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第14話 最も力強き体勢

前回までのあら筋!



ヒロインが壁のシミにならなくてよかったね♪

 オーガ族といえば、中位魔族の中でも肉体派で知られている。

 単純な膂力こそ巨大な一つ目鬼であるサイクロプスに及ばないが、単純思考から単独行動を取りがちな彼らとは違って、仲間同士で連携を取り合う。


 さらに生まれ持っての筋力だけに頼らず、たゆまぬ努力で鍛え続ける知性を持ち、何らかの格闘技能を極めている個体も少なくない。

 あまつさえ、過去数十年の間には、魔法を扱うオーガの目撃例も複数あったほどだ。


 つまり、総合的な厄介さはサイクロプスなどとは比較にならない。言うなれば、莫大な膂力を得てしまった好戦的人間族といったところか。



 フィリアメイラは三体のオーガを前にして立ち竦む。

 サイクロプスやオークのようにはいかない。


 先手必勝すべき? それとも……。


 じわり、握りしめた拳に汗が滲んだ。



「どこから来たのかと聞いている」



 肉食獣のうなり声のように、獰猛性を秘めた低い声が吐き出された。

 気圧されるように、フィリアメイラが応える。



「レ、レイン……フォレスト……」

「レインフォレストだと?」



 オーガが訝しげに眉根を寄せた。

 けれども、油断なく向けられていた鉄の棍棒の先端を、地面にコトリと置いて。



「そうか。よく無事だったな」

「は……い?」

「怪我はないか?」

「ない……です……」



 なんでわたし、心配されてるの?

 ま、まさか、筋肉を鍛え過ぎちゃったから同族だと勘違いでもされてるの?



「レインフォレストか。大変だったな。五十年間、ずっと人間に捕まっていたのか?」

「へ? え?」

「我ら魔族の侵攻のどさくさに紛れ、ランデルトに住む人間の貴族から逃れようとしていたのだろう?」



 あ、あー!

 そっか。レインフォレストのエルフは五十年前に人間によって狩り尽くされ、集落は滅亡したことになってたんだった!



 当然、エルフが人間の味方をするなんて、思われているはずもなくて。



「気の毒だがレインフォレストはもうない。ずっと捕らえられていたおまえは知らないかもしれんが、人間たちに滅ぼされてしまった」



 知ってます。めっちゃ知ってます。



「この壁の外に出たとして、おまえに帰る場所はもうない」

「魔法時代が終焉を告げた今、華奢なエルフ族が単身で生きていくのは難しかろう。エルフの娘よ、我ら魔族とともにくるか? 我らの王は寛大なるお方。亜人とて寛容に受け容れてくれるはずだ」



 な、なんていい魔族(ひと)たちなの……。



「我らはランデルトを拠点とし、ここでやつらを迎え撃つつもりだ。ハイエルフの魔法は役に立つ。ともに戦ってはくれないか」

「やつら? それって人間たちですか?」



 三体のオーガが口元を緩める。



「そうか。そんなことすら知らぬほどに、軟禁されていたのだな。人間の貴族め」

「敵が人間族だけであるならば、こちらから攻め入ればそれで済む話だ。ランデルトを陥落させたように、たとえ王都ストラシオンだろうが我らその気になった魔族の敵ではない」

「え? え?」



 その口ぶりから察するに、人間は敵じゃない?

 だったら魔族は一体誰と戦おうとしているの?



 それは、苦渋に満ちた表情でうつむいていたオーガたちが、視線を上げて語り出したまさにその瞬間だった。



「真に憎きは我らを北の安住の地より追いやってくれた、あの――おぶンっ!?」



 二本の角の下、顔面に拳骨がズッポリめり込んだのは。

 めり込ませた拳を折れた歯とともに引き抜き、二種類の月光を浴びて、その怪物は口角を上げた。


 どしゃり、と音を立てて、顔面を陥没させられたオーガが白目を剥いて転がる。



「幼気な娘一人を相手に雄三匹がかりとは、なんたる卑怯且つ卑猥! 天が許そうとも、このおれの筋肉が許さん!」



 卑猥!? 何もされてないですけどっ!?

 てか今すんごい情報を聞き出せそうだったんですけどっ!?



