第59話 神殺し(第七章 完)
前回までのあら筋!
物語の裏で着々と進む筋肉エルフたちの大陸侵略!
大陸のおよそ2/3を筋肉エルフ族が支配したぞ!
赫の拳をたたんだ右腕で受け止めて、女が左の拳を返す。魔神が受け止めた右腕ごと貫いて、拳はイブルニグスの頬へと突き刺さった。
甲殻の皮膚と頭蓋が砕ける音が鳴り響き、赫色の破片と液体が宙を舞う。
「~~ッ」
「――っ!」
しかし一瞬の後に魔神は左の豪腕を振って女の側頭部へと叩きつけ、彼女を無数に群れる神影のただ中へと吹っ飛ばしていた。
両者の距離が凄まじい勢いで開く。
「……痛ッ、これだから神ってやつらは!」
地面と水平に吹っ飛ばされながら右足だけで大地を引っ掻き、前後左右から襲い来る神影を、低い跳躍の後ろ回し蹴りで一斉に蹴り飛ばす。
「邪魔よ!」
長いスカートが宙を舞う。
女は着地と同時に大地を蹴って、前方、数えるも億劫なほどの神影の集団へと突撃した。
「ああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
まるで神影でできた壁など空気であるかのように女は突き進み、秒と経たぬうちにイブルニグスの眼前へと躍り出て、勢いのままに赫色の胸部へと跳び蹴りを叩きつけた。
腕。先ほど打ち砕いたはずの魔神の腕は、すでに復活している。
イブルニグスが両腕を交叉して、女の跳び蹴りを受け止めた。それどころか凶悪にて悪食なる魔神は、口角をガパリと開けて……開け――。
大口。それは己と同一以上の体躯を呑まんと欲する、蛇のように。
「……腹ぁ……減った……っ」
「ちょ――」
跳び蹴りを受け止められて、未だ宙を舞ったままの女の胴体部へと噛みついた。女は一瞬早く腕を入れ、上下の歯をつかんで押さえ込み、咀嚼の瞬間を遅らせながら身を翻して口内から逃れる。
背筋ぎりぎりで、ガチン、と上下の歯が噛み合わさる剣呑な音が鳴り響いた。
危なかった。
さすがに内臓ごと胴体部を食い千切られては命はない。自身は未だ、魔神や神といった超越存在ではないのだから。できることといえば筋繊維を部分的に膨らませ、傷口を圧迫して止血する程度のことだ。
それとて常人ではないのだが、彼女は気づかない。脳筋ゆえに。
襲い来る神影を砕きながら、女は魔神イブルニグスと互角以上に打ち合う。
もしもイブルニグスが神影を喰らい、命を繋ぐ存在でなかったならば、次の瞬間にでも女はアズメリア大陸を救った英雄となっていただろう。
だが、そうではない。
そうはならない。
なぜならば彼女が相対してる敵は、魔神なのだから。
徐々に。徐々に。
涼しい顔で魔神と打ち合っていた女の額に汗が浮かび、頬を伝う。小傷も増えた。肩が上下し始める。肺は酸素を求め、血は残り少ないそれを細胞へと運ぶ。
すでに戦い始めてから、相当な時間が経過している。
日も暮れてきた。
「……喰わ……せろ……!」
「嫌だってば!」
赫色の豪腕を防いだ瞬間、汗と血の玉が眼前を流れた。
それが視界の隅から消失するよりも早く、女と魔神は互いの腕で打ち合う。
拳の応酬。貫き、弾き上げ、受け流し、叩き込む。
「ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「はああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
震動と轟音。衝撃波が散って、女に襲いかかろうとする神影たちが踵を滑らせて後退する。近寄ることなどできはしない。何者も。
血と、甲殻と、肉片、汗、両者の肉体から様々なものが飛び散った。
奥歯を噛みしめた。
削る、削る、削る、己と敵の命をかけて、燃えさかる劫火のごとく魂を削り合う。
赫色の蹴りを受け止め、頭突きで返し、側頭部を抜き手で貫いて眼球を抉り出し、頬を爪で斬り裂かれ、肘で打ち合い、拳を鳩尾にもらいながらも、獣のごとく咆哮する。
真っ白だった女の上衣が、真っ赤に染まっていく。
押す。押している。女の手数は、わずかながら魔神をも上回っている。
