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転生エルフ無双! ~筋肉さえあれば魔法など不要という暴論~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ2巻発売中』
第五章

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第36話 廃都の館

前回までのあら筋!



メイラが気絶したせいでツッコミが不在になる悲劇。

 廃墟と化したかつての都市マドラスを、誠一郎がフィリアメイラを背負って歩く。右を見ても、左を見ても、倒壊した建物しかない。


 半壊ではない。ほとんどすべて全壊だ。

 近くを歩くだけで、あるいは強い風が吹いただけのことで、未だにガラガラと瓦礫の崩れる音がする。



「……」



 当てが外れた。それどころか、パラメラ砦以上の被害だ。

 どういうわけか、イブルニグスは執拗にマドラスの建造物まで破壊して去ったらしい。



 漢は歯がみする。



 判断を誤ったのだ。これならまっすぐにモルグスへと向かうべきだった。だがもう保たない。フィリアメイラの体力が。

 メイラを担ぐのをやめて背負い始めたのは、彼女の肉体に己の熱き筋肉のぬくもりを分け与えるためだ。それほどまでに彼女は衰弱していた。


 せめてどこか風雨の凌げる場所で休ませねば。その間に己が食料を調達すれば、数日以内には回復するはず。


 しかし広大な都市をどこまで行っても、見えるものは瓦礫、瓦礫、瓦礫。


 モルグスはマドラス以上に絶望的だ。

 ならばもはやパラメラ砦へ一度引き返す他ない。



「いや、だめだ……」



 雪原を戻っては、一週間が無駄になってしまう。

 パラメラ砦からモルグスまではおよそ十日。それではパラメラ砦でメイラの回復を待つ余裕がない上に、メイラをゴルゴーン姉妹の家に預けていったとしても、己がモルグスに到着する頃にはリゼルとの約束の期間を過ぎてしまう計算になる。


