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転生エルフ無双! ~筋肉さえあれば魔法など不要という暴論~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第三章

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第22話 亡霊の洞窟

前回までのあら筋!



彼女の胸部がお乳か大胸筋か、そろそろはっきりさせねばならんようだな……。

 悩んだ末に、オーバースカートだけをその場で外した。


 別に着替えがないわけではない。ちゃんと持ってきてはいる。

 それを運んでいるのは誠一郎だけれど。


 ブーツを脱いで足先をせせらぎへと浸した。その冷たさに、ジンとつま先が痺れる。



「ひゃっ」



 骨身にしみる冷たさだ。レインフォレストのせせらぎよりも、ずっと。

 そう言えば聞いたことがある。リディス山脈より北の地は、冬の精霊の住処なのだと。

 だから作物があまり育たない。常春のレインフォレストや、アズメリア大陸南東に位置している常夏の自由都市ガラディナとはわけが違う。


 ああ、でも。ああ。



「ふふ……っ」



 フィリアメイラの頬が緩む。

 新しい体験だ。幼少期よりずっとレインフォレストで過ごしていたフィリアメイラは、常々外の世界を見てみたいと思っていた。

 なまじ、前世で過ごしていた異世界での記憶があったため、余計に。


 冷たい。でもそれは退屈じゃないということだ。

 それに、下半身に重点的に筋肉をつけてきたためか、耐えられないほどではない。



「……ん!」



 拳を握りしめて歯を食いしばり、しゃがんで空を見上げている誠一郎の横へと移動していく。



「メイラはいつも楽しそうだな」

「楽しいですよ。だってこの世界でわたしたちが見るものって、前の世界じゃ考えられないものばかりじゃないですか」



 青月と紅月、二つの月。その間の夜空は混じり合う月光で紫色に輝き、周囲は満天の星空。

 キノコを巨大化させてひっくり返したような形状の樹木に、果ての見えない草原。魔法や精霊の存在に、食べたこともない食材。

 数々の魔物に、亜人や魔族。

 前の世界の記憶があるからこそ、これらすべてを楽しめる。



「セイさんはもう馴染んだ場所かもしれませんが、わたしは初めてですからねっ」



 せせらぎに立ったまま、腰に手を当てる。



「なんだ、メイラ。オーバースカートだけ脱いだのか」

「へ? あ、はい、ええ……。あの、もしかして……」



 紫色の月光を浴びながら、フィリアメイラが視線を逸らして指先で頬を掻く。



「期待しました……?」

「ん? 何をだ?」



 ごくり、喉を鳴らしてフィリアメイラは恥ずかしそうにつぶやいた。



「……わたしがセイさんに、すべてを見せる……かもしれないって……」



 数秒あった。

 冷たい風が流れていく。



「あ。ああ、いや、なるほど」

「ええ、なんですか、その反応……?」



 怪物エルフは気まずそうな表情をして、人差し指で頬を掻いた。



「いや、それも悪くはないが、キミの服装の中ではオーバースカートが最もアンデッド汁で汚れているだろう。どうせ洗わねばならんのだから、そのまま入ったらよかったのではないか、という……な」



 赤く、赤く。熱く、熱く。

 意を決して放った先ほどの言葉を述べたときよりも、さらに全身を赤く染めて。指先まで染まった両手で、フィリアメイラが顔を覆った。



「うっ、うっ……あ~……。……今わたし、死ぬほど恥ずかしい……です……」

「む、ぅ。な、ならば聞かなかったことにしよう」

「うう~、もー……」



 せせらぎとともに、ただ静かに時が流れる。

 やがてフィリアメイラは肩を寄せ、誠一郎に背中を預けた。脱ぎ捨てたオーバースカートに手を伸ばしてせせらぎに引きずり込み、ごしごしと洗い始める。散々アンデッドを蹴り散らかしたブーツもだ。

