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第17話 モラトリアム

前回までのあら筋!



美しきポージングが炸裂した!

 魔神イブルニグス。

 前世でも今世でも聞いたことがない。そもそも魔神などという存在が本当にいるのか。



 フィリアメイラは尋ねる。



「リゼルさん。魔神って何なんですか?」

「ボクも知らない。神の一種だと思う。ライゲンディール地方の魔都モルグスに封印されていたらしい。なぜ目覚めたのかは知らない」



 リゼルがボサボサ髪に手を入れて、頭をかきむしった。

 その後、長いため息をついて語り始める。



「ボクの支配領域は魔都モルグスの西、地方都市マドラスの南にある、リディス山脈沿いにある小さな名も無き村だったんだ。農業が盛んでね。といっても、北の地だからオマエたちの土地みたいになんでも育つわけじゃない。でもま、芋はいっぱい収穫できたな」



 少し、苦笑いを浮かべて。



「おかげで芋が大好きなオーク族が大量に移住してきてさ、食料の確保に大変だったよ。まあ、幸いにもモルグスの北には森があって、魔物が大量発生しているから肉に困ることはなかったけどな」



 誠一郎は一通りポージングを楽しんで満足したためか、今は筋肉を萎めて二つの月の下でおとなしく話に聞き入っている。



「村は緑と冬の花に溢れていた。様々な色をした小さな三角屋根の家屋が点在していて、村の中には生活の基盤となる小川もあって、リディス山脈からの雪解け水のおかげで渇くこともなかった。ライゲンディール地方にしては、相当のどかな村だったと思う」

「ディアボロスは魔王を目指すものではないのか?」



 誠一郎の問いかけに、リゼルが小さく細い肩をすくめた。



「そういうヤツがほとんどだ。けれどボクは自分の生まれた村を守りたかった。そこには力の無い種族が多かった。オマエらも見ただろ。ボクの手勢には中位以下の魔族しかいない。魔物を屈服させて使い魔にはしているけれど、数も少ない」

「確かにな。あのサイクロプスがその場で伝令を殺さずに連行していたのは、おまえの配下だったからか。すまんが、ぶん殴って伝令を解放させてしまったのはおれたちだ」



 リゼルが片手で顔を覆った。



「なんてこった。道理で戻ってこないと思ったよ。……いや、仕方ないか。事情を知らなかったんだから。けれど、あの伝令たちにストラシオンまで走られてしまったのはまずいな。王都からの派兵がランデルトに到着したら、魔族と人間の大戦に発展しかねない」

「むう……。すまん」

「いや、責めてるつもりはないよ。それに、引き返す旅人の足までは止められない。だからどのみち、いずれはストラシオンにも伝わってたはずだ。それが少し早まってしまっただけだね」



 フィリアメイラは胸をなで下ろす。



 よかった。オーガを蹴り殺さなくて。もしあのオーガの首を蹴り飛ばしていたら、おそらくリゼルと誠一郎の衝突は避けられなかったはずだ。



「あの、リゼルさん。それでイブルニグスの話は?」

「ああ。魔都モルグスは、ボクと同世代のディアボロスで最強と謳われるテュポーンが支配していたんだ」



 ディアボロス・テュポーン。

 名を受けて誠一郎に視線を向けると、誠一郎は首を左右に振った。

 どうやらテュポーンも、彼が捜しているディアボロスではないらしい。



「テュポーンは数千体の魔族と数万の魔物を使役し、現在最も魔王に近いディアボロスだった。肉体も小さな丘くらいの大きさはあったかな」

「丘……丘ッ!?」



 巨人族が小人族みたい……。わたしたちなんてアリンコだ……。



「噂じゃレダ砂漠に棲むレッドドラゴンともやり合ったことがあるらしい」



 ドラゴン。ワイバーンの源流とされる生物で、その魂の価値は、神と呼ばれる幻想存在にも匹敵すると言われている。

 要するに、一般的な認識ではディアボロス以上の最上位生物だ。


 フィリアメイラが尋ねる。



「テュポーンはリゼルさんよりも強いの?」

「さーね。ディアボロス同士は実際に戦ってみなきゃわからない。ボクにはその気はなかったから、結局のところ最後まで衝突することはなかったけど。……でもたぶん強いんじゃないかな。テュポーンの方がボクより」



 びゅぅと、夜の強い風が吹く。

 フィリアメイラとリゼルが同時に髪を押さえた。



「最後まで?」

「テュポーンは死んだ。言ったろ? アイツの支配領域がモルグスで、イブルニグスはモルグスに封印されてたって」

「あ……」

「何をきっかけに封印が解けたのかは知らない。けれどイブルニグスはモルグスに住む魔族数千と魔物数万を皆殺しにして、テュポーンの首を手遊びに使いながら西へと歩き出した」



