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第18話 ハラスメント品評会(第二章 完)

前回までのあら筋!



魔神退治を安請け合い!

 国境都市ランデルトを北へと旅立ち、レシアス砦の門をくぐる。

 人間領域最北端に位置するレシアス砦は、すでにリゼルの軍勢によって完全に支配されていた。

 とはいえ、レシアス砦を守っていた人間たちは、すでにランデルトへと送られている。ここにはもう人間はいない。当然のように亜人もだ。


 たった今到着した、ただ二人のエルフを除いて。



「リゼル様から話は聞いとるブヒな。あ、申し遅れたブヒ。ブヒがリゼル軍レシアス砦駐屯組の軍団長ブヒ。よろしゅうブヒんます」



 出迎えたのは、巨大な二足歩行の豚だ。

 オーク族であることは一目見ればわかるが、その体躯は己らが知るオーク族とはまるで違っていた。



「ほな砦の北門まで案内するブヒな。ついてきて」

「うむ」

「お……願いします」



 でかい。とにかくでかいのだ。

 前を歩くオークのせいで、レシアス砦の通路が狭く見えるほどにでかい。背中には剣ではなく、あまりに巨大すぎる戦斧を背負っている。

 とても生物が振り回せる類の武器ではないように見える。



「あ、なんかほしいもんあるブヒ? 必要なもんを用立てろともリゼル様から言われてたブヒ。ブヒとかいる?」

「ブヒ……?」

「武器ブヒよー。オークジョーク。ブヒッヒッヒ」



 わかりづらすぎてイラつく。



「ありがたい申し出だが、我々にブヒなど不要。“筋肉は無敵の剣であり、無敵の鎧でもある”だ」

「『経典』第一章第十項ですね」

「ほう……メイラ。さすがは脳筋だ。もうそこまで読めているとはな」



 誠一郎の大きな手が、フィリアメイラの深緑色の髪を少し撫でた。

 胸が弾んで、血流が頭に集中していく。


 手、あたたかくて気持ちいい。でも。



「褒められ方が嬉しくないですぅ~」



 それにしてもこのオークの体躯たるや、誠一郎ですらその影に呑まれてしまっている。

 例えるならば、そう。


 かつては三国に響くほどの麗人にて、人の王からも亜人の王からも、そして噂ではディアボロスからすら求婚されたレインフォレストの女王。

 しかし現在は、もはや一人世紀末覇者状態の体躯へと変わり果ててしまったエルフ族の長、モヒカン怪物リガルティアに匹敵するほどだ。


 もっとも、オーク族の類に漏れず、でっぷりと腹は出てしまっているけれど。



「あ、あの……?」

「どしたブヒ、エルフたん? あ、お花摘み(トイレ)ブヒか?」

「……!」



 フィリアメイラは反射的に下半身を手で隠す。

 オーク族といえば、スケベでヘンタイで有名な下位魔族だ。特に人間の女騎士や姫騎士、エルフ女子は性的な被害に遭いやすいと言われている。

 噂レベルの話だと思っていたけれど、ランデルトへ向かう際に見たオークの一団と遭遇した限りでは、真実だと思えるようになってしまった。


 だが、この巨大オークときたら。

 下半身を隠したことで、勘違いに拍車をかけてしまったらしい。



「あらら、もう限界近そうブヒね。お花畑(トイレ)だったら、そこまっすぐ行って次の角を右に曲がって、その次の角も右に曲がって、その次の角を右に曲がればあるブヒからな。急ぐブヒ」

「それ、一周してませんか?」



 通路すぐ左手にあるトイレに視線を向けながら、フィリアメイラがジト目で巨大オークを見る。



「ブヒヒヒヒ。エルフたんが可愛いからジョークブヒよー。緑色の髪、綺麗ブヒね」

「あ、ありがとう……ございます……」



 今度はセクハラか。相手はオークだ、油断はできない。



「貴女の髪を見ているとな、ブヒたちの故郷の村を思い出すんブヒ。ブヒの家は、いっぱいの花と植物で囲まれてたからなー。短い春が、と~っても綺麗だったブヒ」



 まともだ。いや、まともではないけれど。


 巨大オークは瞳を少し細めながら、望郷の念をつぶやいた。



「……村に帰りたいブヒな~。もう家族はいないし、家もお芋さん畑も魔神に潰されちゃったブヒけど、それでも、またイチから作り直すから……。名も無き村に骨を埋めたいと思うてしまうんブヒよ……」

「あなた、オーク族ですよね?」



 フィリアメイラの質問に、巨大な岩のようなオークが少し首をかしげた。



「そうブヒよ。他の何かに見えるブヒか? ……あ、お芋さんいる? ナップザックに詰めとくブヒなー」



 巨大なオークは、指先でチマチマと芋をつかんで誠一郎のナップザックに詰めていく。

 誠一郎が頭を下げた。



「かたじけない」

「いいブヒよ。故郷からい~っぱい持ってきたけど、あんまり時間が経っちゃうとどうせカビちゃったり、芽が出ちゃったりするブヒからな。食べる分と、種芋にする分だけあればそれでいいブヒ」



 誠一郎はそのオークを眺めている。


 おかしい。

 誠一郎は重度の筋肉(にく)オタ。だらしのない肉体をしているオーク族に対する容赦のなさは、腹肉を引きちぎってでもダイエットさせるという、以前見た通りの凶行が答えだ。


