14
私から目線を外し、陽の光が差し込む窓の方向を向く。光に反射する金色の髪は相変わらず綺麗だったけど、何故だろう、今どんな表情をしているのか気になる。決してトキメキなんて甘い心ではなく、背中がゾッとする冷たい感覚。
「そう」
たった一言。
その一言で一気に室内の温度が急激に下がった。貴族たらしむる優雅な動作で立ち上がり、軽く服装を正す。そしてもう一度私を見据えた。
「–––––––ッ」
息ができない。
いつも少し垂れ下がった眉は横一文字に。暖かみのある瞳は何の感情も映さず、黙り込んでいた私に怒った時とは比べ物にならない冷えきったエメラルドグリーン。自分に向けられたものではないと頭では理解しているのに全くもって意味を成さない。
無表情だというのに
言葉で責められた訳でもないのに
体の震えが止まらない
「ま、まってください!どういうことですか?」
「リナは此処にいなさい。私は用事ができたから行くとするよ。古い友人が来る前に早急に片付けないといけない大事な事なんだ」
急に部屋から出ようとしたので何とか勇気を振り絞って声を掛けるも、こちらを見向きもせず早口に会話を切り上げられた。そして足早に扉へ向かう。
私は即座にベッドから飛び起き、忙しなく動く右手首を掴んだ。予想外だったのか振り向いた顔は驚いた表情を浮かべていた。
「わたしにもしるけんりはあるはずです」
一メイドが主人に盾突くなんて言語道断。即刻首を切られたって可笑しくない。だからといって此処で引かない。私だって疑問に思う点は幾つかあったんだ。私に関わる問題を、しかも生死に関わった問題を私が知らないのは納得がいかない。
言葉に含んだ思い感じ取ってくれたのか、アーノルド様は小さく溜め息を吐くと改めて私の方に体事向けた。
「わかった。私もまだ確認していなかった事があるからね。先に質問させて貰うよ。森で死に掛けたって言ってたけど、何かに襲われたのかな?」
「はい、おおきなへびです。ちゃいろいからだにみどりいろのはんてんで、ひかってました」
「っ!?・・・やっぱりか」
「やっぱりって?」
「リナはどうやって逃げたの?」
「えと、ランタンからあまいにおいがして、もしかしたらこのせいなんじゃないかっておもってなげすてました」
「成る程。それは的確な判断だったね」
雰囲気が少し柔らかくなる。
「ランタンの中に入っていた蝋燭はね、魔物を呼び寄せる為に作られた物なんだ。人里離れた所で火をつけて甘い香りで誘い出し、討伐する。だからね、普通のランタンにはあの蝋燭は入っていないんだよ」
また、アーノルド様の目が鋭くなった。漂う雰囲気は先程の冷たい感じというより怒りが強く感じられる。
「この屋敷でもそうでね、あの蝋燭は日常品とは別の倉庫に置いてあったんだ。誰かが間違って取らないようにね。取ったとしても皆には説明してあるから間違ってあの蝋燭に火を付けても使わないんだよ。使う筈がない」
「言ってる意味、分かるよね?」
既に言葉は聞こえなくなっていた。
使う筈がない?皆知ってた?じゃあ何で私はあのランタンを持って行ったの?
渡されたから。
何で渡された?
隠れ森に行く為。
どうして行った?
アーノルド様の呪いを解くため
誰に言われた?
–––––ルビルさん
でも嘘だった、呪われてなんていなかった。
じゃあ何故私を森に行かせたの?
魔物を誘う蝋燭が入ったランタンを持たせて。
・・・そんなの分かってる。でも祈ってるって言ったよね?テルだって一緒に居たし、ありえない。
でも、もし
もしもテルまでグルだったら?
二人で私を騙していたとしたら?
