第15話 矮躯の悪魔
前回までのあら筋!
エルフ女子は足の太さを気にしているぞ!
その直後のことだ。
都市ランデルト内から外壁へと続く階段から、多数の足音が響き始めたのは。
「い、今の大声はなんだ! 敵襲か?」
「わからん! 上から聞こえたぞ!」
「こっちだ! 外壁を上がれ!」
「急げ!」
とはいえ、考えてみれば魔族が集まってくるのは当然のことだ。誠一郎が通りすがりの筋肉を名乗る際、雷轟のごとき大声を出してしまったのだから。
フィリアメイラが大慌てで誠一郎の逞しき腕をつかみ、前後に揺すった。
「ちょっと!? なんで大声出しちゃったんですかっ!?」
「知れたこと。おれの筋肉をアッピィ~ルするためだ。ドゥ・ザ・マッソゥ!」
いちいちポーズを取るな! 腹立つ!
「それに、メイラの叫びもなかなかに響いていたぞ。さては、おれに内緒で閉鎖筋と輪状甲状筋を鍛えていたのだな? フ、やるではないかっ」
そんなマイナーな喉の筋肉はどうでもよくて!
「セイさんが通りすがりの筋肉なんてアホな名乗りをしたからでしょうが!」
やがて階段から姿を見せたのは。
オーガ族だけではなく、猿頭の小さなゴブリン族に、犬頭のコボルド族、トカゲ頭のリザードマン族、大きな肉体の牛頭ミノタウロス族に、首なし騎士のデュラハーンまで。
「おお、おるわおるわ。うじゃうじゃと雁首並べおって」
「逃げましょう! 早く! セイさんの脚力でしたら、わたしが背中につかまってても飛び降りられるでしょ――う?」
外壁の下に視線を落としたフィリアメイラが、泣きそうな顔でつぶやいた。
「……下にもいっぱいいますぅ」
外壁外に視線を落とすと、下半身が馬のケンタウロス族が弓をつがえ、樹木の陰には美女の上半身を持つ蛇のラーミア族が配置され、さらに正門からは次々と動く骸骨スパルトイたちが飛び出してきていた。
「まだ増えてる。すごい統制だわ。一瞬でこんなにも」
誠一郎が表情を引き締めて、低く渋い声でつぶやく。
「統制? おれにはやつらが何かに怯えているだけのように見えるが……」
「怯えて……?」
上空の羽音に目をやると、外壁上空にはガーゴイルが数体、夜空を舞っている。空を飛べるエルフなど、いようはずもないのに。
言われてみれば確かに妙だ。
もうとっくに侵入者が二人のエルフだと判明しているはずなのに、今もまだランデルトの街中から、魔族たちが続々とこちらに向かってきているのだ。
たった二人のエルフを相手に、何百、何千もの魔族が……?
わたしたちを別の何かと勘違いをしている……?
けれどそんな疑問を浮かべながらも、脳筋は動じない。
「フハハ、これはまた大層な出迎えではないか。おれの大胸筋も悦んでいる。そ~ら、ぴくり、ぴくり」
「うるさい」
「!?」
すでに世迷い言に付き合っていられる状況ではない。
とにかく中位以下の魔族がそろい踏みだ。完全に取り囲まれてしまっている。
その割に。
すぅ、はぁ。
フィリアメイラは意図して呼吸を繰り返す。
すぅ、はぁ。
やはりおかしい。心臓が暴れていない。驚いたけれど、持続する恐怖がない。
自分でも不思議なくらいに落ち着いている。
それどころか、何かが胸の裡側でささやいている。熱く、なおも熱く。
やつらを蹴散らせ、と。
それはとても血湧き肉躍る行為だ、と。
ざわりっ。
体熱が上がった気がした。
同時にすさまじい闘争心が湧き上がってくる。恐怖や不安など微塵も感じず、ただ欲望に身を委ねるように、敵にぶつけたいと願った。
我知らず、笑みを浮かべる。
けれど――。
「よさないか、メイラ。今はまだ早い。その想いはしまっておけ」
そっと、熱い手が肩にのせられた瞬間、びくっと全身が震えて闘志は霧散した。
「え? え? セイさん? い、今、わたし……?」
長い深緑色の髪を振り上げて、フィリアメイラは誠一郎を見上げる。
「踊らされていたぞ。戦闘への筋肉欲のままにな。気をつけろよ、メイラ。筋肉は己の意志で操るものであり、決して筋肉に踊らされてはならない。でなければ、なれの果てはバーサーカーとか呼ばれる、居酒屋とかで大暴れする変な人となってしまうぞ」
「うっそぉ~……」
嫌だわ。認めたくないわ。そんなはずがないわ。わたしは正常だし。
「案ずるな。キミの筋肉は順調に成長している。先のような状態になれる者は強いぞ。だが、正義なき筋力はただの暴力だから、それだけは覚えておくのだ。心の筋肉も鍛えろ」
「う……」
