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もしも本当に異世界転移したのなら  作者: ヴァン
第一章
20/30

20


 春のような暖かさと鼻を擽ぐる何かの刺激に、自然と瞼が上がる。


 視界いっぱいに広がる銀色にまだ夢でも見ているのかと思ったが、鼻に触れた途端にその正体に見当がついた。



「・・・レフ?」



 目の前に広がる銀が波打ち、少し眩しくて瞬きをした。次に目を開いた時に映ったのは二つの黄金の輝き。



「目が覚めたのか」

「うん。なんだか凄く長い間眠っていたみたいに感じちゃうぐらいぐっすりだったよ」



 心なしか寝起きの自分の声にも違和感があった。背中に感じる温もりに体重を預け、両手を上げて体を伸ばす。ついでに大きな欠伸も一つ。

 生理的な涙を拭っていると未だにレフに包まれた状態だという事に気が付いた。



「もしかして私が寝てる間ずっと側に居てくれたの?」

「無論だ。離れるわけがなかろう」

「ごめん。動けなくて退屈だったでしょ」



 多分契約前に死ぬまで離れないでって言ったのをそのまま実行してくれているのだろう。



「その、側にいてって言ったけど、別に四六時中って訳じゃないよ?ずっと放置とかは寂しいけど、裏切らないで欲しいって意味だし・・・」

「我が此処にいることを選んだのだ。ケイは気にぜずともよい」



 申し訳なさで焦って早口になっていた私を宥めるように優しい声を掛けられた。なんだか最初の時より甘い雰囲気な気がする。間近にある顔を眺めるとなんだか表情も柔らかいように感じた。



「ありがとう。あとね、今度から敬語使わなくてもいい?まぁ既に砕けちゃてるんだけど」

「話しやすいようにすればよい」

「良かった。敬語だとどうしても少し壁を感じちゃうんだよね」



 嬉しくてつい頬が緩む。レフは顔を寄せ頬擦りをしてくる。お返しに自分からもふわふわな首に抱きついた。


 なんかいいよね、こういうの。



「思う事があったら正直に言ってね?今すぐ何でも話せる仲になれるとは思っていないけど、嘘はできればついてほしくない」



 抱き着いている体から微かな反応を捉えた。偶然かと思って声を掛けたら態とらしい程大きな反応が密着している箇所から伝わってくる。


 まさかもう?いや、あってもいいんだけど反応があからさますぎないかな!?


 焦る気持ちを押し込めて何気ない風を装う。



「言いたい事があるなら言って欲しい。聞きたいことでもいいから遠慮しないで?」



 なるべく優しい声を心掛けた。あの反応から何かあるなんて分かりきったことで、こんな初期段階から疑心暗鬼になって過ごし続けたくない。


 腕の中で微動だにしなかった体が動き出す。顔を上げるのかなと思ったらグリグリとお腹に顔を押し付けてきた。


 可愛すぎか。



「では一つ確認したいことがある」

「なに?」

「力を得たのは元の世界に戻る為と言ったが、最初にこの力を見つけた時に何故力ではなく元の世界に戻る事を願わなかったのだ?」

「うん?全部見てたんじゃないの?」

「映像は見えたのだが音声は途切れ途切れでな。それにずっと見続けられる訳でもない」



 イマイチ何が聞きたいのかよく分からないけど、取り敢えず素直に答えておく。



「私を助けてくれたアーノルド様が呪われたって聞いて、この力を手に入れて助けようとしたの。まぁ結局嘘だったから無駄骨だったんだけどね」

「無駄骨?」

「あぁ、そっか。向こうでの表現だから分かんないよね。意味がなかったってことだよ。呪われてるなんて私に嘘ついて森で死ぬように騙されただけ」

「・・・・それはアーノルドとやらの仕業か?」




 ドンッ




 神殿内が揺れた。




 突如襲われた重圧に膝をつく。いきなりのことに思考がついていかないが、なんとか事態を把握しようと鉛のように重い首を手まで使って持ち上げた。


 銀色の毛並みを全て逆立て、今にも射殺さんばかりの怒りが込められた黄金の瞳。体から溢れ出る大量のオーラは金色ではあるが、勢いよく揺らめくその様は宛ら炎のよう。喉から発せられる唸り声を聞き、改めて人ではない生き物であると認識させられた。



「答えよ。返答次第ではお主が庇おうとも生かしてはおけぬ」


 

 地を這うような低い声に体が跳ねた。徐々に重くなる重圧に息がしずらくなってくる。


 一旦頭の中を整理しよう。えっと、まず現在の状況はレフがとてつもなく怒っている。きっかけは私が騙された話をしたから。ということは私の為に怒ってくれていて、その矛先は名前が出てきた唯一の人物であるアーノルド様に向いてるってこと?

