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第6話 精霊王の殴り方

前回までのあら筋!



思ったより脳筋化の症状が進行していたぞ!

 五大樹を失ったレインフォレストのエルフたちは、みな一様に沈痛な面持ちで焼け焦げた大地に座り込んでいた。

 鼻を突く異臭は消えない。いつもと変わらないのはせせらぎの音と、星空だけだ。


 夜は更け、吹き抜ける風に木々がざわめく。


 やがて、一人、また一人と立ち上がり、この地を去っていく。

 大樹も家屋も失ったのでは、もはやここでの暮らしは成り立たない。おそらくは他のエルフ族の集落をめざし、長い旅に出るのだろう。


 それを引き留めようとする者は誰もいない。

 長年にわたってこのレインフォレストを守ってきた長老エルフのリガルティアでさえも。ただ、力なくうなだれて。


長老(ばーさん)


 誠一郎は年老いたリガルティアの前にあぐらをかいて座った。

 その斜め後方に、フィリアメイラが彼に従うようにそっと膝を折る。


「いいのか? みな行ってしまうぞ」


 リガルティアがしっとりとした声でこたえる。


「二百年前、真っ先に旅立ったおまえにだけは言われたくありません。ずいぶんと心配をしたものです」


 誠一郎が短く刈り込んだ金色の髪をボリボリと掻いて、苦々しい表情でつぶやいた。


「返す言葉もない。何も言わずに旅立ったのは悪かったと思っている」

「……おやめなさい、謝らないで。今のはただの当てつけです。よく無事に戻ってきてくれましたね、セイリーン」


 少し、しんみりとした時間が流れる。

 レインフォレストを吹き抜ける夜の風は、疲れたエルフたちを慰めるように優しく撫でていく。


 リガルティアは長老とは言えど、他のエルフたち同様に見た目は若く瑞々しい。金色の髪に切れ長の瞳。紺碧の瞳にも老いは感じられず、絶世の美女と呼んで差し支えはない。

 エルフは寿命で死を迎える瞬間まで、青年期からの容姿に変化がないのが原因だ。もっとも、誰もエルフの老衰というものを目にした者はいない。

 たとえそれが同族であろうともだ。


 エルフ族の死因は他種族による襲撃や事故、流行病への罹患がすべてだ。

 人類の碩学(せきがく)は口をそろえて言う。エルフ族に寿命という概念はない、と。それはまるでそびえ立つ大樹のようである、と。

 それでも彼らが人類ほどに栄えなかったのは、出生率の低さが原因だろう。


 まあ、己の知ったことではない、と誠一郎は考える。


 生涯という言葉が当てはまるかはわからないが、究極の筋肉を追求している己にとっては、無限の寿命というものは無限の筋トレにつながる。

 いずれ神が言ったように、筋肉(にく)の頂へと深指屈筋腱()が届くならば、この長寿を利用しない手はない。

 何せ、二百年もあれば華奢なエルフ族であっても、前世で言われるところの細マッチョ程度の筋肉をつけられたのだから。


 だが、まだまだだ。己の筋肉など、まだまだ発展途上筋に過ぎない。前世と今世の狭間で垣間見た、あの恐るべき姿の筋肉神にはほど遠い。


 リガルティアが静かに口を開く。


「セイリーン。おまえは魔法を捨ててしまったのですか?」

「捨てたわけではないが、発動しなくなった。それはきっと必要がないからだろう。この肉体にはな」


 誠一郎は焼け残った草むらに寝転び、足を組んでリガルティアに視線をやった。


「馬鹿者。あれほどの才覚を持ちながら。おまえならば、いつかは神にも魔王にもなれたでしょうに」

「ハッハ。どっちにも興味はないよ。それに、あんたにはたぶんそう言われるだろうと思ってた。だが、おれにはもう魔法など必要ない。培ってきた筋肉がある」

「そのようなものがなんの役に立つというのです」

「少なくとも今日、あんたのことは救えた。そうだろ、ばーさん?」

「……おまえがこれから魔法で成し遂げたであろう偉業に比べれば、わたくしの生命一つなどあまりに些事です」


 ふぅ、と息を吐いた。


 やれやれだ。このような世界常識を、数千年もの歳月を生きてきたエルフ族の長老ともあろう者に教えてやらねばならないとは。


「“筋肉とは、この世界で起こりうるすべての問題を、平和的且つ可及的速やかに解決する、最良にて最強の手段である”」


 いつの間にか、レインフォレストに残った住人たちが、暖を取るように誠一郎とフィリアメイラ、そしてリガルティアの周囲へと集まってきていた。

 けれども、わずか二名。

 レインフォレストに残ることを選んだエルフは、誠一郎やリガルティア、フィリアメイラを除けば、たったの二名となっていた。

 片方は傭兵団に魔法で抵抗を示していた青年エルフで、もう片方は比較的年若い女性エルフだ。


 事実上、レインフォレストと呼ばれる集落はもう、滅んだと言って差し障りはない。


「なんですか、その文言は?」

「『筋肉経典』の一節だ。筋肉神様の教えが記されている。ばーさんも覚えておくといい」

「わたくしにもお見せなさい」


 リガルティアが差し出した手に、誠一郎がゆっくりと首を左右に振った。


「経典は現物として存在はしない。ただ――」


 豊かな大胸筋にそっと右手を当て、瞳を閉ざす。


「こうすれば聞こえるのだ。左右の大胸筋の隙間から、筋肉神様の教えが」

「……」


 フィリアメイラが哀れみに満ちた生暖かい視線を誠一郎に向けていることに、当の誠一郎も長老であるリガルティアも気づかない。


「筋肉を増していくほどに、教えの数も増えていく。手にした筋肉を正しきことに使えるようにと」


 ややあった。

 優しい風がリガルティアの長い金色の髪を微かに揺らす。


 そして数千年を魔法とともに生きてきた美しき老エルフは、決意の一言を発した。


「……その経典は、わたくしのような非力なエルフにも読めるものでしょうか」

「読めるさ。エルフ族の中で最も小さく非力であったこのおれが読めたのだからな。子供の頃に悪戯をしたときにもらったばーさんのビンタは、結構痛かったぜ」


 力強くこたえて、誠一郎は身を起こす。

 フィリアメイラが、なんだかすごく嫌そうな流れになったな~……的なことを表情に出していることに気づかない。


 リガルティアが弱々しくつぶやいた。


「魔法の時代はもう、スカーフェイスが言ったように本当に終わったのかもしれません。少なくともわたくしの魔法では、対魔法金属(アンチマジックメタル)を貫くことはできませんでした。攻撃魔法も精霊王召喚も何もかもが通用しなかった」

