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第4話 面影なし、見る影なし

前回までのあら筋!



なぜポーズを取った……。


 怪物エルフがキレッキレの筋肉をひとしきり見せつけている間に、呆然と立っていた他の傭兵たちが彼へと襲いかかった。


「貴様ッ、よくも団長をッ」

「くたばりやがれッ、うおおおおおッ!」


 剣を振りかぶり、背中から振り下ろす。

 だが、怪物エルフは振り返りもせずに半歩前に出るだけで傭兵の振り下ろしを避けると、次の瞬間には身をひねりながら回し蹴りで傭兵の胸鎧を蹴った。


「邪魔だ」


 金属の砕ける、とてつもない音がした。

 対魔法金属(アンチマジックメタル)が粉砕され、傭兵が背後の傭兵を巻き込んで森の奥にまで吹っ飛ばされ、無残な姿で転がる。


 そうして怪物エルフは傭兵団を見やり、挑発するように両手の指先を曲げた。


「半端者集団を一人ずつなど面倒だ。退く気がないのであれば、まとめてかかってこい。せいぜいおれの筋肉たちを楽しませてみろ」


 そこから先は一方的だった。


 斬りかかってきた傭兵を適当に払いのけ、網にかかったままのエルフを引きずって逃げようとしている十数名を跳躍から踏み潰し、飛来した毒矢を二本の指で挟んで受け止め、開いた掌を鎧の上から叩きつけて内部の人体を破壊する。

