第28話 光なき四姉妹
前回までのあら筋!
筋肉を持ちし者はみな紳士であった!
誠一郎がうつ伏せに倒れていたゴルゴーン族の少女を抱き起こし、眉をしかめた。
目元の包帯が緩み、血が滲んでいる。それに、抱き起こした手にもだ。背中からも出血している。
「セイさん……」
「大丈夫だ。息はある。背中の傷は、見た目ほど深くはないが……目の方は正直わからん」
ゴルゴーン族の視線は生者を石へと変えてしまう。傷の具合を確かめようにも、包帯を取るわけにはいかない。
「わからんが、故意に目を傷つけられたことだけはわかる。見ろ、包帯を」
覗き込むと、少女の包帯には切られた痕跡があった。千切れたのではない。刃物で切られている。
おそらく犯人は少女に抵抗されたのだろう。包帯を完全に切り離すことができずに去っていった。あるいは完全に目を潰すことなく、か。
後者ではないと思いたい。
「ん……っ」
少女が微かにうめき、眉をひそめる。
目覚める。
包帯の奥で瞼が上がったのだろう。少女は慌てて自らの手で、ほどけかけた包帯を押さえた。
「う、あ……! おねがい……やめて……!」
「落ち着け。何もしない。大丈夫だ。おれたちは先ほどキミにパンを売ってもらった旅人だ。キミが倒れていたから抱き起こしただけだ」
「……え……」
少女の腕から力が抜けた。
けれども、包帯を押さえる手だけは放さない。むろん、自身のためではない。他人のためだ。
手を放せば、この――すさまじく筋肉質な腕をした男を石化させてしまうのだから。
「何があった? 物盗りか?」
「……あ……ぁ……。……わかり……ません……」
フィリアメイラは転がっている籠を拾い上げ、少女の傍らへと置いた。
「セイさん。違うみたいですよ。ほら」
「む? 革袋が残っているな。おれたちが払った銅貨もちゃんと入っている。……物盗りではないのか?」
やがて、少女が何かに気づいたかのように誠一郎の手を押しのけて、ふらりと立ち上がった。しかしすぐにバランスを崩し、両膝を折る。
「どうした?」
「……ステナ……姉さんが……っ」
「姉? 姉妹がいるのか?」
その質問にはこたえず、少女は再び立ち上がり、売り上げの入った籠さえ置き去りに走りだそうとして、半壊した建物の壁に正面からぶつかった。
「あう……っ」
「待て! 落ち着け! 目隠しをしたまま走ったのでは危険だぞ。何をそんなに焦っているんだ?」
「姉の身にも……危険がせまっているかもしれないのです……っ」
誠一郎とフィリアメイラが視線を合わせてから、目隠しを片手で押さえたままの少女へと戻す。
「ゆっくり事情を話している時間はなさそうだな。場所を言え。おれたちがキミを送ろう。安心しろ。我らが崇拝する筋肉神にかけて、送り狼になったりはしない」
「……わたしは崇拝してない……」
つぶやくフィリアメイラを余所に、言うや否や誠一郎は素早く少女の前にかがみ込み、立ち上がると同時に少女を背中に背負った。
「きゃっ」
驚いた少女が小さな悲鳴を上げる。けれども、すぐに。
「……ありが……とう……」
「礼はなどいいから、早く場所を言うんだ。それと、移動しながらでいい。事情を説明してくれ」
「……いま、わたくしたちはどちらを向いているでしょうか。……青月は……いずこに……」
どうやら気絶している間に、方向感覚や時間感覚を失ってしまっていたらしい。
誠一郎が早口に告げた。
「ほとんど路地の正面に見える。紅月はちょうどその下だ。二つとも登り始めだ」
「……では、わたくしの指さす方へ……」
「承知した」
二人のエルフが走り出すと同時に、少女は語り始めた。
