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第16話 優しき世界

前回までのあら筋!



小さな悪魔が登場!

 国境都市ランデルト、見張り塔――。



 強い風が吹いていた。

 フィリアメイラはさらわれそうになる緑髪を片手で押さえて、塔の屋上の縁に腰を下ろす。

 その側には誠一郎が、そして北の地を見つめるようにディアボロスのリゼルが立ち、塔の階段付近では十数体ものオーガ族がひしめき合いながら控えていた。



「オーガ族はもう外壁の見回りに戻っていいよ」

「はっ。しかしリゼル様、失礼ながら御身が危険では――」



 オーガ族の代表らしきオーガが、ヘルムを取りながらリゼルへと進言する。

 リゼルはため息をつくと、目を覆うほどに伸びたボサボサ髪を風に流しながら振り返った。



「だから、さっきも言ったろ? コイツらはオマエらの手に負えるようなレベルじゃないんだって。そっちのお嬢でさえもう上位魔族並みの足だ。こっちの怪物エルフに至っては、ボクでさえやり合ってみなきゃわかんないくらいだぞ」

「ならばこそ我らが貴方様の盾となり――」



 リゼルが唇を苦々しく歪めて、乱暴に吐き捨てる。



「オマエらが人質にされたらボクでも勝てなくなるって言ってんの! これ以上は言わせんなっ!」



 苦渋に満ちた表情だったオーガたちが、ほんの一瞬、ほわっと表情を和らげる。だが、すぐに引き締めて、咳払いを一つして。



「我らが貴方様の足を引っ張るようであれば、そのときにはすぐにでも見切りをおつけなさいませ。貴方様はいずれ魔王となられるお方。御身を第一に考えねばなりませぬ」

「だったら言うこと聞けよ……」



 誠一郎がこらえきれないと言ったように笑った。



「ふっ、はっはっはっ! どうやらずいぶんと配下から可愛がられているようだな、リゼルよ」

「うっさいなっ。こいつら、ぜんっぜん子離れしてくんないんだよっ。ディアボロスには親なんていないってのにさ」



 黒髪を振り乱し、ちょっと頬を赤らめたリゼルの姿に、フィリアメイラが少しだけ笑った。


 ディアボロスは他種族からあれほど恐れられているのに、こんなにも可愛らしい子供の姿をしていたなんて。それも言動から察するに、なかなかのお人好しらしい。


 リゼルに睨まれて咳払いをし、メイラは視線を逸らす。



「ったく。これ以上、王に恥を掻かせるなよ」

「むぅ。……ならばせめて、我らには見張り塔一階での待機を命じられませ」

「じゃあ、南側外壁には誰を立たせるんだよっ。言っとくけど、ボクらの敵はヤツだけじゃないからな。人間たちの王都ストラシオンは南方にあるんだぞ」

「ならば南方の警戒は、暇なオーク族にでもお命じなさい」



 リゼルが苦々しい表情で口を開けた。



「命じてたよ! 命じてたの! ちゃんと! なのにアイツら、芋売り商人の馬車を発見してすぐに任務のことを忘れて、そのまま追っかけてったじゃないかっ。アイツらほんと、食欲と性欲と睡眠欲の権化だぞ!」



 フィリアメイラが眉根を寄せたことに、リゼルは気づかない。



「めっっっちゃくちゃスケベだし! ボクのことまで変な目で見てくるんだぞ!? ねえねえ、リゼル様って、ついてるの? ついてないの? て、しつこくブヒブヒ聞いてくるんだ!」



 オーガ代表が沈痛な面持ちをして、こめかみを指で挟んだ。



「……鉄拳制裁なさいませ。何なら二、三体潰してもかまいませんゆえ」

「かわいそうだろ!? あんなのでも生きてるんだぞ!?」



 フィリアメイラが白目を剥いた。



 何この会話ぁ~……。

 そっか~、オーク族ってやっぱり魔族の中でもポンコツの部類なんだ……。

 てゆーか……。



 ワタワタと喚いているリゼルを盗み見る。

 喚くたびに前髪が動き、隙間からは群青色をした綺麗な瞳が見えている。



 女の子……よね……?



 ボロボロの服がもさもさしていて、体型での判別ができない。手足は細いけれど、引き締まっているのは見ていてわかる。

 顔も前髪で半分隠れているし、声は変声期前なら少年もあり得る。



 どっち……?



「わかった。もうわかったよ。だったらオマエたちがオーク族に南壁の見張りに立つように言え。その後でなら一階待機を許可する。これでいいな?」

「オークどもへの伝令は、若い者に走らせます。我らはこれより一階に移動しますゆえ、何かありましたら――」



 まるで孫を想う好々爺だ。目尻は垂れてるし、頬もちょっと赤らんでいるし。

 主が可愛くて仕方がないのだろう。



「もうわぁかったって。それでいい」



 リゼルがシッシと虫を払うように手を動かすと、オーガ族は一礼をして見張り塔の階段を下っていった。

 それを見送って、リゼルが深いため息とともに肩を落とす。



「は~……」



 誠一郎がしたり顔でうなずく。



「わかるぞ、その気持ち。おれもかつてはそうだった。天才魔法使いなどと呼ばれ、ハイエルフの長老に過保護にされたものだ。窮屈よなァ、そういう生き方は」

「こんなときに冗談はよせ。そんなガタイしたエルフや魔法使いがいるか」

「いるんだなあ、これが。もっとも、もう魔法は使えんが」



 事も無げにリゼルがつぶやいた。



「ああ、そいつは魔法神に愛想を尽かされたんだろ。神ってヤツらは大概が身勝手だ。魂を別の神に捧げた存在に対しては興味を失う。もっとも、稀に例外もあるらしいが」

「ほう」



 へえ、なるほど。

 だからセイさんは魔法を使えなくなってしまったのか。あれほど魔法神の寵愛を一身に受けていたのに、筋肉神なんかにうつつを抜かすから。



 フィリアメイラは掌を広げ、そこに視線を落とす。不安がよぎった。



 まさかね。



「……」



 炎よ。



「!?」



 掌から溢れるはずだった火は、火花ほども熾らない。


 自身はもう、人間の位で言えば大賢者に相当する年齢をすでに過ぎたハイエルフだというのに。


 青ざめる。



 あの、炎よ? 炎ってば! 炎さ~ん? アハハハ、出ない! アハハハハハ、出ないわこれぇ! アハハハハハハ!

