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もしも本当に異世界転移したのなら  作者: ヴァン
第一章
18/30

アフィニター


 そう思うとすんなり納得出来た。

 この世界と自分の世界の常識を一緒にしてしまう癖を改めなければ。まぁ使い始めたのも昨日からだし、少しずつ慣れていこう。


 白い手に引っ張られながら長閑(のどか)に景色を眺める。ゴーグル越しではなく裸眼で、しかも酸素を気にしないまま楽しむ事なんてなかなか出来ないだろうから。


 ゆっくりとした時間の流れを楽しんでいると緩やかに引っ張っていた力が止まった。どうしたんだろうと振り向くと真っ白い手は消えていて、その代わりに正面に佇む狼の石像。



 これ、神殿にあった石像だ。



 鋭く吊り上がった瞳。

 神殿と同じ真っ白な体に鋭利な牙。


 私が力を得た場所と同様、左右均等に並んでいた。何気なく左側の狼に近付いてみる。あまりの迫力に今すぐ動き出すのではないかと思わせるぐらいの精密な作りに驚いた。けれども美しく、感嘆したのもまた事実。


 昔から和よりも洋、ヨーロッパなどの美術品が好きだった。建物叱り、美術品も、勿論石像も。


 恐る恐る手を伸ばすと冷たい感触が伝わってくる。感触を楽しみながら眺めていると、大きな牙が覗く口の中に水晶玉のような物が埋め込まれていることに気が付いた。



 透き通った傷一つ無い綺麗な水晶玉。



 徐に触れてみる。すると触れた場所から光が差し込み、銀、そして深い青色に変化した。

 ガコンッと何かが外れるような音が右から聞こえたので、不思議に思って見てみるとあらびっくり、扉が出現していた。真っ白い両開きの扉には狼の口にあった物と同じ水晶玉が埋め込まれ、先程のものよりも一回り大きい。同様に触れてみると透き通った玉は銀色から青色に変化し、扉が左右に開いていく。


 私は怯えること無く歩を進めた。私の中の力が前へ前へと急き立てたからだ。足は動かしながら後ろを振り返ると既に扉は跡形もなく消えていた。



 辺りに浮かぶ白い玉の光に照らされて、特に怪我をする事もなく階段を下りられた。思ったよりも短い階段を終えると少し進んだ先に置かれた大きな扉。見てきた中で断トツに大きく、立派で、圧倒的なオーラが漂っていた。


 ここに入る時に開いた扉とは異なり、扉全体に刻まれた魔方陣。美しく描かれた翼の中心に大きな水晶玉が一つ。高鳴る心臓の音で耳まで覆われた。



 ここ、此処なんだ!


 私が待ち望んでいた場所。



 あぁ、早く





 早く一つに───





 私は震える手で水晶玉を触った。透明、銀、そして青。比較出来ない眩い光が辺りを包み込む。青の輝きが周りを照らす様は海を、空を思い出させた。


 光の収束と扉が開くタイミングは同時。開ききるのを待てずに走り出した。眩しくて細めていた目は徐々に薄くなる光で元の大きさに戻り、結果、それよりも大きく開くことになった。

 これを見て驚かずには要られないだろう。



 辺り一面に広がる緑。

 楽しそうに踊る蝶や鳥達。

 その声に合わせて揺れる花。

 小さな動物達の喉を潤す大きな泉。

 マイナスイオンを醸し出す巨大な滝。



 現界とはかけ離れた神秘的な光景に言葉が出ない。

 此処に危険は無い。そんな安心感が体を包み込む。

自然と緩んだ頬に気づかないまま足は勝手に動き出した。


 兎やリスの戯れた様子を見つめながら意外と地球の生き物と変化がない事に少し驚く。

 目前に迫る巨大な滝は横一直線に広がり、これより先に進めない。意図的に道を塞いでいるように感じられた。無言で掛かる圧力に普通なら怖じ気付くかもしれないけれど、私の足は迷わなかった。



 私には呼ばれた様に感じられたから。



 誘われるがまま巨大な滝に歩み寄る。下から見上げると頂点が見えない。

 顔に当たる水飛沫が気持ちいい。そっと手を伸ばしてみる。



 刹那、滝が割れた。



 歴史に出てくるモーゼの十戒みたく真っ二つに割れていった。モーゼは海で私は滝だけど。滝から現れた道は細長く一直線に延び、幅は大人三人分ぐらい。

 沸き起こる高揚感に自然と足が速くなる。歩く毎に後ろを滝が防いでいく。私を帰さない為か役割を終えたからか解らないが、直ぐに戻れる気配は無い。戻るつもりもないけれど。



