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転生エルフ無双! ~筋肉さえあれば魔法など不要という暴論~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ2巻発売中』
第五章

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第35話 いつか旅路の果てで

前回までのあら筋!



筋肉はヒトの心さえ救うことの証明。

 パラメラ砦を東に出て、数日が経過していた。


 二人のエルフは吹雪の雪原を歩く。

 パラメラ砦で防寒着を買っておかなかったのは失敗だった。ライゲンディール北部には、冬の精霊が多く棲まうということはわかっていたというのに。


 自身のことではない。己は熱き筋肉を全身にまとっている。

 よほど長く続くような猛吹雪や、稀代の大賢者スカーレイが生み出した大魔法猛吹雪の嵐(ブリザード・ストーム)の中でもなければ、我慢をすればいい。

 肉体エネルギーの消耗は激しいが、筋肉があれば熱は生み出せる。


 しかし――。



「平気か、メイラ?」

「はい」



 毛布をローブのように巻いて歩く深緑色の髪の少女はそうではない。

 凍った息を吐いて健気に微笑むが、その肉体はガチガチと歯を鳴らしながら細かく筋肉を震わせ、どうにか熱を生み出そうとしていた。だが髪の毛はすでに凍り付いているし、まつげにも霜が降りてしまっている。

 見るからに体力の消耗は激しそうだ。



 まずいな……。



 この先、魔都モルグスまでの道程で防寒着を入手できる可能性があるのは、リゼルの支配地、名もなき村くらいのものだ。

 しかし名もなき村はすでにイブルニグスによって壊滅状態になり、人々に見捨て去られている。そういった集落は大抵、山賊などのならず者に荒らされていて、何も残ってはいないものだ。


 それに、風雪を凌ぐための建物も無事であるとは限らない。

 パラメラ砦の惨状を見る限りは。



「……やむを得んな」

「?」



 誠一郎が足を止めてフィリアメイラを振り返り、北を指さした。



「メイラ、進路を北へと変更する。少し寄り道をしよう」

「モルグスでセイさんのお師匠様が待っているのでは……」

「なぁ~に、相手がイブルニグスといえど、あの師匠ならば簡単には死なん。名もなき村での休息が不確定である以上、別の都市で補給をしておいた方がいいだろう。モルグスまではまだまだ雪原が続いているのだからな」



 空を見上げて思う。



 この吹雪がやめば済むのだが、と。

 けれど、自然現象だけはさすがに筋肉があっても手も足も出せない。



 フィリアメイラが少し目を伏せて考えるような仕草をした後、おずおずと躊躇いがちに尋ねてきた。



「わたしのためですか? 防寒着?」

「違う。雪原は魔物の数も減る。ただでさえ食える魔物は少ないのだから、どちらにしろ補給は必要だった。オークロードからもらったお芋さんももう残り少ないからな。……キミの防寒着はまあ……そのついでだ」



 しかしフィリアメイラは繰り返す。



「わたしのため……ですよね……?」



 期待したような少女の視線を受けて、誠一郎は慌てて付け足す。



「そ、そもそも、上半身にもこうして筋肉をしっかりとつけておけば、寒さなどこれこの通り! おおおお……っ」



 裸足でバタバタと雪原を走り回ってから片膝を折り、振り向きガッツポーズで広背筋を魅せつける。



「ふんっ! ……どうだ?」



 そこに飛来した無数の風雪は、一瞬にして湯気となって蒸発した。

 鍛え上げられた熱き筋肉には、風雪など通用しないのだ。



「や、どうもこうも、普通は無理ですよ……」

「そうか? だが上半身の筋肉は、美容的にもいいぞ。バストア~ップに繋がるからなっ。どうだ、おれの逞しき大胸筋を見てみろ。ふんっ、ほぅ~ら、ほぅ~ら。フゥゥゥゥゥ、セェ~クシィ~!」



