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一ページに詰め込みたくて、長くなりました。
別視点です。
掃除の行き届いた綺麗な廊下。
質の良い絨毯に多少吸い込まれる靴の音。
黒を基調に作られた派手過ぎない衣装に身を包み、一定速度で歩く一人の男。左肩には銀のチェーンが施され、衣装には蔓の模様が描かれている。ボタンや模様等、装飾は全て銀を用いられそれ以外は黒一色で統一。装飾とは別に実用目的ではあるが、見ただけで誰しもが素晴らしいと感嘆するだろう細長い剣が左腰のベルトに備え付けられていた。
男は慣れ親しんだ廊下を歩きつつ腕の中の人物へと目線を落とした。
地面に触れそうなぐらい伸びた艶やかな銀髪。それと同色の睫毛は頬に影を落とす程長く、瞳の中に埋め込まれた青い宝石を隠して穏やかな顔で眠る小さな人。
その様子を眺めながら綺麗な髪を踏まないよう注意を払い、少し前の記憶を遡る。
切っ掛けは昼前の会話だった。
「ごめん、そっち行けなくなっちゃった」
テヘッとつく効果音。訪れる沈黙。
「・・・・・」
無言で目の前に置かれた小さな水晶玉を手に取る。そして大きく振り被った。
「わわわわごめんなさい!!ふざけたの謝るから其れ投げないで!高かったんだから!!」
「・・・・・」
「本当にごめんなさい。今からちゃんと真面目に話します」
水晶からガタンと椅子を引く音が聞こえた。恐らく水晶越しに頭を下げているのだろう、いつもの行動パターンが思い浮かぶ。
仕方なく投げ捨てかけた水晶を元の場所、テーブルへと戻す。近くの椅子に腰掛け無言で話の続きを促した。
「もう、ルークは冗談通じないんだから。つまんな」
「あ?」
「何でもないです。じゃなくて、そっちに行けなくなった理由だけど、それは私のメイドが倒れたから」
「・・・・」
「あ、今それだけって思っただろ!違うんだなこれが。その子二ヶ月前に引き取った子なんだけど、この話したよね?」
「ああ、隠れ森で見つけた奴だろ」
「そうそう。その子また隠れ森に行ったみたいでさ、入り口で倒れていたのを発見したんだ。それだけなら良いけど三日間目を覚まさなくてちょっと心配になりまして。だからそっちに行けなくなったっていうご報告」
妙な事件だ。
隠れ森に近づく理由も、そして帰って来れた事実も不思議だ。確かそいつの魔力は殆ど無いと聞いている。魔法も武術の心得もなくあの森に入るなんて自殺願望としか考えられない。
水晶玉に近づき少し気になった事を質問した。
「何故そいつをそんなに気にかける?ただのメイドだろ?」
「んー・・・ちょっと訳ありでね。今日会った時にでも話そうとは思っていたんだけど、水晶越しに話す勇気はないかな」
「そうか。まぁジャンに害がなければいいさ。それで発見した時どんな格好だったんだ?」
「危険な子ではないから安心していいよ。発見したとき?うーん、あちこちボロボロだったんだけど、何故か体は傷一つなかったんだ。」
やはり可笑しい。身を守る術がないのに無傷で入口付近に倒れているだけでも不自然なのに、衣服だけがボロボロ。自殺願望で森に入り、後程諦めたのだとしても肌が何一つ傷付かないまま無事に戻れる程あの森は甘くない。それか本当は森に入ってなどなく、誰かに入り口に捨てられたとか?だが、それならば何が目的だ?意味があるとは到底思えない。それに外傷が見当たらないのに三日間も眠り続ける原因は何だ?