「ちょっと待って、セイさん! それ誤解――!」



 どうやって登ってきたのかとか、なんで話を聞く前に殴っちゃうのとか、いろいろ言いたいことはあるけれど、すでに状況は手遅れだ。

 残る二体のうち、一体のオーガが鉄の棍棒を振り上げ、背後から誠一郎の頭部へと振り下ろしたのだ。



「よくも仲間を!」

「くたばれ人間ッ!」



 ゴッ、と重く乾いた音が響き、フィリアメイラは悲鳴を呑み込む。誠一郎の頭部から、外壁にボタボタと血が流れ落ちる。

 ふらり、怪物エルフの巨体が揺らいだ。



「……か……っ」

「セイさん! この――ッ」



 瞬間、フィリアメイラの心は怒りの炎に包まれた。頭が真っ白になったのだ。


 間髪容れずに彼女は動いていた。

 地面を蹴って棍棒を振り下ろしたオーガの顎を狙い、右足をしならせながら鞭のような蹴りを放つ。


 チッ、と足先がオーガの顎を掠める微かな音が響いた。



「……ッ!?」



 オーガが白目を剥いて、力なく膝から崩れ落ちる。



「エルフッ!? おまえ、なぜッ!?」



 もう後に引けなくなった。いや、激高してそんなことすら考えられなくなっていた。


 先ほど振り切った蹴り足を軸足へと変え、今度は左後ろ回し蹴りで残る一体の頸部を刈り取るようにして、顔から地面へと叩きつける。



「ハァ!」

「ぐがッ!? ――く、くそ!」



 地面に顔を強打しながらも立ち上がろうとするオーガの背中を踏みしめて再び這いつくばらせ、フィリアメイラは冷たい視線で見下ろす。



「……殺す」



 オーガがその視線を受けて息を呑んだ。



「やめ――っ」



 だが、右足を弓なりに引いた瞬間、フィリアメイラの肩に熱い手がのせられる。



「待て、メイラ。よほどの悪党でなければ、知性を持った存在は可能な限り殺すべきではない。たとえそれが魔族であろうともだ」



 ハッと気づく。

 脳震盪を起こさせたオーガは地べたに這いつくばっており、足下の個体は困惑と畏怖の表情でこちらを見上げている。



「キミの力ならばすでに十分に示せた。そうだろう、未熟な筋肉のオーガたちよ。このエルフ女子の筋肉は、すでに貴様らのそれを遙かに雄々しく凌駕しているぞ。続ければ必ず後悔することになる」



 その言い方よ……。



 伏したままのオーガが肘を立て、悔しげに視線を上げた。



「……ッ」

「んんんん? 何かな? その反抗的な目はぁ~?」



 一瞬、憎しみを込めた瞳をこちらに向けたものの、誠一郎が禍々しき眼で一瞥すると、オーガはすぐに視線を逸らした。


 誠一郎は――。

 滝のような血液をドバドバ流しながら、割と平然としていた。



「セイさん……、そ、それ、痛くないんですか……?」

「フゥーハハハハハハ! ……痛い。いかに筋肉が無敵の鎧といえど、頭皮や髑髏にまでは筋肉はつけられんからな。ヘルムの代わりというわけにはいかんさ。これこの通り、血と涙と冷や汗が止まらんわ。フゥーハハハハハハ!」



 笑うとこなの……?



 しかし、と。

 フィリアメイラは胸をなで下ろす。


 あんな鉄の棍棒で死角から後頭部をフルスイングされて笑っていられるとは。

 この人、ほんとにどうなってるの? 無敵なの?