 ムキっと大胸筋を膨らませてメイラに近づき、ぴくり、ぴくり、動かす。

 フィリアメイラが死んだ魚のような瞳でつぶやいた。



「ちょっとわかりませんね。大きくなっても柔らかくないと意味ないですし、ユサユサならともかく、ぴくぴくって痙攣してるみたいじゃないですか」

「そ……うか……」



 少女、また少し目を伏せて。

 今度は上気した顔で、戸惑ったように首をかしげながら口を開く。



「あの、セイさん」

「ん?」

「回り道のこと。わたしはセイさんにありがとうって……言ってもいいですか……?」

「……いや、だからそれは別にメイラのためでは――」



 言葉に詰まる。熱を帯びたような視線が、今日はやけに突き刺さるのだ。

 いつもよりも少し。少しだけ、なぜか。



「あ、む……」



 小さくうなって短い金髪を掻き、ため息一つ。そして漢はあきらめた。

 だから、ばつの悪そうな苦笑いでつぶやく。彼女の小さな背中を、己の大きな掌でトンと叩いて。



「気にするな。おれの旅に付き合ってもらっているのだから、おれがキミを守るのは当然だ。“筋肉()の隣人を愛せよ”だ」

「はいっ」



 少女は嬉しそうに、幸せそうにうなずく。深緑色の髪を揺らして。


 その笑顔は、己がまだ天才魔法使いと言われていた少年時代から、いや、前世で彼女が子供らを救うために躊躇いなく線路に飛び込んでいった頃から、ずっと眩しい。



「あれ? もしかして今のも『経典』ですか?」

「そうだぞ。『筋肉経典』だ」

「何章の何節です?」

「第八十九章の二十四節だ」

「……えぇ……どれだけあるの……。……深淵怖ぁ~……」



 だが、それらを――このエルフ女子への想いを態度に表すことは決意に反する。

 己は筋肉(ニク)の頂を目指す一匹の獣。深指屈筋腱(この手)で頂をつかむまでは、ヒトであることを拒絶すると決めたのだから。


 それでも、ヒトの心までは失わない。筋肉の持つ圧倒的な力に溺れたりはしない。

 そのための『筋肉経典』なのだと、第百七十五章まで読んだ今ならわかる。


 というか、何章まであるのだ……。深淵怖ぁ~……。



「ところで、北に進路を取るとして、街があるんですか?」

「ああ。マドラスという地方都市がある。おそらくモルグスや名もなき村、パラメラ砦の生存者は、北のマドラスか東のガルザミルといったライゲンディールの大都市に避難しているはずだ」

「マドラスにガルザミル……。ライゲンディール地方にも都市って割とあるんですね」



 うなずく。



「マドラスもガルザミルもすでにイブルニグスに滅ぼされているかもしれんが、少なくともリゼルからもレーヴからもそんな話は出てこなかった。行ってみるだけの価値はあるはずだ」

