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真実ノ英雄譚  作者: Black
第壱章 日常ガ知ラナイ日常
9/12

第八話 『傷ついた笑顔』

 今日は随分熟睡した。誠にしては珍しく気持ち良く起床出来たと思う。

 何日か前に理不尽な暴力をしてしまった目覚まし時計に視線を送る。

 寝ぼけ眼特有の軽度のモザイクが徐々に消えてゆく。時刻は午前七時。昨日と全く同じ時間に目を覚ます。


 とりあえず最低限動けるような脳内と手足のは働きを取り戻すと学生服へと着替えた。もちろんだが、ペンダントも忘れてはいない。トコトコと階段を降りてゆく。

 そのまま洗面所へ向かい、冷水で体の内側にある眠気を完全に飛ばす。


 やっと覚ました脳みそで昨日の出来事について考えていた。

 殺人鬼が香織を襲ったり、黒スーツの男が来たりなど大変なこと、恐ろしい体験もした。

 だが、またこうして何気ない日々を送れている。それを思うと何故か自然と笑みが出来上がっていた。鏡に映った自分の顔がとても恥ずかしくなってすぐに終わりにしたが。


 そして、リビングへと顔を出す。


「おはよ」

「あら誠、おはよう。そっちに食器あるから持ってきてくれない?」

「分かったよ〜」


 父さんと母さんの声が聴こえる。聞ける。

 何故だろう、こんなにも心が温かい。それもまた幸せの一つなんだと噛み締める。


「父さん今日はゴミ出しは無いから料理の手伝いでもしようかな!」

「修一さん大丈夫ですよ。仕事で疲れているでしょう?こんな時くらい休んでください」

「それは母さんにも同じことが言えるぞ?こんな時だからこそ一緒に作りたいな」

「そっ、そこまで言うなら…」


 一方、和泉は照れと羞恥を混同させた声音で呟いた。修一は笑顔で返す。それを「朝からイチャイチャしやがって…」という幸せから打って変わり、妬み半分呆れ半分といった表情で睨んでいた。


 しかし、この光景に一つ違和感を覚える。その正体は香織が一言も発言していない所にあった。

 いつもなら「連続でこんな早く起きるのはおかしい!」だの、「本当にバカニキなの?」やら妙に心に刺さるような(とげ)を投げつけてくるはず。

 なのに、何も無い。それだけなら分かるのだが、ほかの言葉も一切話さない。


 朝不機嫌になるようなことでもあったのだろうか、それとも昨日の件でまだ怒っているのか。理由は定かではないが香織の周りには空気が存在しないが如く沈黙を決めているのだ。

 無視出来ないお人好しは声をかけた。


「おい香織…なにかあっ」


 そこで妹の言葉に遮られた。


「…昨日、夜ご飯なにも食べないで寝たでしょ」

「え、あぁ…まぁ」

「……ご飯多めによそっておいたから…ここ置いとくね」


 ここで誠は香織が怒っていないことだけ感じ取れた。では、何故香織はこのような態度をとっているのだろう…?

 多分昨日の件が原因なのは理解出来る。でも、その原因という像がまるで見えない。モヤがかかっているというよりかは、誠が思考する位置からはるか遠方に存在するため目視できない状態である。


(うーん、えぇぇ…??)


 次第にその正体に至れない事にじわじわと不満とむず痒さが胸の周囲によじ登ってきた。今度は誠が香織とは逆に難しい表情になってしまう。

 二人の険しいそれを見つめている早瀬家の両親は、


「母さん…二人共何があったんだ…?」

「思春期ですからねぇ。年頃の子って何考えてるか分かりませんよねぇ…」





 的は得ているが、全く見当違いなコメントを二人は残していた。



















 結局そのまま登校する羽目になった。気になった誠は香織を怒らせないよう聞いてみたのだが、


「べ、別にぃ!?なんでもないですぅ!!」


 とその時だけいつもの調子を取り戻していたのだ。

 これは俺の考えすぎなのか…?昨日の件は本当に関係あるのか…?と学校に向かいながら、軽い疑心暗鬼に苛まれている真っ只中である。



 真剣に悩みながら首を横に曲げ、コンクリートの道を歩く。


 十五分くらいだろうか。少し歩くとある空間に出た。


(ここは…)