 現状を把握した途端、一気に血の気が引いた。この誤解を解かなければ冗談では済まされない怒りを露わにしたレフは絶対に有言実行、即座にアーノルド様を殺しに行くだろう。恐怖で引きつっていた体に鞭を打ちなんとか声を絞り出す。



「ち、ち・・・う、違うよ!」

「違うとな?まさか世話になっていた恩から庇っているのではなかろうな?」



 鋭く吊り上がった目に睨まれる。漏れそうになる悲鳴を懸命に飲み込み必要以上に大きく口を開いた。



「本当に、違うの。私を騙して殺そうとしたのはメイドでアーノルド様じゃない。アーノルド様は私を騙したのがルビルだと知って自分の事のように怒ってくださった。ルビルに手を下そうとしたのを私が止めたの」


「アーノルド様は森で死にかけていた私を助けてくれた。助かっても死ぬことばかり考えて、実際何回か死にかけた。その度に手を差し伸べてくれて、生きる道を示してくれたの。甘やかすだけじゃなくて叱って、褒めて、一緒に笑って、一緒に喜んで・・・悲しい時は一緒に泣いてくれた時もあった。アーノルド様は私にとって大恩人で、尊敬しているお方。私の唯一の、この世界での希望だったの。だから・・・だからっ–––––」

「もうよい」

「でもっ」

「よい。其奴が敵ではなくケイを守っていたのだと理解した」



 だから泣くなと目元を舐められた。レフに舐められて初めて自分が泣いていることを知った。感情の高ぶりに相まって話しながら情景を思い出してしまったからだろう。

 輝く金色の髪も垂れたエメラルドグリーンもあの眩しい微笑みも、もう見る事は出来ないのだから。



「後悔しているのか?」



 先程とは真逆の小さな声で問う。それに対し何を指しての発言か分からず首を傾げた。



「離れたことだ。ケイは其奴のことを好いていたのだろう?」

「・・・そうだね。正直後悔していないと言ったら嘘になる。けど、あのままだときっと甘えきってしまうから。それに自分自身を守るためでもあるの。多分私によくない感情を抱いていたのはルビルだけじゃないと思うんだよね」



 つい最近まで住んでいたお屋敷での生活を思い出す。その中でもルビルに関する記憶をピックアップし、思い出せる範囲で会話や周りの風景に意識を飛ばした。



 いつも何かと文句を言ってくるルビルさん。実はこの人はある意味潔かった。周りに他のメイドや執事がいても所構わず突っかかっては私に罰を与えていた。流石にアーノルド様や執事長、メイド長の前ではしなかったけれど意外と堂々と行うのだ。その時の周りの反応はと言えば特にこれといったものはなく、皆関わりたくないと顔を逸らし私をいないものとして扱った。下手に庇えば自分にまで火の粉が降りかかるのは明白だったから仕方がないのかもしれないけど、良い気はしない。



「あそこにいても第二のルビルが誕生していた確率は高いし、アーノルド様がぽっと出の得体の知れない存在を構うことを気に入らない人達はたくさんいるから」


「そんな理由を表向きに私は逃げたの」

「逃げた?」

「そう。さっき行った理由も本当。でも、一番の理由は嫌われるのが怖かったから」



 アーノルド様の優しさに甘え、溺れたかった。でもそれをどれだけ願っても叶うはずがないのだと、私は知っている。



「力の代償は"不老"と"呪い"。お屋敷に居続ければ歳をとらない私を不気味がるでしょ。きっとそれはアーノルド様も例外じゃない。もし、もしもそれでも変わらず接してくださったら、それは周りから反発を買い結局ご迷惑をかけてしまう。呪いだってどんな影響を与えるかなんて分からないのにお側に使えるなんてこと出来ないよ」

「・・・好いているからこそ離れると、そう言うのだな?」

「そんな立派なものじゃないけどね。上部だけかもしれないけど、それでも嫌われていないうちに綺麗な思い出のまま逃げ出したかっただけ。ただの我儘」



 そう、これは嫌われたくない、自分という存在を否定されたくないと恐れ、怯え、逃げた。恩を仇で返すようなことをしてしまった自覚はあるし申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、でも"化物"と言われて自分の心を保つ自信はなかった。



「いつかお世話になった恩を返したい。働いてお金を返したり、この力をちゃんと自分のものにして何か役に立てることがあるなら、影ながらお手伝いしたいと思ってる」

「・・・そんなに其奴の事を・・」

「私に生きる希望を与えてくれたお方だからね」

「ケイは良いのか?その気持ちを伝えてはおらぬのだろう?」

「うん?気持ち?そりゃ、恐れられたくないから逃げますごめんなさい、なんて言えないよ」



 無理無理と首を振って笑っていると真剣な眼差しで遮られた。怒っている訳ではなさそうだけれども、なんだろう、心当たりがない。



「どうしたいの?」

「気持ちを伝えるべきだと言っておるのだ」

「え?だから無理だって」

「そうではない。お主は・・・ケイは其奴の事を好いておるのだろう?伝えなければ次に進めぬではないか」



 ・・・・ん?



