第51話 お師匠たんと野良ドラゴン
前回までのあら筋!
愛され系の低俗オークが見られるのはこの作品だけ!
二百年以上を生きる神殺しの女性――。
神殺しの伝承はそれほど多くはない。
神にまつわる伝承のほとんどが、ヒトが何かしら魔や竜に属するものに勝った結果に神になったとか、そうでなければ何と戦うにせよ最後に立っているのは神の側だ。
数少ない、悪神を討ったという伝承もあるにはある。
けれどそれも現代では、歴史の碩学による発掘や研究が盛んに行われた結果、その大半が眉唾であるとすでに証明されている。
曰く、当時の王が反乱の恐れのある人民を統べるために流布した。
曰く、とある宗教が異教の弾圧を正当化するために広めた。
神殺し伝承の大半は、この二つの理由による創作がほとんどだ。醜いヒトの思惑が常に絡んできている、ただの法螺話だ。
ましてや現存する神殺しなんて。
いや、そもそも神なんてものは実在――……あ、してた。してたわ。
わたしの脳がまだ筋肉に冒されていなくて正常な思考を保っているのであれば、たまに見えてしまうアレはおそらく神の一種なのだろう。
アレを何? アレする? 殺す?
それはまるで拳の一突きで大陸を割る所業のように思える。
ヘタをすれば大陸は割れても、アレの大胸筋や腹筋は割れない気さえする。いや、大胸筋も腹筋も最初から割れていて、さらに言えば切れているけれど。
それ以前に、アレとやり合うと考えるだけで、本能が絶望する。
そもそも魔神イブルニグスは、アレと互角の存在なの?
神と魔神の違いって何なの?
セイさんのお師匠様は、そういうアレをアレしちゃったことがあるの?
「あり得ないわ……」
「あり得るな」
同時につぶやいて、誠一郎とフィリアメイラが歩きながら目を見合わせた。
「へ?」
「む?」
神域の森――。
オークタウンの南から入った深い森には、獰猛なる獣はいても一切の魔物がいない。年中、生命が若草色に輝くこの森には、なぜか魔は住めない。
魔素の発生がほとんどないからであると、研究者たちは言う。
魔族や魔物は、人間以上に魔素を体内に取り込んで力に変換する。
人間であっても魔法を扱うものであるならば、自然界からの魔素の発生と吸収は必要不可欠な要素だが、ここにはそれがないのだ。
現に、魔族であるレーヴとレヴァ子は、神域に踏み込んで以降、具合が悪そうに黙りを決め込んでいる。
死体を継ぎ接ぎして創った肉体を持つ生態ゴーレムに、そもそもがアンデッドの女だ。
口からの食が細く、魔素や精気の吸収をエネルギーに変換する彼らにとっては、この明るい生気に満ちた森はかなりの難所なのだろう。
「……」
「……」
以前の誠一郎とフィリアメイラであるならば、彼ら同様に相性の悪い地である神域には近づこうともしなかった。だが筋肉を鍛えて魔法を捨て去った今ならば、魔素など不要。タンパク質を口から摂取するだけで筋肉は維持できる。
己らにとって神域とは、ただの安全地帯に過ぎない。
むしろ、故郷の深き森を思い出し、心に平穏をもたらすくらいで。
誠一郎が金色の短い髪を掌でなぞって、首を傾げた。
「いや、先日の……あの~……あれだ……んん? あいつ、無駄肉っぽいやつ……?」
「オークの性夜さんですか?」
「そうだ。その無駄肉がだな、師匠が神を殺したと言っただろう?」
「ええ」
フィリアメイラが長い深緑色の髪を揺らしてうなずく。
「さすがに信じられません」
「おれは正直、やりかねないと思った」
「いやいや、だって――」
「なぜなら出会った頃の師匠は、レッドドラゴンの背にのってやってきたからな」
フィリアメイラの言葉が途切れた。
レッドドラゴンと言えば、魔族の祖である悪魔と同格か、もしくはそれ以上とされる神獣だ。おそらく神との違いは、ヒトの目によって存在確認が成されていたかいなかったかだけのことで。
エルフ女子が眉間に縦皺を寄せて、口を半開きにする。
「は……?」
「師匠との初対面時、おれが死の森でその地の有力魔族の一軍に殺されかけていたときに、助けられたと言っただろう?」
「ええ。助けるのに理由はいらない的な格好いいことを仰ったと言ってましたよね」
誠一郎がうなずく。
「そのときな、師匠はレッドドラゴンの背にのったまま、唐突に魔族の一軍に突っ込んできたんだ」
「うわあ……」
「レッドドラゴンの鱗に関しては、レーヴの肉体やメイラのブーツからもわかる通り、ほとんどの金属よりも硬度は上だ。そんなものが小さな丘ほどもある大質量で空からやってきて、樹木も地形も魔族をも磨り潰した。そうしてできたのが、洞窟前の斜面だ」
豪快すぎる!