 ここは何度も通った場所。昨日もここで命懸けの戦闘が行われた場所。


 誠は歩みを止めた。ちょうど海人に突進で体を放り投げたのがここらだった。

 右ポケットにあるペンダントを取り出す。ジャラジャラと鎖がだらしなく垂れ下がりながら、真のある綺麗な青の宝石が顔を出した。


「本当に…守れたんだな…」


 それを胸に当てる。ペンダントから心音が手に伝わってくる。まるで宝石が自分の心臓になり、体の全ての機能を補っているような。


 再び目的地へ向かうため動き始めようと足を前へ出す。その時、



「まーこーとぉおおおお!!!!!」



「うおっ!!!?びび、びっくりしたなぁ!!!」


 気配もなく後ろから肩を鷲掴みにされ、本当に体が跳ねる。寿命が縮むという言葉が身に降りかかってきた。

 このようなことを誠にするのはただ一人。


「おはよ!」

「お、おはよ。なんだ鈴か…、急すぎて朝から心臓に悪いぞ…」

「へっへーん!そのために足音たてなかったんだからなー!」

「そんなこと自慢されてもなぁ…」


 変なところに力入れるよなぁ…と思いつつ、ため息をつく。

 すると、横から柔らかい髪を揺らし覗き込んでから、眉間にしわを寄せた。


「うん…?むむむむ…???」

「な、なにどうした…って近い近い!!」

「あぁ、ごめんごめん!」


 鈴華は誠から素早く身を離し、少し顔を赤く染める。

 それから彼女は笑った。昔のような、無邪気に二人で遊んでいたあの頃のように。


「勘違いかもしれないけどさ…なんか誠、」


 前かがみになりながら後ろに手を組み、心底嬉しそうに。







「いつもよりずっと生き生きしてるな、って思ってさ!」







 鈴はよく見ていると思う。髪を切った時はもちろん、落ち込んだ時、特別気分が良い時も反応をくれる。

 付き合いが長いから、というのもあるのかもしれない。しかし、それだけでは語れないのだ。

 多分、彼女の在り方も一種の強さだ。

 だから、鈴のそういう所に励まされたし、また救われもした。でも心のどこかで憧れという尊敬の念が生まれ出ていたのかもしれない。


 これらに非常に似た物を幼かった頃の俺は貰った。このおかげであの険しく辛い道を踏みしめようと決意出来たのだから。体の内側から己を優しく包んでくれる正体をよく知っている。

 これを俺が欲している訳では無い。これが世界に満ち溢れていたらどれだけの人間が幸福の中で過ごせるのだろう。




 それは純粋すぎて透き通り、弾むほど澄んでいる笑顔が誠の視界を奪う。




 誠は圧倒された。しかし、自分の見ている世界を釘付けにされたのならば、それに応えようと顔全体に喜色を浮かべる。



「ありがとう。早く行こうぜ、遅れちまう」



 彼女は快く頷いた。



 そして、何年ぶりかも忘れてしまった二人だけのハイタッチを交わした。
















「じゃあね!私こっちだから」

「おうよ、また昼にな!」


 それから学校に着いた二人は別れを告げ、いつも通り自分の教室に入っていく。

 ガラガラガラとあまり心地よくないが、聞き慣れた音が学び舎に来たのだと必要以上に自覚させられる。


(今日も授業か…えーっと、一時限目は…)





 ………。




 …おかしい。教室の雰囲気が明らかに勉強を頑張ろうと意気込むそれではない。

 むしろ、…逆?