「鍛えるんだ、ばーさん。肉体を。エルフという虚弱種族の壁など拳で突き破り、筋肉を育てるんだ。時代は流れ続けている。過去にしがみついて滅ぶなど、弱者のすることだ」

「過ぎ去りし、時代……」


 ぽつりとつぶやいて、リガルティアは誠一郎へと視線を上げる。


「少し、試させてもらっても? あなたが信じる未来――筋肉というものを」

「む? よくわからんが、好きにしてくれてかまわんぞ。岩でもなんでも持ち上げてやろう」

「メイラ、こちらへ来なさい。セイリーン以外のあなたたちも」


 リガルティアが立ち上がり、フィリアメイラの手を引いて誠一郎から距離を取った。そうして、他二人のエルフも手招きして自身の背後に回らせる。


「では、わたくしの魔法を防ぎなさい」

「……あ?」


 リガルティアが誠一郎へと向けて両手をかざす。

 誠一郎は平然と座ったままだ。


「え? え? 長老(おばー)様?」


 フィリアメイラの戸惑いとは裏腹に、リガルティアはあらん限りの魔力を高めていく。風もないのに細く長い金色の髪が空へと流れる。

 誠一郎はそれでも微動だにしない。

 やがてリガルティアが詠唱を開始した。


「――汝、暴虐なる赫炎(かくえん)の王イフリートよ。古の盟約に従い、我が血肉と引き換えに世界に浄化の炎を」

「――っ!?」


 精霊王召喚。

 エルフ族の扱う魔法としては、最大級の破壊を生み出すものだ。それはマンティコアの吐き出す炎の比ではない。

 操作を誤れば五大樹の広場どころか、レインフォレスト全土をも灰燼に帰すほどの威力だ。


 これにはさすがの誠一郎も顔色を変えた。

 想定外が過ぎる。


「待――っ」


 巨大な橙色の魔法陣がリガルティアの正面に浮いた。

 そこから大樹ほどもある炎色の腕を持つ精霊王が飛び出して――。


「防いで見せてください。セイリーン」


 もはや燃えるものなどすべて燃え尽きたはずであるのにもかかわらず、焼け野原のそこかしこに炎を宿しながら、イフリートは超高速で誠一郎へと飛翔する。

 レインフォレスト全土が陽炎に揺らいだ。


「ぬあ――っ!?」


 慌てて立ち上がった誠一郎は、しかし己の肉体を遙かに凌駕する太さ長さを持つイフリートの腕をかいくぐり、精霊王の巨岩のような鼻面を両手で受け止めていた。

 だが、勢い殺しきれず、全身を炎に灼かれながら後方へと滑る、滑る、滑る。必死の抵抗も、まるで突撃の勢いは衰えない。


「うおおおおおおおっあっちぃぃぃぃ!?」


 己の鼻面をつかんだエルフを炎の豪腕でたたきのめすべく、なおも腕を振り上げたイフリートの表情が、そこで変化した。


 誠一郎の全身の筋肉が、目に見えて盛り上がったのだ。

 直後、フィリアメイラとリガルティアは、信じられない光景を見る。


「あああぁぁぁぁ……ッぎ、ぐがぁぁぁ!」


 炎に包まれた誠一郎が、巨岩ほどもあるイフリートの鼻を両手でつかんだまま、それを大地へとすさまじい勢いで叩きつけたのだ。


「あっっっっついわぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 突撃の勢いそのままに、イフリートが顔面から大地へと突っ込んだ。

 レインフォレスト全土が激しく震動し、誠一郎の立ち位置を中心として大爆発が起こる。大量の土塊と炎が空間に散って――そして。

