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真実ノ英雄譚  作者: Black
第壱章 日常ガ知ラナイ日常
6/12

第五話 『』を埋めるモノ

 とある少年がいた。

 その少年の歳はまだ数える程しかなく、『夢』と『将来』を同一視し、浪漫に胸をときめかせていた。


 少年には何も無かった。


 この頃の子供は『何も無い』というよりかは『何を持つべきか定まらない』と言った方が正しい。

 少年にのみ該当する事ではない。大抵の人はこの道途を歩み進んで来たはずだ。

 そんな少年の『夢』、それは


 「大きくなったら、困ってる人を絶対に助けるヒーローになるんだ!」


 男の子ならば皆口を揃えてこう言うだろう。空っぽな子もその一人だった。


 だがそこから少し経つと、大半の人はその夢は叶わないモノだと知る。アニメの主人公の様な力と勇敢さなど無い。手から光線を出せたりする訳でもない。自身の命と相手の命、自然的にどちらを優先するかなぞ考えるまでもない。それに『勇敢』と言う概念は存在しない。

 その思想に『英雄』なんて者は生まれない。


 また、戦争が減少していく傾向にある近時代。これにより『平和』という言葉はより完成が確かなものになるだろう。




 しかし、それと反比例して『英雄』は死ぬ。




 もちろんの事だが、平和になれば悲劇なんてモノはこの世から消えて無くなる。その悲劇を喜劇に変える英雄もいらなくなる。なにせ、造り物の『喜劇(へいわ)』が充満するのだから。


 世界が英雄を殺している。



 これが現実であり、真実である。



 だが、少年はこれほどまでに過酷なことを知る由もない。

 この少年も周りの人間のように『夢』を諦め、『真実』に囚われ、造り物(へいわ)を謳歌する、


 はずだった。







 いつの話だろうか。

 ある日ただ生きている少年は両親に『優しさ』を貰った。

 『空白』しかなかった少年にとって、この温もりはあまりにも眩しすぎた。

 『優しさ』を少年は首にかけてもらう。


 「おぉ、似合ってるぞ!!」

 「あぁぁぁ…可愛い…!えぇ、そうですね修一さん!」

 「ラピスラズリのペンダントって思いのほか高かったな…!オーダーメイドだからか?!」

 「高価なものほど似合うんですよ!買ってよかったですね!!」




 この二人の笑顔と貰った時の喜びがずっと忘れられなかった。こんなに幸せでいいのか、とすら思うほどに。




 二人は苦労していたと言うのに幸せそうだ。

 だが、何よりも感涙したのは少年本人だった。


 『空虚』だった心が、『優しさ』という恩愛が満たす。どれだけ心が弾んだのか、今でも鮮明に覚えている。

 両親の表情も、自分の感情も、その時の家の内装も、全て。






 だが、これがいけなかった。






 してはいけなかったのだ。

 少年の空白の玉座に『優しさ』が蹂躙してしまった。

 二人とも故意ではない。他意はない。善意のみの善行。




 しかし、その優しさは玉座と共に少年から『英雄(ヒーロー)になるという志を諦める選択肢』を略奪してしまった。




 本来ならば『叶わない』と自然に思い浮かぶモノを再び深くへと沈ませ、『真実』に束縛されるはずがその鎖を自ら解き放った。


 だが、その鎖は幾ら剥がしても自分の体を捕まえんと少年の手足に絡みつく。それを全力で壊す。これが少年の中で永遠と繰り返された。


 いつしか少年は鎖を壊すという行為をやめた。キリがなかった。

 その鎖の一つ一つは脆いが無限にある。一対無限などそんなの勝負するまでもなく結果は明らかだった。

 それは海面に顔を出そうとした瞬間、足を深く深くへと引き摺り込む悪魔に等しい。


 仕方なくその『真実』を受け入れた。その瞬間、鎖は手足だけではなく胴体や頭部、即ち全身を厚く覆った。


 その両手は鎖と一緒に錆びてゆき、その両足は痛みを恐れ歩行という動物的本能すら失わせる。皆そんな気持ちの悪い感覚を味わいながら生きているのだと思うと、喉元を通して大事な何かを嘔吐(えず)きそうだった。


