第43話 激動する時代
前回までのあら筋!
嫌な予感がするぞ!
アズメリア大陸エルザラーム地方西部――。
王都ストラシオンと国境都市ランデルトを南北に結ぶストラ街道と、フィルガ湖からの流れが交叉する二つの橋に区切られた中州に、三つの影が立つ。
丸太のような豪腕を、到底お乳とは呼べなくなった大胸筋の前で組み、獲物を狙う猛獣のごとき獰猛なる三白眼で、南方に睨みを利かせているモヒカン肩パッドのバケモ――女エルフを先頭として。
「ほほう。おるわおるわ。めんこいヒナどもが、ピヨピヨと雁首そろえて橋向こうに。三千、いや、五千といったところか。面倒なことよ」
上半身から下半身に至るまでバランスよく鍛え上げられ、陽の気を無差別に放ち続けている銀髪の男エルフと、赤髪の女エルフが、その背後でモスト・マスキュラーポーズを取りながら控えていた。
三名のエルフに共通していることは、いかんなく筋肉を魅せつけるために半裸ということくらいか。
「おおっとぉ! これはまともにぶつかったら、さすがの僕らも怪我をしちゃうかもね!」
「で~も~? あいつら止めなきゃセイくんたちが困るんでしょ、リガルティア様?」
ポージングがフロント・リラックスへと変化する。
リガルティアがフンと鼻を鳴らした。
「フ、頭を使えぃ、我が愛しき脳筋の民よ。たとえ正面からぶつかり合おうとも、すべてを一度に相手する必要はなかろう。あの橋の上でならな」
青年エルフが真っ白な歯を見せてニカッと笑った。
「そうかっ。鎧を着た数百人もの騎士たちが同時に橋に乗ったら、筋肉のない無機物である橋脚は折れてしまう!」
「その通り。橋に筋肉はない。その重量に耐えられんというわけよ。騎士どもにしてもバカではなかろう。鎧を着たまま水遊びなどしたくはないはず。ならば我らは、一度にたかだか百匹程度の騎士を相手するだけで済むという算段よ」
常識的に考えればそれでも絶望的であるが、脳を筋肉に蝕まれた三名のエルフにはそれがわからない。
男エルフがサイド・チェスト右ポーズに、女がサイド・チェスト左ポーズに変化した。
「なるほどネ!」
「さすが、かつてはエルフ族随一の大魔法使いと呼ばれたリガルティア様だわ♥」
モヒカンを風に揺らして、リガルティアが苦笑する。
「クク、もはや昔のことよ。我にとって魔法など、黒歴史に過ぎぬ。――さぁて、そろそろ参るか」
ストラシオンの派兵が大橋の入り口にさしかかる頃、三名の怪物エルフはすでにその中央に陣取り、ポージングを取って橋を塞いでいた。
バック・ダブル・バイセップスポーズで、先頭の騎馬に背中の僧帽筋を魅せつけながら。
先頭の騎兵が手で合図を出すと同時に、ストラシオン派兵の全軍が橋の手前で停止する。
一騎の騎兵のみが進み出て、橋の上の怪物たちに近づいてきた。
「そこの三名、何者かッ!」
右端の男エルフだけが、背面、腰付近で腕を組んで上腕三頭筋を強調するサイド・トライセップスポーズへと変化させながら振り返る。
その流れるようなポージングの変化には、騎兵も口をつぐまざるを得なかった。
「おいおいっ。おいっ、おいっ、おいっ。そこの騎士くん! 紳士たるもの、ヒトに名を尋ねるときは~? まず~? ん? どうするんだい? んんんんん?」
ムカつく表情を、いかんなく見せつける。
陽の気をまき散らし、微笑みながら促すように、何度も小さくうなずいて。
「さあ、言って? ほら!」
「く、我らは統一王より命を受けしストラシオン騎士団! そして私は騎士団を率いるゼインという者だ! 国境都市ランデルトを不法に占拠した不届きなる魔族、ディアボロス・リゼルの討伐に向かっている! さあ、我らは名乗ったぞ!」
左端の女エルフが振り返りつつ、アブドミナル・アンド・サイポーズへと変えて、腹筋と長い脚を華麗に魅せつけた。
「ふふ、あたしたちはレインフォレストのハイエルフよ♥ そっちの銀髪の男性はフェンバート、あたしはルフィナ。そして中央にいるのは、かつてこのアズメリア大陸に大魔法使いとして名を馳せ――」
「嘘をつけーーーーーーーーーーーーっ!!」
