第46話 誘惑する夜の街
前回までのあら筋!
世紀末ババアのせいで大陸全土が火の海になりそうだ!
オークタウンに足を踏み入れるなりすぐに、一行を低く渋い声が包み込む。
「愛と平和とお芋さん。そして魅惑の夜の街、オークタウンへ……ようこそブヒ」
一輪の赤き薔薇を差し出した十体のオークたちが、一斉に片膝を地面について出迎えてくれている。ただし、生態ゴーレムと怪物エルフはガン無視で、レヴァ子とフィリアメイラにだけだ。
メイラは思った。
オークタウンに到着して早々、ありがた迷惑の極みである、と。
というか、なんだここのオークの自信に満ちあふれた輝く瞳は。
リゼルの部下だったオークたちは剣と軽装鎧で武装していたが、ここのオークたちはなぜか全員が白スーツを着込んでいる。だがでっぷり脂ののった腹のおかげで、ボタンが今にもはじけ飛びそうだ。
アズメリア大陸に生まれ落ちて二百と六十年あまり、フィリアメイラはこの世界にスーツが存在していたことを初めて知った。大方、自分たち同様に転生させられた現代人の記憶が生み出した服装であろうことは想像できるけれど。
差し出された一輪の薔薇には、カードが一枚添えられていた。
フィリアメイラが恐る恐る指先でつまむ。名刺だ。
「カブヒ町イケメンクラブ“オーキストラ”ナンバー1オーク、性夜」
「ブフ。ブヒのことでございます。美しきエルフの姫君よ」
「性夜……」
ふいに先頭の一体――すなわち性夜が頭を上げて、フィリアメイラの手を蹄の手で取った。そして自らの唇を近づけながら。
「お、おおおおお嬢さんっ、ブヒ、ここ今宵はイケメンクラブ・オーキストラにて、この性夜と愛に満ちた夜をお楽し――ぶぎゃっ!! ぴぎぃぃぃぃっ!! ぴぃぃぃぃっ!!」
生態ゴーレムに頭部を握力のみでつかみ上げられ、ビチビチと短い四肢をジタバタさせている。
「ぷぎぃぃぃぃっ!? おたしゅけぇぇぇぇ!」
レーヴがオークの首筋に鼻を近づけて臭いを嗅ぎ、振り返って真顔で誠一郎に問うた。
「食うか?」
「食えん。二足歩行且つ喋る生物は食うなと、メイラに言われている。脂肪分も高そうだしな」
「まったく。これだからエルザラーム地方のお上品なやつらは」
舌打ちをして、レーヴがオークを地面に打ち捨てる。
ボヨヨンと跳ねた性夜が、大慌てで転がるように逃げていった。
「きゃーっ! せっかくブヒの流し目で、エルフ女子をメロメロにしてやったのにぃぃぃ! あと一歩でヤレたのにぃぃぃ! ブヒィィン!」
その後を追って、他の白スーツたちもジタバタと逃げ出していく。
「も、もうおまえらなんて誘ってやらんブヒね~だっ!」
「ばーか! お芋さん焼酎もあったのにっ、ばーかっ!」
「どうせ田舎ものブヒ! 田舎っぺエルフブヒよ!」
「オウフ、田舎やて、ブヒブヒヒヒ、コポォ!」
フィリアメイラの額に血管が浮かんだ。
なんだったというのか、一体……。
いや、そんなことよりも。
フィリアメイラがレーヴに尋ねる。
「ライゲンディール地方ではオークを食べる習慣があるんですか?」
「必要とあらばな。もっとも、あまり食い過ぎるとディアボロス・リゼルが報復に乗り出すゆえ、よほどの飢餓状態でもなければ我が主ディアボロス・テュポーンも手は出さなかった。ディアボロス同士が殺し合うときは、魔王の選定時。薄汚いオークごときが原因であってはならない」
「まったく同意です……」
それにしても。
オークタウン――。
思った以上に栄えている。
むろん、ライゲンディールの他の三都市ほどの広大さはないけれど、すでに日暮れであるにもかかわらず、誰も彼もが堂々と出歩いている。
大方はオークだけれど、おそらくは避難民だろうか。稀少な上位魔族から、中位、下位魔族まで、三割ほどが別の種族だ。