 少年は少年という歳を過ぎた頃には、心身共にこの不快な場所に慣れてしまった。

 最早汚染されたという自覚すらないだろう。




 あまりにも非力だからと諦観し、ただ眺めることしか出来なかった子供の自分。




 






 けど、今は違う。

 少年は青年へ。蒼い灯火が錆びて腐敗しかけた蝋燭(こころ)へ火をつける。

 それは本来の形を取り戻す。



 演じるのは疲れたろう。『優しさ』を強さと呼べない世界は狭かろう。







 時は来た。







 さぁ愚者よ、進め。夢を叶えるため。




















 蒼炎の如く天を刺す威は邪を払う。

 夜と思えないほど蒼く輝き放つ光源はペンダント。


 それを誓いと共に握りしめる男とそれ本来の色ではない赤黒さの鉄パイプを所持する男がその場にいる。


 少しの静寂。

 そして、困惑を隠せない男が口を開いた。


 「その光…お前何を使った??」

 「…俺にも分からないよ」


 「ただ、」


 そう言うと、一言付け足した。




 「目の前の野郎をぶん殴ることは出来る」




 正直本人でさえ、分からない事だらけだ。

 だけどこれだけは断言出来る、と。

 言葉にしながらも相手を確実に見据えていた。


 それを聞いた男は、訳が分からず一瞬腑抜けた顔になったが、次は大声を出してゲラゲラと笑い始めた。


 「ははははははははははははははは!!!!!んだよそれ!おめぇにも分からねぇのかよ!なんだ?新手のギャグか!??」


 これ以上ないと思わせるほど開口を見せ、盛大に笑いをかましていた。

 しかし、それが唐突に笑いが収まる。

 先程まで楽しそうな表情から感情が死んだ人間のようにガラリと顔色を変化させる。



 「つまんねぇしお前の言動イラつくからさ、とりあえず死ねよ」



 そう言い放った直後、黒を纏う者は跳躍した。決して上にでは無い。真横に。

 それなりに遠くはなかった。しかし、近いとも言えない距離だ。

 それをものの数秒で詰めてしまう。

 ある一歩を誠の前で力強く踏みしめると、凶器を夜の空へと掲げる。あの速さで接近してきたにも関わらず、男は呼吸ひとつ乱していない。

 やはり顔は冷たいままだが、男はボソッと呟いた。



 「じゃあな(しね)



