第61話 会話
前回までのあら筋!
レーヴったら今頃筋肉こそがNO.1だってことに気づいたの~?www
まだか……!
二人の屈強なるエルフが、赤く染まった平原の戦場を駆ける。
彼らを守るため、側方を併走していた炎の大蛇が、徐々にその勢いを失っていく。神影を一体呑み込むごとに、少しずつ、少しずつ。
「止まるな、メイラ! 走れッ、走れッ、走れッ!」
「はいっ!」
足を止めてもそう簡単にやられることはない。その程度には筋肉を鍛えてきた自負がある。
けれども、神影の埋もれてしまえば再び動き出すことはおそらくもうできない。その場にとどまり、戦い続けるしかなくなってしまう。
師のもとへ辿り着けなくては、意味がないのだ。
ゆえに、走る、走る、走る。
荒れ狂う暴風のように、吹き荒ぶ疾風のように。
漢は上空から襲い来た神影の頭部をわしづかみにして、前方の集団へと乱暴に投げつけながら歯がみする。
もう少しだというのに……!
勢いのまま前方の神影を蹴り砕き、フィリアメイラが緑の髪を振って叫んだ。
「セイさん、レーヴさんの大蛇がもう保たない!」
「く……ッ」
大蛇という壁を失えば、神影はその膨大な数でエルフを挟撃する。
先ほどまでは背中を守ってくれるレーヴがいた。生態ゴーレムである彼の皮膚は神影の爪をも弾くレッドドラゴンの鱗ゆえ、後方を気にすることなく走り続けられたが、そのレーヴはすでにいない。
二体のエルフが互いに背中合わせで庇い合うには、足を止めざるを得なくなる。
何十度目かの前方にできた赤い壁を、両手を立てて頭部庇いながら強引にタックルで突き破る。
「ふぬがァッ!!」
十数体の神影が吹っ飛んで、空いた穴へとフィリアメイラが足から蹴り込んだ。すぐさま漢も後に続き、互いに気を遣りながら走り出す。
「セイさん!」
その叫びを最後に、併走する二体の大蛇が完全に消滅した。
左右から鮮血のような壁が奇声を上げながら一斉に押し寄せる。前方からも、無数の神影が集結している。これまでよりも多い。
足を止めて背中を合わせるか、もしくは残り十数歩と踏んで強引に突破するか。
筋肉に冒された脳みそで考えようとした瞬間、フィリアメイラが叫んだ。
「突っ切ります!」
「応!」
反射的に返す。
勢いのままに低く跳躍したフィリアメイラが、右足を鞭のようにしならせる。引いて、引いて、前方の敵に背中を向けるほどに引いて。
ビキビキと、少女の脚部が膨れ上がる。
「ハアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!」
轟と風を切った右足が、前方、赤い壁を形成していた神影の陣形を、右から左へと濁流で押し流すように放たれた。
「……ッ」
横腹を蹴られた神影は上半身と下半身に分かれ、まるで刃のような右足に断ち切られる――のみならず、その隣の神影を粉砕し、さらに他の神影らを巻き込んで振り切られた。
暴風に巻かれた神影らがその質量を失ったかのように、次々と吹っ飛んでいく。
息を呑んだ。彼女に筋肉という力を与えた当の本人である漢ですらも。
ああ、これほどまでに成長していたか。
「セイさん!」
「うむ!」
前方の赤い壁に空いた穴へと、今度は漢が飛び込む。拳を握りしめて放ちながら。
少女に守られた背中以外から、鋭い爪や拳が降り注ぐ。
そのすべてを両腕を広げて薙ぎ払い、漢が吼えた。
「おおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
前へ。ただ前へ。
ガードを固めながら、強引に突き進む。
肉体のあちこちが悲鳴を上げている。
二人のエルフの肉体に、浅い傷がいくつも浮かび始めた。
そして、ようやく――。
苦肉の策。
前衛と後衛、体を交互に入れ替えながら神影の壁を崩し、強引に突き進むこと数度。
漢が両手につかんだ生きたままの神影を武器にして振り回しながら壁を突き破ると、そこには血まみれで足を引きずりながら構えている女と、赤よりもさらに赫い、禍々しき容貌をした魔神がいた。
神影よりも、頭一つ大きい。いや、肉体そのものが一回り以上大きいのだ。
「あれが……魔神イブルニグス!?」
「師匠!」
女は魔神と激しく打ち合いながら、周囲の神影を巻き込んで破壊している。凄まじい力と技量を併せ持つ者であることは、一目でわかる。
神影たちは魔神と女の戦いに、手を出しあぐねている。
「遅い!」
叱咤しながらも、女は魔神の攻撃を捌く。
放たれた魔神の拳を、右肘を立てて滑らせながら外側に流し、同時に右足で踏み込んで懐に入り、左の拳を魔神の腹部へと返す。
しかし魔神もまた左の掌で女の拳を受け止め、一瞬の膠着――直後、同時に示し合わせたかのように頭部を引いて、凄まじい勢いで額をぶつけ合った。
「はあっ!!」
「ガアァッ!!」
まるで重量のある金属同士がぶつかり合ったかのような轟音が鳴り響き、一人と一体の足下から発生した暴風が大地を捲り上げて広がっていく。
なんという戦いだ……!