 誠一郎が絞り出すような声でつぶやく。



「おまえの支配していた名も無き村の方角だな」

「うん。ボクの村も滅ぼされた。ボクの手勢は脆弱だ。コロポックルやホビットといった小人族は、一瞬で消し飛ばされて絶滅した。ボクはみんなを逃がすためにイブルニグスに挑んだ。戦ったんだ」



 リゼルが自嘲の笑みを浮かべる。



「いや、あれは戦ったなんてもんじゃない。一方的に殴られ続けた。何をしても通用しなかった。力も速さもまるで違った。散々やられて追い詰められ、死を覚悟したとき、一体のディアボロスが乱入してきたんだ」



 誠一郎の右の眉が跳ね上がった。



「……!」

「ソイツはボクが手も足も出なかった魔神イブルニグスを相手に、戦い続けた。ボクはすべてのディアボロスを把握していると思っていたのに、ソイツは見たこともないヤツだった」



 その姿はとても美しかった。はじけ飛ぶ血や汗ですら輝いて見えた。

 山をも揺るがすイブルニグスの攻撃をまるで流水のように受け流し、自らもまた攻撃に転じた。

 ボクは目を奪われた、と、リゼルは続けた。



「そいつの名は?」

「知らないな。気づけばボクは気絶していて、ボクが逃がした配下の魔族たちが隠れている場所まで運び込まれていたんだ。ソイツに担がれてね」



 フィリアメイラがごくりと喉を鳴らす。



「そのディアボロスは魔神イブルニグスを倒したの?」

「いや、ソイツはオーガの族長にボクを預ける際に、こう言ったらしい。あれを殺すのはまだ無理だ、と。どうやら勝てないと悟って、ボクを担いで逃げたようだ。名も無き村の西、パラメラ砦を越えた先にある死の森の洞窟までね」

「なんだと……?」



 誠一郎が眉をひそめた。



「セイさん?」



 むう、とうなり、顎に手を当てて誠一郎はつぶやく。



「パラメラ砦の西、死の森の洞窟は、おれが師匠と暮らしていた場所だ」

「え!? じゃ、じゃあ――」

「おそらくそのディアボロスが、おれを呼んだ張本人だろう。――リゼル、そいつはその後どこへ行った?」



 リゼルが勢いよくボサボサ髪を揺らして、首を左右に振った。



「知らないな。ボクが目覚めたときにはもう姿を消していた。イブルニグスを討つつもりなのか、テュポーン亡き今、魔王となるつもりなのか。とにかく行き先は知らない」

「後者はあり得ん。そういうタイプではない。それに魔王を目指すならばリゼルを助ける意味がない。魔王は同時期に生まれたディアボロスたちが殺し合い、生き残った最後の一体だけが名乗ることの許される魔族の王なのだろう?」



 少し言葉に詰まったような顔で、リゼルがうつむく。



「……そうだね。とにかくアイツには助けられた……。何者だったんだ……ほんとに……」

「うむ! そうでなくてはな! “筋肉の頂を目指す者は、善きを助け、悪しきを挫き、己を律し、すべからく正しくあるべし”だ」



 フィリアメイラは考える。


 もしそのディアボロスが誠一郎に救いを求める状況にあるならば、ライゲンディール地方で自分たちを待ち受けている敵は、十中八九が魔神イブルニグスということになる。

 ディアボロスであるリゼルをここまで追い詰める魔神という存在を相手に、たかだか少し肉体を鍛えただけのハイエルフに何ができるのか。



「ボクの話はここまでだ。で、オマエらはどうしてランデルトが魔族に支配されたことを知ってわざわざ乗り込んできたんだ? オマエらがボクに近しいくらい強いのはわかるから、配下に入ってくれるというなら歓迎するけど。……そうじゃないよな?」