顎に手を当て思考を巡らすがどうもスッキリしない。このまま考えていても埒が明かない。となると、解決方法は一つ。
椅子から立ち上がり水晶をもう一度手に取った。
「今から行く」
「え?ちょっ–––」
魔力を余剰に流し込んで通信を切った。途中何か喋っていたかも知れないが行ったら分かるだろう。
水晶玉をポケットに仕舞い、壁に立て掛けていた細身の剣を腰に装着するとその場を後にした。
そして到着した豪邸前。
さすが大貴族。何時見ても立派な外観だ。嫌味のない装飾や雰囲気に好感が持てる。
見慣れた豪邸に特に気後れすることなく、門の前に立つ二人の警備兵を目指した。相手の表情が見えるかどうかぐらいの距離まで近付いた時には、既に此方の存在に気づき一人は顔を引き締め、もう一人はゆるりと敬礼していた。
「お久しぶりです、ヴィアーズ様」
「ああ、元気か?」
「まぁぼちぼちですかね。此処は平和ですから腕が訛りそうで」
「その割には衰えが見えないが?」
少し全体的に緩い空気の男は以前来た時と変わらずしっかり筋肉が付いていた。寧ろ微かだが体が締まったと思う。体の周りを波打っていた魔力も今では己の体に淀みなく纏い、意識して見なければ分からないだろう。
「成長しているな」
「っ!有難うございます!」
先程の緩い雰囲気が嘘のように、姿勢を正し子供みたいに目を輝かせた。あまりの変化に驚くがこういう奴だと思い出し、自然と口角が上がる。
「何時でも来い」
開けられた門を通り抜け綺麗な庭園が続く道を真っ直ぐ進んだ。
「さっきの人ってもしかして・・・」
「あぁ、ルーヴィック・ヴィアーズ様。お前あの方に会うの初めてだっけ?」
「はい。噂では耳にしたことはありますが、お見掛けしたのは初めてです」
「偶にフラッと来られるんだよ。ジャスティン様の幼馴染なのさ」
「そうだったんですか!?俺、生きてる間に本物に会えると思ってなかったです!・・・でも」
「ん?」
「聞いてた印象と大分違いますね」
「あー・・・どんな?」
「無表情で無愛想。冷徹、非道王とか色々です」
「はっはっは、それ間違ってねぇよ」
「えっ、気さくに話してたじゃないですか!しかも一瞬ですけど小さく笑ってましたし」
「んー、あれは俺達がアーノルド様のお屋敷の兵だからだよ。まぁ、俺は何かと昔から接する機会があって、手合わせして貰ったりしたっつーのもあるけど。一番はジャスティン様のお力ってとこだな」
「なるほど。俺、ここで雇っていただけて凄く有り難かったんですけど、更にこんな幸運に恵まれるなんて思ってもいませんでした!」
「そうだな。城勤めの奴等でさえ見かけることすらままならないからなぁ。それに、真面目にこのお屋敷に勤めている限り、俺らには血の雨が降らない」
「もしもジャスティン様に関わる重大な失態をしたとしたら・・・あのお方は黙っちゃいないだろうな」
「"黒騎士"か・・・。どんな能力なんでしょうね」
「経験から語ると、多分死ぬ時は一瞬だろうな」
門でこの会話がされている時、二人が冗談半分で笑いあった事が現実に起きていた。
アーノルドのメイドの一人が許しがたい罪を犯していた事は知る由もない。
アーノルドの名に相応しい豪華な扉。
門の外から見た時と同じ嫌みのない仕上がりだ。普通なら建物からでも感じるオーラに萎縮するが、馴染みのある自分には関係ない。
俺は輝きを失わないその立派な扉に手を掛けた。が、開ける寸前で手が止まる。中から何かが崩れるような音が聞こえたからだ。扉越しに聞こえるという事はそれだけ大きい音だったという事で、普通ではまずありえない。
只事では無いと瞬時に判断し、急いで扉に手を伸ばす。途端に扉が放電し咄嗟に退いた。ついさっき迄立っていた場所から湯気が立ち、こんがり焦げていた。
防御魔法【結界】か?いや、それにしては魔力が異常に多すぎる。況してや触れただけで反撃されるはずがない。
–––––まさか、【神域】か?
扉を観察すると先程の放電は嘘のように静まり返り、今は何もない。どうやら通ろうと、触ろうとした時のみ反応するようだ。
何故こんなところに【神域】が?アレはこんなところに展開されるものではない。誰が、いや何がこの状態を引き起こした?