 人類領域、王都ストラシオンからの派兵が、ディアボロス・リゼル一派の駐屯する国境都市ランデルトにまでたどり着いてしまっては、人魔戦争が避けられなくなってしまう。

 大規模な人魔戦争が開戦すれば、アズメリア大陸から散る命の数は想像もつかない。


 マッスルランニングでならば間に合う計算だが、おそらく吹雪の雪原で全力疾走を続けたのでは、己の体力がパラメラ砦で尽きてしまうだろう。

 どのみち間に合わない。



「ぬぅ……」



 進退窮まった。


 フィリアメイラの身の安全を取るか、この大陸に棲まう多くの命を取るか、だ。



「筋肉に勝るは、偉大なる大自然のみか……」



 魔神を相手に臆することはないが、自然が相手となればどう戦えばいいというのか。

 ため息をついて引き返そうとした漢の耳に、風音に混じって幼い声が飛び込んできた。



「……?」



 犬顔をした獣人の子供が、防寒着で着膨れした子供と遊んでいる様が吹雪の遠景に微かに映る。



「子供? 人がいたのか……!」



 ならば、いる。子供がいるなら、彼らを養っている存在が必ずいるはずだ。


 漢はメイラを背負ったまま彼らを驚かせないようにとゆっくり歩き、近づく。



「あ……」



 しかし口を開くより早く誠一郎を発見した二人の幼い魔族は、あっという間に走り去ってしまった。

 犬頭の子は四つ足となって駆け出し、もう一人の子もまた雪面を滑るように。



「お、おい、待ってくれっ」



 吹雪で視界が閉ざされた一瞬、誠一郎は彼らを見失っていた。

 だが、足跡が残っている。

 雪と瓦礫を踏みしめて、漢は進む。


 やがてその視界に、一軒の大きな建造物が入った。

 窓は暗く、灯りはない。けれども、微かに漂っている。小麦の焼ける匂いが。



「頼もうっ!」



 漢は扉を叩いた。

 返事はない。


 ドアノブに手をかけて回そうとするも、鍵がかかっている。強引にひねって押し開けることはできるが、そのようなことをするために鍛えてきた筋肉ではない。



「頼む、おれは怪しい筋肉ではない! 助けてくれないかっ! 病人がいるんだっ!」



 しばらく待っていると、小さな足音が近づいてきて鍵の開く音がした。

 犬顔の子供。コボルト族だ。



「……お病気なの?」

「やあ――」

「開けてはだめよ!」



 しかしすぐに二本の角を持った女性が子供の手を引いて、扉を押し閉めようとした。一瞬早く、誠一郎が裸足を差し込む。



「待ってくれ! 本当に危険はない! 筋肉神に誓って何もしない!」

「筋肉神なんて神、聞いたこともないわ。出て行って」



 すぐに背中を向けて、青白い顔のフィリアメイラを扉の隙間から見せる。



「ならばせめて、この娘だけでも中に入れてやってくれないか!? このままでは死んで――」



 そこまで言ったとき、角の女性が自ら扉を開けてくれた。

 思わず絶句して立ち尽くす。



「……入って」

「あ、ああ。ありが……とう」



 二本角の女性には、背中に大きな翼があった。

 その他は人間とさして変わらない。ちゃんと服も着ているし、食に困っている様子も見えなかった。

 だが、整っている。あまりに美しく感じられる。長く艶ある黒髪も、セーターの上からでもわかる胸の大きな盛り上がりも、スカートをベルトで絞った細い腰部も。


 女性はテーブルの燭台や調味料を棚へと移すと、誠一郎を振り返る。



「その子をここへ下ろして」

「わかった」



 誠一郎がすっかりと濡れてしまった毛布を取って、フィリアメイラをテーブルへと寝かせた。

 女性がフィリアメイラの首筋に手を当て、眉をしかめた。



「冷たい」

「ああ。おれたちはパラメラ砦から一週間、ほとんど不眠不休でやってきたんだ」

「はあ? 嘘でしょう? そんな半裸な上に裸足で来られる距離じゃないわ」

「半裸だと? クク、果たしてそうかな? ――はぁぁ~~~……フンッ!!」



 誠一郎は両腕で力拳を作ったフロント・ダブル・バイセップスポーズを取って、ニカッと笑いながらこたえる。



「おれはちゃんと着ているぞ。――この通り、分厚き筋肉という名の服を、な」

「……」



 女性がひどく整った顔に手を当てて、天井を仰ぎ見た。

 なぜかコボルトの子供と、もこもこの防寒着を着ている子供二人は、パチパチと拍手をしてくれているけれど。



「わあ、すっごいや~」

「それ、どーなってんの? どーなってんの?」

「フゥーハハハハハ! こうなってぇ~、いるんだぞぉぉ~! ――ふんッ!!」



 やがて女性は視線を戻し、両手を腰へと当てた。



「まあいいわ。外傷はないみたいね。ただの衰弱なら、数日あれば回復するでしょう」

「かたじけない。ところでご婦人――」



 女性があからさまに顔をしかめる。



「ご婦人じゃない。あたし未婚だから、この子たちはあたしの子じゃないわよ。頼まれて面倒を見てるだけ」

「ご両親からかね? キュバスのお嬢さん?」



 キュバス。上位魔族だ。

 エルフが芸術的な美しさを宿す容姿の種族だとすれば、キュバスは異性に対して肉欲をくすぐる類の美しさを持った種族だ。