 長い道のりを終えると広がる緑の世界。十メートルぐらいはあるのだろうか、それ程巨大な木には真っ赤な実がつき食欲をそそられた。木の足元には神殿と同じ素材と思われる真っ白い長方形な石が一つ。

 私の足は勝手にその石の元へと動いていく。






 ––––ウリ・––––ナ––

 此処に眠る。






「・・・・あれ、何でだろう」





 頬に伝わる感触。



 何で




 何で涙が出てくるんだろう。



 次から次へ零れ落ちる涙。

 切り裂かれる胸の痛み。



 憎しみ

 怒り

 叫び



 そして悲しみ。



 ルビルの時と似ている。

 けれどもそれよりも深い闇。



 私はその場に(うずくま)った。




「–––––––ッ」




 声にならない叫び声。

 波打つ心臓の音。



 体の中心から青い光が溢れ出す。

 私の中に埋め込まれた力の源。





 "一度交わると戻る事は二度とない"


 "代償をその身に受けても力を欲するか"




 今なら以前の生活に戻れると暗示している。呪いからも解放されてアーノルド様の元へ戻れるかもしれない。前と同じ、一緒に勉強して、たまに食事も取れて、お掃除して、楽しいお話も聞かせて頂いて、とってもとっても幸せな日々。




「代償・・・ねぇ」




 例え此処で力を捨ててもきっとルビルと同じような人が現れる可能性が高い。その時に何も力が無かったら私の抵抗も虚しく殺されるだろう。それにこの世界は魔獣や魔物が存在する。けれどそれに対抗する魔力(すべ)を私は持たない。



「力を手に入れる代償・対価とかって教えてもらえるの?」



 "否"



「ですよねー。・・・じゃあ一つしか選ぶ道はないじゃない」



 アーノルド様が守って下さるかもしれないけど、じゃあいない時は?居たとしても負担をかけるばかりではないか。死ぬまで怯えて地球での事を想い、絶望しながら過ごすのか、長い間地球に帰る方法を探し続けるのがいいのか、正直分からない。だけど一度手に入れた力を覚えてしまっている以上、次からは何かが起こる度に思い出し、力を欲してしまうだろう。となると、答えは一つしかない。




「私は力を選びます」



 "ならば授けよう。この地を揺るがす莫大な力を"



 青の光の玉が私の心臓と絡み合う。



 "力の引き換えとして、以前と同じ寿命と呪いだけで済んでいるのは既に対価を貰っているからだ"



 既にってどういうこと?






 "地球での人生。それが対価だ"






 言葉が聞こえなくなると胸元から放たれた青い光も無くなっていた。

 私は心臓の辺りを緩く撫でた後、言葉の意味を理解してしまい、固まった。




 もう地球に私の居場所はないのだろうか。









 本当にこれで良かったのだろうか?


 先程の言葉が頭から離れない。



 いつから、いつから地球での人生を対価にされていた?あの口振りだと私が力を手に入れる前からな気がする。でも、神殿を探しに行った時ぐらいじゃないとこの力と関わるタイミングはなかったはず。




「まさか・・・この世界に来た時から?」




 何で、どうして。

 疑問と認めたくない心が交わって頭を混乱させる。


 もしも最初から対価として奪われていたのなら、何故最初から力がなかった?何でアイツに襲われた時に発動しない?どうして魔法の勉強をしている時に覚醒しなかった?


 初めから力があればあんな思いをせずすんだのに––––。




 けれど、後悔しても遅い。

 もう後戻りは出来ないのだから。



 私は名前と思わしき文字が刻まれた石に手を置いた。



「ねぇ、私の心を掻き乱すあなたは誰なの?何故だか私はあなたを知っている気がするのに思い出せないのが苦しい。知っていると思うことが怖い」




 だってこの世界の存在すら知らなかったのにどうやってこの世界の人物を知る事ができる?況してや来たことなんてある訳がないのに。

 だからこそ、知っている気がすると思ってしまっている自分が怖い。更に言えば、どこかそれを既に受け入れている自分が恐ろしい。



 まるで自分の体ではないかのよう。



「何でこんなに苦しいの?何で・・・何で悲しいの・・・」



 一度は収まった気持ちが溢れ返る。

 枯れない気持ちが心苦しい。止まらない涙の訳も、苦しい理由も私の体の筈なのに何も分からない。


 何も理解出来ないまま目の前の石、恐らく誰かのお墓を抱いて泣き続けた。



 そんな私をふわりと何かが包み込んだ。


 銀色でふわふわで、大きいもの。

 生暖かいもので頬を撫でられ、その方向を見やると鋭いけれど優しい瞳で此方を見ていた。


 赤い舌は口から零れ、艶やかな銀の毛並みは美しい。


 私を包み込んでいたのは、神殿の入り口にあった石像と似た銀の狼だった。



 食べられる!