 少し辺りを見渡してみると、各グループがヒソヒソと耳打ちをしている。

 そのグループの中に三馬鹿を発見した。

 訳が分からない渦に呑み込まれまいと、誠は声をかけた。


「おはよ、本田、河本、飯田」

『おはよーっす』

「ハモって帰ってきやがった…」


 流石の仲良し具合だな…と関心したが、すぐにこの状態について問いただす。


「そういえばこの雰囲気はなんだ?絶妙に嫌なんだが…」

「あれ、早瀬は聞いてないのか」

「な、何をだ…?」

「いやな、どこが情報源なのかは知らないけど今日休校になるかもって話なんだ」

「それがデマな可能性とかは?」

「悪いがそれに関しては、確定はしてないが確証はあるんだ。確かに河本だけの発言ならその一言で流せたんだけどな」

「おい、裕太!!?!てめぇ俺の事なんだと思ってんだ!?失礼って言葉ご存知ですかぁ!!!?!!」

「お前とは心の友だからこそ、こういうノリをするんだぞ!失礼じゃなくこれは愛情表現だ!!」

「お、おう…そうか?なら、いいんだ」


 猛烈にツッコみたくて仕方ない気持ちを必死にこらえる誠。それを見たのか、飯田はにっこりしながら肩に手をポンッと置いてきた。(なんの気遣いなのかは全く察することは出来ないが。)


 すると飯田は話の続き、というよりも補足をしようとした。


「実はな、例の事件が関係し」




「はい皆ー!!!席に着いてー!!!」




 小さなたくさんの言葉が混同した(よど)みを担任の秦本(はたもと)が払う。

 しかし、飯田の言葉が遮られてしまった。飯田は「途中だけど、まぁ座ろうぜ」と小さく放った。


 ガラガラと荒々しく椅子を引きずる音が響き渡る。その騒々しさとは裏腹に生徒達は静かに動く。静と動が同時に御する気持ち悪さが肌にまとわりついた。

 全員の着席が終わると秦本は不要な二酸化炭素を静かに吐き、その場の空気を受け止めるように充満している酸素を吸い込んだ。


「皆さん、おはようございます」

『おはようございます』

「では、これから授業…と行きたい所なのですが、早朝会議にて一週間休校になるとの結論が出ました」


 それと同時に教室内がざわつく。それを「はい、静かに!!」と再び話す形を整える担任。


「皆さん原因はなんとなく理解してるとは思いますが、昨日の『中学生二人が連続殺人犯に襲われる』という事件が発生したためです」


(…!!!?昨日って、香織と千秋ちゃんの件か…!やっぱ(おおやけ)になってたのか…)


「連続殺人が行われた当初も休校にしようかとひそかに会議を行っていました。しかし、優柔不断な結果このような事態を招いてしまったこと。今回襲われたのは皆さんではありませんが、これが本校の生徒でも十分に有り得た話です。それも含め、校長先生に代わり私がここで謝罪させて頂きます」






 そう述べてから秦本は深々と頭を下げた。ゆっくりと。


 この瞬間だけ教室内は無音になる。机が動く音、そして誰かの呼吸音までもがここでは慎みを強制される。


 酷く異色な空白はしばらく続いた。少ししてから秦本は何故か辛そうに上半身を起こす。













 それからというもの、秦本は必要最低限伝える事を伝えると素早く帰宅するようにと指示した。


 …今でも深々と頭を下げたあの姿は目の奥に焼き付いている。


 帰宅準備をしているクラスメイトは、だるそうにしているか、または喜びながら、または恐怖で顔の形を崩しているか、様々だった。









 と思い出しながら誠は今、家路を辿っている。

 あの後、一週間会えないとの事で三馬鹿は勿論、秋山さん、伊藤さん、柴田さんの連絡先を交換した。(椎名さんは交換しない気でいたらしいが、柴田さんの強引が炸裂し結局交換した。)