この地の領主だった、とある上位魔族と、ゴルゴーン族四姉妹。
そして、彼らに悲劇をもたらした魔神イブルニグスとの関わりを。
※
ライゲンディール地方西部、パラメラ砦は、ディアボロス・テュポーンの息のかかった領主レーヴの支配する地だった。
ゴーレム学の権威でもあり、すぐれた医療魔術師でもあったレーヴは、ゴルゴーン族の瞳の呪いを解明すべく四姉妹と関わるうち、その一人と恋に落ちた。
娘の名はグラア。四姉妹の長女だ。
灰色の髪を持ち、その背に白き翼を背負った、けれども呪いの証たる目隠しを決して外さない、優しく美しい女だった。
レーヴとグラアは呪いの研究を通じて愛を育み、結果、レーヴはそれまでゴルゴーン族として迫害を受けてきた四姉妹をパラメラ砦へと招き、彼女と婚姻を結ぶに至った。
レーヴの庇護下は、迫害され続けてきたグラアにとっても妹たちにとっても、それまでに経験したことがないほどに穏やかな暮らしだった。自身を傷つける存在のいない暮らし、ただそれだけで姉妹は幸せを感じられた。
呪いの研究にも自ら進んで手を貸し、レーヴの優しさに触れ、すべては順風満帆だったかに見えた。
だが、転機は訪れた――。
魔都モルグスより顕現した、魔神イブルニグスだ。
イブルニグスがレーヴの主であるテュポーンを殺害してしまったことにより、レーヴはテュポーンの仇を討つため、各地の領主となっていたテュポーン派の魔族らと結託し、魔都に巣くったイブルニグスへと万の軍勢で挑んだ。
……結果は散々たるものだった。
たった一体の魔神を相手に、レーヴらテュポーン派の軍は壊滅した。
イブルニグスはテュポーンの首を手遊びに使いながら、西へと去っていった。
その行き先で魔神は、かつてディアボロス・テュポーンの頭を悩ませていた名もなき村のディアボロス・リゼルをあっさりと排除し、逃走したリゼルを追ってさらに西へ。
つまり、レーヴの帰りを待つ四姉妹のいるパラメラ砦へと、恐るべき魔神が至ってしまったのだ。
余談ではあるが、そのときにはもうテュポーンの首は失われていた。
レーヴはキメラ型のゴーレムを駆り、夢中になってイブルニグスを追った。
妻を失うことは、主を失うことよりも恐怖だった。
けれども彼がパラメラ砦に帰り着く頃には、すでに砦は魔神の手によって陥落させられていた。
燃え上がる砦を前にして呆然とする彼に、さらなる悲報が届く。
それは、パラメラ砦で防衛の指揮を執っていた妻、グラアの死だった。
グラアを含めたゴルゴーン族四姉妹は目隠しを取り、イブルニグスに石化の視線を向けた。けれども、石化はイブルニグスの体表面のみにとどまり、次の瞬間にはもうそれを砕いていたイブルニグスの手には、グラアの首があったという。
イブルニグスはテュポーンの首とは違い、グラアの首には一切の興味を示さなかった。手遊びにすら使うことなく無惨に打ち捨てられた妻の首を抱いて、レーヴは憎しみの中で狂っていった。
力を。我が主ディアボロス・テュポーンをも凌ぐ力を。
魔神を殺せるだけの力を。
レーヴは自身のゴーレムに、様々な上位魔族の力を組み込み始めた。各地で同族たる魔族を狩り、その肉体をゴーレムへと埋め込み始めたのだ。
轟炎を吐く魔族の首と火袋をつけた。
豪腕を持つ魔族の腕をつけた。
金剛石をも噛み砕く魔族の牙をつけた。
何よりも力強く走る脚をつけた。
金属ですらも消化できる内臓をつけた。
魔法に優れた種族の脳と長耳を移植した。
それらを強靱なる鱗で覆った。
やがて岩石のみでできていたはずの彼のロック・ゴーレムは、継ぎ接ぎだらけの生態人形と化していた。