それでも、女の顔に浮かぶは焦燥のみ。
魔神に限界はない。否、あるにはある。魔神を取り巻く神影だ。言い換えるならば、あれの数だけ魔神には体力がある。生命力があるのだ。
魔神本体を欠損させても、疲労やダメージをいくら蓄積させても、魔神は膝をつく前には神影を喰らう。喰らって、戻る。
傷一つない状態に。呼吸一つ乱していない状態に。
「もう、また……っ」
それで満足すればいいのに、腹は膨れない。なぜならあれは、捕食行為ではないからだ。
魔神のマイナスをゼロに戻すためだけの、言うなれば治療に過ぎない。血液や臓器バンクのようなものだ。
神は己の外側にも生命を持っている。
ときにはそれを新たな種として扱い、自由意志を与えて見守る神もいるらしいけれど、少なくともイブルニグスは違う。己の糧くらいにしか考えていない。
神影もまた、そうすべく生きるよう魂に書き込まれている。
ずるい。以前に殺した神もそうだった。
あのときは自身にも頼れる仲間がいたから倒せたけれど。
「はぁ、はぁ……」
現状でどれくらい減らせただろう。二万体程度か。
魔神の生命力、すなわち神影の数は残りおよそ二十六万体といったところ。当然のようにすべてを破壊することはできそうにない。
そろそろ脱出を考えなければならない。すべての体力を使い切るまで戦ってしまっては、ここから逃げおおせることができなくなる。
「今回はここまでね」
クレバスに落としたあの二人を拾――……。
視線を大地に落とした瞬間、大地を割って生える植物のように股下から赤い爪が伸びて、右のふくらはぎを貫いていた。
「……え……」
戸惑いは一瞬。激痛も一瞬。
油断した……!
そこから這い出てきた神影の頭部をすかさず踏み砕き、女はボコリとヒラメ筋を膨らませて出血を一瞬で止めた。
止めた。だが。
じんと響く痛み。じわじわと染み出す血。
走れないことはない。ああ、でも。これでは。
クレバスに落とした二人を抱えて逃げ切れる……?
いや、それどころか、自身一人でさえ危うい。
イブルニグスが口角を耳まで裂いて上げた。
咀嚼のために口を開けたのではない。嗤ったのだ。嘲嗤った。
己の勝利を確信して。舌なめずりをして。
「……喰わ……せろ……」
いつも己の生命力を削るだけ削って、逃走を許してきた憎らしい相手を、ようやく捉えることができた。ついに忌々しい女の足を奪ってやった。
表情がそう物語っている。
だが。魔神の嘲笑は消失する。
女もまた、口角を上げて微笑んでいたことで。
「勝ったと思った?」
指を一本立てて持ち上げ、イブルニグスを――否、その背後に控える神影の集団を指さして。
「実はわたし、大魔法使いなの。本気にさせたことを後悔しないでね」
イブルニグスが女を警戒しながら、己の後方を振り返った。
女が唇をねじ曲げてつぶやく。
「バン」
その瞬間、ガラフィリア平原を埋め尽くしていた神影の赤が、遙か遠方で大爆発した。神影数体が甲殻と肉片、液体となって宙を舞い、バラバラと地面に落ちる。
わずかに遅れて、血なまぐさい衝撃波が平原を通り抜けていく。
女は唇を舐めて、指を下げた。
「な~んて、言いたかったな」
女が指を下げても、その視線の先で巻き起こされる爆発は収まらない。無数の神影を巻き込み、薙ぎ払い、粉砕し、衝撃波を散らせる。
それどころか。
遙か遠方から始まった神影の爆発は確実に、女と魔神のもとへと近づいてきていた。
神影の軍団が大きく蠢き、爆発を追うように集まって攻撃をするが、凄まじい勢いで近づくそれの勢いが衰えることはない。
そう。まるで意志が介在しているかのように、確実に、近づいて。
女は少し幼さの残る唇に人差し指をそっと押し当てて、静かに囁いた。
「今日は間に合ったね、誠一郎」
……え、今の魔法とちゃうん……?
*'``・* 。
| `*。
,∩ 彡⌒ ミ *
+ (´・ω・`) *。+゜
`*。 ヽ、 つ *゜*
`・+。*・' ゜⊃ +゜
☆ ∪~ 。*゜
`・+。*・ ゜
\ プークスクス /
※次回から最終章開始です。




