑しくなってしまったのだろうか。












 燦々と降り注ぐ陽の光を程良く遮り、木漏れ日を反射して輝く湖。優しい風が吹くたびに木は嬉しそうに揺れ、その時々に応じて変化する幻想的な光景。



 その中心の少し開けた場所に小さな切り株がポツンと一つ。



 子供用の椅子に似た小さな切り株は、半円だけ伸びた側面を背もたれにし、自分に腰掛ける人物をしっかりと支えていた。


 両足は真っ直ぐ伸び、踵だけが地面に着いている状態。くてんと背もたれに体を預けている割にはお腹の上でお淑やかに組まれる両手。白いワンピースに似た服からは白く、それでいてか細い手足が覗いている。




「【風よ(ヴェント)】」



 桜色の唇から零れたハープの音色。

 小さな声から広がる音の振動は切り株を中心に渦を巻きながら広がっていく。絹のような艶やかな髪は花弁と共に宙を舞い、木漏れ日に照らされたその姿は宛ら女神のよう。

 もし、この光景を見ている者がいたら、ゆっくりと立ち上がり右腕を真横にあげる動作を見て、やっとその人物が現実に存在するものだと認識出来るだろう。


 女神に負けない美貌をもつ人物は上げた右腕を軽く後ろへ引くと、半円を描きながら前に突き出した。そしてその動きに合わせて動き出す風。


 閉じられた瞳を覆う長く、綺麗に弧を描く睫毛は微かに震え、口は真一文字に結ばれている。


 今度は突き出した手を振り上げると、その勢いのまま反時計回りの円を空中に描く。その後を追うかのように吹き上がる風。だが、吹き上がった風は二手に別れてそれぞれ別方向へと動き出す。


 時計回りと反時計回りに動いたとしたら、どうなるか予想がつくだろう。別々に動いていた風は半周回って重なり合い、そして瞬く間に反発し合う。一瞬にして手を上げている人物を中心に、外側へと四方八方暴れ出した。落ち葉だけでなく、小さくか細い木は地面ごと抉られ、根ごと吹き飛んで行く。



「・・・っ」



 左手を掲げている右手首に添え、何かを堪える様に歪む表情。荒れ狂う風の量は減ったものの、中心に作られた渦は非常に小さなものだった。渦の中心から半径約五十センチといったところだろう。



 それから数分経っても状況は変化せず、風を起こした人物を中心にその場所は暴風域と化していた。歪められた表情からは焦りが垣間見え、思わしくない状況であろうことは想像に難くない。



 だが、この均衡は唐突に崩された。



 明るかった筈の森が急に影に覆われ、渦の中心に立つ人物にも影を差す。違和感を感じ、きつく閉じられた瞳から鮮やかな宝石が顔を覗かせた。そして目前に迫る何かを捉え、海とも空とも例えられるその瞳は大きく見開かれた。


 咄嗟に掲げていた腕を素早く振り下げ、その動きを追って正面に吹き荒れる風。瞬く間に吹き飛んでいった影は少し離れた場所に聳え立つ大木にぶつかり、そこで初めて影の正体が大きな丸太だったことに気が付く。