 今まで殺人を行う際、散々手助けをしてきた鉄パイプが最大速度で落ちてくる。



 そして、ドゴッ!という打撃音が、






 響き渡らなかった。






 代わりにパシッと緊張が巡り渡っている場には似合わない何かを掴む音が小さく鳴った。


 誠が鉄パイプを左手で受け止めたのだ。


 「な……!?お前っっ………!!?」


 避けるならまだしも、握られるとは思っていなかったのだ。男はほんの僅かな時間動きが止まった。


 その隙を誠は見逃さなかった。

 誠は掴むモノを細い鉄から男の腕へと変える。


 男が反応した頃にはもう遅かった。

 しっかりと、逃がさぬようにと、手首を握り潰す勢いの掌が接触していた。


 「痛っ…!!」


 それを握る強さは最早常人の比ではない。肉を通じて骨がメキメキと軋むのを確かに感じた。


 痛みに耐えきれず、男は必死に抵抗した。

 しかし、腕が。脚が。恐怖なのか、混乱なのか。自分の物では無くなったかのように言うことを聞かなかった。



 誠は手に力を込めた。


 左には相手を絶対に離さないという『怒り』と『執念』を。

 右には左を制すほどの『怒り』を元にした、『激怒』と『誓い』を。


 右手に力が入る度、蒼い光が束なっていく。それにつられるように、ペンダントを核として周りに美しい輪が何重にも形成されていく。



 全ては香織を守るために。



 そして一言、小声を漏らした。








 「人の命を弄ぶな」








 刹那、槍は直撃する。それは男の鳩尾を深く深く抉った。生々しい人の肉を貫くような気持ちの悪い感覚が右手にはい登ってくる。

 それでも止めることはなく、前へと右手を突き出し追い打ちをかけた。





 香織を殺そうとした。この男が怒る理由などそれだけで充分すぎた。





 「ごはぁああああああああっっ!!!!?」


 対して男は酷く顔を歪ませ、血の塊を思い切り吐いた。胸の奥へと拳がめりこむ度に表情は更に険しいものになっていく。


 そして誠の右手が伸びきった時だった。


 殴られた男はとてつもない速さで後ろへ飛んでいく。その光景は力を溜めに溜め、突如として射出される弓の様だった。

 飛んだ先はコンクリートの壁。恐ろしい速度を保ったまま壁に激突する。自身より硬い物に打ち付けられ、二度目の吐血をするのが見えた。


 ガラガラと石材が落ち、煙が漂う。




 誠はしばらくの間、ずっとある一点を凝視する。

 だが、何も起きない。

 静かに息を吐いてから、今も逃げている香織の元へと足を向けようとした。





 その時煙を貫通し、誠に向けて黒く細長い影が急接近してくるのが見えた。身構えていなかったので反応に遅れたが、反射的にそれを横に転がり避ける。


 解けかけた緊張の紐を改めて縛り直す誠。再び視線は煙のその先へ。


 だんだんと煙は消えてゆく。男が苦しそうに咳き込むのも見えた。だが、明らかにおかしい事が一つだけある。


 男が持っている鉄パイプがない。

 何処かに仕掛けたのかと気を引き締める。


 そして、完全に視界が晴れる。そこには、



 男と、その片手にはガトリングのようなものがあった。



 「!?!」


 この男はほんの数秒まではこんなものを持ち合わせてなどいなかった。自然と現状の出来事について整理し、回答を出そうとする。

 しかし、答えを考えようとする前に男が喋った。


 「腹パンめっちゃ痛かったぞこのクソガキィ…!!」


 ガシャッ!という金属音と共に銃口が誠を睨みつける。

 完全に頭に血が登っているらしい。響くほどの大声で騒音をぶちかました。


 「弾けろぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

 「…!」




 これから本当の誠対男の戦いが始まる。

 まだ(やみ)は始まったばかりである。



















 銃声が鳴り響く。

 夜の象徴である月も、太陽からの光によりその場を自然的な光で照らしている。


 その光の中心に二人はいた。


 「あははハハははははははハハハハはははははははははははは!!!!!!」

 「ぐっ…!」


 あのガトリングに似た何かは永遠と弾を発射し続けている。

 終わりを知らない銃撃を誠は異常となった視覚と俊敏性で必死に回避していた。


 ガトリングの強みでもあり弱点というのは、短期戦で決着を着けられる(着けなければいけない)ということ。一秒間で何十何百という数を出すのだ。長期戦のことは想定などしていないだろう。


 だが、今回ばかりは話が違う。


 おそらく、あのガトリングから射出されている銃弾には制限がない。どういう原理なのかは分からないが、装填の必要も無いらしい。


 しかし、男はその思考錯誤を許してはくれなかった。頬に銃弾が掠る。


 「痛っ…!……?」


 その時初めて気がつく。これは銃弾という銃弾ではない。あのガトリングに似たものが射出していたものの正体。

 それは鉄パイプ。

 こんなもの銃弾よりタチが悪い。


 「ほらほらどおしたぁ!!!?さっきみたいに威勢よく吠えてみろよ犬コロォ!!!!」


 雨が降る感覚で再び銃弾が向かってくる。それに対し、誠は石の大地を踏みしめ前進しながら躱す。






 男はその場で銃身を誠に固定しておけばいい。それとは正反対に、誠は拳のリーチが届くまで相手に近付かなければならない。

 あまりにも分が悪い。


 だが、進む以外の選択肢はない。この右手を、拳を、あいつにぶつけるためには。


 (何か無いのか…何か…!)


 観察する。目に焼き付ける。大事だと思うことから相手の何気ない仕草まで記憶に染み込ませる。

 ここで取り乱し、今すべきことを見失うことが何よりも不最適だと誠は理解していたのだ。



 武器の知識など皆無。だからこそ、極限までの集中。



 そして、導き出す。


 (あった…見つけた!!!)