 これで家族と鈴華しかいなかった連絡先が増えた。あれほど殺風景で見るに耐えない悲しいページが七人も追加され、今では細部にまで手を施された美しい花畑のようだ。


 など思いながらスマホを見てニヤニヤしている男こと早瀬誠。第三者目線から語らせるならば『不審者』の一言だろう。

 それを肩からジト目で覗き、のそっと顔を出す女の子が一人。


「何見てそんなニヤニヤしてんの気持ち悪い」

「し、失礼な!素直に喜んでるのに気持ち悪いってのはないだろ!」

「動画見てるとかなら分かるよ?でも、連絡先見ながら笑ってるのは…ただのハイレベルな変態以外なんて呼べばいいと…?」

「ねぇ待って、引きつった笑顔になりながら距離をとらないで!?!」


「自覚出来てないのか…可哀想な子…」というのが視線だけで嫌という程鈴華から送られてくる。

 頭をペコペコ下げると弄れて楽しいのか、鈴華はちょっとニヤけながら帰ってきた。


「とりあえずあの奇行については触れないでおきましょうか!」

「なんかもう…はいはい、ありがとうございますぅー」


 ため息と諦めが誠の口から抜けていく。なんでこいつはこうも弄りたがるんだろうといつも引っかかる誠である。




 そんな他愛ないごくごく当たり前の話を膨らませながら、家に向かう。

 ここで誠は少し周囲を見回した。これは何回目になるのだろう。

 そして、住宅街に入った頃からずっと考えていたことを口にした。


「…そういえば、やけに人通りが少ないような」

「日中ってのもあるんじゃない?でもやっぱり…」



 それもこれも全て、『連続殺人事件』。たったこの文字列だけであらゆる自由は拘束される。

 昨日感じたあの静けさ。それは夜という特別な空間にいるからではなく、事件が解決されず精神面で怯えているためだったのかと改めて思い返していた。

 すると、鈴華はぼそっと呟いた。


「昨日の中学生って…誰だろうね。凄い可哀想な思いをしたに違いないよ」

「少し言いづらいんだが、その襲われた人って…香織とその親友なんだ」

「え………………?ええええええええええええええええええええええええええ!!!!!????大丈夫だったの!?怪我は?!トラウマとか刻まれてない!!?」

「まぁ驚くのも無理ないよな…でも、なんやかんや無事だから安心して」

「そ、そうだよね…でも香織ちゃん生きててほんとによかったよ……」


 胸周辺の衣服を力一杯握り締め、心の底から溢れているからこそ「よかった…よかった…」と零しているのを誠は聞いた。





 そうだ。昨日、誠は海人というこの事件を起こした元凶と対峙した。話し合いがまるで成立せず、『殺戮』という言葉を体現しているような人物だった。

 無駄な殺生、ましてや人間にそれを行い命を消しているのにも関わらず、生きがいだと言わんばかりの顔の歪み、その時に畳み掛けてきた理不尽と暴力と憎しみが脳裏によぎる。


 そして打ち倒した。本来ならばめでたしで終わったのだろう。しかし、己の勝利とこの街を脅かしている種をまとめて黒いスーツの男に連れて行かれてしまった。



 後悔という歯噛みを隠しきれず、自然と拳に力が入った。




 もっと、強くなりたい。




「誠…」

「いや、大丈夫だよ。なんかごめんな気を使わせちゃって」

「そりゃ心配するよ!仲良い親友の妹さんなら尚更!うんうん!!」

「今俺の事気にしてくれたんじゃなかったの…?」

「ふふっ」


 目を点にしながら自分を指さし、「俺じゃないの?違うの?」と言いたいのをあえて態度で表す誠。

 そんなオーラを胸にしまうと釣られて微笑んだ。やはり鈴華には笑顔を分け与えるような温かさがある。

 だから、一緒にいてとても『笑う』という行為がこんなに幸せなのだと実感をさせられる。





 すると唐突に鈴華は指を差し、言った。


「あれ、あの学生服…うちの学校の生徒かな?」


 確かに目の前の曲がり角から四人くらいうちと同じ高校と思われる生徒がとぼとぼ歩いて来るのが目に映った。


「どうした?指差していうほどの事じゃないだろ」

「いや、なんかあの人達さ…」



「嫌な雰囲気してるな、って」



「お前、それは失礼だ…ろ……?」


 鈴華の発言に対し、一発叱ってやろうと声を出す。しかし、本当の意味を反射神経が一番先に理解した。


 これは形容出来ない。もし例えるのならば、生暖かい風が全身を気持ち悪く舐めながら吹き抜けるような。

 この場には居たくない、と自身を防衛すべく急遽命令を下す。命が欲しいという、動物的生存本能。






