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真実ノ英雄譚  作者: Black
第壱章 日常ガ知ラナイ日常
5/12

第四話 勇敢な愚者

 

 女は走っていた。ひたすらに。

 足を止めれば文字通り命を潰されるかもしれない。恐怖。焦燥。これらが彼女を突き動かす燃料となっていた。

 なぜこんなことになったのだろう。逃走を続けている現在になってもなお不明のままだった。




 〇 〇 〇 〇 〇




 時は少し前に(さかのぼ)る。

 香織は登下校中一緒にいる女の子と一緒に帰宅中だった。

 今日は珍しく部活が休みとなった。香織はバレーボールが心底好きだが、正直疲れるというのも嘘ではない。色々と複雑な表情が出来上がっていた。


 「なに、香織ってば面倒くさい顔してんのよ〜!何かあったの〜?」

 「や、やめてってば千秋(ちあき)!ただ休みなのは嬉しいけどバレー出来なくて残念だな、って…」

 「あっ、それ分かるかもしれない…」


 千秋と呼ばれる女子は風船のように膨れた頬をニヤニヤしながらツンツンした。それを払いつつ心情を語る香織。


 彼女の本名は松本千秋。一言で言うならば香織の親友。小学校時代からの付き合いで出会ってそろそろ二桁の年数が経つ。香織の数少ない心を許せる友達である。

 千秋は香織と同じバレーボール部だ。だが、香織は小学校から熱中していたのに対し、千秋は中学からやり始める。仲の良い友達がこんなにも真剣になれるものならば自分もしてみたい、そんな小さい興味から始めたのだ。


 そんな彼女と登下校中を過ごせる。何気ない事だが、気付けば平日の楽しみの一つになっていた。その二人だけがまったりと流れる、そんな少し贅沢な時間の使い方が彼女にとって心地良かった。


 今日もいつも通り、千秋とくだらなく最高なひと時を歩める。



 はずだった。







 「やぁ、お嬢さん方」







 この瞬間二人の中で、移ろいゆく幸せなひと時、表情、動き。これらが全て静かに停止した。


 少ししてから金縛りから解かれたように身動きがとれるようになった。とっさに振り返ると、香織達の後ろのその先に発声した人物がいた。

 声をかけた男性は全体の身を黒で包んでいる。少し遠くにいるはずなのに何故かはっきりと声を聞き取れた。

 二人は直感的に危険を察知した。


 男性は黒く長い物を所持している。それを楽しそうに振り回していた。まるで楽しいことがあった子供のように。

 遠目だけでは回している物を把握することは出来ない。だが、その物体からは弧を描きながら何か液体のようなものが飛び散っている。


 それはとても見覚えのあるものだった。自分の一部でもあり全人類に欠かせないもの。見間違うはずも無い。人であれば必ず記憶に残存しているものなのだから。




 それは血だった。




 『きゃああああああああ!!!!!!!!』


 状況を飲み込んだ瞬間、二人は絶叫した。

 この男は声をかけることにより、あえて自分を認識させ、血が付着している物体を取り出すことで恐怖を植え付ける。そして、今後自分達も黒色の棒を彩る真っ赤な一部になるのだ、と絶望を促す。