誠一郎が善き笑顔で親指をビッと立てる。
「そして、己の筋肉とよく会話を交わすことだ。キミは彼らを理解し、彼らにはキミを理解させることが必要だからな」
「……ちょっとレベル高すぎて何言ってんのかわかんないです……」
「フハハハ! やはりメイラは脳筋だなあ!」
なんか悔しい……。
二人のエルフを取り囲みながら武器を抜いた魔族を、誠一郎が見回し嘲笑する。
「だが、悪くない。少なくともそこで雁首そろえて日和っている有象無象の魔族どもよりはな」
瞬間、魔族たちの殺気が膨張した。
「だったら、二人で強行突破しますか?」
できる気がする。なぜか不思議と負ける気がしない。
「先ほども言ったが、それは今ではない。というかだな、都合がいいと思わないか?」
「何がです?」
誠一郎が、耳長のメイラにだけ聞こえる声でささやく。
「……わざと捕まれば侵入する必要もない……。……わざわざ連れて行ってもらえるのだからな……彼らの王の下へ……」
「……それ、うまく脱出できることが前提では……」
「不可能はない。筋肉には、な」
いや、あるでしょ……。知性とか……。
なんだかわたし、筋肉をつけるたびに知性が欠如していってる気がするわ……。
誠一郎は無防備に先ほどの三体のオーガたちへと歩み寄った。
オーガたちの顔色が一変する。そこには確かな恐怖があった。
「な、なんだ!?」
「貴様、な、何をするつもり――!?」
両手をそろえて前に出し、事も無げにつぶやく。
「何もせんぞ。負けを認めよう。降参だ。さあ、縛ってもかまわんぞ。――ただし、エッチな縛り方はNGだぞ?」
バチコンとウィンクをしながら。
「……あ?」
「筋肉ジョークだっ」
「……」
オーガたちが顔を見合わせた。
訝しげな表情をしながらも、おそらくは先ほどの失態を取り戻すためだろうか。震えながら縄を取り出して、誠一郎の両手首を背中側できつく縛り上げる。
もっとも――。
フィリアメイラにはわかっている。
あんな縄など、誠一郎にとってはただの糸も同然であることを。
取り囲んでいる魔族のうち、猿頭のゴブリンが耳障りな笑い声を上げた。
「ゲギャッギャッギャ! そっちの娘エルフも縛っちまえよ! 持って帰ってオモチャにしよーぜ!」
「……!」
縛られたままの誠一郎が平然とオーガを引きずって歩き、そのゴブリンへと顔を近づける。口を大きく、あんぐりと開けて。
ゴブリンが見上げた。
「んあ? ひ……っ!?」
次の瞬間、誠一郎はそのゴブリンの二つ角の兜へと噛みついていた。いや、噛みついたと思った次の瞬間にはもう、兜には歯形に抉られた後があり――。
ペッ、と金属片を吐き出す。
「な、なななななっ!?」
ゴブリンが尻餅をついて大慌てで後ずさった。
なおもオーガ三体を引きずり、誠一郎はゴブリンに顔を近づける。そうして膝を折り、その耳元でささやくのだ。
「人質は丁重に扱え。でなければ、次はその頭蓋をおれの咀嚼筋が襲うことになる」
「ぅ、ぅ……ぁぁ……」
「どうした? 何を怯えている? この通り、おれは縛られているぞ」
全身を呑み込むほどの影を落としたエルフに、小さなゴブリンは割れたヘルムごと頭を抱えて首をすくめた。
「キ、キィィィィ~~~……」
「ああ、勘違いするなよ、お猿さん。おれは貴様を救ってやったのだ」
誰も気づかない。
フィリアメイラの右脚が、ビキビキと音を立てて膨れ上がっていたことに。
おそらくは一蹴りだ。文字通り、ゴブリン族の命など、フィリアメイラにとっては一蹴にできる程度のものだろう。
けれどもそれはいくらも経たないうちに、静かにしぼんだ。
フィリアメイラが先ほどのオーガに両手を差し出す。
「……どうぞ。降参します」
オーガは縄を取り出してから少し迷い、ため息をついて首を左右に振った。フィリアメイラの手に己の手を重ねて、ゆっくり押し下げる。
「ついてこい。人間族ならば敵だが、正直なところエルフ族の立場はよくわからん。我らの王に謁見してもらう。そこの怪物エルフの望み通りにな」
「フハハハハ! バレていたか!」
「王? あなたたちの王って、魔族の貴族か何かですか?」
オーガが歩き出しながら、視線をフィリアメイラへと向けた。
「我らの王はディアボロスだ。せいぜい言葉に気をつけろ。俺たちのようにはいかないぞ。機嫌を損ねれば、エルフなど多少鍛えていたところで――」
オーガが自らの首を親指で掻き切る仕草をした。
ディアボロス……!