道理で洞窟前一帯にだけアンデッドが埋まってなかったわけだわ。洞窟のある丘って、ほんとはもっと大きかったのね。
「当然、辺り一面、阿鼻叫喚の血の海だった。で、師匠はレッドドラゴンから飛び降りてきて魔族のボスをまず足蹴にしたあげく、件のドラゴンに向かってこう言った」
――これだから野良ドラゴンは!
「ちょっと意味わかりませんね……。まるで飼いドラゴンがいるかのような……」
「真意はよくわからんが、その野良ドラゴンはそのとき師匠に牙を剥いた。どうやら好きでのせていたわけではなかったらしい」
「えッ!? ドラゴンがハイジャックされてたんですかッ!?」
誠一郎がこくりとうなずく。
「おそらくな。空から下りろと突然命じられたのだろう。頭でもぶん殴られて墜落したと言った方が正しいかもしれない」
「ひどい……」
「とにかく怒り狂ったドラゴンは師匠に牙を剥いた。ところが師匠は迫り来る巨大な牙を苦もなく手刀で叩き折り――」
確かドラゴンの牙や骨って、鱗よりも硬度が高かったはず。
ドワーフ族にしか加工できないし、そもそも素材が入手できないことから、ドラゴンの牙や骨の武具は天文学的な値段で取引されているはずだ。
「――その牙をドラゴンの鼻の穴へと突っ込んでから、拳の一撃で奥まで押し込んだ」
常識が吹っ飛びそうな逸話だわ。
伝承の一つに数えてもいいと思う。
「……セイさんのお師匠様って、もしかして筋肉神様ですか?」
「女性だと言っただろう。レッドドラゴンは悲鳴を上げて東へと飛び去っていった。たぶん師匠がその気になれば、レッドドラゴンを殺すことなど容易だったはずだ。それを逃がして差し上げるとは、さすがの筋肉紳士――否、筋肉淑女っぷりだった」
「……そーかなー……」
苦笑いしか出ない。
どうしよう。リガルティア様みたいなヒトが出てきたら。
それまで黙っていたレーヴが、苦しげに口を開けた。
「なるほど。あれはセイの師匠の仕業だったか」
「ぬ? 知っているのか、レーヴ」
「いや、直接は知らない。だが、我が主だったディアボロス・テュポーン様の息のかかった一派が、死の森で消息を絶った事件は覚えている」
誠一郎が空を仰いで額に片手をあてる。
「なんと。おまえの主の一派だったのか。すまん、おれの師匠が全滅させてしまった」
レーヴが苦い笑みでつぶやいた。
「気にする必要はない。我が主の一派がセイを殺そうとしていたのも事実。お互い様だろう。ちなみに、後に調査に赴いた私がレッドドラゴンの鱗の欠片を入手し、武具へと応用する研究を始めたきっかけとなった。おかげで今、私は神影と戦えている」
フィリアメイラが視線を下げた。
あ、レッドドラゴンの鱗を使ったこのブーツやレーヴさんの肉体って、セイさんのお師匠様がメチャクチャやった名残というか、証拠でもあったんだ。
ちょっと感慨深い。というか、むしろ怖い。つながりに漠然とした恐怖を感じる。
レーヴの隣を歩く顔色の悪いレヴァナントの女が、思い出したように口を開けた。
「あ。それでしたら私も覚えてますわ。何せ私、そのレッドドラゴンが抉った地面の中に埋まってましたから」
「なんてっ!?」
フィリアメイラが問い返すと、レヴァ子は事も無げに微笑みながら言った。
「洞窟近くに埋まってたのですけれど、ドラゴンの墜落で突然掘り出されて、這々の体で逃げたのです。あんな怖いのがいるんじゃ、おちおち埋まってもいられなかったので、マドラスに避難して何百年かをそこで過ごしていたのですわ」
「埋ま……!?」
よく磨り潰されなかったな……。
「でもマドラスがイブルニグスに滅ぼされたもので、さすがにもう怖いドラゴンもいなくなったかしら、と思って私は故郷の死の森に帰ったのです。そしてそこでエルフ様方と運命の出逢いを果たしたのですわ♥」
フィリアメイラは思った。
運命怖っ!
セイさんのお師匠様って、どういう影響力をしているの?
神と魔神の違い?
やっぱ筋肉じゃね?
(´^ω^) n
⌒`γ´⌒`ヽ( E)
( .人 .人 γ /
=(こ/こ/ `^´
)に/こ(
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./ ゜ 3 `ヽーっ
l ゜ ll ⊃ ⌒_つ
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