彼らは暢気な先住オークとは違って、どこか暗い瞳をしている。
レヴァ子が寂しげにぽつりとつぶやいた。
「オークタウンは襲われなかったのですね。イブルニグスに。あの恐怖を知らないから、日が暮れても活気に満ちている。よいことなのか、悪いことなのか」
少しうつむき、レヴァ子が深いため息をつく。
直接尋ねたことはなかったが、最上位魔族であるレヴァナントが、実り無き死の森に突然現れた原因もまた、イブルニグスによって追われたからなのだろうと想像できる。
誠一郎がレヴァ子の背中に軽く手を当てて口を開けた。
「魔力の低さが幸いしたのだろうな。気づかずに通り過ぎられたか、あるいは目に入ってはいても、捕食できる魔素の量が微々たるもので見逃されたか」
その言葉に、レーヴが暗い笑みを浮かべた。
「それは違うぞ、セイ。イブルニグスは力だけのバケモノではない。筋肉に支配されていない、ちゃんと考えることのできる頭脳を持っている」
「……と言いますと?」
フィリアメイラが促すと、レーヴがため息交じりにこたえた。
「少しは自分で考えろ、脳筋娘」
「ふぐぅ……!? あの、この前から思っていたことですけど、レーヴさんってわたしにだけ当たりがきつくありません……? 好きな娘をいじめてしまう男の子みたいですよ……?」
「冗談はぶってえ下半身だけにしろ」
渾身の皮肉をレーヴは冷たい瞳であっさりと受け流し、解だけを明かす。
「イブルニグスはライゲンディール全土の避難民がオークタウンに集うのを待っている可能性が高い。防衛機能の働く他の都市をすべて破壊すれば、生き残った魔族は自然とオークタウンへ逃れるしかなくなる」
「生存者が集まるなら、そこで決起される恐れもあるのでは? わたしたちのように」
「ハッ、こんなところでか? たとえオークタウンで生存者たちが決起しようとも、防壁も軍も持たず、防衛機能もろくに備えていない田舎町など、神影だけで簡単に一網打尽にできる。そのときに私やセイがいたとしても、無数の神影を相手に民をすべて守るなど到底不可能だ」
誠一郎がうなずいた。
「なるほど。さすがはディアボロス・テュポーンの腹心だな」
「わかっているとは思うが、オークタウンにとどまるような無駄なことはできんぞ、セイ」
「ああ。それに、レダ砂漠のレッドドラゴンならばともかく、亜人領域であるガラフィリア地方の亜人どもまで食われては、それこそ今のおれたちでは勝ち目がなくなってしまう」
「そうだ。イブルニグスは食えば食うほど強くなる。ここまで後手に回ってしまってばかりいたが、ここから先は常に先手を打たねば、本当に取り返しのつかない事態になる」
誠一郎は一度周囲を見回してから、どこか遠い瞳でうなずく。
「そうだな。だがまあ、今夜はここに泊まろう。手足を伸ばして休み、筋肉からストレスをすべて取り除いてやるのも、筋トレには必要不可欠なことだ」
「休筋日ですね!」
ここぞとばかりにフィリアメイラが目を輝かせた。
「そうだ。みんな、宿と食事の手配を頼めるか?」
「あれ? セイさんは? 宿屋に向かわないのですか?」
「ああ。ちょっと酒の席に顔を出そうと思ってな」
「えっ!?」
フィリアメイラが顔を歪めて目を見開いた。
誠一郎がこのようなことを言い出すのは初めてのことだ。レインフォレストで過ごした少年時代も、去っていたライゲンディール時代も、レインフォレストに戻ってきてからも、彼が酒をたしなんでいるところなど見たことも聞いたこともない。
しかしレーヴは話を進める。
「わかった。ならば、おまえがやってくるまで、目印として宿の前にレヴァ子を立たせておく。あとで合流しろ」
「えっ!? わたくし!?」
レヴァ子が目を丸くした。