「わかりました」



 二人のエルフは北に進路を取り、雪原に足跡を残して歩き出す。

 足場が雪になってからは体力の消耗を避けるため、マッスルランニングは封印しているのだ。それに、汗をかいてしまえば体温が下がり、さらに汗が凍って悪循環となる。



「……」



 後ろをついてくるエルフ女子が、マドラスまで保てばいいが。

 そんなことを考えて振り返った瞬間、誠一郎の視界の中でフィリアメイラの全身が傾いていた。



「――っ!?」



 とっさに振り返って差し伸べ、細い身体を支える。



「どうした、メイラ? ……む」



 熱だ。それもかなりの高熱を発している。

 額に触れなくてもわかる。腕から伝わるのだ。



「すみません。ちょっと足を雪に取られ――ひゃあっ」



 ヒョイっと彼女を持ち上げて、かぶった毛布ごと片腕で担ぎ上げる。

 当然だが、毛布にも雪が浸透して濡れ始めていた。



「ちょ、ちょっと、セイさん? 自分で歩けますってば」

「だめだ。少し眠っていろ。体調が悪いのであればもっと早くに言ってくれ。……あまり心配をさせるな」



 言葉尻が少し強くなってしまった。

 フィリアメイラが少し沈んだ声でつぶやく。



「ごめんなさい……」



 情けない。無理をさせすぎていた上に、気づくことにも遅れた。さらに八つ当たり気味に言葉を吐くなど、『経典』の教えにも反する、筋肉紳士にあるまじき行為。


 己など、まだまだ未熟ということか。


 誠一郎が勢いよく頭を振った。

 冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んで、頭を冷やす。


 ポジティブだ。筋肉紳士たる者、常日頃からポジティブシンキィ~ンを心がけねば。



「いや、ここまでよく頑張ってくれた。だから、少しくらい休んでくれ。まだまだ付き合ってもらわねばならんのだからな」

「ずっと?」

「ああ、ずっとだ。旅の終わりまではな。ライゲンディールは厳しく広い。まだまだかかるぞ」



 魔神イブルニグスを討たねば、このアズメリア大陸に平穏は訪れない。


 けれども、ああ、違う。

 エルフ女子の考えは、違ったのだ。

 朦朧としながらも、漢の予想の先を行っていた。



「……頂に、深指屈筋腱(セイさんの手)が届くまで……一緒……?」

「む。…………あ、ああ。そっちか。そう、だな。そっちはいつ終わるともわからん旅だが」



 未だ二百と五十年、頂は見えず。

 この先、何千年、何万年かかるやら。



「ずっとご一緒しても……?」



 こたえに詰まり、漢は未熟者と自身を戒める。

 己はまだまだ獣の身。筋肉(ニク)の頂をつかみ、ヒトに戻るまではと。


 そうして漢はこたえた。



「…………ああ、ずっと一緒だ。その代わり激しき道のりを最短距離で駆け抜ける。決して振り落とされるんじゃあないぞ」



 己の肩でフィリアメイラが柔らかな微笑みでうなずいて、子猫のように深緑色の頭を誠一郎の逞しき大胸筋に寄せた。

 少しこそばゆい。



「ふふ、嬉しい。でも、ただでさえ荷物を持ってもらっているのに、わたしまで担いだらセイさんの両腕が塞がっちゃう」



 両腕が塞がる……?

 な――っ!? これは盲点だった!

 筋トレになっているではないかッ!



「ハッ! それはむしろ望むところだっ! 上腕筋から大胸筋を鍛えるには、左右ちょうどいいバランスだからなっ!」

「……わたし、砂金袋や食料を全部詰め込んだナップザックと同じ重さなの……?」



 フィリアメイラが己の肩で、ガクリと脱力して垂れ下がった。


 ああ、く! またしても落ち込ませてしまった!

 まったく、乙女心の分析結果も『経典』には書いておいてほしいものだ!



「と、とにかく、少し休むんだ。いいね?」

「えへへ……すみません……」



 よほど気を張り詰めていたのだろう。

 そうつぶやいた直後、ほんの一瞬も経たないうちにメイラからは寝息が聞こえてきた。

 どうやら本当に限界近くまで無理をさせてしまっていたらしい。



「まったく、おれという筋肉は……」



 つくづく出来損ないの筋肉だ。

 メイラがこんなになるまで気がつかなかったとは。


 担いだ少女の背中を少し撫でて、誠一郎は視線を上げる。


 落ち込んでいる時間はない。

 眠りに落ちれば体機能は否応なく低下する。今は免疫機能が肉体を守るために高熱を発しているけれど、いずれは限界が訪れる。

 メイラの体温が落ちきる前に、マドラスにたどり着かねばならない。



「行くか」



 誠一郎は視線を上げて、早足で歩き出す。

 左肩にナップザックを、右肩にフィリアメイラを担ぎ、軽く上下運動をさせながら。


Q.筋肉神にとって、『筋肉経典』とはどのようなものですか?

A.……私が中二の頃書いた黒歴史ノートだ……。


(///ω///) n

⌒`γ´⌒`ヽ( E)

( .人 .人 γ /

=(こ/こ/ `^´  

)に/こ(


※お仕事の都合で更新速度が少し低下します。


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