第34話 彼女を愛したゴーレム(第四章 完)
前回までのあら筋!
もうやめて! 魔法神のHPは0よ!
(本編そっちのけ)
拳を握りしめ、開く。強く握りしめて、また開く。
「どうだ、セイ? 動かない指はないか?」
「問題ない。握り込めば多少皮膚が突っ張る程度だ」
「それはそのうち伸びて違和感も消える。だが、施術でも魔法でも断裂した筋までは繋いでいない。可能なら自力で繋いだ方がいい。その方が強くなる」
「ああ。筋肉は復活させればさせるほど、太く強くなるからな。感謝するぞ、レーヴ」
レーヴが苦い笑みを浮かべた。
「必要ない。肉体の切った張ったには慣れている。私は自身ですらも切り刻んだ愚か者だからな」
砕けた拳を切開してから骨を組み合わせ、正常な形状に戻してから、治癒魔法をかけたのだ。
他ならぬ、ゴーレム・レーヴがだ。
ゴーレム研究施設の診療台に腰掛けた誠一郎の前には、巨大な肩を萎め、太く長い指先で小さな手術器具をいくつも持っているレーヴがいた。
「しかし呆れたな。ハイエルフと言えば魔法の名手だというのに、筋肉を鍛えすぎて治癒魔法一つ使えん有様とは」
誠一郎の背後で立っていたフィリアメイラが、気まずそうにふいっと視線を逸らした。
「まったく。おまえたちの脳は実に興味深いよ」
「ぬ!? さてはおれの天才的頭脳をも自らの身に組み込む気だな!? やらんぞ!」
「……死んでもいらん。皮肉くらい解せ、この脳筋どもが」
脳筋ども。
フィリアメイラが人知れず白目を剥く。
「はがが……」
「待て、レーヴ。今のは聞き捨てならんな。メイラは脳筋だが、おれは極めて正常だ。おれが側にいることで、メイラの脳筋症状の進行を抑えているのだぞ」
ええ、セイさんったら、そんな認識だったの!?
口から泡を吹いたフィリアメイラへと、レーヴが同情と哀れみの視線を向けた。
「……頑張れよ、娘」
「はい……」
他種族ならばともかく、闇の眷属とはいえ同じエルフに言われたのでは立つ瀬がない。つくづく取り返しのつかないことをしてしまったのだと、今さらながらに思い知らされる。
こうして彼がピンチのときに、治癒魔法一つ使えない身ではなおさらのこと。
治療を終えたレーヴが、治療器具をその姿に似合わず丁寧に洗浄していく。その仕草には、細やかで繊細な性格が滲み出ている。
「セイ。言うまでもないことだが、しばらくは拳を使わない方がいい」
「む、しかしそれは旅を続ける上で――」
「――元に戻らなくなる恐れがあるんだ。完全に骨が固着するまでは温存した方がいい。おまえならば三日もあれば十分だ」
洗浄を終えたレーヴが手を拭いながらつぶやくと、誠一郎が眉を寄せた。
「なんだ、貴様。イブルニグスを討つ旅に、ともに来んのか?」
「ああ。私にはまだここでやるべき研究がある。もちろんそれはリュアレやステナの瞳を奪うことではないよ。彼女らの呪いに関し、少しわかってきたことがあるんだ。そいつを解明して、呪いを解除でき次第、私もおまえたちを追うことにするよ」
「そうか。好きにしろ」
フィリアメイラがほっと胸をなで下ろす。
今のレーヴは嫌いではない。けれども、せっかくの男女二人旅だ。もう少しくらい、この旅を楽しんだって罰は当たらない。
でも、今回の治療術。
魔法による治癒はともかくとして、散々様々な種族を解剖してきただけあって、レーヴの医療技術には目を見張るものがある。
助けになってくれるのなら、素直にありがたい。
ラブラブ二人旅も、死んでしまっては意味がないのだから。
「必ず追いついて来てくださいね、レーヴさん」
「ああ。呪いの解明まで、そう長くはかからないはずだから心配はいらない。セイが拳を使えない間は、おまえがやつの拳になってやってくれ」
「はい!」
フィリアメイラが嬉しそうな顔でうなずいた。
「おまえは魔法も使えんのだから、せめてそれくらいはな」
「は……ひ……」
辛辣ぅぅ!