突然の騎士の怒号に、二人のエルフが目を丸くして押し黙る。
「貴様らのようなゴリゴリのハイエルフなど存在するものか! 我らは騎士の誓いに乗っ取り誠意でこたえたというのに、その愚弄するかのような態度! 万死に値するぞ!」
「ふぅ。まったく、むくつけき男よの」
中央の、最もすさまじき体躯をしたモヒカンエルフがゆっくりと振り返った。
「だが、うぬのような輩、我は嫌いではないぞ」
「ふざ――ッ」
「我が名はリガルティア! ゆえあってここは通さぬ! どうしても通りたくば、我らを蹴散らしてみるがよい! うぬも一端の男であるならばッ、力で示せッ!!」
モヒカンエルフが雷轟のごとく吼えた。
騎兵がそれにこたえ、腰のロングソードを抜き放つ。
「よかろう。王意を軽んじる不届き者どもめ、誇り高き騎士の剣を受けてみよ!」
騎士長ゼインの掛け声と同時に、その背後に控えていたストラシオン騎士団が一斉に動き出した。とはいえ、ここは橋の上。せいぜいが小隊一つ二つといったところか。
鬨の声を上げて蹄鉄を踏み鳴らし、二十もの騎兵らが三名のエルフに襲いかかる。
一目で判別できる。対魔法剣に、対魔法鎧装備だ。
だが、そのようなもの、今さらレインフォレストのエルフたちにとって何ほどのものか。
迫る騎士の剣を、三人同時に指先でつまむ。
それだけだ。それだけで、彼らは足を動かすことは愚か、手首を返すこともしていない。にもかかわらず、馬の突進を止め損なった騎士たちは、柄から手を放すことも間に合わずに勢いよく落馬する。
「ぐあ!」
「ぎゃっ!?」
落馬した仲間を馬に踏ませないため、慌てて手綱を引いた騎兵らはもっとひどい。
勢いを失った瞬間に馬から引きずり下ろされた上に、信じられないほどの力で背後に控えていた騎士団へと、数十歩もの距離を投げ飛ばされたのだ。
味方の騎士を巻き込んで地面に叩きつけられ、跳ね上がって転がり、血を吐く。
「がはっ!?」
「うぐ……っ」
三名のエルフたちはまだ、一歩たりともその場から動いてはいない。
次々襲い来る騎兵の剣をつかみ、馬から引きずり下ろし、投げ返す。時には橋の外側で待機している騎士たちの場所まで届くほどの距離をだ。
三名背中合わせとなり、雨のように降り注ぐ白刃を躱し、時に指先で受け止め、馬から引きずり落として、適当に投げ返す。
「……まったく、面倒な作業よの。キリがないわ。セイリーンのやつめ」
「フゥーハハハハハ! 人間は脆いからねっ! 鎧とかいうただの重しを装備してたところで、僕らが本気で殴っちゃうと壊れてしまうかもっ!」
「はぁ~ん、退屈だわぁ。フェンバートとの手合わせの方がエキサイティン♥」
実のところ、三名のエルフを捨て置いて橋を駆け抜けるだけで半数以上は無事に通過できるのだが、おそらくは騎士としてのプライドが邪魔をしてのことか、それを提案する者はいない。
仮にそうなった場合には、橋ごと落とさなければならない。となれば、王都は愚かこのエルザラーム地方に住まう人間族全員から敵視されることになる。
そんなことを考えて、ふん、とリガルティアが鼻を鳴らした。
「……それも一興か」
たった五名のエルフのみで、すべてを敵に回してみるのもおもしろそうだ。
存分にこの肉体を振るうことができる。
どれくらい、橋で防衛していただろうか。
ふと気づくと、気温が少しばかり不自然に上がった気がした――直後、己の左手で豪腕を振るい続けていたフェンバートが唐突に発生した炎に呑まれ、後方へと吹っ飛ばされた。
「ぐあっ!? あっちいいぃぃぃっ!」
「フェンバート!」
そのフェンバートへと群がった騎兵らを蹴散らして、ルフィナが燃えたままのフェンバートを抱え上げ、川の流れへと自ら飛び込む。
リガルティアが叫んだ。
「ルフィナ! フェンバート!」
さすがに欄干から覗き込む余裕はない。騎士はその間も剣を振り下ろしてくるし、リガルティアはそのすべてを捌いている。
けれど返事はすぐに聞こえた。
「大丈夫っ! 筋肉の耐火性能が僕を守ってくれた! 長老、僕らもすぐに戻ってくるからご無事で!」
「リガルティア様、気をつけて! 魔法使いが――」
