第49話 オークタウンの漢たち
前回までのあらブヒ!
漢を見せろ。
はち切れそうな白スーツの下でブルルンと腹肉を揺らし、幅広の大鍬を横薙ぎに払う。
「ブヒィ!」
神影の赤き脇腹を掠めた性夜の大鍬が、暴風を巻き起こして月光を斬り裂いた。白スーツのボタンが、汗の玉とともに弾け飛び、だらしない腹部が露出する。
「くっ、浅いブヒ……!」
「ギギャアアアァァァッ!!」
側面から払われた真っ赤な蹴り足を、脂肪のたっぷりと乗った腹で受け、同時に後方へと飛び退って威力を殺す。
「ピギ……ッ!」
激痛に顔をしかめながらも蹄の両足で地面を掻き、性夜は大鍬を頭上で回して追撃にきた神影の頭へと、体重をのせた必殺の一撃をカウンター気味に振り下ろした。
「ブヒァァァッ!!」
ガツン――!
硬い手応えが響く。
性夜の攻撃は神影の頭皮をわずかに削ったに過ぎない。それでも怯む。絶大なる力を秘めたはずの神影が。頭部を耕されて。
「ぶひゅぅ……ぶひゅぅ……っ」
仲間のオークたちは、秒間ごとに次々と神影に倒されていく。
そのたびに性夜を囲む神影は数を増し、息つく暇もなくなっていく。
想定内だ。オークは所詮魔族の中では出来損ないの下位種族。わかっている。自分たちがここで全滅することくらい、最初からわかっていた。
力も速さも堅さも鋭さも、すべて神影が上だ。
それでも。
ここは己らの街。魔族にとって、最後に残された街だ。
この手で守れずして、どうする。
「退かんブヒぞぉぉ!」
振るわれた爪を大鍬の柄で受け止めて足を滑らせ、背中を蹴りつけられながらも、性夜は大鍬を自身の周囲にぐるりと振って神影に距離を取らせる。
「ブヒャアアアア!」
汗に混じって、血の玉が弾け飛び、性夜の足がもつれた。けれどもオークは転ぶことなく、確と両足で立つ。
「たとえブヒ一匹になろうとも! 最期の瞬間までヤったるブヒィィ!」
その性夜の腹に喰らいつくべく迫った神影の噛みつきを、大鍬の柄を噛ませることで防ぎ、蹄の足で眼球を蹴って後退させた。
「ここがなくなったら、ライゲンディールに生きるすべてのラブリー女子たちが行き場をなくしてしまうんブヒ!」
神影の爪と大鍬の刃がぶつかり合い、弾け合う。
背後から飛びかかってきた神影の爪に背中を引き裂かれ、歯を食いしばって振り払った。
「ピギイイィィィィ!」
分厚い脂肪がなければ、内臓にまで達していた攻撃だった。
だが、己はまだ生きている。生きている限り、たった一体でもいい。潰してやる。その上でまだ生きていられたなら、また一体潰してやる。
何度でも続けてやる。
「みんな、何を死んどるブヒか。立つブヒよ。立つんブヒ。こんなところで死んどる場合じゃなかでしょ。こんなんじゃ、世界中のラブリー女子を助けられんブヒよ」
歯を食いしばる。食いしばって叫ぶ。
魂を燃やすように、雄々しく、激しく、夜を震わす大声で。
「――命を燃やして立ち上がれッ、イケメンクラブ“オーキストラ”ッ!」
その声に呼応するように、全身に至るところを斬り裂かれ、倒れ伏していた白スーツの――否、もはやその鮮血に染まり、真っ赤な色と化したスーツ姿のオークたちが、一匹、また一匹と膝を立て始める。
耳を食い千切られたオークも、力を失った片腕を垂れ下げたオークも、腹から背へと貫通する傷を負ったオークも。
鮮血色のスーツの全員が立ち上がった。一匹たりとも残らずに。鼻息を荒げ、血を吐き出しながら。
「ブヒヒヒ」
性夜が血まみれの口元を皮肉な笑みで歪めた。
性夜だけを取り囲んでいた神影たちが、立ち上がったオークたちを警戒して一斉に散らばる。
「……フヒヒ。僕はオーク族として誇り高いブヒよ」
皮肉の笑みが、無邪気にすら見える満面の笑みへと変わっていく。
しかしその笑顔はすぐに消失させ、漢の面構えへと変化させた。
そうして性夜は、朗々とした声で夜に告げた。
「耳有る者は聞け!! 地を見るな、胸を張れ! 目を伏せるな、睨みつけろ! 怯えるな、雄の見せ所ぞ! 魂の灯火を自ら吹き消すな! いずれ救われぬ命なら、この瞬間にすべてを燃やし尽くせッ!!」
オークタウンを、この街を守れぬならば。
せめてここに住まう、否、ここへと流れてきたすべての魔族女子たんたちが逃げ切るまで。