 それを終えると岸の岩に広げて置き、腰に両手を当てた。



「あーあ、魔法が使えればもっと簡単に洗えるんですけどね」

「ハッハ、そうだったな。昔はずいぶんと横着をしていた」

「あのお洗濯魔法、わたしも使えるようになったんですよ。セイさんがレインフォレストを去ってから」



 今では水滴一つ動かすことはできないけれど。



「ほう。だが必要なかろう。生活におけるすべての行動も、筋肉を意識して動かせば素晴らしい筋トレになるのだからな」

「……昔と言ってること正反対じゃないですか。魔法で楽ちんだよ~とか言ってたくせに」

「くく」

「ふふ」



 他愛のないことで笑い合い、今度は少し深いところに移動して、互いの髪を交代で洗い合う。指先で優しく揉むように。



「だがおれは、こういう時間も嫌いではないよ」



 突然言われた言葉に、胸の奥で心臓が跳ねた。



「わ、わたしもです……」



 ずっと、ずっとこうしていられたら……なんて。



「何せ、筋肉を意識しさえすれば、筋トレになるからな。見てみろ、キミの髪を洗うたび、おれの長母指屈筋が悦んでいるかのようだ。そぅれ、そぅれ、肩の筋膜も揉んでやるぞぉ」

「あぁぁー……気持ちいい。気持ちいいけど、わたしのとは理由がだいぶ違うぅぅ~……」



 少し残念。

 でも、なぜか笑えた。




       ※




 洞窟に戻り、互いに僧帽筋(せなか)を向け合って着替えを終える。通常であれば年頃の男女では考えられない行為であるが、互いに対する信頼がそうさせているのだ。

 誠一郎というこの漢が、ふいに振り返ったりすることはないと、フィリアメイラは知っている。なぜなら彼は、筋肉紳士なのだから。


 それ以前に、少しくらい振り返って見てくれてもいいのにと、そう思っているのだけれど。

 ちなみにフィリアメイラはたまにこっそり振り返る。


 濡れた服を張った縄に吊し、汲んだ水で顔を洗った。



「よし、では扉を閉めるぞ。筋肉の睡眠中にアンデッドどもが入ってきたら面倒だからな」

「扉? 洞窟の入り口にそんなのなかったですけど……」



 誠一郎が洞窟から少し出て、洞窟横の岩石を肩で押した。



「ぬらっしゃぁ!」



 ず、ずず……。



 自身の三倍はあろうかという岩石が、徐々に動く。

 たぶん質量で言えば、サイクロプス以上はあると思うのだけれど。



「え、え、でも、肩で押したまま外から蓋をしたら、セイさんが入れないんじゃ?」

「問題ない。隙間からこう、こうして入って~……」



 洞窟内から岩石をよくよく見てみると、くっきりと五指を差し込んだような小さな穴が空いていた。



「フハハ、鍵穴だ。おれと、師匠専用のな。この重き扉は、優れた筋肉を持つおれたちにしか開閉不能だろう。……いや、今ならリガルティア(ばーさん)も開けられるかもだが……」