 これは、昨日味わった。






「鈴!!俺の後ろにいろ!!!!!!!!!」

「え、な、なんで…?」

「いいから!!!」


 気付いたら庇う形で前に出た。体が先に動き、遅れて叫ぶ誠。


 その集団は誠達を捉えると、真顔から口が裂けるほど顔を崩し一直線に向かって来た。

 対して誠はポケットからペンダントを取り出す。あの力を引きずり出すために。


 それを握る右手に力を込める。そして蒼い光が、




 出ることは無かった。




「な、なんでっ…!!?」


 何故?????どうして?????????????出ない???????????????混乱が誠を汚染する。

 光が現れない。焦燥が判断力を欠如させる。

 そうしている間にも相手は距離を縮めてくる。


「くそっ…!!」


 仕方ないと割り切る頃にはあまりにも遅すぎた。

 二人の潰さんと言わんばかりに鋭い拳が誠の眼前にあった。


「…っ!!!!」


 なんとか回避は出来たものの、頬に刃物のような切り傷が浮かび上がる。更に二人の奥に潜んでいた一人が息つく余裕も与えず、正面から奥へと押し込むような蹴りを繰り出す。それを横へ転がる事で逃げた。



 あれはおそらく昨日の海人と同じ『なんらかの能力』がある。明らかに体型とは似合わない威力を有した攻撃だった。現に、(かす)っただけでこの有り様。


 つまり、直撃はそのまま致命傷に直結する。


 それだけはなんとしても避けなければならない。

 思考の回転と比例し、溝を形作った傷から血という水が溜まり、流れていく。


(一旦距離を取って、体勢を立て直す。それから鈴を連れて逃げるか…?まともに戦っても相打ち出来たら御の字くらいの相手だ、昨日の光があればまた話は違ってくるが…)


 さまざまな道を探るが、現実的な話はどちらも不可能に近いだろう。なぜなら、もし誠の仮定が合っているのだとしたらまず今のままでは傷一つ負わせることすら叶わない。ましてや逃げるなんてのは傷をつけることより難易度が数段跳ね上がる。

 海人の時とは違う。あの時は不意を狙えたからこそ初めて条件を満たせた。しかし、この状況はそもそも根本からして違う。


(どうすれば…、どれが最適解だ……?)


 脳内の回路を全てを生かし、高速で現状の整理を行う。

 しかし、相手の動きにも警戒することを忘れない。しっかりと攻撃された三人を見つめている。





 待て…、三人…???





「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」



 意識と視線が全てが声の方向へ引っ張られる。

 散々掻き集めたものが一瞬にして弾け飛ぶ。

 真っ白になった頭で見た光景、それは。


 視界に収めきれていなかったもう一人が鈴華の手首を乱暴に掴みあげている所だった。


「鈴!!!!!!!!!!!!!」

「痛っ…は、離して!!!」

「おい、テメェ…!!!!!!!!!!!」


 鈴華を守るため、一目散に飛び出す。だが、誠は違和感を感じ取る。


 進まないのだ。いくら前へ踏み出そうとも距離の変化がまるで見られない。

 時間差で背後から一人の男に脇下から手を入れられ、行動と両手が捕らえられている事に気付いた。


「ぐっ…!く、くそォォォォオ!!!!」


 これから逃れようと必死に抗った。しかし、ビクともしない。むしろ相手の腕の力は徐々に増していき、音を立てながら誠の胸にめり込んでゆく。


 これだけなら身動きが取れない、だけで済んだかもしれない。

 鈴華を離さなかった瞳は、突如二人の影によって妨害された。そして、


 貫通するのではと思わんばかりの二つの矢が、なんの能力もない生身の誠の腹を深く刺した。


「がっ……!ご、ばぁぁ!!!!!?!!!」


 痛覚よりも早く、体内から胃液と鉄臭さがよじ登って来て、思い切り辺りに撒き散らす。



 遅れて、臓器の悲鳴が一帯に響き渡った。



「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

「誠おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 痛いイタイいたい居たい遺体痛イ異体いたいたいたいたいたいたいたいたいイタイタイタイタイタイタイタイタイたいたいたいたいたイタイタイタイタイいたいたいたいたイイタイイイイタイタタタタいたいたイイタイタイタイイイイタ。