――命よ、どうかそれまで保ってくれブヒ。
漲る。脂肪に包まれたぷよぷよの肉体が。
オークたちの体温が一斉に上昇した。脂肪を急速に燃やし、そのすべてをエネルギーへと変換して。
だらしない腹部が、急激に萎み始めた。オーク集団から猛烈な湯気が立ち上り始める。
「……今日ここが、ブヒらの死に場所ぞ……」
立ち上がったオークたちが、性夜に合わせて一斉に鍬を上段に構える。
「やつらを耕せ、オーキストラ。――突撃!」
命を燃やし、咆哮を上げ、オークたちが最後の突撃を繰り出した。
野生の猪のごとく荒々しく大地を駆け、自らの身を守る術すら忘れ、鍬を力任せに振り下ろす。
いくつかの鍬は神影に届いて怯ませることに成功するも、大半はボロ雑巾のように吹っ飛ばされ、貫かれ、大地に叩きつけられていく。
猛々しき雄叫びと、無情なる怪物の怒声、そして悲鳴がこだまする。
わずかな時間を稼ぐためだけに、オークは脂肪を、そして命を燃やしていく。
けれどもオークたちの突撃からいくらも経たないうちに、神影集団の側面から強烈な突撃をかました漢がいた。
神影集団の渦中にあって、性夜の目が見開かれる。
「プゴ……?」
その漢は叫ぶことすらなく神影集団に潜り込み、無造作に赤い頭部を片手でつかんで大地に叩きつけ、あるいは夜空に届かんばかりに叩き上げ、殴り倒す。
ぶつぶつと、何かをつぶやきながらだ。
「必殺、強めにィ~殴る。殴る。殴る殴る殴る殴る殴殴殴ななななななぐなななぐななななななぐぐぐななな――」
ボギャンと、珍妙にすら聞こえる音が響き、殴られた神影が破砕する。硬質の皮膚も、弾力性に富んだ肉体も関係ない。
漢が強めに殴る。ただそれだけで、あれほどの力を持った神影が、次々と汚らしい水たまりに浮かぶ肉片へと姿を変えていくのだ。
「強めに殴るて……。何それブヒィ……」
自らを含むオークらが十数体がかりでようやく仕留められた神影の数は、わずか三体。
にもかかわらず、漢はたった一人で次々と神影を破砕させている。たった一撃の拳で、たった一撃の蹴りで、たった一撃の頭突きで。
「フハハ! これが鍛えに鍛え上げた筋肉族の力だァ! 貴様らのように生まれつき赤いだけのやつらにはわかるまい!」
「色は関係ないブヒィ……」
神影の注意がオークから離れて漢に向けられた瞬間、今度は神影集団の背後から、エルフ女子が飛び込むのが見えた。
「強めにィ~――……」
「ハッ!! エルフ女子たん! 危ないブヒ! ここは僕らに任せ――」
「――蹴るぅぅ!」
性夜がすぐさま救いに向かおうとした瞬間、その視界の中で神影の頭部が炸裂した。眼球がポンと空を飛び、地面に落ちて性夜の足下に転がる。
「プゴ?」
「強めにィ~蹴る。ほんとだ。筋肉神様のおっしゃる通り、案外脆いんですねっ。強めにィ~蹴る。アハハ、蹴る。蹴る。蹴っても膝が~痛くな~い」
レッドドラゴン製ブーツに包まれたぶってえ足が、大鎌のごとく神影を収穫していく。
頭部に当たれば頭蓋ごと内部まで爆砕し、首に当たれば首をもぎ取り、肉体に当たればくの字に折れる。そのたびに、肉を破壊する凄まじい音が衝撃波とともに発生していた。
深緑色の長い髪を振り乱し、エルフ女子は正気を失ったような瞳で軽やかにステップを切って踊りながら、次々と神影を屠る。
視線を戻せば、エルフ野郎が両手に神影をつかんで、それをまるで武器であるかのようにして振り回し、他の神影たちをぶっ飛ばしまくっていた。
しかも時々、神影の攻撃をけったいなポーズをキメて防ぎながらだ。
「フゥーハハハハハ! おっと、モスト・マスキュラー。フゥゥゥーーーハハハハハハハ! ふぅぅ、サイドチェスト。フゥーハハハハハ!」
血まみれの性夜はぽつりとつぶやく。
「ンンンン? もしかして、僕ら必要なかったブヒか?」
その言葉は、けたたましい漢の笑い声に塗りつぶされて夜に消えた。
しつこい。
彡 ノ
ノ
ノノ ミ
〆⌒ ヽ彡∩))
(`・ω・)彡 パーン!
((⊂彡☆∩ 彡⌒ミ
⊂(⌒⌒(;`Д´) <いやですぞ、もうちょっと構えですぞ
`ヽ_つ ⊂ノ
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