 それは種を植え、水を与え、成長の様を楽しむ子供のそれだった。


 彼は楽しい出来事が起こったから歓喜しているのではない。



 これからゆっくりと快味を味わえる愉しさからだった。

 彼にとっては『楽しいこと(さつじん)』は今から始まる。




 そこまで深くは理解しなくとも香織と千秋は『命を奪われる』ということだけは断片的に把握する。

 二人は一刻も早く視界にいる狂人から離れるべく、背中を見せ行く先も分からずに飛び出した。




 〇 〇 〇 〇 〇




 追走してくる命を絶つ者から逃げ出すことに必死でその後は何も覚えていない。

 ただ分かったことはこの男は千秋ではなく、香織を追いかけて来ている、ということ。


 千秋とは逃走中にはぐれたが、香織の所に来ているということはあちらには行っていないということの証明。

 心のどこかで何故かほっとしていた。


 だが、今すぐにでも恐怖と叫喚が口から嘔吐しそうだった。その形容し難い気持ち悪さを必死に耐えている。落涙しそうになる瞳に力を込め、前も見ず一目散に走っている。

 そこまで我慢出来ているのは、


 お兄ちゃんが来てくれるから。


 それが今の香織の動力源だった。

 けどあの人殺しにどう立ち向かうのか、来てどうにかなるのか、そんな疑問なぞ浮上すらしなかった。


 絶対になんとかしてくれる。そんな信頼が香織を支えていた。




 しかし、








 「見ィつけたぁ☆」








 とても薄い希望だった。さっきまで背後にいた者が突然眼前にいた。


 「ひぃ…」


 驚いて力が抜けた瞬間、希望を砕かれた香織は何も出来ず膝から崩れ落ちる。つい数秒まで休息を知らない体はたった一言で石像のように硬直した。


 男の顔面はフードのせいで鼻から上がよく見れなかった。しかし、香織の青ざめた表情と恐怖から来る全身の震えを眺めてこれ以上ない不気味な笑みが零れていた。


 「そんな顔すんなよ…。興奮しちまうだろ?」

 「い、嫌…」

 「もー我慢出来ねぇわ…殺していいよな?」


 そう言うと右手に持っている黒い棒をゆっくりと上にあげる。

 その正体は鉄パイプだった。先端が赤色を失ったものからつい最近の様々な人間の血が滴っている。

 裂けるほどの笑顔になりながら男は重力がかかる方向へ力強く振りかざす。






 先程逃げていた時に散々脳内を巡り回った『殺されるビジョン』が、『想像』が、現実になってしまった。

 目から無限に込み上げるもののせいで前がちゃんと見えない。ここで命が終わるのだと、悟った。悟るしかなかった。


 だが、喉が、口が、全身が、声を枯らして叫んだ。


 強く、『生きたい』と。





 「助けてえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」






 ドゴッ!と鈍い音がした。


 だが、香織は無傷だった。自分が負傷していない理由が分からず、充分に水を溜めた眼をそっと開けた。


 そこには、









 「やめろおおおおおおおっっっ!!!!!」









 今まで走行してきた足り過ぎている助走で突進をかます。鉄パイプを振りかざそうとした男性は態勢を崩し、勢いよく転がった。

 肩で呼吸をし、息を切らしていた。それなのに自分より他人の心配をするヒーローが最初に視界に入る。



 「大丈夫か香織!?!」



 その言葉を聞いた瞬間、視界が潤いに染まる。

 見えなくとも決して弱くない、直視出来ない眩しく輝き放つ希望がそこにはいた。



















 「大丈夫か香織!?!」


 間に合った!あと一秒でも遅れていれば香織は助けられなかっただろう。本当に危なかった。

 香織は今まで溜めていたものが爆発したかのように目から水を流していた。


 安堵すること数秒、そんな状況ではないということを再認識する。ここで立ち止まって話していては立ち上がってはすぐ攻撃を仕掛けてくるはず。そう思った誠は、


 「香織、立てるか?」

 「ご、ごめんね…足が、震えちゃって…動かないの…」

 「…!」


 助けてくれるヒーローが来るはず。これが香織の原動力だったが、それが叶った今この原動力(ちから)は機能しなくなった。あとは疲労や畏怖が香織に積層するだけ。

 確かに多少時間を置けば回復するが、明らかにその『多少』というモノのために待ってはくれないだろう。


 香織が自力で動けなくてもこの場から離れなければならない。誠は立ち上がろうとする男へと一瞬視線を移すとすぐに妹へ戻した。