 今すぐ腹を割いて傷ついた臓器だけ投げ捨ててしまいたい。言葉にならない叫びと共に酸が赤色を帯び、だらしなく垂れる。

 だが今のこの男には、のたうち回る権利すらない。





 動きを封じていた男が誠から手を離す。それを手で支えようとするが、身体が命令に従わない。そして、顔面から勢いよく倒れ込んだ。


 焼けるような腹部の痛みでまともな思考などもう失われていた。

 ただ理解出来たのは、頭がこのどうしようもない激痛から目を背けようとし、意識が朦朧(もうろう)としているということだけ。

 それは人間の本能。受け止め切れない衝撃が目まぐるしく体内で暴れ回っているのだ。一刻も早くこの痛みから逃れようと意識を断とうとする。しかし、自我の切断を信念のみで乱暴に押し殺す。


(す、ずの……サけび、ご、えがきこえる…)


 地へ這いつくばりながら見えるのはもう三人が鈴の所へと向かう後ろ姿のみ。

 焦点が合わず戦う相手はおろか、守るべき対象ですら認識するのは叶わない。


 庇おうと前へ出て救うと誓った。けれども今はみっともなく地を舐め、守れない結果を悔やみながら歯噛みするだけ。





 これが、早瀬誠が行える唯一の行為。

 昔と何が違う…?





 何も成長していない。全ては自惚(うぬぼ)れと慢心が招いた惨事。この景色は誠本人が一番嫌悪していたものでは無いのか?

 救うなどと昨日は大層なことを並べておきながら、結局はペンダントの光頼みで何と非力なことか。


 掲げた思想は、高らかに突き上げた拳は、虚影か?

 あの誓いは思うだけか?それなら誰にでも可能だ。己が抱きしめた願いですら、自分で偽るのか?指をくわえながら眺めるだけの境遇を心の底から呪ったあの頃を思い出せ。

 所詮は子供の遊びか?『ごっこ』で終わりにしていいのか?



 否。そんな訳はない。惨めな諦めなど存在していいはずがない。

 灯火はここで孤立していながらも確かにそこにある。その火はどこまでも猛々しく、荒々しく燃え盛るものであれ。

 勇敢(つよ)さならある。俺は武力(よわさ)を求めてしまっていた。そう、選び引き抜くのは志だけで充分。他は全て荷物になり、枷になる。


 誠が誓った事、それは、








 万人を救う英雄になりたい。








 刹那、雫が滴る心地良い音と同時に優しく(たぎ)る温かさが右手に宿る。

 静かに、しかしとても力強くそれは芽吹(めぶ)く。

 身体にもう痛みは残存しない。そこで勝ち誇るのは絶対的な意志。

 痛みなどという不利益なモノは全てかなぐり捨て、己が信念に準じ、抗わず、暴走させろ。


 成し得たい救済を、咆哮(ほうこう)せよ。





 もう誠はここにいない。代わりに蒼い稲妻がその場で走っていた。

 たった一人を守る為に。






「鈴に触るな」






 鈴華に向かって振り下ろされるそれを左手で軽々掴み、そのまま後ろへ引く。

 圧倒的な膂力(りょりょく)で投げ出された男は空気を切り、他の三人を巻き込みながら吹き飛んで行く。


 鈴華は完全に把握能力が固まり、口を半開きにしながら唖然としていた。


「え……、ま……こ、と?」


 光が揺らめく。風が髪を撫でる。

 そんな男は不安が(うかが)える彼女に向けて今日二度目の顔を贈る。



 そこには傷だらけの英雄が優しさで身を覆い、ひたすらに輝いていた。







「ごめん鈴、怖がらせたよな…。でも、もう大丈夫だよ。」













「お前は俺が守る」

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