妄想勘違い君
雨は永遠に続くのか?とふとおもった。自宅の二階の窓から見える景色は一週間ほとんど代わりばえがしなかった。今は夏休みで梅雨明けなんて当の昔に終わっていはずだった。陰鬱な分厚い雲が空を覆いつくし、太陽の欠片すら見当たらない。十分ほどして窓の外に注意を払っても晴れるわけがない、と諦めてベッドの上に寝転がった。
8月3日。何の味気もないカレンダーを意味もなく眺めた。休みがはじまってすぐに雨が降りはじめ、計画は伸び伸びになっていた。7月31日にそれは行われる予定だった。晴天でなければ実行しにくい。そりゃやろうと思えばやれるが。もどかしさを抱えながら悶々としているわけだ。
窓に打ち付ける雨の音がはげしくなり、さらに気分が滅入ってきた。外に出る気も起きない。どうしたものかと考えるが全くもってやりたいことが思い付かなかった。宿題なんて論外だし、読み始めた本はあまりに退屈でまどの外から投げてしまったし、やりかけのゲームも行き詰まってストレスがたまるばかりだった。
奴らもあれを終わらせないことには落ち着いてはいられないんじゃないか。俺ほどじゃないだろうけど。ユウジ、ダイスケ、ヤヨイ、マリ、リサコ。何やってんだろうなあいつら。あれから誰からも電話はない。天井の一点のシミを集中して眺めていたときに「ピンポン」と鳴った。一体どれくらいの時間眺めていたのか、まったくわからなかった。呼び鈴がならなければそれこそ延々とその状態に釘付けされていたかもしれない。救われた気持ちで玄関にむかう。
訪問者はリサコだった。ブルーのプリントシャツにホワイトジーンズという清潔感溢れる服装がとんでもなく似合っていた。清涼飲料水のコマーシャルにいつの間にか出演していても驚かないほどの美少女だ。が、傘も差さずに来たのかびしょ濡れだった。びしょびしょ美女だなおい、と「あんた毎回私を凍えさせるのやめてよねー」ってなリアクションを期待していたが、全くの無言だった。
「とりあえずタオル持ってくるから待ってろよ」
洗面所に行きかけるとTシャツの裾をリサコがとっさに握ってこういった。
「五人とも消えちゃったの。三日前から」
7月31日に五人消えた? あの日、ダイスケから午後5時ごろに今日は中止だという電話を貰った。ふと何かが頭をよぎる。
「おいリサコ、俺に隠れて皆で何かやってたんじゃないだろうな?」
洗面所のドアに寄っ掛かりながらリサコに質問した。ドアの向こうで、俺のTシャツと短パンに着替えようとしているリサコの動きが止まった気がした。一瞬の静寂をおいて、また衣擦れがしゅるると聞こえる。
「まぁたしかにねーあんたには悪いんだけど雨でもいっかーってことになってさ、やっちゃったよ」
なんてことだよオーマイガー。計画をたてた俺がハブられるとは!
「大成功でさーもうこんなの信じらんないってぐらい上手く行ったよー」
「何で俺だけハブられたんだよ?」
「だってあんた、まだこっちに未練ありそうだったじゃん私らとちがって」
それは童貞がってことか? んなもんあるわきゃないだろーが!