今此処で起きているありえない状況に冷や汗が流れる。
悪戯では済まされない。それどころか場合によっては国が動く。
俺は右手を軽く上げた。
掌に集まる黒い靄。それは周りの空気をも飲み込み、肥大する。そして練り込まれる魔力。掌一杯に出来あがった球体––––魔球を扉に投げ付けた。
接触した瞬間、扉を守る如く出現した雷が黒い魔球にぶつかる。眩しい光と対する黒が混ざり合う。バチバチと鋭い音が魔球を攻撃していたが、やがて闇に飲み込まれた。吸収して大きくなった魔球は勢いのまま進み、扉に衝突。そのまま吸い込まれるように入り込むと跡形も無く消えた。
もう一度扉へ手を伸ばし、魔球が吸い込まれた場所にそっと触れる。短く深呼吸を二回し触れた場所に魔力を集め、徐々に扉へと流し込む。
「【侵食】」
触れている場所を中心に広がる魔方陣。扉に描かれた魔法陣も放つ光も、先程の魔法と同じ黒い光。
魔法陣が展開されたのを確認後、素早く、且つ丁寧に扉を開ける。細心の注意を払いつつ僅かに開かれた隙間に体を滑り込ませた。再度取っ手を掴んで音がしないようゆっくり閉めると直ぐ様距離を取る。扉が閉まるとバチリという音と共に放電再開。危機一髪免れたことに胸を撫で下ろした。
「そんなの殺す為に決まってるでしょ。あんた邪魔なの」
激しい音と共に目の前に転がってきた銅像。特に驚くことなく転がるスピードからぶつからないと瞬時に判断すると、寧ろその銅像を盾に身を屈めて姿を隠した。
その際に確認した存在は二人。一人は昔からここで働いるメイドで毎回媚びるように擦り寄ってくる知った顔。何十回湧き起こる殺意を理性を総動員して抑えたか分からない。もう一人は珍しい黒髪の女。崩れた瓦礫の中に腹を抱えて倒れていた。
「アーハッハッハ!私を蹴り飛ばすからどんな力を手に入れたのかと思ったら何も変わってないじゃない。アンタ何の為に神殿にいったの?あ、そっかー、アーノルド様の呪いを解くためだよねぇ、ありもしない呪いを解くために」
甲高い笑い声に顔が歪む。今すぐ黙らせたい気持ちが膨れ上がったが只事ではない会話に耳を傾けた。
「アーノルド様に構って頂けてるからって調子ノリすぎなのよ。目障りなの。うざい、死んで」
そう、あのメイドは昔からアイツに関わる女を全て排除しようと動いていた。他の貴族に対しては行う度胸がなく、屋敷内での小さなものだったが側から見ていると虫唾が走る。ジャンには幾度となく注意したが毎度はぐらかされるのが落ちだった。が、今回ばかりは終わりだろう。
「呼びたくもないアンタの名前呼んでさ、触りたくも無い肩とか叩かなきゃいけないし?生き地獄とは正にこの事。あ、もしかして勘違いしてた?あの時のね───」
耳障りなヒールの音がエントランスに響き渡る。
「祈るって言ったのはアンタが"死ぬ事"なんだよ」
「もしかして信じた?私がアンタの帰りを祈ってるって?あはははははは!何それ?ありえないんだけど!やっぱり馬鹿は馬鹿なのね」
「ルビルさ・・・・ルビル、本当に私を殺そうとしたの?痛い目合わそうぐらいじゃなくて?」
「今更何言ってんの?私はアンタをこの屋敷のメイドってことも、存在自体も、一度も認めたことなんてないから」
救えねぇ。
「うあああぁぁぁああああぁぁああ」
悲痛な叫び声に締め時だと判断し、正面に飛び出ようと足に力を入れた。
刹那、玄関ホール中心から尋常ではない魔力が溢れ出す。銅像の隙間から奥の様子を見ると倒れている女性がいた場所を中心に竜巻が発生していた。勢いを増すごとに魔力も跳ね上がり、周囲に飾られた絵画や壺などの装飾品をも巻き上げている。
魔力の暴走か?