 フィリアメイラが「う……」と言葉に詰まった。



「人間に虐げられて絶滅しかけているエルフが、人間のために都市開放を促しにきたとも考えにくいし。もしもそうだとしたら、オマエらはボクらの敵ということになる」

「そ、それは……」



 しかし誠一郎は堂々と応える。



「それで合っているぞ。おれたちは魔族の手から人間たちを解放するため、ランデルトへ乗り込んできたのだ。フゥーハハハハハ!」



 チリ、と夜が焦げ付いた。

 重く変化した空気に、塔の縁に座っていたフィリアメイラも思わず地に足を着ける。



「へえ~」



 瞳を覆う前髪の隙間から、敵意に満ちた視線がギョロリと覗いた。

 一瞬で両腕の皮膚が、いや、全身の皮膚が粟立つ。殺気だ。すさまじく鋭い、それでいて重く息苦しいほどの殺気を、リゼルが放っている。

 ついさっきまでは、あれほど友好的だったのに。




 今はもう――怖いくらい。




 震えそうになる足を止める。



「できるのかい? ハイエルフごときに。ディアボロスから都市を取り戻すことが」



 だが、正々堂々と。

 一片の物怖じもなく、誠一郎は満面の笑みを浮かべたまま巨大な大胸筋を張って、真っ白な歯をむき出しに言い放った。



「できるさ」

「ふ~ん」



 リゼルがまるで獣のように、両手を大地について背中を丸め、牙を剥き出しにする。

 フィリアメイラは全身から汗が染み出して伝うのを感じていた。

 心臓が大きく跳ね回る。目の前の小さなディアボロスから視線を逸らすことができない。瞬きですらも。



 びりびりと感じるのだ。

 これまで相対してきたどの生物とも、まるで違うということを。

 例えるならば、避けようのない死――寿命のようなものだ。



「やってみろよ、エルフ」

「今はやらん。おまえの話を聞いて気が変わった」

「はあ? まさか怖じ気づいたのか?」



 毒気を抜かれたように、リゼルが身を低くしたまま首をかしげる。



「伝令を王都へと走らせてしまったのは、おれの判断ミスだ」

「だったらどうした? 結局オマエらは最終的に人間の味方なんだろ。だから――」



 リゼルの言葉を遮って、強引傲慢なるエルフ言うのだ。堂々と。躊躇いも物怖じもすることなく、胸を張って。



「こうしよう。伝令がストラシオンに到着するのに必要な期間は、馬車を得たとしても最速で十日、ストラシオンからの派兵がランデルトに到着するのに必要な日数は、歩兵の歩みで三十日」

「……?」

「おれはこの四十日の間にライゲンディール入りを果たし、そしてフィリアメイラとともに魔神イブルニグスを捜しだして張ッ倒すッ!」

「んぁ!?」



 妙な声を発したのはリゼルではない。フィリアメイラだ。

 リゼルの殺気に当てられたとき以上に、汗を滴らせて。



「あ、え、ちょ――っ」



 リゼルはといえば、あまりに無謀なる提案に眉根を寄せて固まっている。



「……」

「それに成功した暁には、リゼル。おまえは配下の魔族を引き連れ、ストラシオンの派兵とぶつかり合う前に、ライゲンディール地方へと戻れ。それまでランデルトの住人には手を出さんと約束しろ」

「……」

「どうした? 返事だッ!!」



 弾かれたように、リゼルが立ち上がる。



「あ、ぇ、お、おお……。それなら別に……こっちはいいけど……」

「これが人魔戦争を回避できる唯一の方法だ」

「や、そりゃわかってるけど、オマエ、ボクの話を聞いてたか? 魔神イブルニグスはたった一体で、魔王に最も近い最強のディアボロスを、その万を超える軍勢ごと殲滅したんだぞ!?」



 だが、誠一郎は退かない。

 根拠も何もないのに、自信満々に告げるのだ。この漢は。



「おれの知ったことではないわッ!! おれはただ、筋肉の導きに従うのみだ!」

「いや、知ったことではないって……。さっき言ったろ!? ボクだって歯が立たない相手だ! だからボクは魔王になって、すべての魔族と魔物をまとめ上げ、イブルニグスに立ち向かおう……と……」



 大胸筋を蠢かせ、ニカッといつもの笑顔を浮かべながら。



「おれの筋肉がやると言ったら、やるんだ! “筋肉とは、この世界で起こりうるすべての問題を、平和的且つ可及的速やかに解決する、最良にて最強の手段である”」



 だから迷う――否、血迷うのだ。

 この怪物エルフと関わり合ったものは、すべて。あまりに自信過剰で、あまりに傲慢で、あまりに強引だから。


 思わず。


 リゼルの頬が少し引きつりながらも、少しずつ上がっていく。口角に押しやられて、戸惑いから、徐々に、徐々に、楽しげに。



「ハハ……そっか……知ったこっちゃないか。そっか、そうだな。わかった。じゃ、約束だぞ!? あとオマエ、戻ってきたらボクと飯を食え! いいな!?」

「フゥーハハハハハ! この筋肉に任せておけィ! 肥え太ったオークどもごと平らげてくれるわ!」

「やめてやってくれよ。アイツら家畜じゃないからなっ。かわいそうだろ」



 超上位魔族ディアボロスでさえも、釣られて笑ってしまうほどに。




 だから――。

 だからわたしだけがいつも、頭を抱える羽目になるのよぉ~……。




 フィリアメイラは瞳に涙を溜めて、ぺたりとその場に腰を落とした。

 それはエルフズ・ブートキャンプを強引に開始されて以来、五十年ぶりの諦観だった。



魔神? どついたったらええねん。


(´・ω・)  n

⌒`γ´⌒`ヽ( E)

( .人 .人 γ /

=(こ/こ/ `^´  

)に/こ(

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