 どぱん、ととんでもない音がして、傭兵が穴という穴から液体を噴出させながら膝から崩れ落ちた。


「次だ」


 傭兵団とは違って怪物エルフには気合いの声も雄叫びもなく、ただ淡々と、なんでもない作業であるかのように次々とたたき伏せていく。


「次。さっさとこい」


 面倒だ、と言った先ほどの言葉は強がりや慢心などではなく、彼にとって心からの真実だったのだろう。

 彼の周囲には数十名もの傭兵が折り重なって倒れているのに、彼自身は息一つ乱さない上に、あくびでもしそうな、なんとも言えない気の抜けた顔をしている。


「次」

「だ、だめだ……!」


 残り五名となったとき、傭兵たちはついに彼へと襲いかかる足を止めた。


「どうした? おれの美しき筋肉たちが退屈がっているではないか」

「く、くそ! こ、こうなったら……!」


 傭兵の一人が、胸鎧から笛を取り出した。


「バカ、よせ! 契約者の団長が意識を失ってる状態であんなものを召喚したら、おれたちまで皆殺しにされちまう!」

「うるせえ! どのみち、あのバケモノエルフからは逃げられねえ!」


 言うや否や、他の四名が止めるのも聞かずにその団員は笛を咥え、勢いよく息を吹き込んだ。

 笛の音はない。長いエルフの耳を以てしても聞き取れない。けれども、笛の音はなくともすぐに気がつく。


 エルフの青年の長い耳が、ぴくりと反応した。


「む?」


 遙か遠方から駆けてくる、軽やかでありながらも大胆なる足音に。

 風が運ぶ、凶暴なる獣の息吹に。


 次の瞬間にはもう、大樹ほどもあるその巨大な獣は、南の森から燃え盛る五大樹の広場へと暴風を伴いながら飛び込んできていた。

 獅子の頭部に、サソリの尾。猫科特有のしなやかな四肢は、着地時の音を最小限にまでかき消していた。


 フィリアメイラが暴風に荒れた緑髪を押さえ、青ざめた顔で喉の奥から震える声を絞り出す。


「そ、そんな……マンティコアなんてレインフォレストにはいないはず……」


 だけど、魔物は対魔法(アンチマジック)装備をしているわけではない。レインフォレストのエルフたちならば、協力すれば十分に戦えるかもしれない。

 けれども、到底間に合わない。

 自身が走り、囚われのエルフたちを縛った縄を切るまで待ってくれる魔物などいるはずもないのだから。

 背中を見せた瞬間に飛びかかってくるであろうことくらい、容易に想像できる。


 怖い……。動けない……。


 恐怖に(おのの)く縛られたエルフたちへと、笛を吹いてマンティコアを呼び寄せた傭兵が、勝ち誇ったように嘲笑した。


「いないはず? ははははは! あたりまえだ! このマンティコアは我らが団長スカーフェイスと血の契約を交わした個体! 我ら棘の(トアン)傭兵団の最終兵器よ!」

「あまりに凶暴過ぎるがゆえ、今回は捕らえたエルフどもを背に乗せて輸送するために連れてきていただけだったのだが、こうも抵抗されてはかなわんからな」

「こいつを解き放った以上、ここにいる何人かは確実にくたばることになる。恨むならそこのバケモノエルフを恨むこ――あぎッぎゃああああ……あ……ぁ…………」


 マンティコアがパクリと傭兵を頭から咥えて、その鋭い犬歯で鎧ごとかみつぶし、嚥下した。

 それは一瞬の出来事だった。

 ぽとり、マンティコアの口から男の足だけがこぼれ落ち、その周囲に血だまりが広がった。


「やっぱ無理じゃねえか! 契約者の団長もいねえのに魔物の制御なんてできるわけがない!」

「に、逃げ――ぐがあぁぁぁぁ!」


 背中を向けて逃げだそうとした傭兵の腕に、マンティコアが食らいつく。


「お、俺の腕がああぁぁぁぁ! は、放してくれぇぇぇぇ! 誰か助け――ッ」


 だが次の瞬間、すさまじい爆発音とともにマンティコアの頭部は跳ね上がっていた。

 いつの間にそこまで移動したのか。マンティコアの鼻先には、逞しき片腕を天へと突き上げた体勢で、怪物エルフが立っていた。


 殴り上げたのだ。マンティコアの顎を。武器すら使わないただの拳で。


 マンティコアの口から投げ出された傭兵が仲間に支えられ、茂みへと逃げ込む様子を一瞥してから、そのエルフは威風堂々と巨大な怪物を見上げた。

 息すらかかるほどの至近距離で。


「ほう。いいな、貴様。少しは楽しめそうだ」


 どうやら有効打ではなかったらしい。それどころか怒らせただけのようだ。

 マンティコアが鼻から眉間まで縦皺を寄せ、眼前のエルフへと咆哮を上げた。


 ――ゴアアアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 その大音量に空間が細かく震え、手足を縛られた囚われのエルフたちはもちろん、茂みへと身を隠した傭兵たちまでもが青ざめて縮み上がった。


 フーッ、フーッ、獣臭を伴った荒い息づかいが聞こえる。それ以外の音はない。誰も、瞬きすらできない。


 誰もが絶望していた。

 今日、ここで死ぬのだと。あの怪物に皆殺しにされる。誰も生き残れない。


 だが。

 だが、ただ一人。

 そこに例外がいた。


「耳元で咆えるなッ!! じゃかぁしいわッ!!」


 硬く握った拳をマンティコアの巨大な鼻面へとたたき込み、黙らせる。


 ――ギャンッ!?


 殴られた勢いで数歩下がったマンティコアだったが、怒りの表情で大口を開け、エルフの上半身を噛み砕くべく再び襲いかかった。


 ――グガアアアァァァァ~~~~~~~~~~~ッ!!


 しかしその鋭き牙がエルフへと届く直前、うなりを上げた右の豪腕がマンティコアの横っ面を拳で弾く。


「不意打ちなど、こざかしいッ!」


 ドゴォ、とすさまじい音が響いて、マンティコアの頭部が側方へと流れた。それでもマンティコアは再び牙を剥き、エルフへと喰らいつこうと襲いかかる。


 ――ガァッ!!

「やはり見込んだ通り、なかなかのタフネスだ」


 しかし上下の牙が合わさる瞬間にはエルフはそこにおらず、マンティコアの視線が彼を再び捉えた瞬間には、再度右の豪腕で左の頬を殴られていた。

 マンティコアの口内から、血と涎が雫となって中空に散る。


 ――グ……ガ……!?

「フ、だが、所詮は獣」


 フィリアメイラは何度も自らの目を擦り、あり得ない光景を凝視する。


 エルフは近接戦闘を嫌う。なぜなら種族全体の特性として、魔力に優れる代わりに筋肉がほとんどつけられないからだ。

 ましてや武器すら使わずに己の身一つで肉弾戦闘を挑むエルフなど、歴史上で聞いたこともない。


 ところがどうだ、あのエルフは。

 いやもう、むしろちょっと意味わかんない。怖い。


 ――ガアアアァァァァ!

「おぅるああぁぁ!」


 鈍く重い打撃音が響く。

 マンティコアの口から折れた牙がはじけ飛ぶ。


「どうしたどうしたっ、ようやく筋肉が暖まってきたところだぞっ。貴様の筋肉もぬっくぬくにしてやろう」


 がぱり。

 マンティコアが唐突に、口蓋を大きく開けた。


「む? 腹でも減っ――」


 次の瞬間、その喉の奥から橙色に渦巻く炎が吐き出された。炎は螺旋の軌跡を残しながら、エルフを真正面から完全に呑み込む。


 フィリアメイラは息を呑んだ。

 あんな炎が直撃したら、エルフなんてひとたまりもない。

 だが。そう、だが。


「……ああ、肉弾戦に魔法を持ち込むなど、無粋なマネをしおって。興ざめだ」


 炎が過ぎ去った後、怪物のようなそのエルフは薄衣に宿った炎を掌で叩いて消しながらも、その場に平然と立っていた。立っていたのだ。

 それどころか、視線を上げて。マンティコアを指さして。


「筋肉同士のぶつかり合いによって生まれた熱量が、魔法なんぞで片手間に発生しただけの稚拙な炎に灼かれるわけがなかろう」


 フィリアメイラは静かに首を左右に振った。

 いや、その理屈はおかしい。だがもっとおかしいのは、耐火性能を持った筋肉だ。ほんと怖い。


 マンティコアが咆哮し、再びエルフへと飛びかかる。


 ――ガアアアァァァァッ!!