感情的になりコントロールが効かなくなる事はよく起こり、また大きな事件に発展することも珍しくない。だが被害は暴走者の魔力に比例するため、この状況は本気で笑えない。
右手に魔力を集め早期解決を図る。
バリンッ
頭上から割れたガラスの音。時間差で降ってきたガラスに気のせいでは無い事を知った。間を空けず差し込んだ光に驚きを禁じ得ない。
見上げた天井の割れた窓から現れたのは太陽ではなく、闇夜に輝く満月。この屋敷に入る前の天候は快晴だったのは確かで、例えその後天候が変化したとしても昼夜逆転が一瞬にして行われるなんてありえない。
竜巻の中心に差し込む月光は神々しく、右手に集めた魔力を分散させてしまうほどその光景に釘付けになった。
強風が巻き起こり咄嗟に目を覆った。
その僅か後に吹き荒れる魔力。
荒ぶる風と魔力が襲いかかったのはその一度きり。数秒後、念の為魔力を纏いつつそっと目を開ける。視界に飛び込んできたあり得ない光景に開いた口が塞がらなかった。
目に映る全てに隙間なく描かれた魔法陣。絵画と言っても過言ではない大きな翼と満月が広がる床。そしてその中心に倒れている何か。
予想すら出来ない事が次々と起こり、頭がついていかない。
「ころす」
短い一言。
機械的で無機質。けれども透き通った声。
そのたった一言で
魔法に掛けられたように体が引き寄せられた。
床まで伸びた銀色の糸。
純白のシーツに包まれた体。
一声で現実に引き戻され、その際に立ち上がっている人物が絵の中心に倒れていた人だという事に気がついた。後ろ姿しか見えないけれど、太陽の光に照され一層輝くその姿は神秘的以外の何物でもない。
ゆっくりと左手を上げ、誰かを指す。指先を辿るとメイド服を着た女が階段に震えて座っていた。
どうでもいいと視線を戻すとメイドを指す先端に集まる青い魔力。魔方陣から放たれる銀の光と魔力の深い青の対比が鮮やかで、引き込まれる。
此のまま見続けたかったのだがそうもいかない。膨大な魔力は階段に座り込むメイドを殺そうとしていることは明白だった。
「【束縛】」
あの手を汚して欲しくない。
次々と飛び出しては締め付ける鎖に眉を寄せる。
本当は拘束なんてしたくない。
その姿を見て締め付けられたのは自分の心だった。
地面に垂れる髪を踏まないように避け、優しく引き寄せた。
一体どんな人なのだろうか。
暴れる心臓を押さえ付け、手を添えて顔を上げた。
瞬く間に奪われた心。
空より濃く、海よりも深い輝き。
その澄んだ宝石に息をする事も忘れ魅入ってしまう。
腕の中の人物へ視線を落とした時、徐々に自分の眉間に皺が寄るのが分かる。輝いている筈の宝石は何も映していなかったからだ。何の感情も表さない瞳は唯そこに在る物体、存在を目にしているだけだった。
だがよく見てみると魔力の暴走が原因なのかこのメイドの影響か分からないが、僅かに体が震えていた。瞳の奥に込められた恐怖が垣間見えた様な気がした。
「俺は裏切らない。お前を守る」
いつの間にか自分の口から漏れていて、それに自分自身驚いた。けれども無意識に囁いた言葉に驚いたのは相手も一緒だったらしく、一回り大きくなった青い瞳が此方を見ていた。
大きな瞳に映る自分の姿。
今度はちゃんと俺という存在を認識していて、それが又心を高鳴らせる。
俺は安心させる為、小さな頭を撫でた。柔らかい絹のようで何時までも触れていたくなる触り心地。腕の中で安心したように眠る姿に満たされる心。
もう必要がない鎖を消し、当初の目的であったジャンの元へと歩みを進める。持ち上げた体は軽すぎて、本当に持ち上げたのか、それ以前に生きているのかすら疑ってしまった。
「ルーヴィック様。その者をどうするおつもりですか?」
その言葉以降の会話は余り覚えていない。
名を馴れ馴れしく勝手に呼んで、更には自分の事は棚に上げてるソイツが鬱陶しくて、殺してしまおうと無意識に指が動く。その後、ここはアーノルド家でありメイドでもある事を思い出し既の所で思い止まるいつものパターン。
真っ青なソイツなんて微塵も興味が無い俺はそのままジャンの元へ向かった。
そして今に至る。
白い布に包まれた体から覗く雪肌。
力を入れると折れてしまいそうな体型。
髪と同じ銀色の長い睫毛は綺麗にカールされ、淡いピンクの唇と容姿のあどけなさが絶妙な魅力を引き出していた。
軽すぎる体を片手だけで抱え、空いた左手で自分の耳を触る。お目当ての物を取ると整った顔に掛かる髪を丁寧に払う。それによって現れた左耳に宛てがい、魔力を込めて手放した。
光に反射して輝くブラックダイヤモンド。
きめ細やかな白い肌と左耳に輝く黒の宝石の対照的な美しさに息を呑む。
少しの間その様子を眺めた後、両手で抱え直すと慎重に一歩ずつ歩みを再開。為るべく振動を与えないように意識しながら足を動かす。
目前に目的地である大きな扉を発見 。
今ジャンがいる確率が一番高いのは此処だ。
軽く片足を上げると扉に向かって振り落とす。
「来たぞ」
ギイギイと軋む扉が五月蝿かった。
ブックマーク・評価をして下さった方々、そして今ご覧くださっている皆様方、本当にありがとうございます。
物語に入り込み、つい主人公と同調してしまうような、そんな物語を書けたらと思い書き始めました。好みも人それぞれだと思いますが、ちょっとでも好きな所を見つけて、主人公と一緒に冒険していただけたら嬉しいです!
長くなってしまいましたが、今後とも宜しくお願い致します。




