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第13話 壁ドン胸キュン

前回までのあら筋!



この作品のオーク族は、どこか可愛らしいのだ!

 国境都市ランデルト――。


 王都ストラシオンへと報せに走る伝令らが語ったように、今は都市へと続く門は固く閉ざされていた。

 外敵の侵入を防ぐと同時に、魔族の支配から逃れようとする人間を都市内に閉じ込めておくためだ。


 都市門の見える木陰に身を隠しながら、フィリアメイラがつぶやいた。


「どうします? 迂回しますか?」

「……いや。捨て置けん。“筋肉の頂を目指す者は、善きを助け、悪しきを挫き、己を律し、すべからく正しくあるべし”だ」


 言わずと知れた『筋肉経典』の第一章第三項だ。


「都市を魔族の手から開放する」

「二人で?」

「そうだ。おれたちの筋肉でだ」

「いや、いやいやいや。無理ですよ。地方とはいえ大都市を乗っ取った魔族の軍を相手に、たった二人ではないでしょう。せめてリガルティア様やルフィナ姐さん、フェンバートさんはほしいです。五人そろって、やっとってところじゃないですかぁ……」


 すでにその目算自体がおかしいということに、残念ながらフィリアメイラは気づかない。彼女の脳にもまた、徐々に侵攻しているのだ。筋肉は。


「……そうだな」


 誠一郎は両腕を組み、考えるように左手の人差し指でトントンと右腕の上腕筋をたたき続けている。

 言葉とは裏腹に、諦める様子はなさそうだ。

 フィリアメイラは人知れず、ため息をついた。


「あの、仮にやるとしても、どうやってランデルトに入るおつもりですか?」


 国境都市ランデルトには、切り取った巨大な岩石を積んで造られた高い外壁がある。魔族領域との境界線に建造された、ある意味要塞都市でもあるからだ。


 実際、都市北方に位置するレシアス砦が完成するまでに、ランデルトは何度か魔族の大軍に攻め込まれている。


 だが、一度として抜かれたことがない程度には、その外壁は高く堅固だった。

 とはいえ、一度抜かれてしまえば、その堅固さが徒となるのだけれど。まさに、今。


「さすがにセイさんでも外壁を跳び越えるのは無理ですよね?」

「ああ。高すぎるな。届いて半分といったところか」

「となると、大鉄扉を破るんですか?」


 まともに考えれば破城槌もなしに大鉄扉を破るなど不可能だ。百人の騎士が体当たりをしたところで、びくともしないだろう。

 さすがの誠一郎といえども、そこは例外ではない。


 でもこの人の筋肉、もう常識の範囲外だからなぁ~……。


「それも悪くはない案だが、都市門には当然ながら守衛が詰めている。金属の扉をぶん殴ると、どうしても音が響きすぎてしまうな」


 破れる気でいるのがすごいわ。


「そうですね。今回は一旦あきらめて、機会を改めてから――」

「やはり外壁か」

「や、だから、登れませんってば。磨かれていて取っかかりがない上に、五大樹ほどじゃないですけど、そこそこ高いですよ?」

「うむ」


 たぶん、セイさんよりわたしの方が高く跳べる。

 それでもあれには届きそうにない。


「確かに不可能だ」

「あたりまえです」

「だが、二人の力を合わせれば簡単ではないか」

「……は?」




     ※




 夕日が沈み、夜の帳が降りる頃――。

 フィリアメイラはなぜか腰に何重にも縄を巻き付けられ、誠一郎の肩に担がれたまま、ランデルトの高い外壁を見上げていた。


「え? え?」

「メイラ、おれの右の掌の上に立つのだ。まず肩に左足を置いてから、右足を掌に……そう、そのように……」


 フィリアメイラはわけもわからないまま、誠一郎が自らの肩の上で広げた右の掌に、右足をかけていた。


 いや、わかる。というかこの体勢からでは、それ以外の可能性などない。

 やばい、この人の頭。完全に脳みそが筋肉化している。


「あの……」

「なんだ?」

「ぶん投げるおつもりですよね、わたしを?」

「そうだが? ナイッスゥ~なアイディアだろう?」

「……そうですね。狂気の沙汰です……」

「ハハハ、良い冗談だ!」


 冗談じゃない。


 すごくいい笑顔で上を向いた誠一郎が、左手の親指をビッと立ててから慌てて視線をそらせた。


「おっと、すまない。筋肉紳士にあるまじきことだが、今キミのおパンティを覗いてしまった。だが決してわざとではないとだけわかってくれ」


 それどころじゃない気分で、フィリアメイラはつぶやく。


「……すみません、もう心底どうでもいいです。お好きなだけどうぞ。そんなことよりっ、もし届かなかったら落ちてくるんで、ちゃんと受け止めてくださいねっ!?」

「フ、届くさ。おれの上腕三兄妹とキミの大腿五兄妹が合わされば、高く、高く、さらに高く! 空も飛べるはずだっ」


 この無駄ポジティブッ!!