フィリアメイラは白目を剥きながら話題を変える。
「ところでレーヴさんは平気なんですか? その胸――」
ゴーレム・レーヴの胸部は、竜鱗でできた表皮が剥がれ落ち、薄い皮膚が覗いてしまっている。見るからに痛々しい。
「ご自身に治癒魔法をかけられた方がいいのでは……」
「無駄だよ。治癒魔法は遺骸を継ぎ接いで作った肉体には効かない。死者には外科的な処置が必要なんだ」
「ええ……」
「心配するな。レッドドラゴンの遺骸から剥ぎ取った竜鱗はまだストックがある。時間が空いたら自分でくっつけるさ。そういうところだけが、この肉体の便利さだ。欠損はいくらでも補える。脳を収めてある首から上以外はね」
セイさんとは違った意味で無敵だわ、この人も……。
誠一郎が尋ねる。
「なんと。筋肉を鍛えることはできるのか?」
「さあな。試したことはない。だがゴーレムの場合、鍛えるよりも取り込む方が成長速度が早い。より強きものをな」
誠一郎の両腕が、自らを守るように抱え込む。
胸の膨らみを隠す女のようで、筋肉男がやるには若干気持ち悪い。
「ぬ! やらんぞ!」
「…………いや、脳を侵そうとしてくるような、ふざけた筋肉などいらないよ」
「ちょっと言っていることの意味がわからんなっ」
「もうわからないくらい進行してるということだろう」
「んん?」
フィリアメイラがゆっくり首を左右に振ると、レーヴが納得したようにうなずいた。
「それでレーヴよ。姉妹にはどう伝えればいい?」
「パラメラ砦の姉妹の家には、私が自ら出向くよ。おまえたちに言づてを頼むようなみっともない真似はできない。この一件は私が蒔いてしまった種だ。自分の尻くらいは自分で拭けるさ」
「……別にかまわんが、貴様がリュアレに与えてしまった恐怖は、決して小さなものではないぞ」
巨大なゴーレムは目を伏せてうなずき、しかしまっすぐな視線を上げてこたえる。
「わかっている。拒絶されたとしても許しを請う。何度だって頭を下げる。もう一度その瞳の呪いを解くために、研究を続けさせてほしいと言うつもりだ」
漢は慈愛に満ちた笑みを瞳に浮かべ、満足げにうなずいた。
「そうか。ならばもう何も言うまい。では、もう行け。リュアレはパラメラ砦でおれたちの帰りを――いや、本当は、おそらくおまえの帰りを待っている。パンを焼きながらな」
「……そうさせてもらう。おまえたちはもう旅立つのか?」
「ああ。姉妹と義兄の再会を邪魔する理由はない。おれたちはこれから魔都モルグスに向かうつもりだ」
誠一郎が診療台から立ち上がると、フィリアメイラが隣で静かに頭を下げた。
「お世話になりました」
「ではな、レーヴ。モルグスで会おう」
差し出した漢エルフの大きな掌を、さらに大きな掌でゴーレム・レーヴがつかむ。
「ああ。モルグスで会おう」
※
アズメリア大陸の夜に浮かぶ二つの月、蒼月と紅月が沈み始める頃――。
パラメラ砦までの平原を、一体のゴーレムが歩く。
死者を継ぎ接いで作った、醜く大きな肉体を、ギシギシと軋ませながら。
グラア。私が愛した呪われの少女。
あの頃からはもう醜く変わり果て、キミの妹たちに恐怖を与えてしまった私は、貴女が愛してくれた男には、もう戻れそうにない。
けれど今日、二人のエルフと出逢ったんだ。
彼らは自らが傷つくことを恐れず、細い、本当にか細い、今にも切れてしまいそうな糸で、怪物となった私と、星になったキミの魂を繋いでくれた。
そのときになって、私はようやく理解したんだ。
すべてを犠牲にしてでもキミの仇を取ると決意をしたはずの怪物には、そんな覚悟はなかった。
その糸を断ち切るだけの心の強さなんて、最初からなかったんだ。
おそらく私はもう、一人では魔神に立ち向かえない。
だけど、許してほしい。私を。
仕えるべき主や、愛する女を守れなかった弱いエルフに戻っていく私の魂を。
キミを愛していた頃の、ただの男に戻ってしまう私の弱い心を。
手にした糸の先。
いつか私があの二人のエルフのために命を散らしたそのときにこそ、どうかこの糸の先に、キミとの再会が待っていますようにと。願って。ただ、願って。
魔神を倒すことよりも、キミとの再会だけを、ただひたすらに願って。
私はこの細い糸を、静かに手繰ろうと思う。
ただ、もう一度だけ、キミの笑顔を見るために。
ゴーレムは歩く。
壊れかけた全身をギシギシと軋ませ、隻眼から止めどなく溢れる涙を流しながら。
やがて、パラメラ砦の奥まった場所にある家屋の前――扉なき半壊した家屋の前で心配そうに両手を組んで待っていた、瞳の呪いの少女の前で立ち止まって。
レーヴが立ち止まると、少女が瞳を閉じたままほっとしたような表情で口をわずかに開けた。
「……おかえりなさいませ」
「…………………………ただい……ま……」
ぴくり、と。
その声に、リュアレの眉間が寄せられる。けれども、ああ、けれども。
次の瞬間には、少女の顔に、笑顔、咲いて。
「おかえりなさい、お義兄さん」
「……ああ、ただいま……」
安堵のあまり。
ゴーレムはその場で両膝を下り、崩れ落ちてうなだれ、大声で泣きじゃくっていた。
少女はそっとその大きな背中に手を……置いて。
あれ? いつの間に終わったの?
∧_∧
( ・ω・)
((⊂ と)
グリグリ(⌒ /
(_)ゝ ノノノ
⊂(´×ω×`)つ_)