 なのにどうだこれ。

 孫を見る爺のごとく目尻を垂らし、あまつさえ微笑みさえ浮かべているではないか。


 このオークがいい人だからだろうか。

 そう、そうよね。きっとそう。セイさんだってまだまともな部分があったんだわ。いくらなんでも、筋肉だけで好き嫌いを判断してるわけがないもの。



「時にオークよ」

「なんブヒ?」

「貴様、すさまじい筋肉をその脂肪の裡側に隠しているな? ただでかいだけではあるまい」

「あ、わかっちゃうブヒ?」

「!?」



 白目を剥いたフィリアメイラを余所に、オークがなぜか兜の上からガリガリと頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。



「うむ。肉体の発する熱量が、冷たい脂肪を挟んでも伝わってくる。筋肉たちの喜びの歌が聞こえてくるのだ」



 やっぱり判断基準は筋肉か……。



「筋肉の奏でる歌は知らんブヒけど、ブヒはただのオークじゃないブヒ。ブヒはオークロード。オーク族の王で、ほいでこう見えて上位魔族なんブヒよ。強うならんと、オーク族を守れんかったブヒからね。結構頑張って鍛えたブヒよ」



 オークロードがごっつい肩をすくめた。



「ほんとはお芋さん食べてゴロゴロしてる方が好きなんブヒけどね。そうもいかんブヒ」

「なるほどな」

「ほいでも、リゼル様にゃあ、全然届かんブヒが。リゼル様はちっこいのにすごいブヒ」

「いや、種族の壁を筋トレで乗り越えるのは、なかなかどうして大変だ。脂肪過多のオークも、そして虚弱体質のおれたちハイエルフもな。ここまで鍛え上げるのに、おれは二百と五十年、メイラは五十年の筋トレに勤しんできた」

「おー。どうりでエルフたんの下半身、ハイエルフの割にムチムチしとると思ったブヒ。これまた立派な、五十年ものムチムチブヒな。ブヒと同じで、ものすごい筋肉をうっすらと脂肪で隠してる匂いがするブヒ」



 ちょっと……!? 変に被弾させないで!



 誠一郎が片膝をついてフィリアメイラの脚部を指さす。



「はっはっは! そうだろう!? フィリアメイラの脚はムチムチのモチモチだ! なかなかの筋肉だぞ! もはや芸術的ですらある!」

「見れば見るほど立派な足ブヒな~」



 それに乗じて、オークロードもフィリアメイラの前でかがみ込み、まじまじと足を眺め始めた。



「……あの……も……やめて……」

「特に大腿筋あたりがいい!」



 誠一郎がフィリアメイラの引き締まった腰を両手で持って、くるりと背後を向かせる。



「見てみろ、この大臀筋からの大腿二頭筋(ハムストリングス)への美しき流れを!」

「ほほう。見事なお尻から太ももへのラインブヒ。これはまるで、東の神域に流れる一筋の清流のような美しさブヒね。宝石のようなお魚たちも、きっと血管の中でいっぱい泳いどるブヒよ」

「どうだ、顔を埋めたくなるだろう!」

「やめ……」



 フィリアメイラの全身は、桜色に染まっていた。

 他のオークと違って発言に悪意がないとわかる分、余計に対処しづらい。


 誠一郎が再び腰をつかんで今度は強引に前を向かせ、オーバースカートを軽く持ち上げた。フィリアメイラが慌ててスカートを押さえる。



「ちょ、ちょっと、セイさん!」

「そして、見落とせないのがこの前脛骨筋(ぜんけいこつきん)だ。脛はなかなかに育てづらい部分ではあるのだが、ここまでつけるのに、いくらの年月がかかることか。蹴りの際にも緩衝材となり、骨を完璧に守ってくれる」



 オークロードが興奮したように鼻息を荒げた。



「プゴーッ、これは素晴らしいブヒ! 信じられんブヒ! まるで筋肉界の、朝日を受けてさざ波輝くフィルガ湖やでぇブヒー!」

「さらにこのふくらはぎを見てくれ。腓腹筋(ひふくきん)の形状たるや、もはや――おぅふッ!?」



 フィリアメイラのつま先が、誠一郎の喉へと突きつけられる。



「い・い・加・減・に・し・ま・しょ・う・ね? 乙女! わたし! わかるっ!?」

「う、おお……、す、すまん。つ、ついキミの魅力に興奮して調子に乗ってしまった」



 オークロードが両手を広げて首を左右に振った。



「まったく、やれやれブヒ。筋肉を愛する紳士たるもの、セクハラなんて絶対いかんブヒよな――ッぴぎゃぁぁ!?」



 フィリアメイラの蹴り足がオークロードの鳩尾へとめり込み、その巨体を吹っ飛ばして通路の壁へと叩きつける。

 レシアス砦が小さく揺れた。



「あんたもよ!」

「う……ぐぅぅ……ぶ、ぶってえ足がブヒを……。……こ、これはもう、レダ砂漠に棲んどるレッドドラゴンの吐き出す猛々しき炎くらい、たまらん刺激やで……ブ……ヒ……」



 オークロードが痙攣し、そして気絶する。



「たとえがいちいち長い! ――セイさんは早く立って! 行きますよ、もー!」

「うむ」



 それを尻目に、フィリアメイラはさっさと歩き出すのだった。

 けれどその表情は、少しだけ赤みがかっていて。




 だって、キミの魅力に興奮した、なんて言うから……。

 筋肉も悪くないかも……。




ええっ!? 今頃筋肉の魅力に気づいたのっ!?


  ( ・ω・`)

  / >- 、-ヽ

 /丶ノ、_。ノ_。)

 \ Y 土 (ト〉

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