二人のエルフが視線を合わせてうなずき合う。
オーガに先導され、誠一郎とフィリアメイラは外壁の階段を下っていく。付き従うのはオーガ族のみで、他の魔族たちはいつの間にかバラけていった。
「オーガよ。貴様らの王の名は何という?」
「ゼリス様だ」
首を左右に振った誠一郎に、フィリアメイラが小さくうなずいた。
残念ながら、捜し人とは別のデビルらしい。
そんなことを考えてため息をついた瞬間だった。
暴風と呼ぶに相応しいその人影はもう、まるで誠一郎とフィリアメイラを隔てるかのように、二人の間に立っていた。
時が停まったかのように、魔族らは誰も気づかない。
ただ彼が巻き起こした暴風の時の中で、二人のエルフだけが視線をすでに、突然間に割り込んできたその小さな黒い影へと向けていた。
「へえ?」
ボサボサの長い黒髪、服装はボロをまとい、身長はフィリアメイラほどもない。
子供。人間年齢でいえば、十かそこら。けれど。
次の瞬間にはもう誠一郎は動いていた。
「ぬッ!?」
後ろ手に縛られた縄などまるでなかったかのように引きちぎり、その子供へと二本の豪腕を伸ばす――が、両腕は空をつかんだ。
そこにはもう、黒い影はなかった。
すでに数歩離れて。いいや、離れるまでに目にもとまらぬ速さで階段内の壁を蹴り、逆側の壁を蹴り、逆さとなって天井を蹴り、着地していた。
それでも、誠一郎とフィリアメイラの視線は一度たりとも切れない。常に小さな人影の動きに合わせて向けられたままだった。
「驚いたな、これは」
高い声。変声期の訪れる前の、幼いとも言える声。
人影は先頭を歩くオーガの横、外壁階段の踊り場に立っていた。
「二人ともボクの動きを簡単に見切っちゃうんだ。やるじゃない」
「フ、当然だ。おれたちは外眼筋も鍛えているからな。動体視力には少々自信がある」
その段になって、オーガたちはようやく目を見開いた。
すぐさま片膝をつき、頭を垂れる。
「うぁっ!? ゼ、ゼリス様! こ、これは――気づかず失礼しました!」
「別にいいけど。それよかオマエ、縄切られちゃってるよ。意味ないじゃん」
「な――っ!?」
ゼリスが頭を掻きながら、あきれたようにつぶやいた。
「つ~か気づけよ。あの肉体見りゃわかんだろ。コイツを本気で縛るつもりだったら、ドラゴンの髭でも持ってこねえと無理だ」
「ぎょ、御意。しかしながら、我らの力ではドラゴンの髭など――」
「だから真に受けるなって。オーガ族はまじめだなあ。ちょっとはアンポンタンのオーク族を見習え。危険な場合はすぐにボクを呼べって言ったろ? この二人が本気で暴れてたら、オマエらもう全滅してたぞ。ちゃんと相手の力量を見抜け」
「うう、ご忠告痛み入ります……」
誠一郎は両腕を大胸筋の前で組んで、ディアボロス・ゼリスを睥睨する。
ボサボサの長い黒髪が目を覆ってしまっていて、表情は読めない。だが、わかる。わかるのだ。ボロの上からでも。たとえそれがか細く小さな肉体だとしても。
迸る筋肉の輝きたるや、眩いほどに――!
「貴様……なんという……ッ!」
そして誠一郎は親指を立て、ニカッと微笑みながらおもむろに口を開けた。
「ナイッスゥ~な筋肉だっ、兄弟っ」
ディアボロス・ゼリスは無邪気な笑みを浮かべる。
「へへっ、おまえらもな」
フィリアメイラは、虚ろな瞳で首を左右に振った。
そこに含まないでいただきたい。
ん~、あのちっちゃいのは80点!
(´・ω・`) n
⌒`γ´⌒`ヽ( E)
( .人 .人 γ /
=(こ/こ/ `^´
)に/こ(