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第7話 魔窟の誕生(第一章 完)

前回までのあら筋!



全員で筋トレを開始したぞ!

 対魔鎧(アンチマジックメイル)に身を包んだ二人の男は、乱暴に剣でシダ植物を斬り飛ばしながら深い森を突き進んでいた。

 一人は剣を装備した中肉中背のガラの悪い男で、もう一人は槍を背負い卑屈な笑みを浮かべている小男だ。


「まだ野生のエルフが残ってるってのァ、本当だろうなあ? もうレインフォレストに潜ってから三日は経過してるぜ。ったく、どこまで広いんだよ、この森は」


 ちっ、また文句かよ。うるせえな。何度目だよ。

 そんなことを考えながら、小男はガラの悪い男を言葉でなだめる。


「まあまあ、一匹でも捕まえられたら、山分けしたって生涯を三度は遊んで暮らせるくらいの金になりますから、ここは我慢しましょうぜ、兄貴」


 ああ、クソ。口を開けばブツブツと文句ばかり。情報を仕入れるだけの頭もねえくせに、これだから筋肉バカはうぜえ。ちょっとばかり腕が立つだけの小悪党が兄貴分ぶりやがって。金さえ入ったら、全額かすめ取ってさっさとおさらばしてやるぜ。


 対魔鎧(アンチマジックメイル)の背中に槍を装着した小男は、水を呑むべく革袋を取り出した。しかし兄貴と呼ばれたもう一人の男はそれを乱暴にひったくり、喉を鳴らして飲み干す。


 小男が殺意に満ちた視線を向けていることに、男は気づかない。


「ケッ! もうとっくに絶滅しちまったって噂の方が信憑性が高いぜ。エルフどもの住処だったらしい五大樹も、五十年も前に燃えちまったことだしな」

「……」

「なんなら街を歩いてるハーフエルフでもさらって売り飛ばすかぁ? あれも悪かねえぜ! ハイエルフほどじゃなくても、みんな容姿はそこそこ整ってやがるからな!」


 小男は投げ捨てられた空の革袋を拾い、ウンザリしながらバックパックに放り込む。


「それじゃあ買い手がつきませんよ。奴隷(エルフ)の子ったって、半分人間のハーフエルフには所有者がいますからね。小うるせえ役人に追われちまいますよ」

「あーくそ! 国家の戌どもは、おとなしく魔族相手に命張ってろってんだ! ――お~~~いエルフどもぉぉ! いるならさっさと出てきやがれッ!!」


 顔にたかった虫を払った瞬間、その手を何者かにつかまれた男は、反射的に振り向いていた。

 視界に飛び込む異形。


「な――っ!?」


 背後にいたのは、耳の長いエル――いや、なんだこれは。

 むわっと立ち上る熱気。対魔鎧(アンチマジックメイル)を着込んだ男の肩幅を、遙かに上回るトロールやオーガのような肩幅の……女だ。


 メリメリと音を立てて膨れ上がりつつある大胸筋は簡素な布で隠されてこそいるものの、もはや女性の乳房であるとは到底言えない代物だろう。


 鎧はもちろん服すら着ていない。胸に巻いた布と、腰に巻いた布、その二つ以外は、何も。すべては筋肉を誇示するためだけに。

 髪型など、左右のみ綺麗にそり上げたモヒカンだ。


「ククク。今、我を呼んだのは、貴様(うぬ)か?」


 どれだけ男が動こうとしても、手甲ごとつかまれた腕はびくともしない。まるで巨大な岩に挟まれたかのように動かせないのだ。


「エ、エ? エ、エル……エル……フ……?」

「いかにも! 我はレインフォレストが長、ハイエルフのリガルティア(なり)!」


 かはぁ~……と猛獣のような息が男の顔にかかった。


 声に異様なほどの生命力を感じる。


「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! こんな岩石みたいなエルフが存在するものか! オーガだ! でなければ魔族に違いない! こんな、こんな!」

「ほう? 我のような乙女に向かい、やれ岩石だの、やれ魔族だのと、好き勝手言いおるわ。どうやら貴様(うぬ)は命が惜しくないと見える」


 耳元まで口を裂く、悪魔のような笑み。


 頭部をつかまれて持ち上げられたとき、男は悟ったのだろう。己の死を。みっともなくわめいていた口を閉ざし、絶望に震える。


「す、すすすびばぜん……」


 リガルティアの放出する、息すらできないほどの威圧に。


「よかろう。謝罪は受け取った。だが、二度と間違えるなよ、小僧。我は誇り高きエルフである」


 だがエルフは放さない。つかんだ手だけは。


「ひ……、は、放してくれ……」

「あ~ん? 聞・こ・え・ん・なあ~?」


 ベロンベロンと舌を出しながら威圧する自称エルフに、恐慌状態に陥った兄貴分を捨てて小男はさっさと逃げ出した。


「ま、待て! 行くな! おれを助けろ!」

「やなこった! あんたと心中なんざ真っ平ごめんだね!」


 つーか見りゃわかんだろ! あんなもん、ただの人間の勝てる相手じゃねえ! 助けようったって無理に決まってる!


