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「なにかごようでしょうか?」
素早く立ち上がり小走りでルビルさんの元へ向かう。座ったままだと失礼だし、何よりも遅いとかなんとかでお小言や余分な仕事を振られたらたまったものじゃない。
はぁはぁと浅い呼吸を繰り返し、額の汗を拭う。その姿に本当に何かあったのだと気付かされた。そしてそれと共に嫌な予感が全身を襲う。
その原因は何なのか、既に答えは出ていた。こんなにも分かりやすい条件が揃っているからだ。
一つ、発言者がルビルさんということ。
二つ、時間帯。普通なら皆寝ている時間だ。
三つ、ルビルさんがこんなに焦るくらいの人。
まさかとは思うけれど不安が心を過る。
違うんだと、自分が想像している人の事ではないのだと安心したくて、「だいじょうぶですか」と次の言葉を促す為のセリフは口を開いたまま声に出すことはなかった。
「アーノルド様が・・・アーノルド様がっ」
その前に嫌な予感が当たってしまったからだ。
「どう・・・されたんですか?」
早まるな。まだ内容を何も聞いていないじゃない。
そう自分自身に言い聞かせる。けれども現実はそんなに甘くはない。私の希望は早々に粉々に砕かれた。
「・・・っ倒れ・・られたのよ」
「・・・えっ」
「どうやら只の風邪ではないらしいの。誰かが言うには呪いじゃないかって」
ルビルさんは大きく深呼吸を繰り返しながら、さっきまで私が座っていたベンチに腰掛けた。
「昨日出掛けた先がどうやら"あの森"だったの」
ルビルさんが口にしたあの森。
お屋敷で働き始めてアーノルド様が一番最初に言い聞かせた、あの事で間違いないだろう。
"隠れ森"に入ってはいけないよ
その名の通り一度入ったら戻れないという。太陽の光を九割方遮断しているため、方向感覚も狂いやすい。それだけでなく、音もしない。もし戻って来れたとしても多くの人がその間の記憶を失うか、覚えていても断片的な記憶のみらしい。
だから隠れ森は謎のままなのだ。
そんな恐ろしい森に何故アーノルド様が?なんて私は驚かない。だって私が迷った森がその隠れ森なんだから。それだけなら私にとってあの森は恐怖でしかないんだけど、木を背もたれにして眠っていた私をお屋敷に連れて来てくれた張本人がアーノルド様なのだ。
ということは何度か森に入ったことがあるという事。だからこそ話の続きが気になる。
「森の中で魔法を掛けられたんじゃないかって。何度か勝手に立ち入ったから森の主が怒って罰を与えたんじゃないかって・・・」
ルビルさんの体は震えていた。
「あんなアーノルド様初めて見たわ。胸を掻き毟ってベッドの上で暴れていらっしゃったわ」
「そんな・・・でもアーノルドさまはおつよいかたなん」
「ルビルさん!!」
ルビルさんはその声に振り向き、私は視線を移動させた。
半ズボンに半袖というラフな格好をした小さな少年。
「テル!どうしたの?」
「アーノルド様のご容態が悪化したそうです!」
「やっぱり呪いなんだわ・・・。あぁ、どうしましょう!この呪いを解くにはどうしたらっ」
最初は悪い冗談だと思っていた。
また私を騙して陥れようとしているんだって。
でもルビルさんは必死で走ってきて
震えていて
涙も見えて
更にテルまでが来て
これが事実なんだと現実を突き付けられた。
私は徐ろにルビルさんの肩を掴む。
「なにかほうほうはないんですか?なんでもいいから!」
「無いわよそんなの!だからこっちも必死なんでしょうが!」
「あきらめるのははやすぎます!いっしょにかんがえましょう!」
「私だって好きで諦めてるわけじゃないわよ!!私だって、私だって・・・!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください二人とも!」
テルの小さな体が私たちの間に入り込み、それぞれを反対方向へ押しやる。
「呪いを解く方法、あるにはあります」
私たちは揃って動きを止めた。
「母から聞いた事があります。隠れ森の奥には神殿があると」
「神殿?」
「はい。大昔、まだ森が恐ろしくなかった頃に建てられたらしく、そこで神様を祭っていたらしいんです。今回の呪いは神様がやったのかどうか分からないけど、その森の神様なら呪いを解いてくれるんじゃないでしょうか?」
「でかしたわよテル!!」
ルビルさんがテルの頭をぼんぼん叩く。興奮して加減できていないのだろう、少し痛そうだ。だけど素直に喜べない。
テルは"あるにはある"って言ったんだ。
「・・・りすく、あるんだよね?」
テルは眉を下げ小さな声で話し出す。
「・・・場所が分からないんです。隠れ森のことは謎のままだし、何よりこれは僕の村に伝わる噂みたいなものですから、本当かどうかも分からないんです」
「でもそんなの言ってられないでしょ!私は行くわよ!アーノルド様の為だもの。この命捧げたってかまわないわ」
ルビルさんはテルの体を軽く突き飛ばすとそのまま歩いて行く。慌てたようにルビルさんの腕を掴むテル。
「ダメです!ルビルさんはアーノルド様のお世話をしなきゃいけないんです!さっきメイド長に伝言を頼まれたんです!」
「何でよ!そんなのメイド長がすればいいじゃないの!」
「メイド長はさっき出て行かれました。隣町に薬を買いに。効くかどうかわからないけど何もしないよりはいいでしょって」
「!!!よりによってこんな時に!!テル、あんたがしなさいよアーノルド様のお世話。私はその間に」
「何言ってるんですか!僕みたいな立場の人間がお世話なんてできませんよ!」
「はぁ!?そんなのっ–––––」
「–––いきます」
言い争っていた二人の動きがピタリと止まった。しかもこちらを向くタイミングも同じで、何故か分からないけど可笑しくて、こんな時なのにちょっと笑ってしまった。
「わたしがいきます」
ルビルさんは仕事があるし、テルみたいな子供は本当ならこんな時間に外にいてはいけないのだ。となると、必然的に残る選択肢は一つしかない訳で。
私は茫然とする二人の側を擦り抜ける。
目指すは隠れ森だ。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!まさかそのまま行く気なの!?」
ルビルさんは私の腕を掴んで止めた。廊下で止められたあの時よりも幾分か優しい気がする。
ちょっと待ってなさいと言うと何処かへ走って行き、戻って来たその手に握られていたのは一つのランタン。それを突き付けるように無理やり私に握らせた。
ほんのり香る蜂蜜のような匂い。
「あの森は炎とか光に弱いって聞いたことがあるわ。だからそれ持って行きなさい。アンタに任すのは不安だけど、それで少しはマシになるでしょ。あとこれも」
ごそごそとポケットを漁ってそこから取り出されたものに驚く。空いた右手に無理やり握らされたものは、ランタンの光を反射して鈍く光っていた。
「それで木に印でも付けながら進みなさい」
いや、何でナイフ持ってんの?
