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転生エルフ無双! ~筋肉さえあれば魔法など不要という暴論~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ2巻発売中』
第三章

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第23話 海とエルフと食物連鎖

前回までのあら筋!



ファントムのおかげでちょっとだけ二人の仲が進展したようなしてないようなしてないよ。

 大海原に小舟で漕ぎ出す。

 波はそれほど高くはない。少し肌寒いけれど、朝日が心地良い。

 海面を流れる風が、エルフ女子の深緑色の髪を揺らす。



 船首に立つフィリアメイラは瞳を細め、両腕をいっぱいに伸ばしながら叫ぶ。



「ん、気持ちいい~!」

「メイラは、海は初めてか? ああ、今世でな」



 櫂を左右に動かしながら、誠一郎が尋ねた。



「あ、はい。言われてみればそうでした。わたしはずっとレインフォレストの中で生きてきましたからね。あまり森の外に出させてはもらえませんでしたし。――わ、見て、セイさん! 大きなお魚が舟の下を横切ってますよ!」

「うむ」



 今日は休肝日ならぬ、休筋日だ。激しい運動で切れた筋繊維を、太く逞しく、より良質のものへと繋ぐ日。



「前世で見た海より、ずっと綺麗……」



 底まで透けて見えるコバルトブルーの海面を、小舟は静かに滑る。

 陽光を浴びて輝く海面が、まるで宝石のアクアマリンのようだ。岸からはずいぶん離れたというのに、まだ海底が透けて見える。

 小魚がいっぱいだ。



「ところでセイさん、わたしたち、どうして海に出てるんですか?」



 これじゃどう見てもデートだ。そのつもりだったら嬉しいけれど。



「ああ、食料の調達だ」

「へ? 網も銛も釣り竿もないですよ? 素潜りで貝でも獲るんですか?」

「フハハ、何を言っている! 釣りならばもう始まっているぞ!」



 誠一郎の背後、ボートが通り過ぎた海に何気なく視線を向けたフィリアメイラは戦慄した。水中に何かがいたのだ。

 そう、何か。先ほど小舟を横切った大きな魚といったレベルではない、何かが。

 蛇とはもはや言いがたいほどの太くて長い生物が、穏やかな海を割って白波を立て、迫ってきていた。



「あの……え、え、餌……は……? も、もももしかして……」

「もちろん、おれたちだが?」



 ヒイイィィィィィィッ!? もちろんって何っ!?


 直後、巨大な水の柱が小舟の後方から発生した。

 その中から現れた怪物。

 胴回りは小舟ほどもあり、全長たるやもうサイクロプスを縦に三体ほど並べてすら、足りるかどうか。

 全身を鱗に覆われた、まるで翼なき竜種のような髭を持つ海のヌシ。


 シーサーペントォォォォッ!?



「セイさん、あれ魚じゃないですよっ!?」

「海で泳いでるやつは大体が魚だァ!」



 大体って何ィィィっ!?


 シーサーペントが海面から勢いよく鎌首をもたげた。

 波に揺られる小舟が、その影にすっぽりと呑まれる。


 た、食べられ――ッ!



「きゃあああああっ!!」

「フィッシュオンだァァァ! とぉぉ!」



 小舟を蹴って跳躍した誠一郎が、降下攻撃を繰り出すシーサーペントの首へとフライング・クロスチョップを見舞った――のみならず、その屈強なる長母指屈筋で強引に鱗の隙間へと指をねじ込み、怪物エルフはシーサーペントの首へと強引に取り付く。



「逃がさん!」



 シーサーペントの攻撃は誠一郎の強烈なクロスチョップによって軌道をずらされ、けたたましい音とともに水柱を噴出させながら、そのまま海中へと沈み込む。

 首に取り付いたエルフごとだ。


 釣ったというより、完全に釣られた……。引きずり込まれてしまった……。


 大慌てで小舟の縁に両手をついて、フィリアメイラは海中を覗き込む。



「セ、セイさぁぁ~~~~~~~~~~~~~――あ、んんんんん!?」



 だが、いくらも経たぬうちに誠一郎は海面からヌボッと顔を出していた。その周辺を、絞め上げられて未だ暴れ回るシーサーペントの血で染めて。



「呼んだか?」

「…………」



 唖然呆然。開いた口がふさがらないとはこのことだ。



「ちょっと血抜きする(絞める)から、流されんように待っていてくれ。これをせんと、持ち帰るまでに生臭くなってしまうからな。すぐに終わる」



 誠一郎はそうつぶやくと大きく息を吸って海中へと潜る。

 真っ赤に染まった海がしばらく荒れた後、やがて元の静かな海へと戻った。



「……」

「ぶはっ! 手こずらせおって」



 シーサーペントの息の根を止めた怪物エルフは、縄で小舟にその巨体をくくりつけ、何事もなかったかのように再び小舟へと這い上がってきた。



「よし、帰るか」

「はい……」



 平然と。

 自身を餌にして、海の怪物を釣り上げてしまった。道具も使わず、本当にその身一つで。


 フィリアメイラは晴天の空を見上げ、穏やかな微笑みでつぶやいていた。



「……セイさんの知ってる釣り、わたしの知ってる釣りとだいぶ違う……」



 誠一郎が金色の短髪頭をぶるぶると振って水を飛ばし、ニカッと笑う。



「言いたいことはわかる。おれも師匠のこの釣り方を見てそう思ったものだ。だが冷静に考えればそうでもなかったのだ」

「はあ……」

「メイラよ、考えてみるといい。竿のしなりは筋肉のしなり、糸のしなやかさは筋肉のしなやかさ、餌の躍動感は筋肉の躍動感に置き換えることができる。むろん、引き上げる釣り人も筋肉だ」