 なんて感じは一切せず、寧ろ私を心配しているのが目を見て分かった。狼は長い舌を私の顔へ這わすと目を舐められた。最初は驚いて固まってしまったけど今は嬉しくて仕方ない。



「ありがとう、狼さん」



 涙を拭ってくれるその行動に思わず笑みが溢れた。私という人間を心配してくれるものに出会えたのだから。これからは人との関わりを避けようと思っていた所だったが、狼は人ではない。



 決して人間程欲深くはないだろう。

 それにこの狼は普通のと何か違う気がした。



「もう泣くな。我が共に居る」



 鼻先を私の顔に軽く擦り付ける。声からも本当に私のことを心配してくれている気持ちが伝わってきた。表情からも読み取れたが、声に出してくれた方がより分かりやすい。そして嬉しい。



 ・・・ん?あれ?

 というか、




「・・・喋れたの?」



 お目目をパチクリとさせる狼さん。



 可愛い!じゃなくて、喋った!?というか、何で自分も普通に反応してんねん!と、誰に言うでもなく心の中で一人ツッコム。

 これが関西人の性なのか。



「我はこの神殿を守護するもの」



 狼はゆっくり頭を下げた。私も慌てて正座する。



「私は地球からいきなり此の世界に来てしまった芹沢りなと申します」



 深々と頭を下げた。勿論手は三つ指だ。なんでかわからないけど、こう、神々しいというか、威圧感とか諸々を考慮しての対応です。



「良い名だ。しかし、これからその名を使う事はできぬぞ。おぬしは代償に自分を捨てたのだから」

「私が・・・自分を捨てた?」

「如何にも。対価で言われただろう?寿命、呪い、そして地球での人生と。それは今まで生きた証を捨てるという事。ならば新しい名を付けねばなるまい」



 狼の説明にあまり驚かない自分が居た。

 なんとなく想像していたし、どんな力か解らないけれど、普通とは何か違う感じがするのだ。



「その力は偉大な力。想像もつかぬ大きな力を秘めている。寿命と呪いで済んでいるのはその対価があればこそ。それが無かったら今のおぬしは無い」



 発せられる声が真剣過ぎて、冷や汗が流れ落ちた。何故この力は私を選んだのだろうか。不思議に思うも理由に心当たりはない。



「急に言われても、名前なんて直ぐ思い付かないです」

「まぁゆっくり考えてもいいだろう。ファミリーネームは決まっているのだからな」

「そうなんですか?」



 私の問いに狼は尻尾を動かし、目当ての物を指した。抱きつきながら泣いたあの真っ白いお墓だ。



「"ラヴェナル"。その力をおぬしは受け継いだのだ。より強力になってな」



 空いた口が塞がらない。



 え?どういうこと?よく物語にある転生とか?

 いや、でも死んでないし。生きてるし。

 あ、まさかの前世的なオチ?



「生まれ変わりではない。お主とそやつは別の魂だ」



 私の心を見透かした如く発せられる言葉。



「うん?じゃあ偶々?」

「いや、他の者では力を授かることはできないだろう。仮に無理に手に入れようとしたならば瞬時に命を奪われ、魂は消滅し、二度と輪廻転生できなくなる」

「益々意味が分からないんですけど」



 首を傾げているとふわりとした感触が背中を擦った。視線を上げると拳二個分ぐらいの距離にこちらを見つめる金色の瞳。私を中心に体を丸め込み、ふさふさな尻尾が頬を撫でた。軽く後ろに体重をかけてみたが特に反応もなかったので、そのままズルズルと座り込んだ。




「"適合者(アフィニター)"だ」




「あふぃに・・・?」

「アフィニター。"適合者"という意味だ。」


「力は誰もが得られるものでは無い。様々な条件が在り、それをクリアし見定められ認められた者のみだ。条件は得る力に依って異なるが、一番はその(からだ)に合うかどうか。そして選ばれるのは唯一人」



 ただの力ではないとは薄々気づいていたけれども、まさか此処までとは。予想を飛び越えた結果に唖然とする。

 でも、何を言われようとも関係ない。



「前がどうとか私には関係無い。私の目標は元居た世界に帰ること。今までの私の人生が終わってても"今"の人生は終わってない。それに元居た世界に帰れないとは言われてないから。だから」



 私は金色の瞳を真っ直ぐ見る。



「此の世界がどうなろうと、私には世界を救う義務があるなんて言われたとしても」



「自分の事しか考えない、強欲で貪欲な醜い人間なんかの為に私は力を振るわない」



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