第26話 魔族の忌み子
前回までのあら筋!
イチャイチャしてる。
レヴァナントの女を死の森で振り切ってから数日。
二人の筋肉エルフの前には、岩石と木材によって建造された行く手を阻む巨大な砦が、重々しくそびえ立っていた。
「これが……パラメラ砦……。魔族が人間族の侵入を阻むために建てた要塞……」
「ここから先はおれも未踏の地。何が出てくるかわからん」
「迂回しますか?」
周囲を見回しても荒野だ。大河があるわけでもなく、山間に建っているわけでもない。つまり、必ずここを通らなければ、ライゲンディール地方の中心にある魔都モルグスにたどり着けないということはない。
砦というよりは、宿場町に近いのかもしれない。
「そうしたいところだが、食料が尽きそうだ。できれば保存の利くものを買いそろえておきたい。野に生えている筋肉草だけでは、栄養バランスがどうしても偏ってしまう。多少なりと動物性の脂肪分も必要だからな」
アズメリア大陸において、魔物は貴重な食料源の一つではあるが、そのすべての種類が食べられるわけではない。
魔物の多くは肉食で、当然、肉食動物の肉の大半は臭くて食えたものではない。そうでなくとも二足歩行の生物を食べるのは、大陸全土において暗黙のうちに禁忌とされている。
人間であれ、亜人であれ、魔族であれ、それらを食料とカテゴライズする生物は、上記三種族すべてから討伐対象として見なされてしまうのだ。そして、それこそが魔物という存在なのである。
草原地帯を抜けて荒野に入ってからというもの、オオトカゲや蛇などを見つけては捕獲し、焼いて食べてはきたものの、誠一郎もフィリアメイラもほとんど走りっぱなしの現状では、それで満たされるということはない。
「……」
微かに、誠一郎の肉体が萎んできているような気もする。消費されるエネルギーが、供給されるエネルギーを完全に上回ってしまっているのだ。
そしてそれは、自分自身の身体も同じで。
なぜか下半身だけはムチムチのままだけれど。腹立つわー。
「む、どうした? なぜ自分の脚を叩いているのだ? もしや……刺激で筋肉を育てる新たな筋トレか!?」
「へ? あっ、えへへ、なんでもありません……」
「何にせよ、我々は少なくとも魔族の敵ではない。堂々と開門を試みるさ」
「嫌な予感しかしませんけど」
だが、近づくほどに。
「門、開いちゃってますね」
「というより、あれでは閉められんのではないか」
正門である大鉄扉は折れ曲がり、周囲には守衛すら立っていない。
砦内には様々な魔族の姿が見て取れるが、彼らは二人のエルフを見ても何の反応も示そうとはしなかった。
「……自由に入っていいんじゃないですかね、これ」
「どうもそのようだな」
曲がった大鉄扉の隙間から、二人のエルフはパラメラ砦内部へと入り込む。
しばらく立ち止まってみたものの、やはり守衛らしき魔族は出てこなかった。
「ほんとに砦なんですか? ただの町みたいですけど」
「むーん。おれも話に聞いただけだから、正しくはわからん。だが――」
魔族はいる。頭に果物の入った籠をのせて歩くオーガの女に、ラクダを引くワーキャットの商人、ターバンを巻いたゴブリンは子連れだ。
雑踏……と呼ぶにはまばらではあるけれど、パラメラ砦内には魔族たちの生活臭がにじみ出ている。
「普通の町ですね。種族以外は」
「ああ。だが、見ろ」
舗装された通りの左右には、露店が数多く並んでいる。代わりに、その露店の裏にある建造物は、ほとんどが半壊、もしくは全壊している。
本来であれば露店はないものなのかもしれない。店舗である建造物が崩れているから、こうして露店を出しているのではないかと推測できる。
「……イブルニグスの仕業でしょうか」
「おそらくな。魔神の襲撃を受けて、パラメラ砦は砦としての役割を果たせなくなったのだろう。現状は宿場町が精一杯といったところか。リゼルの話とも一致している」
ディアボロス・リゼルはこう言った。
イブルニグスと戦って敗北した自身を救ってくれたディアボロスは、パラメラ砦を越えた先にある死の森の洞窟まで、瀕死のリゼルを運んで逃げてくれた、と。
もしかしたらその際に、追撃してきたイブルニグスがパラメラ砦を襲ったのかもしれない。
「何にせよ、食料を調達せねば。む? ちょうどいい、あそこに空いている露店がある」
昼時ということもあってか、ほとんどの露店の前には客がいる。しかし、唯一そうではない露店があるのだ。
魔族たちはその露店を遠巻きに歩き、明らかに避けていた。
「……」
地べたにシートを敷き、その上に歪な形状のパンを並べて売っている、目隠しをしている痩せた娘。服はボロで、髪は白銀だけれどボサボサ、顔色も悪く、頬まで痩けている。
年の頃は、人間でいえば十代前半から中盤といったところか。
ふと、ニヤニヤしながら一体のゴブリンが、足音を忍ばせながら彼女へと近づく。否、彼女にではない。彼女が売る商品に対してだ。