 『重量物なため小回りが出来ないことと唐突な狙いの変更が困難なこと』

 確かに固定しているだけでいいが、急な対応はあの重さでは不可能だ。

 これは最大の弱点。


 あとはこれを出来るのか?という疑問が上がる。だが、これは誠の中では間違った考え方だ。






 そもそも、出来る出来ないの話ではない。

 やらねばいけないのだ。そうしなければ、誠も死に、香織も殺される。

 だからこそ、やるんだ。






 小さく息を吐いた。






 勢いよく右に跳ぶ。闇雲に跳ぶのではなく、相手の距離を縮めるという本来の目的を忘れていない。


 「おいおい逃げんなよォ!!」


 それを追うように誠に標準を合わせようとする。

 そして、銃口が誠を捉えかけた時だった。



 (今だ…!!!)



 何よりも力強く踏み出す。すると、誠の両足に蒼光が纏われる。勇敢の背を押すように。



 勇気を、勝利への渇望を、踏み出せ。



 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!!」



 相応の距離があったにも関わらず、誠は瞬く間に男の眼前まで姿を移動させる。


 「なにっ…!?」


 男も先ほど思い切り殴られたことにより、油断などしていない。むしろ集中するはず。それでも、反応出来なかったのだ。

 それぐらいのスピード、ということ。


 弱点を突いた誠。あとすることは右拳でありたっけの力を込め、殴るだけ。

 再び蒼がペンダントへと集約する。円を描くようにして黒を彩った。

 それを前に出すだけ。




 しかし、男を殴ることは出来なかった。




 ガコッ!という聞き慣れない機械音が耳に侵入する。目線だけを音源の方へと向けると、


 男のガトリングが形を変えていた。


 それは銃から小振りの剣へ。しかし短すぎない、扱いやすい長さ。

 それを誠に向けて振るってきた。



 まさか変形するとは思ってもいなかった。目の前の出来事を理解するため、一瞬の硬直が誠を襲う。

 だが、剣はそんな事情など無関係に近づいてくる。攻撃の為に溜めた力を防御に使用する以外助かる手段がなかった。


 左から迫るものを右手で弾こうとした。いや実際は出来た。弾けたのだ。だが、


 剣の侵入を左肩の筋肉が許してしまった。本来ある肉を数センチ削がれる。


 「があぁっ……!!!!?!!」


 光速のように傷口に電撃が走る。さっきまで体内を走っていた血液が、通る管を見失い外に逃げていく。

 自身の肉体のたった数センチが消えるだけでこんなにも辛いのか、と。その事実を身を持って体験する。



 しかし、今度は確実に仕留めようと二撃目が誠に暇を与えない。それをなんとか避けつつ、距離を取る。


 それを腹の底からじわじわと湧き上がってくるものが堪えられないといった笑みを男は見せつけた。


 「は、はは…はははは……どうしたよ。寝そべって死にかけてたお前の方が痛そうに見えなかったぞ…?」

 「お前…その武器に何をした…?」

 「スルーかよ、まぁいいや」


 思った通りの反応では無かったのか、退屈そうにため息をつく。

 そして、


 「薄々勘づいてるとは思うし、特別サービスで教えてやるか!俺の能力は『触れた物を好きな武器に変えられる』んだ!!」

 「…こいつ、マジか…!!?」


 その能力は命を奪うには過剰と言わざるを得ないほどの力だった。

 確かにあの男の言う通り、勘づいていなかったと言えば嘘になる。しかし、目前の光景を信じたくないと。造り物(へいわ)を満喫している腐った自分がまだ何処かにいた。


 それを見透かしているかのように鼻で笑う殺人犯。


 「それにしてもお前、随分単調に動くんだな。その馬鹿さ加減が君の左肩に表れてるぞ〜☆??」

 「お前の殺人っていう大馬鹿さ加減には負けるよ…」

 「そんだけ煽れるならまだまだ元気そうだな、クソガキ」


 こう強がってはいるものの、誠は圧倒的に不利な相性を痛感している。

 それと同時に斬られた所に風が当たる度、針で刺されたような痛みが左半身を襲う。痛みのせいで顔が歪む。


 「いいぜぇその顔ォ!!綺麗で真っ赤なお花さんが咲くとイイなぁ!!!」

 「クソっ…!」


 鉄パイプは剣から再びガトリングへ。ガコガコと変形する音をかき消すくらいには大声で叫ぶ男。


 それと執念で立つ男は走る。守る為に。













 勝たねばいけない。眼前の壁に。どんな逆境だろうと形勢をひっくり返さねばいけない。


 灯火は消えない。あの時、誓ったから。




 光を、小さ(おおき)いその手で掴め。

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