直後に互いに身を引き、拳の応酬が始まる。
受けて、返し、流してつかみ、肘で打ち上げる。こめかみを打ち抜かれ、口内に溜まった血を吐き捨てながら魔神の脇腹へと拳を突き返す。
「ガ……ッ」
魔神の顔が苦悶に歪む。赫い脇腹が放射状にひび割れた。
だが次の瞬間、魔神は手近なところにいた神影を無造作につかんでガパリと大口を開き、一息に呑み込んだ。
むろん、その間、女とて黙って見ているわけではない。
歯を食いしばり、傷を負っていない方の足でミドルキックを放つ。
「ゴァ……ッ」
重い音が響いて後方へと魔神の足が滑る。
だが、喰らった神影を吐き出させるまでには至らない。確認したときにはもう、放射状のひびは綺麗に消えていた。
魔神が口元を腕で拭いながら、嗤う。
新たに現れた二体のご馳走を前に、舌なめずりをして。
漢は瞬時に理解した。
漢は信じてなどいなかった。己の師が負ける姿などあり得ないと。にもかかわらず、師は魔神に何度も敗北を繰り返していると、彼女を知る者は口をそろえて言った。
「神影は魔神の命のストック、そういうことか!」
「そんな! 神影を全滅させなければ、わたしたちに勝ち目はないの?」
残り何十万体か。それはつまり、何十万回殺せば、この魔神を仕留められるかということに等しい。
それだけではない。イブルニグスが何者かを喰らえば、その命と肉体を己の体内で変換、精製し、新たな神影として分離する。
時間が経過するほどに魔神は力を増し、ますます勝ち目がなくなっていく。
「こんなバケモノを相手に、師匠は独りで戦い続けてきたのか……。……不吉の魔女と罵られ、刑場に送られながらも、このアズメリア大陸に住まうすべての生命のために……」
同時に地面を蹴って肘をぶつけ合い、女と魔神が叫ぶ。
長い黒髪を振り乱し、人間離れした怪力で女は魔神と互角以上に打ち合う。だが、わかる。もう限界が近い。顔色が優れない。
「違う。それは違う。誠一郎。わたしは最初から独りじゃなかった」
放たれた赫の拳を、振り上げた足で蹴って逸らせ、長いスカートをひらめかせながらもう片方の足で後ろ回し蹴りを繰り出し、魔神の頸を狩る。
「……カ……ッ」
「今、話し中よ。邪魔しないで」
魔神は不気味に曲がった頸部を自らの手で押して戻し、女の胸部中央へと拳を突き出す。
「グガア!」
女はそれを両腕をクロスして受け止め、後方へと滑りながら顔をしかめた――瞬間、孤立した女へと神影たちが襲いかかった。
それでも、女は神影に視線をやらない。ただ正面に立つ魔神を睨みつけるのみで。
「ねえ、誠一郎。ディアボロスも、獣の王も、ヘンテコな覇者も。もちろん、あなたたちも、いろいろなところで神影と戦っていたでしょう?」
漢はほとんど反射的に地を蹴っていた。
血液が燃えるように熱く、自然と身体が動いていた。師へと上空から襲いかかった神影を迎え撃つ。拳で、足で、筋肉で。その肉体に秘めたる怒りで。
同時に女の背後から迫った神影を、危なげなく緑髪の少女が蹴って払った。
「それだけでいい。わたしは独りじゃないって思えたから」
漢が無惨に砕けた神影の欠片とともに着地し、全身の筋肉を活性化させる。
どくん、どくんと、血管を脈打たせながら。
「すなわち、心の筋肉が力を得た、ということか」
「……はい? 何言ってんの? わたしの話聞いてた? 心に筋肉なんてつかないでしょ? 誠一郎ったら、まだそんな世迷い言を言ってたの?」
冷静的確な女の言葉を受け流し、漢は猛る。
低く、渋く、重い声で。
「間に合ってよかった。心からそう思う。我が師よ、あなたはやはりこのようなところで死ぬべき器ではない。あなたがこの大陸のために命を張るならば、おれは筋繊維の一本でも繋がっている限り、あなたとともにあろう」
「いや、筋繊維一本じゃ動けないでしょうに……。誠一郎、あなた筋肉信仰もいい加減にしなさいよ……?」
「ぬぅぅぅぅおおおおおおっ! 今こそ目覚めろッ、おれの筋肉ッ!!」
直後、その猛き全身が一気に膨張し、体熱が汗や血を湯気へと変えて陽炎を生み出した。
「――魔神、討つべし」
一方、フィリアメイラは不安げな表情を浮かべて戦慄していた。
両者のまるで噛み合っていない会話に……。
…………。
〆⌒ ヽ彡
(´・ω・)
⌒`γ´⌒`ヽ( E)
( .人 .人 γ /
=(こ/こ/ `^´
)に/こ(
(゜ω゜) <雲行きの怪しい会話が出てきましたな
ノ( ヘ ヘ
-^゛゛゛`゛゛゛゛`゛゛゛`゛゛`゛゛^-