 待って。何か違う気がする。とてつもなく誤解が生じている気がしてならないんだけど。



 嫌な予感が頭をよぎる。



「レフ。ちょっと話を整理しよう。多分話が噛み合ってない」

「む?構わん」

「じゃあ確認ね。レフは私がアーノルド様に気持ちを伝えた方がいいって言うけど、それはどういう意味?」

「そのままの意味だが?あぁ、ケイは割り切れる性格をしているのか?それなら納得できる」

「ん?え?何で割り切る必要があるの?」

「なんと!ではその気持ちをずっと持ち続けて生きるのか!?ケイの心は耐えられるのか!?」

「ま、ま、まって!!!ストォォッップ!!」



 グイグイと迫ってくる鼻先を軽く押し返す。


 やっぱり何か違う。何か勘違いしてる。いったん、一旦落ち着こう。

 大きく数回深呼吸をして脳に酸素を送り、気持ちを落ち着かせるのと同時に頭の回転を促す。


 レフが私の気持ちを伝えるべきだと頑なに言い張るのは何故だろう。それに割り切れない気持ちとは?次に進めないってどういう事?


 その時一つの可能性に行き当たった。



 まさか–––––。



「もしかして、私がアーノルド様のことを好きだって勘違いしてる?」

「勘違い?ケイが先程好いておると申したではないか」

「あー、そうじゃなくて、恋愛、恋してるって思ってない?もしそうなら違うからね!私が言った好きは尊敬とか親愛っていう意味だから」



 レフの動きは止まり、キョトンとした顔で目をパチクリさせた。


 いや、可愛いけども!!



「あのね、引かないで聞いて欲しいんだけど・・・私、尊敬とかだけじゃなくて、アーノルド様を大切な人に重ねて見てたの。




 –––––––私の兄に」




 いつからだろうか。

 アーノルド様をお屋敷の主人と、雇い主だと見れなくなってしまったのは。




「私ね、実はすっごく甘えたなの。家族はもちろんだけど、性別構わず仲良くなった人とはスキンシップ・・・距離が近くなる。相手によってちゃんと対応は変えてるけど、抱きついたり頭撫でてもらったりとか好きで、あのままだとアーノルド様に甘えたいって気持ちが我慢できなくなりそうでさ。さすがにそれは不味いじゃない?」



 我慢すればいいだけかもしれないけど、ちょっと難儀な性格でして、甘えたいって思った時に我慢しすぎるとストレスに感じちゃうんだよね。

 一時期自分は異常なのかと思ったぐらいだ。まぁ、交友関係は狭く深くだったからそこまで問題にはならなかったんだけど、正直一番の原因は家族関係にあると思う。私の家族はみんな仲良く、ハグ・頬擦り・手を繋ぐ等全く抵抗がない。だから自分にとっての当たり前が出来ないことにストレスを感じるのだと思う。


 半笑いで自己中心的な考えを誤魔化すと再度腹部辺りに感じる心地良い温もり。引かれる可能性も考慮していたのに自分に引っ付いてくるその様子が嬉しくて、ふわふわな毛並みをゆっくり撫でた。



「安心した」

「うん?何に?」

「其奴の事を番いのような意味で好いていなくて。前のお主も好きだが、今のお主は危うい」



 前と今はそんなに違うのだろうか。もしかしたらレフには力を手に入れた後の今の状態が不安定に見えているのかもしれない。

 私は心も体も今は十分落ち着いているからと伝える為に口を開いたが、レフの口から出た言葉によって話す内容を忘れてしまった。



「我が理性のある生き物で良かったな。出なければ今頃其方を食べておるかもしれぬぞ」

「え・・・た、食べる?私美味しくないよ?」

「クックック。そういう意味ではない。あぁ、もしやお主は気づいておらぬのか。ならばそこの泉を覗くといいだろう」



 訳がわからず混乱している私をほって一人納得するレフ。一人というか、一匹?だけども。説明を求めるも尻尾で泉を指されるだけで何も教えてもらえず、仕方なく歩き出した。


 歩き出して間もなく体の調子に違和感を覚えたが、十歩程で辿り着いた泉に意識を持っていかれる。此処からの景色は唯綺麗というだけで特に変わった様子は見られない。


 輝く水面に水辺付近を飛び回る蝶。揺れる草に転がる動物たち。振り返っても機嫌がよさそうに尻尾を揺らすだけで話してもらえそうもない。意味の分からない行動に小さく溜め息を吐き、諦め半分、言葉の通り水面に顔を覗かせた。




 そしてこの後、驚きのあまり体制を崩したがなんとか泉に落ちなかった自分を褒めてもらいたい。





 銀色の艶やかな長い髪。

 大きな瞳の中に埋め込まれたサファイア。

 瞳を覆う長い睫毛にパッチリ二重。

 



 「–––––––え」




 半開きの口から溢れるハープのような美しい音色。思わず落とした視線に映ったのは服から覗く真っ白い雪肌。




 右手を前に伸ばして軽く振ると、水面に映るその人も同じ動作を行った。

 その姿が自分だと受け入れる前に、何でこんな姿になったんだと疑問をもつよりも大きな衝撃が私を襲っていた。





 だって




 この姿って









 私が妄想していたオリジナルキャラ、"ケイ"の姿じゃないか–––––。


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