ゴブリンは静かに目隠し少女の露店に近づくと、そっと手を伸ばして少女が売っているパンを、毛むくじゃらの手でつかみ取った。
両手いっぱいに、だ。
「セイさん」
「うむ」
そのまま足音を立てずに後ずさり、走り出すためにくるりと背後を向いた瞬間、ゴブリンは逞しき手に頭部をつかみ上げられていた。
「こらこら、待たないか」
むろん、誠一郎である。
筋肉紳士たるこの漢は、決して犯罪など見逃しはしないのだ。
「何をしている?」
「キャァ! は、放せ!」
誠一郎は暴れるゴブリンからパンを奪い取ると、ニカッと笑った。
「んん? 放してもよいのかね?」
「キィィ、キィィ!」
憤慨し、ゴブリンが鋭い牙を剥――いた瞬間には、誠一郎はもうゴブリンを半壊した家屋の壁へと投げっ放してした。
「そぉ~れ、放してやったぞぉ~! ファ~~~~っ!! フハハ、よく飛びおるわ!」
家屋の崩れる大きな音が響いて、ゴブリンたちはひび割れた壁を突き崩し、建物内へとたたき込まれて気絶する。
その後、誠一郎は手にしたパンを、目隠し少女の露店へとそっと並べ直した。
「……? お客様でしょうか……」
「ああ。そうだ。キミは、目が見えないのか?」
「………………いえ……」
少女が微かに顔を伏せる。
「目隠しなどしたままでは、盗まれてしまうぞ」
「……はい……いいえ……。それでも仕方がないことかと……」
フィリアメイラが誠一郎の隣で膝を折り、首をかしげる。
深緑色の髪がさらりと流れた。
「どうして? 盗みは悪いことだわ」
黒い目隠しだった。
これなら陽光がたとえ裏から当たろうとも、透けて見えることはないだろう。
「それは……」
「今さっきだって、セイさんがいなかったら――」
言いかけた言葉は、しかし誠一郎の手によって遮られる。
この紳士たる漢は、己の手柄をひけらかしたりはしない。ましてや相手が少女であるならばなおさらのこと。それは、相手に対して負い目を感じさせぬためだと、フィリアメイラは知っている。
ゆえに漢は、先を促す。
「それは?」
「……それは……わたしが………………ゴルゴーン族ですから……」
直後、フィリアメイラの肩がびくりと震えた。
ゴルゴーン族は上位の稀少魔族だ。彼女らは決して戦闘に向いているわけではない。ただ、その瞳を見るだけで、人も魔族も石像へと姿を変えてしまうのだ。
もしも彼女らが戦闘にまで長けた種であるのなら、おそらくはディアボロスですら太刀打ちできない危険な魔王となっていたことだろう。
つまり、この目隠しをした娘がその気になって次の瞬間にでも目隠しをずらせば、誠一郎や自身は間違いなく石化されてしまう。
ゴルゴーン族のこの特性は魔法ではない。魔が生み出した法則ではないのだ。
真偽は不明であるが、神が彼女らの一族にかけた呪いだと言われている。ならばおそらくは、優れた筋肉であっても防げはしないだろう。
なるほど、誰もが彼女を避けて歩くわけだ。
だが、だがしかし。
漢は彼女の露店で膝を折り、平然と尋ねる。
「そうか。まあ、そのようなことはどうでもいい。どれ、この店のパンをありったけいただこう。悪いが、我々は旅の者。ライゲンディールの通貨は持っていない。砂金の入った革袋一つと交換は成立するか?」
「………………それは、あまりに多すぎます……」
少女はたおやかな仕草で、微笑みながらゆっくりと首を左右に振った。
どうやら冗談と取ったらしい。この漢に関していえば、間違いなく本気だっただろうけれど。
「そうか。だがそれ以前の問題として、おれにはキミに対し、これがただの砂袋ではないと証明することができない」
「…………信じますよ……?」
こうして何度となく騙され、盗まれてきた結果が、今の彼女の姿なのだろう。
服を買うこともままならず、痩せこけて、栄養状態も悪く。
誠一郎がフィリアメイラに視線を送る。
正直なところ、ゴルゴーン族などに関わりたくはない。あまりにリスクが大きすぎる。彼女にその気がなくとも、いつ何時、目隠しが外れるかなど誰にもわからないのだから。
けれども。
言い出したら聞かないのよね。不幸な人を見たら、誰彼かまわず手を差し出しちゃうんだから、この人は。
「やはりやめておこう」
「…………そう……ですか……」
少女の肩が落ちた。
「おれたちはこの砂金をライゲンディールの通貨へと交換してくる。そうすれば、手触りだけで証明できるし、キミも安心して商売ができるだろう。ゆえにキミには、それまでこの店のパンを取り置きしておいてほしい」
「…………承知いたしました……ありがとうございます……」
少女がボサボサの頭を静かに下げた。
「では、パラメラ砦内でここから最も近い外貨両替所はどこかね?」
世界の半分は優しさでできている……。
残りの半分? 言わずと知れた筋肉だッ!!
(´゜ω^) n
⌒`γ´⌒`ヽ( E)
( .人 .人 γ /
=(こ/こ/ `^´
)に/こ(
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