 数千年生きた年寄りエルフのはずなのに、セイさんの筋肉に猛追して迫ってるからなあ、あの世紀末覇者。魔法もすごかったけれど、筋才能は計り知れない。

 あんなにも美人だったのに……。



「いや、鍵って本来、外から来る敵を防ぐためにかけるものですからね?」

「ならばこれは今日からドアノブだァ! ぬんッ!」



 誠一郎が五つの穴に、五指を勢いよく差し込む。


 メリッと、右腕の筋肉が筋張った。



「ぬあぁぁぁッ」



 引く。無造作に。

 ずごん、とすさまじい音と振動がして、岩石が洞窟の入り口を閉ざす。



「これで盗賊が忍び込もうとしてきても安全安心だ。フハハハハ!」

「……死の森(こんな場所)怪しい(こんな)洞窟に好き好んで侵入してくる盗賊って……」

「何を言う。価値あるものなら、ここにあるだろう?」



 誠一郎が優しげな笑みを浮かべてフィリアメイラの腕をつかんだ。

 どうせオチなんてわかっているのに、胸が締め付けられる。

 彼の言葉に期待をしてしまう。



「あ……あの……」

筋肉(おれたち)という名の宝石が、二つもっ!」



 想像通りの言葉に、フィリアメイラの目が死んだ。



「そーですねー……」



 上部からは微かな月光が差し込んでいるけれど、あの隙間から入り込んでこれるほど小さなアンデッドはいないだろう。

 確かに扉はないよりあった方がいい。気を抜いて眠れるのだから。


 そう思っていた時期がわたしにもありました。ほんの少し前までは。


 いつものように誠一郎の腹斜筋に、肩甲挙筋と胸鎖乳突筋を預けて眠っている最中、何かが聞こえた気がして瞳を開けた。



「…………――ッ!?」



 薄らぼんやりと光る人影が、洞窟の最奥からこちらを見ていた。

 ぼんやりと口を開け、虚ろな瞳で。首を微かに傾けながら。



 ヒィィィィィィ! なんかいるッ!?



 ぶわっと、全身に鳥肌が立った。


 何やら呪詛のような言葉をブツブツとつぶやいている。

 そっと横目で扉という名の岩石を確認しても、閉まったままだ。



 ヒィィィィィィ! どこから入ってきたのッ!?



 しかも、壁からにじみ出すように一人、また一人と増えていて、三人になった。

 確定だ。アンデッド多しといえど、物体をすり抜けるなど幽霊(ファントム)以外にできる芸当ではない。

 そう思った瞬間、全身を悪寒が駆け抜けて鳥肌が立った。



 ――ァ、ァァ……ゥァァ……ェゥ……。



 一心不乱に何かをつぶやいているけれど聞き取れない。あまりに早口で、けれども耳残る嫌な声で。

 あまりの恐怖に、涙がぶわりと溢れた。歯がガチガチと鳴り出す。



「……セ、セセ、セイささ……セイさんん……」



 起きていることがファントムにばれぬよう、後頭部を微かに動かして誠一郎の腹斜筋を揺らす。しかし誠一郎は起きない。



「……セイさ……起きて……起き……――ひっ!?」

 ――ゥ、ァァゥゥァァ……。



 やがて、ゆっくりとファントムたちが二人に近づいてきた。

 首の骨が折れているかのように直角を越えて曲げ、二人のエルフへと虚ろな顔を近づけ、聞き取れない言葉を高速で発しながら覗き込む。

 眼球なき、真っ暗な空間のような眼窩で。



 ヒィィィヤアァァァァァァァッ!?

 起きて、起きて起きて起きて起きて!



 もはやなりふり構っていられず、夢中で誠一郎の頬を掌で張る。起きない。手の甲で張る。起きない掌で張る起きない手の甲で張る。



 スパパパパパパパパン!



 やがて誠一郎の瞼が微かに上がった。



「む? んん? おお……? どうした……?」

「セイさ、ファファ、ファン――ッ!!」



 ファントムを指さして訴えかけると、誠一郎が至近距離で覗き込んできていたファントムに視線を合わせる。

 しかしその反応たるや。



「……なぁ~んだ。ただのファントムか……」



 瞼が下りた。

 フィリアメイラが絶望的な表情で、もう一度誠一郎の顔を叩く。


 スパパパパパパパパン!



「……痛い、痛い……」

「なんで寝るんですかっ!?」



 誠一郎がキョトンとした可愛らしい表情でつぶやく。



「いや、深夜なのだが……」



 その反応! こっちがキョトンだわ!



