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「よし、じゃあ本の内容を説明して貰おうかな」
「はい。まほうはこうげきまほう、ぼうぎょまほう、むまほうがあり、まりょくのちからやしつ、れんしゅうによってけっかがかわることもあります」
「はい、良く出来ました~」
ぱちぱちと拍手される。
・・・何だこの屈辱感は。
「じゃあそれをもっと詳しく説明するね。
この世界の住人は多かれ少なかれ、"魔力"という力を持って生まれてくるのが一般的だ。体の中にある魔力を体外へ放出し、具現化したものが"魔法"と呼ばれる。中には体内で魔力を循環させて身体強化を行なったり、物に特殊な力を付与できる人もいるけど、まぁさっき説明したのが主な使い方かな。ここからは、私の右手に注目してね」
アーノルド様は掌を上に向け、小さく呟いた。男性にしては少し長い金髪がふわりと後ろへ靡く。その美しい光景に目が離せない。
「–––ナ?リナ?」
「ひゃい!」
「ひゃいって。私じゃなくて右手を見てね?珍しくちょっと頑張ったから、ちゃんと見てくれないと悲しいなぁ」
苦笑しつつも目尻を下げて、温かい眼差しを向けられた。その姿に体温が一気に上昇し、恥ずかしさのあまり縮こまってしまう。俯きそうになる顔を気合いで防ぎ、アーノルド様の右手に注目する。
何をやっているんだ自分は。勉強の時間に見惚れてしまうなんて図々し過ぎる。とか、後悔していた感情なんて吹き飛んでしまった。
目の前に広がる未知の世界に開いた口が塞がらない。
「これが私の体内の魔力を視認できるように具現化したもの–––"魔球"と呼ばれている」
「魔球・・・」
アーノルド様の右手に現れた白い球体。大きさは野球ボールぐらいで、手に触れないギリギリのラインで浮いている状態だ。
「魔法を行使する前に行う訓練の一環で必ず習得するものなんだ。この魔球を如何に早く、且つ、丁寧に作ることが出来るかが、魔法が発動するまでの時間を短縮するキーポイントになる。とは言っても、最初はあまり想像できないからこの魔球から魔法に変換させる練習を行う。例えば、こんなふうにね。––––【盾】」
たった一言呟いた途端、綺麗な球体だった魔球がぐにゃりと歪んだ。掌から手の甲へ移動しながら一、二度程上下に波打ち、やがてアメーバの如く広がっていく。そして出来上がったのは、手の甲から約直径二メートルの半透明な円。
「これは初期段階で習う【盾】という物理攻撃や魔法攻撃を防ぐことが出来る"防御魔法"。そう聞くと一見無敵のように思うかもしれないけど、この魔法は奥が深い。込める魔力の量や具現化する形をイメージし、発動する。それを考慮した上で今私が作っている盾を見てくれるかな。何が欠点だと思う?」
「ぜんぽうにしかたてをつくられていないので、よこからこうげきされたばあいがきけんだとおもわれます」
「その通り。一つ付け加えると、私が込めた魔力以上の強い物理・魔法攻撃が当たった場合、この盾は消滅するか、又は貫通して私の体に被害を及ぼすだろう」
ただ単に呪文を唱えるだけで発動する単純なものではなく、相手の攻撃方法や魔力の強さなど分析が必須。更に、それに対して自分が使用しなければならない魔力量の計算や具現化するイメージ、そして創造。
憧れの魔法という存在にわくわくしている反面、攻撃魔法や防御魔法を行使するような戦いが身近に行われているのだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
「ちなみに、この魔球から魔法への変換に慣れると魔球を作らず魔法を行使することが出来る。【矢】」
アーノルド様の頭上で小さく光が点滅。そして即座に出現した五本の弓矢。私を中心に弧を描く様に配置されたその全ての先端は、間違いなく私に向いていた。
「これが"攻撃魔法"。効果は見た目通り、魔法の弓矢ってところだね。さっきと同じ様に、込める魔力やイメージによって威力や本数等、変化する。あと残っているのは"無魔法"なんだけど、これは基本部屋の掃除とか洗濯物を乾かしたりする、所謂"生活魔法"が主なもの。多分見なくてもイメージ出来ると思うから省くね。あとは・・・そうだね、魔法の中には"禁忌魔法"と呼ばれるかなり危ない魔法もあるにはあるんだけど、それは命のリスクが伴ったり生贄を必要とするため、記された本は鍵付きで封印されているんだよ」
「最後に、魔力について少し追加で説明するね。