けれどもゴーレムはまだ完成していない。足りていないのだ。重要な部品が。
優れた瞳だ。瞳だけが足りていない。
――そう、たとえば愛する妻グラアの、呪われた石化瞳のような強い瞳が。
※
ゾクリ、フィリアメイラの背筋に悪寒が走った。
ようやく、少女の包帯の切り傷の意味と、そこに滲んだ血の意図を知ったからだ。
「レーヴの手の者が、キミの眼球を奪いにきたというのか」
「……おそらくは……。……ですが、わたくしに思わぬ抵抗をされて……」
逃げ去っていった。
何せ、視線を合わせられただけで石化されてしまうのだから。レーヴの配下としても命がけの任務だ。
だからといって許される所業ではないけれど。
だが、それならば。
誠一郎が少し安心したようにつぶやいた。
「キミの姉――ステナだったか。彼女とてそう簡単には捕らえられまい。キミと同じくゴルゴーン族なのだからな」
その背中で少女が首を左右に振った。
「……いえ……ステナは……イブルニグスとの戦い以降……一度も目を覚ましてはいないのです……。……イブルニグスの攻撃を掠めてしまい……それ以来ずっと寝たきりで……。……だから……」
「急ごう!」
「……次の角を右手に曲がって……最奥の家屋です……」
籠を背負ったフィリアメイラを先頭にして、半壊した家屋の角を曲がった瞬間――!
フィリアメイラは五体の魔族と鉢合わせした。
フードを深く頭、長いローブで全身を隠してはいるけれど、その最後尾の背中――ローブが不自然なほどに膨れ上がっていて。
まるでローブの中に人を隠しているかのように。
そこまで思考が至った瞬間、フィリアメイラはすでに跳躍していた。何事もなく通り過ぎようとしている一人目の肩を踏みつけて中空を走り、二人目の頭部も踏み台にして、三人目の顔面をいきなり靴裏で蹴り抜くべく膝を曲げる。
肉感的な右脚が、オーバースカートから飛び出した。
「たあッ!」
「ぅが――ッ!?」
目深にかぶったフードから、鋭い牙がいくつも抜けて飛び散った。人影はそのまま仰向けに倒れて後頭部を強打する。
「貴様、何者だ――ッ!?」
四人目――!
すぐさま剣を抜いて振り下ろされた刃を、着地と同時に身を低く回転させながら側面から蹴り払う。
刃が軌道をずれて、地面に突き刺さった。
「な――っ!? こいつ!」
「遅い!」
先ほどの蹴りから一切慣性を緩めることなく、さらに回転しながら今度は左脚の後ろ回し蹴りで人影の足首を払う。
「くおっ!?」
さらに回転を続けて、今度は前方回し蹴りで、足をすくわれて倒れてきた人影の首を逆袈裟に容赦なく蹴り上げた。
「はぁ!」
すさまじい音が響いてローブの人影が吹っ飛ばされ、壁へと叩きつけられて崩れ落ちる。
三段回し蹴りだ。
背後は振り返らなくてもわかる。一人目と二人目はスルーしたけれど、誠一郎によってもう無力化されているだろう。なんの心配もいらない。むしろ必要なのは同情だ。
五人目と向き合って、深緑色の長い髪を振りながら、エルフ女子が鋭く告げた。
「領主レーヴの手の者ね。あなたたちが何をしようとしているかはもう知ってるわ。ステナさんを置いて去りなさい」
「……ッ」
「ここでわたしたちとやり合っても無駄よ。去りなさい!」
舌打ちをしたローブの人影は、しかし背中から一人の女性を路地裏に下ろすと、倒れている仲間を引き起こして気絶した仲間を背負い、影のように夜の闇へと消えていった。
ちょっと待って?
なんでそのゴーレムに私の筋肉使わないの?
(´・ω・`) n
⌒`γ´⌒`ヽ( E)
( .人 .人 γ /
=(こ/こ/ `^´
)に/こ(