「ファントムがいるでしょっ!? ここにっ!!」



 もはやファントムの薄ら青い顔は、手を伸ばせた届く距離にある。髪は大半が抜けてボロボロで、半開きの口からはあいかわらず超高速の言葉が垂れ流されている。

 実体がないから臭いがしたり、息がかかったりはしないけれど、その不気味さには骨の髄から悪寒が走る。



「いるなあ」

「いるなあ? いるなあっ!? 呪われちゃったらどうするんですかっ!?」



 誠一郎が視線を三体のファントムへと向けた。そうして、あくび交じりに尋ねる。



「おい貴様ら、おれたちを呪うのか?」

 ――ァァ……ァ……ァァァァァァァ……。

「……ふむふむ、なるほど、なるほどな」

「こ、言葉、わかるんですか!?」

「なるほど、早口過ぎて何を言っとるのかさっぱりわからん」

「ばかぁ!」



 誠一郎がのそりと起き上がる。

 フィリアメイラは慌てて誠一郎の背中へと隠れた。


 誠一郎はナップザックを漁ると、夕飯の残りである干し肉を巻いたパンを取り出して、カップに注いだ水とともに岩のまな板の上へと置く。



「よくわからんが、大方腹でも減っているのだろう。これを喰ったら帰れ」

 ――……ァ、ァァ……ァァ……。



 三体のファントムがまな板の上のパンの周囲に集まった。そのまま何をするでもなくしばらく座り、ただ食料と水をじっと見つめている。



「な、何をしているんですか、あれ……?」

「さてな。だが、やつらは肉体を持たぬがゆえに、筋肉を鍛えることすら叶わぬ哀れな存在よ。そう邪険にしてやるものではないぞ」

「何にでも筋肉を絡めてこないでくださいよ!」



 けれどもファントムは徐々にその存在を薄めるかのように透過させ、ついには消えてしまった。



「帰った……?」

「だからファントムはアンデッド族の中でも無害だと言っただろう? やつらはただうるさいだけだ。昔からなぜか食い物をやると早く帰るのだ。やらなくても、朝になれば自然に帰ってる」



 で、でも。

 反論しようとした瞬間、またしても壁から別のファントムがずるりと顔を出した。



「きゃあっ、ま、ま、また来ましたよ!?」

「そこら中にいるからな。見ろ、また食べ物を見ている。食いしん坊さんめ。といっても実際に食うわけではないから、あれはおれたちの朝食にな――」

「――そんなことはどうでもいいです! てか、一晩中出入りがあるの!?」



 両手で誠一郎の腕をつかんで揺する。



「毎晩あるぞ。なかなかに楽しい家だ」



 ニッカリ笑って親指を立てる脳筋に、苛立ちが募った。



「むーーーーーーりーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「ふう、やれやれ。メイラは神経質だな」

「セイさんが無神経すぎるんですっ!」

「だが、寝ないと筋肉は育たないぞ。仕方がないな。一晩中、おれがキミの耳を塞いでおいてやろう。だから眠るのだ」



 そう言って誠一郎は、掌でそっとフィリアメイラの長い耳を塞ぐ。



「ふぇ? え?」



 日差しのように暖かな手に耳を塞がれた瞬間、フィリアメイラはファントムのことを忘れた。

 そのまま膝を折り、誠一郎はフィリアメイラの身体をそっと優しく横たえ、今度は彼女の頭部を抱きしめるように腕を回し、今度は上腕二頭筋で耳を塞ぐ。



「は? えっ?」

「こうして、おれの大胸筋に顔を埋めて眠るのだ。これならば目を開けてもやつらの姿は見えんだろう」

「は、はひ? へ?」



 その段にいたって、血液がようやく上昇、沸騰し始めた。

 心臓がバクバク鳴って、だらだらと毛穴から汗が流れ出る。



 あ、汗が……!



 汗の臭いが伝わったり、気持ち悪がられたりしないかと思った瞬間には、誠一郎はすでに寝息を立てていた。

 それはそれで、少し哀しいことだったけれど。



 けれども。ああ、うん。不思議……。



 こうして誠一郎の上腕筋と大胸筋に包まれて目を閉じているだけで、不思議とファントムのことは気にならない。なぜだかすごく安心できてしまうから。

 これなら。



 これならファントムが出る家も、そう悪くはないかも……。



 そんなことを考えて唇を微かに緩め、フィリアメイラは長い息を静かに吐いて、瞳をゆっくりと閉じた。


ぐっじょぶ! ファントムぐっじょぶ!


( ´^ω^)  n

⌒`γ´⌒`ヽ( E)

( .人 .人 γ /

=(こ/こ/ `^´  

)に/こ(

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