瞬間、指向性を持った炎の渦が眼前に迫り、リガルティアは身を翻す。
皮膚一枚を灼いて、炎がリガルティアの側方を通り過ぎていった。
「ぬう!? 何奴!」
それまで絶え間なく襲いかかってきていた騎士集団が後退し、代わりに一人のローブ姿の老人が歩み出てきた。ねじれた樹木の杖をついている。
首からかけているのは、魔力の増幅装置であるエルフ族の耳を防腐処理してから連ねた、薄気味悪いネックレスだ。
魔法使いだ。
「初めまして、かのう?」
「ぬ。うぬは……スカーレイ……!」
スカーレイ。
人間として生を受けながら老齢エルフにも等しき魔力を持ち、かつては人魔戦争で最前線に立ち、魔族から恐れられた大賢者の名だ。
それはすなわち、自らもまた魔法使いでありながら、魔法の時代を終わらた男の名でもある。人類が対魔法金属を発見、実用化にまでこぎ着けたのは、この男の功績なのだから。
それまで人魔戦争で魔族に押され気味だった人類が、現在のように均衡を保つまでに持ち直せたのは、大賢者スカーレイによる数々の魔法や発明に依るところが大きい。
もっとも、その余波で魔法を頼りに生きてきたエルフ族や妖精族は絶滅寸前になるまで狩り尽くされてしまったのだけれど。
「ほう? どこぞで儂と会うたことがあったかの? すまんが、こちとら齢百を目前にした爺でな。最近はもう何にも思い出せん」
「ふん。ならばその爺が何故、我らエルフ族の邪魔をする」
スカーレイが伸び放題の白眉に呑まれた瞳を大きく見開いた。
「エルフ! ほほお! これは驚いた! まだ野生のエルフが残っておったとはな!」
「……」
「そう睨むな。何故も何も、儂はただ対魔法金属を実践利用させたに過ぎん。別にエルフ憎しで生み出したわけではないぞ。おまえたちの種族の滅亡など、結果論に過ぎん。どうでもよい話よ」
リガルティアはスカーレイの胸で揺れるネックレスに視線をやって、ため息をつく。
エルフ五人分の耳が、そこで揺れている。
「スカーレイよ。そのような古き話などどうでもよい。なぜ今、我らの邪魔をするのかと、我は問うておるのだ」
「おお、そうかそうか。知れたことよ」
老いた瞳が不気味にギラついた。
「ランデルトにディアボロスがおろう。ディアボロスといえば魔族の王となるべく生まれてきたバケモノ。以前よりディアボロスの肉体に興味があってな。ちょいとその力の出所を探ろうと思っておるわけよ」
「次はディアボロスか……」
「当然であろ? このような機会は滅多ないことゆえな、自ら進み出て今回の行軍に加えてもろうたのよ」
二度目のため息が漏れた。
「ああ、そうやって貴様は己が知識欲を満たすためだけに、いくつもの種族を踏みにじってきたのだな」
老人が耳障りな声で嗤った。
「古き知識にしがみついておるような種族は、いずれ自然淘汰されるものよ。儂はそれをほんの少し早めただけに過ぎん」
「そうだな。まったく以て正論、貴様は正しい」
気をよくしたのか、スカーレイが杖でリガルティアを指した。
「その通り。儂は正しい。エルフよ、おぬしのその肉体進化も、対魔法金属ありきで完成されたものであろ? 愚図な妖精族とは違って、エルフはまだ生き残れそうじゃな。儂が進化させてやったと言えんこともあるまいて」
「ああ、そうさな。我には番う相手などおらぬが、エルフには今し方、川へと飛び込んだ二人がいる。ここにはおらぬ、もう一組のエルフたちもいる。やつらは新世代のハイエルフとして生き、そしていずれは子を成すであろう。魔法の時代は終わり、屈強なるエルフの時代がやってくる」
そうして付け加える。
「まあ、明日無き貴様は、この先、それを見ることすら叶わんがな」
「む? はて? 今のはどういう意味かのぉ?」
リガルティアが腰を落とし、右足を引いて構えた。
「構えよ、大賢者スカーレイ。我らを進化させたことを悔いるときがきたのだ」
大筋肉時代の圧倒的暴力というものを見せつけろ、ババア!
(´^ω^`) n
⌒`γ´⌒`ヽ( E)
( .人 .人 γ /
=(こ/こ/ `^´
)に/こ(
※更新速度低下中です。