「待てよ。もしや首の筋肉を一千年ほど鍛え続ければ胸鎖乳突筋あたりが膨張して頭部をヘルムのように覆ってカヴァーできるようになるかもしれん」



 ぞわ……。



「やめてください想像したら気持ち悪いです怖気がしますバケモノです」

「冗談だ」



 冗談で言ったようには見えなかった。


 けれど、そんなことよりも。

 まさか自身の筋力や体術がすでにオーガやサイクロプスを圧倒できるほどのものになっているとは思いもしなかった。


 筋肉とは、自身が想像していた以上に恐ろしいものなのかもしれない。

 それでも女性らしくあらんとして、薄くまとった脂肪でゴツゴツのブロックだけは隠しているけれど、所詮は虚しい抵抗だ。


 オーバースカートで覆っても、ムチムチ足化が止まらない。泣きそうだ。



「ところで、セイさん。どうやってここまで登ってきたんです?」

「キミが何者かと話す声が聞こえてな。よじ登るしか方法がなかったゆえ、少々時間がかかってしまった。待たせたな」



 いや、でも。うん。私の声が聞こえたから、心配ですぐに助けに来てくれた。

 それだけで少し、胸が熱くなる。嬉しい。頬が緩んじゃう。



「でも、壁面はつるつるだから、大変だったでしょう?」



 誠一郎が両手を広げて持ち上げ、十指の骨をゴキリと鳴らした。



「なぁ~に、おれの筋肉たちとってはそう難しいことじゃあないさ。深指屈筋や浅指屈筋を極限まで鍛えれば、自然と長母指屈筋で岩壁に文字を掘ることができるようになる」



 フィリアメイラは微笑みながらゆっくりと首を左右に振った。



「普通ならない」

「そうなってしまえば握力のみで壁面に取っかかりを自ら作り上げ、岩壁をよじ登ることなど造作も無きこと」



 わあ~、無理だわ~……。

 わたしの愛する人が、どんどんバケモノになっていくわ~……。



「いいことを教えてやろう。道とは、我ら筋肉が踏みしめた後にできた――」

「はいわかりました! よくわかりました!」

「まだ何も言っていないぞ、フゥーハハハハハ! やはりメイラは脳筋だなァ!」



 そんなことより。

 三体のオーガは目を丸くして、こちらを見ている。腰砕けのまま。一体にいたっては、未だにわたしの足の下で。

 オーク族ならば悦んでくれそうだけれど、足下のオーガは血走った目で歯がみしていた。



「あ、ご、ごめんなさい」

「……ッ」



 フィリアメイラがゆっくりとオーガから足を下ろした。

 オーガは油断なく立ち上がり、数歩後ずさる。



「あ、あの……さっきは……その……違うんです……」



 戦意はすでに挫けたらしい。

 鉄の棍棒こそこちらに向けないものの、彼らはいつでも逃走できる体勢のまま、二体のエルフに油断なく視線を向けていた。



「何者だ……? そっちの男は我らと同じ魔族か……?」

「人間だとは到底思えん……!」

「おい、見ろ! よく見ればあいつも耳長だぞ!」



 フ、と誠一郎が鼻で笑った。



「おれのことか? クク、ならば教えてやろう。その意外とつぶらで可愛らしい感じの目ん玉をかっぽじって、よぉ~く見るがいい」

「ふざけるな、目ん玉をかっぽじったら見えなくなる!」



 セイさんの世迷い言にもちゃんと返事をくれるなんて、やっぱりこの魔族は善人だわ……。



 しかし怪物エルフは反論など聞きはしない。

 カッと目を見開き、ニカっと白い歯を見せて。



「はぁぁぁぁ~~~…………――フンッ!!」



 右足を少し前に出し、両肘を曲げて腹部の前で拳を合わせる。全身の筋肉がモリモリっと膨れ上がった。




 ――モスト(最も)マスキュラー(力強き)・ポーズ。




 ぶわり、外壁上の気温が上昇する。熱く、熱く。

 オーガたちが気圧されたように、一歩後ずさった。


 誠一郎はそのポージングを保ったまま、雷轟のごとき大声で叫ぶ。



「――おれはッ、通りすがりの筋肉だァァァーーーーーーーッ!!」



 三体のオーガは、顔を見合わせて混乱している。

 フィリアメイラは必死な表情で首を左右に振りながら、我知らず叫んでいた。



「ハイエルフでしょうが~~~~~~~~~~~~~~っ!?」


で、出~w モスト・マスキュラー!


  / )))   _

`/ イ~   (((ヽ

(  ノ      ̄Y\

| (\ ∧_∧ | )

ヽ ヽ`(´^ω^)/ノ/

 \ | ⌒Y⌒ / /

  |ヽ  |  ノ/

  \トー仝ーイ

   | ミ土彡/

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