 覚束ない足取りで半歩後ろへ下り、崩れるように元の切り株に身体を預けた。






「あらら、派手にやったね」



 反射的に振り返った先には、腰に手を当てた女性が爽やかな笑顔を浮かべていた。笑いながら近づいてくるたびに、ストロベリーブロンドのポニーテールが左右に揺れる。



「ちーちゃん…」

「怪我はないの?」



 ちーちゃんことチェカは、僕の顎を軽く掴んで上を向かせた。



「うん、可愛い顔」

「可愛くないよ!」

「じゃあ綺麗。美しい。人形も顔負けの…」

「あああああ!!わかった、わかったから!」



 ほっといたら永遠とベタ褒めの刑に合う為、必死で遮る。分かっていても否定してしまうのは性格であり、また元の自分の感覚が抜けないからだ。

 未だに超絶美形の美男子に変化したという意識はなく、昔のまま。だから褒められてもお世辞だと、そんな訳ないと反射的に反応してしまうのは許してほしい。



 まぁ、こんなこと説明できないんだけどね。



 顎を掴んでいる手をやんわり退けると不服そうな表情に変わる。



 なんでだ。



「魔力操作、大変そうだね」

「うん。全然進歩してる気がしない」

「そりゃ急に大きな力を手に入れたんだからそう簡単に体は馴染まないよ」



 普通誰しも魔力を持って生まれてくる。その量や力は千差万別だが、生活魔法程度なら呼吸をするのと同じように殆どの人が扱えるという。

 それに比べて、魔力という存在すらはじめまして状態なのに、いきなりラスボス並の力を得てしまった。悪戦苦闘するのは必然的と言えるだろう。



「魔力は感じられるんだけど、調整できないの。力を使うと必要以上に溢れ出てしまって、こう、体の中をグルグル不規則に巡っている感覚」

「んー、私には分からないなぁ。今まで困ったことはないし」

「ちーちゃんは村一番の使い手だもんね」



 そう、守り人の中で一番の使い手だ。魔力量は二番目だそうだが、それを上回るコントロールで相手を錯乱させるのが得意とか。それに魔力操作が上手ということは、イコール魔力の出力調整も得意ということで、所謂、省エネで長時間使い続けることが可能らしい。


 そんなすごいちーちゃんなんだけど、思考回路と行動は不明。あまり人と関わりたくなくて、村に来る時も人がいない時間帯を狙ったりとかしているのにも関わらず、積極的に話しかけてきた。道を変え、時間帯を変えても見つけられ、逃げても追ってきた時には流石に恐怖を感じたけども。


 今だって僕が座っていた切り株に無理やり座ってきたから、親切心で譲ろうと立ち上がると腰をホールドされた。そしてそのまま引っ張られて膝の上へ。



「ちーちゃん」

「んー?」

「んー、じゃなくて。何でお膝抱っこ?離しなさい」



 ペシペシと腕を叩くがビクともしない。

 こういう突拍子も無い行動にも慣れてしまった。



「ケイと言えども私の癒しを奪うことは許さない」

「いや、僕に対して使うセリフじゃないよねそれ!?というか、ちーちゃん女の子でしょ?それに今は"僕"なんだけど・・・」

「ケイはケイだから」

「・・・はぁ」



 諦めて力を抜くと一層ホールドが強くなった。


 背中にお胸さんが当たってるんですけど



 この歳までずっと女で過ごしてきたからなんとも思わないけど、これ普通の男性なら悶絶ものですよ。



 ちーちゃんは僕よりも背が高くてスレンダー。小麦色の健康的な肌に引き締まった体。トレードマークのポニーテールを解いて髪を下ろすと、活発な印象から一気に大人の雰囲気へと変わる。



 村の中でも大人気。

 しかも老若男女問わずです。



 ちらっと後ろを覗き見ると幸せそうな顔で背中に頬ずりしていた。




 ・・・・うん。




 正面に向き直ると自然と溜息が出た。ほんのり背中が暖かい。そこから身体中に広がる熱に思わず体が跳ねた。



「な、なに?」



 咄嗟に逃れようとするも、女性からは想像できない力強さでホールドを維持される。右肩からひょっこり顔を出した明るめの茶色い目と合う。



「今、私の魔力を流して調和させてるから動かないで」

「調和?」

「そう。偶に魔力量が多い子供がうまく発散できないことがある。一般的な量だと必要ないんだけど、ある一定の量以上だと適度に力を使って抜かなきゃいけないんだよ」


「だからこうやって肌を密着させて魔力を調和させ、力の使い方を教えるんだ」



 最初は違和感しかなかった熱も今では体の中で自分の魔力と混ざり合い、心地よく変化していた。漂っていただけの熱はやがて規則的に動き出す。体の中心部から外側に、肩から腕へ、掌から先まで。次に足、といった流れで体全体を一定の速度で巡る。



「うん、いい感じ。やっぱりセンスあるよ」

「そうかな?全く制御できなかったからイマイチ実感わかないなぁ」

「そういう鈍いところも可愛い」

「に、鈍いって……」




 時々襲ってくる軽いジャブを受けながら、コントロールの勉強はまだまだ続くのだった。

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