オークタウンはライゲンディールの南方にあるためか、気温の低さは幾分マシだ。少なくとも周囲に雪原はもうない。
しかしリディス山脈からの吹き下しの風は極めて強く、黒を基調とする白いレースのあしらわれたレヴァ子のドレスを常に揺らしている。
決して恵まれた気候ではない。
「なんだ? アンデッドならば寒さなど微塵も感じんだろう? レヴァナントであるならば、まともな食事を摂取する必要もあるまい?」
「それは死者を継ぎ接ぎした生態ゴーレムである貴方も同じでは? レーヴ?」
ここに来て、レーヴが額に縦皺を刻みながらレヴァ子を睨めつけるように見下ろした。しかしレヴァ子もまた下唇を捲り上げて、凄まじい形相でレーヴを睨み上げる。
「おい。調子に乗るなよ、レヴァナント風情が」
「聞こえませんわねえ? ダークエルフとしての特性が薄まった貴方の精気は、とてもまずそう。従うメリットはなさそうだもの」
レヴァ子は妖艶な赤い唇を微かに開き、さらに続ける。
「ああ、でも勘違いはしないでくださいましね。わたくし、誠一郎様をお外で待つことに関しては、なんの文句もありませんの。ただ――」
レヴァ子の瞳が深紅に染まった。青白い指先から黒い爪が伸び、同時にその声が低く沈んでいく。
「――てめえみてえな肉人形に命令される謂われはありませんわね」
だが。
「ならばさっさとそう言え。おまえが待つのであれば文句はない。おれにはまだやらねばならない役目がある。少々忙しい」
レーヴはあっさりとレヴァ子に背中を向けた。
レヴァ子の結膜が白色に戻り、深紅は瞳孔に収束する。
「そうですか。でしたら言うことはありません」
フィリアメイラの背筋を、冷たい汗が伝った。
怖ぁ……。これ、セイさんがいなくなったら、どうなっちゃうの……? セイさんもなんだか考え事をしているみたいで、止めようともしなかったし……。
「あ、あの、セイさん」
「ん? なんだ?」
「お酒って……」
「ああ、心配するな。筋肉をいじめるような真似はしない。おれは飲まん」
そこはあまり心配していない。
むしろ筋肉が衰えればいいのにとさえ思っている。
「ただの酒の席というだけだ。師匠の情報を集めるために、酒場にな」
「あ、そうなんだ。それ、わたしもついていっていいですか?」
誠一郎があからさまに困った表情をした。
大慌てでフィリアメイラは言葉を付け足す。
「ほら、わたしもう二百六十歳近くだから、未成年ではありませんし! あ、あ、もちろんわたしも筋肉をいじめるようなことはしませんけど!」
レーヴとレヴァ子に挟まれるなんて、絶対に嫌だ。一触即発。誠一郎が視界から消えたとたんに殺し合いが始まったって不思議じゃない。
それに、どちらとも大して親しいわけじゃないし、仮に二人が仲良くなったって気まずい。それなら飲めなくても誠一郎の側にいた方が気楽だ。
そのお師匠様が女性というのも、気になるし……。
胸が少しずきりと痛んだ。
ライゲンディール時代のおよそ二百年近くを、誠一郎は自分以外の女性と過ごしていたのだから。およそ一月前に二人で過ごした、あの洞窟で。
「かまわんが、逆にいいのか?」
「へ?」
「むしろ情報を得るのに女性の同伴はありがたいくらいだ。だが、キミにもレヴァ子にも頼みづらくてな」
漢は端正に整った表情をしかめて、苦笑いを浮かべながら懐から一枚の名刺を取り出した。
性夜の名刺だ。
「なにせ、行き先はこのオーキストラ――」
「やめますッ」
フィリアメイラは光の速さで断った。
オークは赤身だけ食すに限るよなっ?
(´^ω^)
⌒`γ´⌒`ヽ( E)
( .人 .人 γ /
=(こ/こ/ `^´
)に/こ(
※更新速度低下中です。
しばらくこの状態が続きます。