 正面戦闘こそ苦手とするものの、魔法の名手であり、何より彼女らは夢の中での暗殺を得意とする、恐ろしい力を持つと言われている。



「……お嬢って年齢でもないけど……。――テリア、アリアナ。あんたたち、あたしの部屋から毛布を取ってきなさい。この娘にかけるから」

「はぁ~い」

「とってくるー!」



 コボルトの子供がテリア、もこもこしているのがアリアナというらしい。声から察するにテリアは男の子で、アリアナは女の子だ。

 どっちも元気に走り出した。どうやらこの館の二階に、キュバスの部屋があるらしい。



「人払いせねば言えんようなことか?」

「別に。ただ、あの子たちの両親ならとっくに殺されてる。イブルニグスにね」



 プイっとキュバスがそっぽを向いた。



「……なるほど。不躾な質問だった。すまない」

「別に。素直な男は嫌いじゃないわ。ああ、今の発言、変に勘違いしないでね。キュバスにだっていろいろいるわけだから」

「わかっている」

「さっきの質問。あたしにあの子たちを預けたのは、自称ディアボロスよ」



 誠一郎の長い耳が、ぴくりと動いた。



「ディアボロス……自称?」

「本人は自分のことをディアボロスだと言ったけれど、どー見てもあれはね。そうね。言ってみれば、魔が薄いのよ」

「魔力のことか?」



 キュバスが長い髪を揺らして首を左右に振った。

 そうして、少し考えるように視線を斜め上に向けて、艶やかな唇を微かに開けた。



「ううん、魔。魔族っぽさ、魔の匂いがまるでしないように感じたの。ただ、そうね。あのバケモノじみた力は、確かにディアボロスじゃなければ説明がつかない。イブルニグスのような魔神が何体もいるとは思えないし、イブルニグスと戦っていたし」

「なんだと!? そのディアボロスはまだここにいるのか!?」



 キュバスが肩をすくめる。



「もういないわ。イブルニグスからこの都市(マドラス)を守ろうとして戦ってくれたけれど、あのディアボロスに守れたものは、テリアとアリアナが逃げ込んだこの領主の館一つだけだったわ」



 キュバスは簡単に言ってのけたが、それがどれほど難しいことであるか、想像するに難くない。同時に、なぜマドラスがパラメラ砦以上に破壊され尽くしたかの理由もわかった。


 戦ったのだ。抗ったのだ。徹底的に。ディアボロスは。圧倒的力を持つ魔神を相手に。

 都市が破壊され尽くしていたのは、その余波だろう。



 ふいに、年老いたしわがれ声がした。



「それでも英雄じゃよ、あのお方はな」



 二階の階段から、毛の伸びきったライカンスロープの老人が、白く濁った瞳をこちらに向けていた。一階の別の扉も開かれ、やはり老いた魔族が口を開く。



「敗れはしたが、儂らがいたこの館だけは、最後まで守ってくれた」

「誰もが恐れおののく魔神を相手に、立ち向こうてくだすった」

「あのお方がおらねば、誰も助かりはしなかったじゃろう」



 老いた魔族が開けた扉の奥からは、他の小さな子らがこちらを覗いている。どうやら考えていた以上に、生き残りがこの館にいるらしい。



「ディアボロスさま、かっこよかった~!」

「それに、すっごくやさしいよね?」

「うん!」



 ならば、ああ。ならば間違いはないだろう。

 師匠、やはりあなたなのか――……。



 意図せず、全身の筋肉が熱を発し始める。滾り始めるのだ。

 優れた筋肉同士の再会を前にして。



 キュバスの女が尋ねる。



「どうかした?」

「いや、なんでもない。続けてくれ」



 キュバスがうなずいた。



「あたしはイブルニグスのマドラス襲撃をどうにか隠れてやり過ごし、すべてが終わった後にたまたま無事だったこの館に来ただけ」

「それでそのディアボロスに、二人の子を託されたのか」

「そういうこと。見ての通り、ここに逃げ込めたのは老人と子供ばかりだからね。世話係がいなきゃ何も始まらないのよ」



 おそらく師匠にとっても、この魔族らは全員、他人であったろうに。

 しかし、戦災孤児を拾って身動きが取れなくなっていたあたり、昔とその性格は変わっていないようだ。

 それが少し嬉しい。ああ、嬉しいとも。



「そのディアボロスは今どこに?」

「大怪我を負っていたから、もう少しここにいなさいって言ったんだけど、結局名乗りもせずに、さっさと出て行っちゃったわ。イブルニグスを追うって言ってね」



 女性が口元に持って行った指先に舌を絡め、妖艶な仕草で挑発的に微笑む。

 そうして、こう付け加えた。



「もしあたしがサキュバスじゃなくて、インキュバスだったなら、あんなに可愛らしくて凜々しいディアボロス様のこと、絶対に放っておかなかったのに。……少し残念」


性別の話を小娘に聞かれると、また嫉妬されるぞ

ふう、まったく、モテる筋肉はつらいぜ……


(´・ω・`) n

⌒`γ´⌒`ヽ( E)

( .人 .人 γ /

=(こ/こ/ `^´  

)に/こ(


※お仕事の都合で更新速度低下中です。

 次話は20日0時頃。

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