 ……ただの暴論だわ。



「はあ……」

「すなわち、逞しき筋肉さえあれば、釣りに道具など一切必要としないということだ。ただし――」



 バチコン、とウィンクを決めて。



「――大物狙いのときだけだがな。フゥーハハハハハ!」



 …………。

 うん。う~ん。うううう。う~ん。んん。はあ。

 わあ、素敵……。生活力のある男の人って素敵だわ~……。


 フィリアメイラは、息絶えて小舟にくくりつけられたシーサーペントのごとき濁った瞳で、ぱちぱちと拍手をしたのだった。


 ……セイさんをこんなふうにしたお師匠とやらの顔が早く見たいわ……。




      ※




 パチパチと、たき火の爆ぜる音が静かな夜に響いている。

 煙は狼煙のように空へと舞い上がり、それに伴って豪快に輪切りにしたシーサーペントの焼ける良い香りが立ちこめていた。



「セイさん、こんなに匂いや煙が漂っていたら、アンデッドたちが寄ってくるんじゃないですか?」

「やつらは生者の魂に惹かれるだけだから、匂いや煙は感知しないのだ。たとえ火を見たとしても、火と生者の魂を結びつけるだけの思考も残っていない。もしもこの場にアンデッドが現れたとするなら、それはおれやキミの筋肉に惹かれただけのこと」



 豪快に木枝に刺したサーペント肉を炙りながら、誠一郎がこたえた。



「そうなんだ」



 滴る脂がぽたりとたき火に落ちるたびに、火力が増す。

 丸焼きに塩を振りかけるだけの調理法だけれど、この匂いならば味にも期待はできそうだ。


 ただ、串刺しの巨大なサーペント肉を両手に持った誠一郎が、それを炙るために上下させながら筋肉を地味に鍛えているのはいただけない。

 上腕筋のみならず、重しを持ったまま手首を前後に曲げることで前腕筋群まで鍛え始めている。



「ふん、ふん、ふん、ふん……フハハ、いいぞ……」



 ブツブツとつぶやきながら。



「セイさ~ん? またヤっちゃってますよ~」

「むおっ!? いかん、いかんぞ。今日は休筋日だというのに、気づけばまたトレーニングをしてしまっていた。ふう、おれとしたことが。すまない、筋肉たち。ゆっくり休んでくれ」



 普通に会話してるし……。


 まあ、筋トレをやめられないなんて今さらだろう。

 シーサーペント釣りがトレーニングにならないとは言わせない。



「そら、焼けたぞ。塩はもう振ってある。小骨が多いから気をつけるんだぞ」

「小骨……」

「小骨といっても、おれたちの肋骨くらいはあるが」



 そりゃそうだろう。とんでもない大きさの海蛇なのだから。



「気をつけるも何も、そんなの喉に刺さりようがありませんってば」

「いや、歯が欠ける」



 おおぅ……。


 熱々の焦げた鱗を指先で剥がすと、焼けて白く変色した肉がほわりと湯気を上げた。先ほどまでよりずっと濃い匂いが広がる。


 ごくり、喉が鳴った。



「いただきま~す」



 歯で一口、囓りとる。

 すごく不思議な食感。鶏肉のようなのに、それと比べて弾力が強い。噛みちぎろうとしても伸びに伸びて、ある一定の長さを超えたところでバツン、という音がして切れる。

 切れた一口を噛みしめると、じゅわっと肉汁が口いっぱいに広がった。良い香りが鼻から抜けて、自然と目尻が垂れ下がる。



「お、おいし……。シーサーペント、おいしいですっ」

「そうだろう。こいつは全身が良質の筋肉だからな。高タンパクで固くもなく、柔らかくもなく、食感がかなり独特なのだ。そら、まだまだあるぞ」



 輪切りにしたシーサーペント肉は、誠一郎のそばに堆く積まれている。



「明日の朝ご飯に使っても、さすがに食べきれませんね」

「うむ。アンデッドどもは生者しか食わんし、残念だが余った分を放置しておいても腐り果てるだけだ。明日、出立前に海に還してから出よう」

「……? 宗教上の問題か何かですか?」



 筋肉経典にあったかしら? あのクソマッチョは、そんなこと気にしなさそうな神様な気がするけど。



「ハハ、何を言っているんだ。シーサーペント肉は栄養が豊富だ。魚が食うだろう。そして魚が増えればそれを餌とするシーサーペントが増え、おれたちもまたシーサーペントを漁獲しやすくなる。食物連鎖の中に戻してやるだけのことだ」



 誠一郎がぼそりと付け加える。



「……まあ、あまり増えると商船などにも被害が出て……」

「すと~~~~~~~~~~~~~~~っぷ! シーサーペントが何を食べて生きてきたかは考えないようにしませんかっ!?」



 あきらかにわたしたちを狙って小舟にダイブしてきたもんなぁ、この蛇……。



「ま、大概が魚だ。ここらの海は滅多に船も通らん」

「……他にもワラワラいるじゃないですか。ぁ~ぅ~ぁ~ぅ~、言ってる元人間や元魔族が地面の下に。あんな千鳥足で夜にだけフラフラ出歩いてたら、ポロッと海に落ちるやつもいるんじゃないでしょうか」



 恐る恐る誠一郎に視線を向けると、誠一郎が親指を立ててニカッと笑った。



「……」

「……」



 珍しく、その笑顔を受けてフィリアメイラもまた親指を立ててニカッと微笑む。

 一時的に脳筋化してでも、エルフ女子は深く考えないことにした。


いや、クソマッチョて……


   (・ω・`)

`/ `/ ⌒Y⌒ Y ヽ

(  (三ヽ人  /  |

| ノ⌒\  ̄ ̄ヽ  ノ

ヽ___>、___/

   |( 王 ノ〈

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