魔力量は成長に伴い増加、更に訓練次第でも増加するけど、ある一定の年齢を過ぎると減少していく。まぁ簡単に言うと老化だね。使いすぎると死ぬということはないけれど、気を失ったりするから危険な事に変わりない。魔力は使わないと回復していくけど、酷い消費の仕方をすると、ある程度は回復しても以前の量には戻らない事があるんだ。
そして魔力の質なんだけど・・・こればっかりは生まれながらのものが強いかな。ある程度は成長できるけど、魔力量程の変化はない。同じ魔力量を込めても魔力の質、言い換えると魔力(魔法)に対する適正が高いほうが有利になってしまう。
ざっとこんな感じかな。一気に話したから混乱しているかもしれないけど、質問ある?」
その問い掛けに首を横に振った。元の世界で読んでいた小説の御蔭で魔法の知識に関してはある程度すんなり理解できたからだ。
アーノルド様はこちらへ一歩近づくと人差し指を上げた。
「ここで問題。リナに魔力はあるでしょうか?」
「・・・・すこしはあるけどつかえるほどではない・・」
「! 正解!」
珍しく本気で驚いた表情をしていた。
失敬な。
「何で分かったの?」
「なんとなくがいちばんのりゆうですが、よくアーノルドさまが、わたしはよくきがみだれるとおっしゃるのですこしはあるのかと・・・」
何故あるのかは全く以って理解できないけど。
だってこの世界の人間じゃないし。だからこそ使える程の力は無いのかもしれないが。
なにやら腕を組み、唸りながら考えているアーノルド様。うんうん言ってあーでもないこーでもないと独り言。こうなったアーノルド様は止められない。
収まるまで待つしかないんだ。
秘書曰く、唸りは未解決の証。
だそうだ。
唸って考え事をする時は結局変化がないか、奇抜な考えを言う時なんだそうで意味が無いらしい。
「だめだー、何も良い案が思い付かない・・・」
その言葉にほっとした。だって奇抜な考えだと、一メイドの私はそれを実行しなければならないからだ。
「わたしつかえなくてもいいです。いまのくらしだけでしあわせですから」
ニッコリ笑うと釣られて笑って下さった。
「じゃあいいや。今日の勉強はここまでね。リナも疲れてるみたいだし、後の時間はゆっくりしておいで」
その好意を有難く頂戴し、私は書斎を後にした。
いつもより勉強時間が押したため、手早くお風呂を済ませて部屋に戻った。夕食は早めに摂ったので後は寝るだけだ。ベッドに腰掛け、そのまま上半身だけを後ろに倒す。
今日は勉強が短くてよかった。
想いを自覚した今はアーノルド様の傍に居る事が辛かった。
勝手に勘違いしてはいけない。あの優しさは皆に対してと変わらない。
遠い存在。
私とはかけ離れた存在なんだ。
繰り返し繰り返し言い聞かせる。けれども心は落ち着かなくて、仕方なく立ち上がり部屋を出た。
満月の光を頼りに薄暗い廊下を静かに進む。パジャマとして利用している薄い生地のワンピース一枚じゃ流石にはしたないと思い、上に羽織ったマントを体に引き寄せた。
夜になると少し肌寒い。この世界はまだ春って言ってたかな。
階段を下り左に曲がって奥まで進む。突き当たりを右に少し歩くとそこに見える開けた出口。私は迷わず通ると右に曲がって、望んでいたベンチを見つけて腰を下ろした。
ここから見える景色は壮観だ。
正面には色取り取りの花が綺麗に並んで楽しそうに揺れている。満月で一層輝きを増し、眠ることを忘れているようだった。右には私が飛び込もうとした大きな池があり、傍に立っている木がより一層池の美しさを惹き立てていた。
ここは密かに見つけた場所だ。人通りが少なく、騒々しい音も無く、ゆっくり落ち着ける場所。
ふと見上げると真ん丸いお月様が神々しい光を照らしていた。
雲一つ無い綺麗な夜空。
明るすぎる月は周りの星をも隠し、力強く輝いている。私は光を浴びながら輝く主を見つめた。
青みがかった月は幻想的で美しい。
もしかしたらあそこまで飛んでいけるんじゃないか。
そう思わせる程魅了され、惹き込まれた。
生まれて初めて見た青い月。
銀と青の絡み合い。それを包み込む夜という名の黒い空。
思わず溜め息が零れる。
「リナ!ここに居たのね!」
後ろから聞こえた大きい声に体が強張る。夜中に、更に言うとこの人気のない空間に他人の声がした事は一度もなく、驚いてしまったのもある。だけど理由はそれだけじゃない。
「どうしたんですか?ルビルさん」
案の定、振り向いた先に居たのは息を切らしたルビルさん。通路に設置されたランプの逆光でうまく表情が見えない。何を考えて私に声を掛けたのか、全く想像がつかず、正直関わりたくない。けれども無視するなんてそんな馬鹿な事は出来なくて、溢れそうになる溜め息を飲み込んだ。