「お、お、置いてかないでくれぇぇぇ……!」


 小男は草木をかき分けて走る。野ウサギのように。


 しっかし、なんだありゃ!? エルフだって? ふざけるなって! あんなゴリゴリしたマッチョのエルフがいるものかッ!! しかも雌だぞ、雌!? よしんばあれがエルフだとしても、聞いていた情報と違い過ぎだろ! あんなもん捕らえたって買い手なんざつくわけねえ!


 バケモンじゃねえかっ!!


 エルフってのはもっとこう、細く、華奢で、整った容姿をしていて。魔法にのみ長けた種族だから対魔法金属(アンチマジックメタル)装備さえあれば誰にでも簡単に捕らえることができるって聞いたからきたのに。何から何まで話が違う。


 走る、走る、走る。ただ一目散に走る。


 足には自信があった。逃げる。逃げ切る。逃げ切れる。なのに背後から感じる威圧がいつまでも拭い去れない。

 恐怖が影のように、どこまでも追ってくるのだ。


「勘弁しろよ……ッ、あんなバケモンが出る森だったなんて……ッ」


 エルフならば対魔法金属(アンチマジックメタル)の装備があれば、簡単に捕らえられると思っていた。さらに念を入れて、あの頭の悪いクソに話を吹き込んで用心棒代わりに連れてきた。


 悪党に誘われるままに奴隷商の道を歩んでしまったが、今ほど後悔したことはない。エルフや妖精が捕り尽くされた時点で、さっさと足を洗うべきだったのだ。

 追いつかれれば殺される。対魔法金属(アンチマジックメタル)装備など、なんの意味もなさない。あんな怪物には。


「頼むぜ、盗賊神ッ! 逃げ切れたら奴隷商から足を洗って、まっとうな盗賊になるからよぉ……ッ!」


 振り返りながら走る。目に入る汗が鬱陶しい。いや、これは涙か。

 ガサガサと木々が揺れている。違う、揺れているなどという生易しさではない。大木はともかく、細い樹木などはメキメキと蹴倒しながら近づいてきている。


「ひ……っ!?」


 追ってきているのだ。自称エルフの怪物が。

 肝が冷えた。毛穴が開き、これまで以上に冷たい汗が滴る。


「嘘だろ、この俺様が振り切れねえ……! あんなガタイでなんてスピードだ……!」


 当然だ。小男は藪も樹木も避けて走っているが、背後の自称エルフは何もかもを踏み潰しながら直線でこちらに向かってきているのだから。


 ああ、来てる来てる来てる来てる来てるぅぅぅぅぅ!


「グゥッハハハハハハ、待ちたまえ~い!」


 進行方向に視線を戻した瞬間だった。


「ハッ、ハッ、ハッ――ぁがッ!?」


 小男の顔面は、何者かによって突然わしづかみにされていた。

 そのままあっさりと持ち上げられる。

 大きな指の隙間から見える視界には、燃えるような赤髪から長い耳を飛び出させた女の顔がわずかに覗いていた。


 また怪物だ。先ほどとは別の。

 どうやらまたしても女らしく、お乳だか大胸筋だかわからないほどに膨らんだ胸には、簡素な布が巻き付けられている。

 いや、先ほどのリガルティアとかいう怪物エルフに比べれば、まだ幾分女と見ることができる。

 というか、リガルティアはもはやバケモノだが、こっちは一目でエルフとわかる美人だ。


「むぐ、ぐぅぅぅぅ!?」

「いらっしゃい、ボウヤ♥ ハイエルフの郷、レインフォレストへようこそ~♥」


 だが。

 だがしかし。


 ぎり、ぎり、片手でつかまれた頭蓋が軋む。

 痛い、痛い、痛い、助けて。やめて。眼球が飛び出る。頭蓋骨が砕ける。脳を握りつぶされる。殺される。


 ガサガサと草木をかき分けて、背後から銀髪のエルフ――いや、例によって自称エルフっぽい怪物が現れた。それもリガルティアとは別の個体だ。


 な、何体いやがるんだッ!?