 消滅した。消滅したのだ。精霊王イフリートが。ただのエルフに叩きつけられて。


「はぁ、はぁ、はぁ。ふう……。せ、精霊王召喚とは、さすがに焦ったではないかっ。今のはやりすぎだぞ、ばーさん!」


 そう言い放った誠一郎の足下は大地が抉れて大きくへこみ、クレーターと化していた。その全身もまた火傷だらけで、ブスブスと黒煙を上げている。


 リガルティアは目を見開いたまま、かろうじて喉の奥から言葉を絞り出した。


「そ、それくらいは……防いでもらわねば困ります。人買いの装備でも防がれた魔法ですから。けれど、ええ、そうね。エルフ族の未来を委ねるには、最適な選択かもしれません」


 けれども、年老いたエルフの皺一つない美しき表情は、新たなる希望に満ちていて。


「セイリーン。わたくしたちの中にも、その力は眠っているのですね?」

「ある! 筋肉は誰にでも平等だ。鍛えるか、遊ばせるか、それだけの違いでしかない」


 誠一郎が掌で自らの胸を勢いよく叩いた。

 肉の弾けるすさまじい音が響き、その場にいた彼以外の四人のエルフが目を見開く。


「覚醒させるんだ! 胸の奥底に眠っている燻った魂を起動(ブート)させろ! 熱くなれ! おれたちエルフにだってできるさ!」


 リガルティアを含む三人のエルフたちの顔が、誠一郎に引きずられて徐々に輝いていく。


「できるでしょうか、わたくしたちにも……?」

「僕でもなれるのかい、セイのように?」

「魔法さえ捨てれば、あたしにも対魔法金属(アンチマジックメタル)を潰せるくらいの筋肉が手に入るの?」


 フィリアメイラだけは心底嫌そうな顔で眉根を寄せているけれど、誰もそのことに気づかない。


「できるさ! おれたちエルフには無限の時間がある! 費やした時間の分だけ、筋肉は応えてくれる! そしていつかは決して裏切らない友となる! 努力した分だけ、必ず力になってくれる! やろうぜ! 鍛えるんだ!」


 レインフォレストに、輝き、満ちて――!


「――エルフズ・ブートキャンプだ!」


 先ほどまでうつむいていたエルフたちが、今や子供のように笑顔を咲かせて。


「エルフズ・ブートキャンプ……」

「エルフズ・ブートキャンプッ」

「エルフズ・ブートキャンプッ!!」

「ああ、そうだとも! みんなおれについてこい! まずはおれの口ずさむリズムに合わせて踊ることからだ! 厳しく、そして楽しい筋トレってやつを教えてやる!」


 立ち上がる。全員が。

 フィリアメイラだけは嫌々そうな顔をしながらだけれど。


「さあ、おれを真似て動いてくれ! ――ワン、トゥ、デストロイ♪ さあ来いっ! ワン、トゥ、デストロイ♪ 一緒にィっ! ワン、トゥ、デストロイ♪ 拳を突き出せ!」




 ――そしておよそ五十年後。




 たった五名のイカれたエルフたちに、世界は震撼することになる。


精霊王イフリート? 殴ったったらええねんっ。


(´^ω^`)  n

⌒`γ´⌒`ヽ( E)

( .人 .人 γ /

=(こ/こ/ `^´  

)に/こ(


※次話は夕方あたりに更新します。

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