「そうだ、かかってこい! 肉弾戦にこそ、真の熱がある!」


 彼は何度も自らを喰い破ろうとするマンティコアの牙を軽快にひらりひらりと躱し、森中に轟くような打撃音を響かせ、あの巨大な魔物を力で圧倒している。


 ――グゴアアアァァァ!

「そぅりゃああ! フハハハハハ!」


 今やもうマンティコアは、口元からだらだらと血の混じった涎を流しながら、かろうじて襲いかかっているだけに過ぎない。

 なぜならばすでに、獣の四肢は小刻みに震えていたのだから。

 殴られすぎて脳震盪を起こしていることは誰の目にも明白だ。


「す、すごい……」


 その感想は彼女だけではない。

 茂みに逃げ込んだ棘の(トアン)傭兵団の残党でさえ、もはや言葉もなく。


「な、なんてやつだ……素手だぞ!?」

「だ、だめだ。あんなエルフがいたんじゃ、もう……今のうちに逃げよう……」

「団長たちはどうするんだ!? 置いていくのか!?」

「もうくたばっちまってるに決まってんだろ! 人間があんな距離をぶっ飛ばされたんだぞ! 生きてたとしても、あの怪物から背負って逃げ切れるわけがない! 俺は逃げるからなっ!」


 茂みから南へと逃げ出した傭兵たちを、件のエルフが横目で眺めた瞬間――狡猾なるマンティコアは牙も四肢も動かすことなく、尾だけを振り上げる。

 怪物エルフの死角から。


「危ない!」


 フィリアメイラが叫んだ。

 ヒュっと風を切る音が響き、マンティコアの長い尾の先が上空を回って怪物エルフの背中へと突き出された。


 だが。


「甘いわッ!」


 怪物エルフは振り向きもせず、逞しき僧帽筋を覆うように両腕を背中へと回し、尾の先についた毒針をつかんでいた。


 なんて柔らかい身体なの――!? なんかちょっと気持ち悪っ――!


「覚えておくがいい。獣よ。優れた筋肉とは、硬さ大きさに非ず。しなやかなる柔軟性に富んだものを言うのだ」


 そこから先はもう一瞬の出来事だった。

 怪物エルフはマンティコアの尾を力任せに引きちぎり、毒針を地面に叩きつけ、それを大地ごと潰すように踏み込み、腰溜めにした拳をマンティコアの胸部へとたたき込む。


「そぉぉりゃああああっ!!」


 脳震盪を起こしているマンティコアに、その一撃を避ける術はなかった。

 およそ生物から発生したとは思えない音が響き、マンティコアの巨体が浮いた。浮いたのだ。中空へと。上体どころか、全身まで弾き上げられて。


 ――……ガ……ァ……。


 そうして獣は空で一回転半し、背中から大地へと落ちて息を止めた。その胸部には、殴られた際にできた大穴が空いていた。


「ふん、所詮は獣。自らの頑強なる意志で作り上げしおれの筋肉が、野に生まれたことにあぐらを掻いて遊ばせていた程度の貴様の筋肉に敗れるなどということはない」


 誰にともなくつぶやいて、エルフは振り返る。

 背後で目を丸くして絶句しながら見ていた緑髪の少女エルフ、フィリアメイラへと。得意げに片目を瞑りながら。


「まあ、それでも楽しませてもらった方だ。――そういうことだろう?」

「え、あ、わ、わたしに聞かれましても……」


 違う、あなたが言ってることは悉くおかしい、以外の言葉が出てきそうにない。


「そうか。わからんか。ならばおれを見るがいい。答えはここにある」


 怪物エルフはニカッと力強く笑いながら上半身をねじって腰で両手を組み、隆々と盛り上がったキレキレの上腕三頭筋を見せつける。

 呆然と立ちすくんでいた、深緑色の髪のエルフ女子へと。


「サイド・トライ・セップス――」

「……」


 フィリアメイラは死んだ魚のような瞳で、あえて反応しなかった。


 しばらく、そのままに――。


 やがて沈黙に飽いたのか、彼は気まずそうな顔でポーズを取ることをやめた。

 そして、照れくさそうに言葉を発した。


「久しぶりだな、フィリアメイラ。健勝であったか?」

「……………………どちら様でしょう……」

「!?」


 怪物エルフから笑顔がすぅっと抜け落ちて、哀しげな表情が現れた。


洗脳完了だッ!


(´^ω^)   n

⌒`γ´⌒`ヽ( E)

( .人 .人 γ /

=(こ/こ/ `^´  

)に/こ(

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