 うっそぉ~……。



 齢二百四十歳にして少女、我が身に起きたことに気づいてうなだれる。


 どうやら下半身を鍛え続けるうち、自らもまた魔法神とやらに見放されたらしい。

 考えてみればこの五十年、いかに見かけを細く保ったまま、誠一郎が納得してくれる質の良い筋肉をつけられるかということばかり考えてきた気がする。



「どうかした? エルフのお嬢?」

「はぇ!? あ、い、いえ、た、たた、大したことじゃ、なななない、です、はい……」

「ふーん。なら、オマエらの名前を教えろ」



 リゼルが尊大な態度で尋ねた。



「わたしはハイエルフのフィリアメイラです。そっちの男性は――」

「――おれもレインフォレストのハイエルフだ。マッスルのマッサンと呼んでくれ」

「あ、今のは嘘なので気にしないでください。この人、脳みそまで筋肉にアレされちゃってますので」

「!?」



 誠一郎が目を見開いてフィリアメイラに視線を向けた。



「へえ、そうなのか。まあ、見たまんまだな」

「!?」



 次は首を百八十度、ぐるりと不気味に回して、リゼルに視線を向ける。



「えっと、ハイエルフだっていうのだけは本当です。名前は誠一郎・益荒男(ますらお)

「セーイチロー・マスラオ……? ずいぶんとまたパンチの効いた名前だな。変人には相応しいけど」



 誠一郎が素早くサイド・チェストのポージングを取りながら、ニカッと白い歯を剥いた。



「待てぃ! 変ではないぞ! 益荒男とは前世世界の言葉で、このおれのように、強く堂々とした立派な男子を表――」

「はいはい。で? オマエらはなんでランデルトに侵入したんだ?」

「!?」



 ポージングで筋肉をアッピィ~ルする誠一郎を挟んで、それには触れないようにしながらリゼルとフィリアメイラが会話を始める。



「その前に、どうしてリゼルさんは唐突に人間の支配領域に侵攻を始めたのですか?」



 誠一郎がおもむろにサイド・チェストを解き、力を込めた両腕を腰の横に下ろす、フロント・リラックス・ポーズに変化させた。

 だが、北から見るリゼルにとってはフロント・リラックスでも、背後、南方から嫌でも視界に入ってしまうフィリアメイラから見れば、リア・リラックスだった。



「侵攻したわけじゃない。ボクらは南へ追いやられてしまったんだ」

「それ、オーガさんたちもさっき言いかけてたかも……」



 公平を期すため、誠一郎が肉体正面を東へと向け、上半身を右にねじってサイド・リラックス・右ポーズへと変化させる。



「勘違いしてほしくないのは、今のところ、少なくともボクの支配する領域の魔族たちは人間を敵だと思っていないことだ」

「え……?」



 さらに公平を期すため、誠一郎は上半身を今度は左にねじって、サイド・リラックス・左ポーズに変えた。



「ランデルトを侵略した際にも、けが人は出したが死人は出していない。けが人も今は城内で治療をさせている。配下にも無抵抗な人間には手を出さないよう、きつく言い含めている」

「都市の外に人々を出さないように閉じ込めたのでは?」

「そりゃ王都への警戒くらいはするさ。人間はボクらを敵だと決めつけている。ストラシオンにランデルトからの伝令が助けを求めにいったら、必ず派兵されてしまう。だけど今のボクらに、ストラシオンの軍を相手にしている余裕はないんだ」



 誠一郎が西を向き、右足をわずかに前に出して左足はつま先立ちにして、両腕の肘を曲げながら持ち上げる。

 バック・ダブル・バイ・セップス――。

 背筋と上腕筋が、生き生きと盛り上がった。



「だったら、質問を戻しますね。侵攻じゃないなら、あなた方魔族を南へと追いやったのは何者ですか? 今、リゼルさんは北を見張っていますよね? そこには何がいるの?」

「……魔神さ。魔神イブルニグス。たった一体でボクらの故郷を滅ぼした、悪辣で、例に漏れず身勝手な神だ」



 さらに背中の広さを見せつけるかのように、腰から上だけを背後にずらし、両腕を腰にあてる。

 バック・ラット・スプレッド――。

 その背中の広さたるや、男子たるもの誰もが憧憬の念を抱くであろう真の漢の背中だと言えるだろう。



 さすがに耐えかねたらしく、フィリアメイラとリゼルが同時に叫んだ。



「あーもー! 切れてるよ、うるさいほどの筋肉っ!」

「よっ、肩メロン!」



 ニカッと、誠一郎は笑顔を見せるのだった。

 それはとても優しい世界だった。


無視はやめてさしあげろ……


(´゜ω゜`)  n

⌒`γ´⌒`ヽ( E)

( .人 .人 γ /

=(こ/こ/ `^´  

)に/こ(

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