 高ければ高いほど、落っこちて死ぬ確率も上がるんですけど!?


「いいか、メイラ? 構えから発射する瞬間まで、絶対に体幹を崩すんじゃあないぞ。掌をうまく蹴れねば失速し、壁ドン胸キュンだ」


 そんな壁ドンは嫌だ。


「……壁のシミにはなりたくないです……」

「心配するな、大丈夫だ。鍛え上げてきた己の筋肉と、そして、おれのことは信じなくていい。だが、おれの筋肉は信じろ」


 ああん、もう何が何だか……。


 心の整理がつかぬ中、誠一郎が自信満々の表情で大きくうなずく。


「では、いくぞ」

「あ、はい」


 モリモリっと誠一郎の右上腕筋が血管を浮かべながら膨れ上がる。フィリアメイラを掌にのせたまま、ゆっくりと背後に、地面近くにまで引かれて。

 同時にフィリアメイラの右脚、大腿筋と下腿筋がボコリと膨れ上がった。


 誠一郎が気合いの声とともに、弓なりに曲げた右の豪腕を振り上げる。


「ぬぅぅぅおッッッりゃあああああぁぁぁぁぁっ!!」


 ぐん、と頭頂部からつま先にまで圧力がかかった。

 フィリアメイラが力を溜めるために曲げていた右脚で、誠一郎の掌を蹴った。


「ぅやああああぁぁぁぁぁ――っ!!」


 直後、すさまじい勢いで肉体が弾かれた。

 景色が溶けるほどの速度での上昇中、フィリアメイラは急な坂道を駆け上がるように足を動かし、限界まで身を反らせて――夜空の中にあった。


「――ああぁぁぁぁ~~~~~~っ!!」


 上昇を終えて下降が始まる瞬間には、もうランデルト外壁最上部に右足がかけられていて。


 とん……。


 ほとんど音もなく静かに着地する。

 びゅうと、風が吹いていた。

 ごくり、喉が鳴る。


 し、信じられない。成功しちゃった。


 成功してから心臓が今さらのようにバクンバクンと跳ね出す。どばっ、と毛穴という毛穴から汗が噴出した。


 もはや認めざるを得ない。おそらく如何なる魔法使いであろうとも、物音一つ立てることなくこの外壁を破ることなどできはしないだろう。

 ところがどうだ、筋肉の生み出す奇跡とは。


 ゾクリ……。


 これでまだ、己も誠一郎も発展途上筋だというのだから驚く他ない。


 極めたらどうなるの? 筋肉の深淵はどこにあるの?


 地面に視線をやると、誠一郎が両腕を動かして縄を垂らせとジェスチャーをしていた。


「あ、そ、そっか。急がなきゃ」


 フィリアメイラは腰に巻いた縄を解き、その端を外壁の縁へと結びつけ、残りを外壁の外へと垂らしていく。


 伸ばして、伸ばして、手が止まった。


 縄の端は、外壁のおよそ三分の二の高さで終わっている。つまり全然足りてない。半分以下だ。


「うそぉ~……」


 というかこれ、サイクロプスが人間を縛るのに使ってた縄だ。結び目が固かったからセイさんが力任せに引きちぎってたけど。

 どう考えてもそれが原因だ。


「あンの脳筋……!」


 頭を抱え込む。


 フィリアメイラが再び下を覗き、首を左右に振りながら両腕で×を作る。だが伝わらない。ポジティブ思考オンリーの、超脳筋には。

 かといって、今さら飛び降りるにはかなり危険な高さだ。正直、下を見るだけで足がすくみそうになる。


「あーもう、なんでいい顔で親指立ててんですか……」


 そのときだ。


「貴様、何者だッ!? そこで何をしているッ!!」

「~~っ!?」


 鋭い声に息を呑み、瞬間的に距離を取りながら振り返る。


「く……っ」


 そこには軽装鎧と鉄の棍棒で武装した魔族がいた。

 数は三体、見張りか。外壁に造られた階段から上がってきたらしい。


「何者かの声が聞こえたゆえ、様子を見に来てみたら」

「ハッ、まさかのハイエルフだとはな。まだ生き残りがいたらしい」

「おい、エルフ。貴様はなぜこのようなところにいる?」


 見た目こそ人間に近いが、すべての個体に膨れ上がった筋肉があり、全体的に身長も高い。それに、エルフが長い耳を持つように、二本の角が生えている。


 ――オーガ族だ。


 じわり、汗が滲んだ。


よい子のみんな、大腿五頭筋とは近年発見された新たなる筋肉だぞ!

私には七頭筋まであるがな!


(´^ω^`) n

⌒`γ´⌒`ヽ( E)

( .人 .人 γ /

=(こ/こ/ `^´  

)に/こ(

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