野外乱交を考え付いたのは俺だった。公園で一夏の思い出をドカンとうちあげようぜーというのが俺の提案だった。まぁどさくさ紛れで童貞脱出ってのが本当の狙いだったが。
「暗くて何やってるかわかんないし、ギャラリー来たり、警察いつ来るかってなスリルあっていいんじゃん?」とヤヨイ。俺は正直、夏の予定など何一つなかったので、やけくそ気味のでたらめな俺の妄想に賛同の意が表されるとはおもってもみなかった。半分ジョークで半分マジだった本音を言えば。ヤヨイ発言に度肝を抜かれた俺以外全員恋人がいるってのに皆さんやる気マンマンってのも驚きだったが、若いんだからしかたないね、とやったこともない俺は悟ったものだ。
そのお楽しみからハブられた俺以外の奴らが消えたと。リサコ以外。着替え終わったリサコが洗面所の扉を引き、体を預けていた俺は当然後に倒れこみ、リサコの胸に後頭部から突っ込んだ。ああ、結構大きいんだな、と弾力を感じたあとすぐに床にそのまま落っこちて、後頭部を痛打した。目が飛び出るかと思った。
「が…おい、そのまま落とすことないだろうが!」
「あたしの胸に触れといて何言ってんのよこの馬鹿!」
頭を抱えて、この乙女がぁ、馬鹿みたいに美人だからって何でも許されると思ってんじゃねぇぞ、と文句を言おうとして気づいた。白っぽい無地の薄いシャツから、
「おいおい、透けてんぞ乳首が!」
「もぉブラジャー濡れてるんだから仕方ないでしょ? じろじろみないでよ」
んなこといったってみちまうぜ。って今はそんな場合じゃなかった。
「なぁパーティーが終わったのは何時ごろだ?」
「10時ぐらいだったんじゃないかなぁー。携帯のメールチェックしたときたしかそうだった」
なるほど。いや、待てよ五人消えた? ひとり足りない。
「ゲストでも呼んだのか?」
「ああ、カズヒロ君。なんか彼が雨の日でも是非やるべきだよ! ってダイスケに熱弁奮ってやることになったようなもんだから」
2年3組の梨田和弘か。苗字は違うが名前が同じだから妙に悔しいじゃねぇか。2年4組の集まりに割り込んでくるとはふざけた野郎だ。いやいや、今はそれは置いとこう。あいつも含め、五人いなくなったんだからちょっとは神妙にしねーと。
「私は雨に打たれながらそーんな感じだったからもういいよね? ってかテレビみたいんだけど」
階段をズカズカ上って俺の部屋へ勝手に入っていった。あーそうですか。なかなか薄情だがここまで行くと清々しいとまで感じるな。数人で俺の家に遊びに来た事はあったが、リサコ一人というのは初めてだったそういえば。そう考えるとなんとなく緊張してくる。まぁ落ち着け。親も仕事で夕方まで帰ってこないが落ち着くんだ。第一、今は五人がどうなったかだ。俺も階段を上り、自分の部屋へ入った。
午後の頭なんてワイドショーぐらいしかやってないらしく、たまにザッピングをしながら「全然おもしろいのやってないじゃーん」とか言いながらも結構真剣に見ているようだった。
「ところで付き合わない?」
出し抜けにそういってみた。脊髄反射にNO!じゃなくてyesだったことにこれまたビックリ。
「わりとあんたのこと好きだしー」「彼氏は?」「飽きたから別れる」
明日は我が身だなと思いつつ「家族はどうしてんだよあいつらの? 大騒ぎしてんじゃねーの?」
「いやーあいつらいつもフラフラしてたからそんなんないみたいよ。私もだけど」
どうなってんだ近頃の若者はーと自分を例外として、どっかの親の変わりに溜息をついてやった。まぁねぇこいつらも将来同じ思いをするんだろうから許してやってください。
「はぁーつーかよ、野外乱交に参加してない俺があいつらの事わざわざ心配するのが馬鹿馬鹿しくなってきたよ」
「ちょっとまって。今聞き捨てならない言葉聞いた気がしたんだけど」
「だから、野外乱交パーティだよ。お前も参加したんじゃねーのかよ?」
「ったく何言ってんのよこの馬鹿! 野外乱闘でしょ? そんなん私が参加するわけないじゃん。なめてんの?」
ランコウ、ラントウ。確かに似てるが…。
「って事は何? お前等、乱闘したわけ? あの雨の中?」
「だからやったっていってんじゃん。五人消えたのよこの世から」
電話の内容を思い出していた。
「よぉ今日雨だからやらないみたい。残念だけど晴れるまで待とうぜ。雨のほうがヤリやすくなるような気もするけどな。足音も消せるし」
「なに? そういうプレイとかそんなんあるわけ?」
「まぁな。ま、機会を待とうぜ」
やりやすくなる。殺りやすくなる。足音も消せるし…。何? こいつ等殺しあいをしたかったわけ? どうなってんだ馬鹿野郎。
「まぁあたしらはそういうの別に構わなかったのよ。死んだって別にね。あんたはそういうの全くなかったでしょ? だから、言い出したときは何とち狂ってんの? なんておもってたんだけどね。乱交ねぇ、馬鹿でしょあんた?」
「……この世から消えたってことはじゃあ」
「もちろん死んだの。当たり前じゃない。UFOにさらわれて消えたとでも思ってんの? 私は生き残ったの。ここにいるんだからわかるでしょ。死体は火炎放射器で燃やして、骨はハンマーで砕いたあと海に撒いた。なかなかいい場所じゃん。海って」
ワイルドだな、火炎放射器とは。まぁいいか。正直どういう手口で殺したとか何とか聞きたくないし、ていうか聞いたら俺まで殺されそうだ。ワイドショーを見たくなる気持ちもわかるよそりゃ。
ってことで俺とリサコはベッドにはいっていったとさ。