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もしも本当に異世界転移したのなら  作者: ヴァン
第一章
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人類の過ち



 生物の大半が寝静まっている丑三つ時。



 森を覆う一面の赤。

 木から木へと即座に燃え移り、瞬く間に広がりゆくその光景は宛ら火の海だ。


 地上に蠢く黒い影。

 悲鳴とともに逃げ惑う人々。女は犯され、決死の覚悟で戦うもあっけなくこと切れる男たち。下卑た笑いでそれを楽しむ集団は剣やナイフなどそれぞれの獲物を片手に躊躇なくその命を奪っていく。


 鎧を着込んだ別の集団は襲われている質素な服の者を助ける訳でもなく、自分たち以外の者全てを敵とみなし慈悲もなくその腕を振るう。



 いつもは鮮明に輝く星も姿を隠し、その存在すら消してしまっていた。夜空に広がるのは真っ黒な闇ではなく、黒く濁った赤のみ。




 そんな中、一つの黒い影が大きな木の枝に飛びかかる。右腕を後ろに引き、周囲の火に照らされて鈍く光ったことによって、その手に握られたものが鋭利な刃物だと認識することができた。

 良く目を凝らしてみると、太い枝の上に何かがあることに気がつく。黒い影は引いた腕を枝の上にあるその何かに向かって素早く振り下ろす。



 その時、枝の上の何かが蠢く。

 途端に襲いかかる圧力と恐怖。



 黒い影は腕を振り切ることが出来なかった。



 暗い闇の中、現れた赤い球体が二つ。


 恐ろしい筈なのに何故か視線が吸い寄せられる。その目線の先の正体は焦点の合っていない不気味な目。それが人間のものなのか化け物のものなのか、辺りに広がる火の逆光と枝や葉の影に隠れ、判別がつかない。


 唯一分かるものといえば、恐らく殺そうと飛びかかった黒い影は正体不明のモノから溢れ出る異常な気配に即座に心を折られたということ。


 腕を振り切る度胸もなく、また空中で急遽体制を整える心の余裕もなく落下していく。落下音の中に鈍い音が含まれていた。その音に誘われて集まってくる薄汚れた服装の男が数人、落下した黒い影––––黒い服を着た人物を取り囲む。


 一方、正体不明のモノは視界から黒い影が消えると異常な気配はなりを潜めた。そして黒い影と反対方向に目を向ける。下から聞こえる下卑た笑い声や肉を切り裂く雑な音に一切興味を持たず、燃え盛る火の海をその瞳に映す。虚ろな瞳で固まったように動かないそれは、何が起きようと微動だにしないと思われた。

 


 だがそれは早々に覆された。



 木の根元付近で戦利品を焦っていた男たちは反射的に上を向く。体の底に眠る防衛本能がけたたましく警報音を鳴らしていた。けれども逃げる事はできない。


 地面に押し潰されそうな威圧感が木の上から発せられ、それは数秒も経たないうちに地面に降り立った。地面に着地する寸前に襲いかかってきた突風に男たちは顔を腕で守ることしかできなかった。だが、思いの外直ぐに止んだ風に恐る恐る腕をのける。視界に映るのは奥の方で燃え広がる炎や周囲に生えている大きな木のみ。


 男たちは静かに息を吐き胸を撫で下ろした。



 しかし、それは束の間の休息。



 男たちの中心部から異様な気配が放たれた。その正体を見る前に先程とは比べ物にならない突風に襲われ、体が木に叩きつけられた。吸収出来なかった衝撃はダイレクトに体にダメージを与え、口から大量の血を吐かせる。


 その状況を作った元凶は黒い布切れと肉片が散らばる中心部に一歩近づき、地面に転がっていた鋭利な刃物––––ナイフを手に取る。肉片や周囲に転がるモノに目もくれず体を反転させて先程まで見ていた燃え盛る火の海へ足を進めた。



 火に近付くに連れその正体が露わになる。



 風に靡く長い髪。

 芸術品、その中でも最高傑作と断言できる程整った顔。線の細い体も相まって一層中性的な外見を引き立たせる。髪や目は燃え盛る炎によって正確な色の判別がつかない。


 ただならぬ気配を発する芸術品が歩く度、道を開けるが如く左右に別れていく炎。そして軽く右腕を振ると炎がパックリと割れ、一直線に道が切り開かれた。平然と速度を変えることなく歩を進める。


 少し開けた空間に出ると地面に転がる女とそれにのしかかる男が何やら言い合っていた。女の顔は恐怖に染まり男は優越感に浸り欲望のまま女の体に触れていく。


 だが、男の独壇場もここまで。


 突如発生した突風により男の体は瞬く間に吹き飛んで行く。ただの風ではなく、体から血飛沫を撒き散らしながら近くの納屋へ突っ込んでいった。残された女は身体中に飛び散った血を気にする素振りもなく、呆然と男が飛んで行った方向を見ていた。


 女は地面を擦るような音がしてようやく納屋から視線を外した。そしてその視線の先にいた人物を見て息を飲む。余りの美しさに言葉を失い、唯々その人を見つめることしか出来ない。


 惚けるように魅入っていた矢先、その人物から突如溢れ出した異常な力。のしかかっていた男など現在の状況に比べたら小指の爪以下。圧倒的な差に加え、更に明らかに殺意がこもった圧力をかけられた女は口をだらしなく開けたまま震えだす。



 恐ろしく整った人物は初めてその目に感情を露わにした。



 周囲の炎を映して血のような赤に染まったその瞳は冷たく、それでいて憎しみを宿し女を見下ろす。




「––––––––––」




 外見と同様、裏切らない美しい声で言葉を紡ぐ。

 言葉を投げかけられた女は首を横に振る。




「–––––」




 短く追加された言葉に女の顔はみるみる真っ青に変化していく。そして壊れた人形のように首を横に振り続ける。だが、そんなものに意味はなく、近づいてくる芸術品(それ)を止めることは出来ない。



 風に靡く艶やかな長い髪。

 赤黒く憎悪を露わにした大きな瞳。

 すらりと伸びた手に握られたナイフ。




 淡い青色を放つ満月を後ろに、細くしなやかな腕を躊躇なく振り切った。




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