 小男を絶望感が支配する。


「捕まえたかい、ルフィナ?」

「うん。フェンバートの大腿筋が生み出すパワフルな追い込みがよかったから、まっすぐこっちに走ってきてくれたわ。おかげで簡単だったわよ」

「はは、照れるな。僕のマッスルランニングからは誰も逃げられないだろうね。セイやメイラを除けば、だけれどね」


 怪物女が小男の顔面を片手でつかんだまま、艶っぽくしなを作る。


「あら~、あたしの深指屈筋腱(しんしくっきんけん)浅指屈筋腱(せんしくっきんけん)のハーモニーが生み出すマッスルフィンガーだって負けてないわよ。セイくんやメイラちゃんには通用しなさそうだけれど」

「アハハハハ!」

「ウフフフフ!」


 リガルティア、ルフィナ、フェンバート。

 その上、セイとメイラとは誰だ? この森にはこの三匹の他にも、まだ二体も怪物エルフが潜んでいるのかっ!?


 フェンバートと呼ばれた銀髪の筋肉エルフが、両手を腰に当てて値踏みするように小男を見る。血走った視線で、足の先から頭のてっぺんまで。


 かはぁ~……と、肉食獣のような生暖かい息づかいに、小男の股間のパッキンが弛む。


「ひ……ぃ……」

「さて、ではまた対魔法金属(アンチマジックメタル)装備を剥ぎ取って、森の外に放り出すとするかな」

「そうね」

「……ふぇ!?」


 それは意外な言葉だった。

 殺されると思った。ヘタをすれば生きたまま頭から喰われるとさえも。や、彼らが真にエルフであるならば、ほぼ草食だとは思うけれど。


 だが、なんだって? 今こいつらは、俺を逃がすと言ったのか?


「ねえ、人間のボウヤ。逃がしてあげる代わりに、ちゃ~んと悪党仲間に宣伝するのよ? レインフォレストには、まだハイエルフの生き残りがいるって。わかった?」


 小男が何度も首を上下に振った。

 言葉の意味はわからなくとも、条件を拒絶して殺されるよりはマシだ。とにかく今はこの場から逃れることが最優先だ。生きてさえいれば、報復にだってこられる。


 ルフィナと呼ばれた女エルフが小男を地面に置いて、鎧の襟首をつかむ。


「うふふ。まだ逃げちゃ、だぁ~め♥ まずは、脱・い・で♥」

「ひぇ……」


 フェンバートが小男の装備を強引に剥ぎ取り、巨大な革の袋へと次々に放り込む。


「な、な、何を……しているんだ……?」

「決まっているだろうっ? 売るのさっ。対魔法金属(アンチマジックメタル)は高く売れるからね。僕らレインフォレストのエルフは、キミたちのような奴隷商をあえて森に呼び込み、装備を剥ぎ取って売り裁いて糧にしているのさっ」

「ば、ばかな……」


 あの意識高い系ツンツン種族のハイエルフが、よりにもよって悪党を相手にした追い剥ぎを生業にしているだなんて!


 なんかもうメチャクチャだ……。頭おかしい……。狂気の沙汰だ……。


 フェンバートが両手の指を鳴らし、すごみのある笑みを浮かべる。


「恨むなら恨んでくれて結構。なぜならそれは、僕らとしても望むところだからだ。――そしてっ、僕らへの復讐の際には是非ともっ! 二人や三人ではなく軍規模で来てれくたまえっ!」

「ウフフ、全員身ぐるみ剥いでから無事に帰して、あ・げ・る・か・ら♥」


 パチンと、二人同時にウィンクをしながら。


「リピーターは大歓迎だぞっ!」

「いつだって待ってるわ♥」


 な、何を言っているんだ、レインフォレストのエルフたちは……。

 エルフとは、これほどまでに好戦的な種族だったか……?


 ふと気づく。

 自身もまた、こうして放流された他の奴隷商人の情報――いや、レインフォレストのエルフがあえて自ら流布した情報に踊らされ、この森に呼び込まれてしまった悪党の一人なのだということに。


「な、なんて悪辣なエルフたちだ……」


 筋肉を誇示するように、二人のエルフが奇妙なポーズを取った。


「僕らもその方が儲かるからネ!」

「じゃあね、ボウヤ♥ 復讐にくるのを楽しみにしているわね♥」


 魔窟と化したレインフォレストは、今日も平和であった。


ほほう。

あのババア、なかなかのポテンシャルではないか!


(´^ω^`)  n

⌒`γ´⌒`ヽ( E)

( .人 .人 γ /

=(こ/こ/ `^´  

)に/こ(


          _,,..,,,,_

         / ,' 3  `ヽーっ

         l   ⊃ ⌒_つ  ←盗賊神

          `'ー---‐'''''"


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