わからない何故どうして
「リナ、部屋で休んでいなさい。私が片付けて来るから」
壊れ物の様に優しく撫でられる。
「『・・・ふざけんな』」
横を通り抜け大きめの扉を開けると直ぐに閉めて近くに飾ってあった兵士の置物の剣を拝借。そして両方の取っ手部分に突っ込んだ。開けようとしても剣が引っかかって開かない筈だ。
「待ちなさい!何をするつもりだ!」
ドンドンと激しく叩かれる扉。私は音がする場所へそっと手をあてた。向こう側で丁度手が重なるように。
「ごめんなさい。いままでありがとうございました」
それだけ告げると扉から離れ走り出す。後ろから何か叫んでいる声が聞こえるけれど一切振り向かなかった。唇を噛み締め、込み上げる気持ちを抑えつけて何時もより長く感じる廊下を走った。階段を飛ぶように下り皆の言葉も無視して走り続けた。
ぼやける視界に上がる息。
それでも足は止まらなかった。
もう此処には居られない。
あの人が追いつく前に
アイツを見つける前に
私が壊れる前に
見知った扉を開けると大きな階段があり、その先にもっと大きな扉があった。
銀と黒で出来た重厚感のある最後のトビラ。
中と外を繋ぐモノ。
止まった足に喝を入れて無理やり走る。豪華な階段を満喫する訳でもなく何も感じないまま駆け下りる。階段から扉まで敷かれた青く美しい絨毯。この屋敷で過ごし始めてからの記憶や並んでお迎えした先日のことも、鮮明に思い出されていく。
一番見えにくい場所に立っていたにも拘らず気づいて声まで掛けて下さった。自分よりも他人を優先する優しいお方。
ちょっと抜けた可愛らしい一面も
勉強の時に見せる真剣な姿も
ニッコリ笑って、でも目が笑っていない表情も
全て尊敬し、お慕いしていました。
そんな主人に使えることが出来て私は幸せでした。
最後に記憶に刻む為、ゆっくり振り返った。
そして一礼。
いただいたご恩を返せず、誠に申し訳ございません。
大変お世話になりました。
本当に有難うございました。
その気持ちを込めて。
「何やってるの?」
ゾクリと波立つ心。
「動いても平気なの?三日間眠ってたって聞いたけど大丈夫?」
聞こえない
何も聞こえない
「あの後心配になって様子を見に行ったのよ?でも丁度帰って来たメイド長に見つかってね、連れ戻されちゃったの。だから気が気でなかったわ」
収まれ
大丈夫
私は何も感じない
「運が良かったじゃない、化け物に食べられなくて」
プツン
自分の中で何か切れる音がした。
そして言い様のない感情が湧き出てくる。
怒りか
憎しみか
悲しみか
絶望か
様々な感情が混ざり合い、それは爆発した。
気が付いた時には体が浮いていて、空中で回転するとその反動を利用して相手を蹴り飛ばしていた。
相手は咄嗟に受身を取り、足を軸にして地面を擦りながらもなんとか踏ん張る。そのお陰か後方に動かされた距離は約二メートル程で済んでいた。
立ち上がった煙に咳き込む相手。徐々に収まると吊り上がった口が顔を覗かせた。
「何のつもり?私に喧嘩売ろうって訳?魔法も使えないクセに?」
「頭が弱いにも程があるわよ。この能無しが!」
言い終わると体から吹き出る殺気。いつもビビッていた自分が馬鹿みたい。今の私には何も感じない。寧ろその程度かと落胆した。
「聞いてもいいですか、ルビルさん」
「良いわよ。冥土の土産にしてあげる」
そんな事を言われても
相手の体を蹴り飛ばしても
何も感じないとは言っても
でも何処かで信じたくない心があって
「どうして魔物を誘う蝋燭を使ったんですか?」
考える前に勝手に言葉が飛び出す。ルビルさんは目を見開き私を見た。そして今までで最上級の笑みを浮かべた。
「そんなの殺す為に決まってるでしょ。
あんた邪魔なの」
目の前が真っ暗になった。
突如激しい爆発が体を襲う。
私の体は後方に吹き飛ばされ銅像に激突した。諸にくらった体は上手く呼吸できなくて、魚みたいに意味も無く口をパクパクさせた。
「アーハッハッハ!私を蹴り飛ばすからどんな力を手に入れたのかと思ったら何も変わってないじゃない。アンタ何の為に神殿にいったの?あ、そっかー、アーノルド様の呪いを解くためだよねぇ、ありもしない呪いを解くために」
心底可笑しいと腹を抱えて笑い出す。
「アーノルド様に構って頂けてるからって調子ノリすぎなのよ。目障りなの。うざい、死んで」
ピタリと笑いが止むと無表情で近づいて来た。歩く度に響くヒールの音が五月蝿い。
「呼びたくもないアンタの名前呼んでさ、触りたくも無い肩とか叩かなきゃいけないし?生き地獄とは正にこの事。あ、もしかして勘違いしてた?あの時のね───」
直ぐ側まで近付いたルビルを見上げる力もなく、俯く視界に映る黒のハイヒール。私の体に影が落ちると耳元で囁く耳障りな高い声。
「祈るって言ったのはアンタが"死ぬ事"なんだよ」
一歩下がって私の顔を覗き込む。
心底可笑しいと笑う顔に浮かぶ侮蔑の感情。
「もしかして信じた?私がアンタの帰りを祈ってるって?あはははははは!何それ?ありえないんだけど!やっぱり馬鹿は馬鹿なのね」
「ルビルさ・・・・ルビル、本当に私を殺そうとしたの?痛い目合わそうぐらいじゃなくて?」
「今更何言ってんの?私はアンタをこの屋敷のメイドってことも、存在自体も、一度も認めたことなんてないから」
そっか。私の勘違いか。
何であの時気が付かなかったんだろう。ルビルがそんなこと思ってるわけないって。何か裏があるって。
こんな上手くいくはずないって。
ううん、わかってた。本当は気づいてた。
だけど信じたくなくて
まだ何処かで本当は嫌われてないって
友達になれるんじゃないかって
そう思ってしまったんだ。
あははは、馬鹿みたい。
こんな事ならやっぱ死んどけばよかったかな。
何で助かったんだろう
何で助かった後には毎回それ以上の苦しみがあるんだろう
何で幸せにはなれないのかな
ドウシテワタシダケコンナメニアウノ?
ミンナ
ミンナイナクナレバイイ
コノセカイカラキエレバイインダ
「ううああぁぁあぁぁあぁあああ」
突如、玄関ホールの中心から突風が起こる。叫び声が響き渡っていた筈なのに今ではそれすら掻き消す程勢いを増し、大きくなっていた。その突風は竜巻みたく声の主を中心に渦巻き、範囲を広げていく。
まるでその人を守るかの様に。