とか思ったけど正直有難いから黙っておく。それにナイフはナイフでも食器用のナイフだからね。
ルビルさんと同様にポケットにしまい、左手に握られたランタンを少し掲げた。
これが命綱か
ぼんやり光るランタンを見つめ漠然と思った。
突如肩を襲った衝撃。
ランタンから視線を上げると、どうやらルビルさんに叩かれたらしい。
「祈ってるから」
真剣な眼差しで一言。私の返事も聞かないまま足早に去って行った。テルは最後まで何か言いた気にしていたが、ルビルさんに引っ張られて見えなくなった。
まさかルビルさんに無事を、成功を祈られるなんてね。
少しこそばゆく感じて、小さな幸せを噛み締めた。
もうこれで死んでも悔いはないって思ってしまうぐらい、嬉しかった。
目の前に所狭しと立ち並ぶ木々。
初めて外からこの森を見たけど改めて圧倒された。一番外側の木ですら首を限界に上げなければ把握できないのに、二つ目の木からはもう論外。暗すぎて何も見えないし気味が悪い。よく此処から出てこられたなと自分の強運さとアーノルド様に感謝。
だけどずっと此処に居る訳にもいかなくて
この間にもアーノルド様は苦しんでいる訳で
ラジオ体操の大きな深呼吸とやらを何度かした後、恐る恐る一歩を踏み出した。
ランタンの取っ手を左手で強く握り締め、右手は木を支えにして歩く。私の利き手は右だから自由に使える方が何かと便利だ。それにもしも何かがあった時にも左手よりは対処できるだろう。もしもなんて絶対に来てほしくないけど・・・。
彷徨っていた時もそうだけど、やっぱり生き物の気配がしない。無音状態の森を一定のスピードで進みながら思案する。
普通火があると虫とか寄って来そうなんだけど、やっぱりルビルさんの言った通り光とかに弱いのかな?それなら何故自分は前回襲われなかったのだろう。
大きな根っこに足を掛け、少しジャンプして小さな穴を回避。
私を捕まえた男は光の玉を使っていた。あれは多分魔法の一種だろう。それなら襲われなかった事も納得いくけど、その後は?私一人の時は何故?
やっぱり死にかけていたから?
木に一言謝りながら持ってきた小さな食器用ナイフでバッテンの印を刻む。
あの時は意識が朦朧としてたし、無我夢中だったからそういう存在に気が付かなくても無理はないか。そう完結して進むこと、神殿に辿り着く事だけを考えよう。
私はまた目印になりそうな木を見つけてバッテンを刻んだ。神殿は隠れ森の奥としか情報はないけど、それで諦める私じゃない。もっと辛い事だって経験しているんだ。こんな所でめげてなんかいられない。それに最初より奥に来ている気がするから。
足元にランタンを近づける。最初見た木よりも太く力強く成長した根に、足に絡みつくほど伸びきった草。奥に行けば行く程人が入った形跡が減る。そして其処は成長し過ぎた無法地帯だろう。
飽く迄憶測に過ぎないが。
でも、もしも自分の予想が当たっていたら?
もしもその通りだったら?
そう思うと意欲が湧いてきた。
よし、と気合を入れてまた進み始めた。以前よりも体が軽くなったような気がする。恐怖心も消えた訳じゃないけど、それよりも今は興奮が勝っていた。今なら神殿を見付けられる気がして、自然と上がる口を止められない。
ドゴォォッ
バキバキッ
大地を揺るがす震動。
悲鳴を上げる森。
叩きつけられる体。
一体何が起きたの?
バキバキバキッ
徐々に近づく音の方向をただ呆然と見ていた。
地震?
それなら何で音が近づいてくる?
耳を澄ますと地面を擦るような音が聞こえた気がした。
何か
何かが来る。
何で?どうして?生き物は光に弱いんじゃないの?
未だその存在を主張する明るいランタンを見ても、心当たりがない。
灯りが消えている訳でもない。
光が弱まったようにも見えない。
だがその時、何かが鼻を擽った。
ふと香る甘い香り
まさか─────これ?