 そして、


 「香織逃げるぞ!」

 「で、でも私今動け…ひゃっ!?」


 誠がとった行動は、膝の裏と肩の後ろへ手を伸ばし、そのまま持ち上げながらの逃走。つまりお姫様抱っこだ。


 「な、なんでこんな持ち方…!」

 「今そんなこと気にしてる場合か!」


 香織の当然の反応に現状を考えろとこちらも当然の反応で返す誠。


 そうしながら誠は近くの角を曲がり、また曲がり、曲がる。本来なら必要のない左折や右折を繰り返した。


 それを何回か繰り返すうち相手の姿は見えなくなった。やっと落ち着けると思った誠はふぅ…と一安心と言った感じの息を漏らす。

 だが、香織を持ち上げてることをすっかり忘れていた。


 「もう走れるからさ…い、いい加減に下ろして欲しいんだけど…」

 「あ、ごめん…!」


 誠は急いで香織を下ろす。

 だが、今は一刻を争う。今後どうするか、それを話し合うのだ。誠が口を開こうとした時、香織が誠の袖をくいっと引っ張ってきた。そして香織が先に意見を述べる。


 「アニキ…一緒に逃げよ?」

 「いや、俺はお前と一緒に行くと…」


 狙われているのは香織だ。誠が囮になり、香織を逃がす。そうすれば香織を安全に帰宅させることが可能かもしれない。それを伝えようと否定しかけた。


 だが、例えば誠なぞ眼中になく、香織だけが狙われてるのだとしたら…?

 あくまでも可能性だ。だが、逆に完全否定もできない。

 結論として一緒にいた方が安全だ。そう、一人で帰らせるなんてのはあってはならない。


 会話をぶった切りぶつぶつと独り言を言っているので流石に香織にも疑問が浮き出る。


 「ね、ねぇ…どうするの?」

 「あ、あぁなんでもない。俺は香織と一緒にいた方が安全だ、って考えてただけ」

 「じゃあ一緒に逃げるの!?」

 「まぁそれが一番妥当な考えだな」


 やはり一人では不安で仕方なかったのだろう。香織は心底嬉しそうだった。

 そういう意味でも共にいた方がいいのだ。

 そうと決まれば即行動である。


 「よし!それじゃ逃げな…」


 その時目眩がした。誠はその場に倒れ込む。その衝撃で首にかけていたペンダントが外れ、地に落ちる。

 香織は口と目を見開いて驚愕していた。だが、視線は誠を捉えていない。訳が分からずもその視線の先を追う。


 男がいた。鉄パイプという凶器を持ち歩いている者が。


 この時、初めて自分はあのパイプで打撃されたのだと認識した。瞬間、電撃のような激しい痛みが頭部を駆け回った。

 だが、声は出せない。出すだけの気力と血が足りない。まるで中身の入ったコップが倒れた時のように頭から大量の血が流れていく。



 男が香織に近づいてる。助けなきゃ。香織を、あいつだけでも無事に。助ける。助けるんだ。



 何が出来る訳でもない。ただ、今このボロボロの貧弱な身に出来ること。ちっぽけな両手で出来ること。それは、



 「うおおおおおおおおおおっっっ!!!!」



 自己犠牲。それが誠の出した答え。

 鉛のように重い手足を動かし、男の片足にしがみついた。


 「おい離れろよ!気色悪ぃんだよ!!」

 「…お兄ちゃん…?」


 男は人間を撲殺するには十分すぎる回数を誠に打ち込んでいる。

 殴打されたところから血とともに自分を支える色々なモノが流れ、抜けていく気がした。


 では何がこの男を支えているのか。




 『信念』




 今この瞬間は、これ以外何もいらなかった。



 「…げろ…」

 「で、でも…」


 「いいから逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 目を赤くしながらも。震えた足取りでも。香織が遠のいて行くのが見える。




 そう、これでいいのだ。これで。










 香織が目で見えなくなった瞬間、誠はさっきの猛々しさが嘘のようにピタリと動かなくなった。

 何も動かない。しがみついてからずっと、この瞬間まで細い鉄を叩きつけられていたのだ。

 男は誠を害虫でも見るように不快さと苛立ちの目線を突きつける。だが、


 「死にかけのゴミに用はねぇわ」


 再び興味が香織へ移る。男はイライラしている空気を一転し、急に楽しそうな雰囲気を醸し出した。





 目に映るもの全てが暗転していく中で誠の意思はより一層猛々しく燃え盛っていく。

 しかし、死ぬことのない意思(ほのお)とは真逆に自身の手足(こおり)は凍え固まっていく。






 力が入らない。待て。行くな。香織(いもうと)の方へ向かうな。俺が。守る、幸せを。命を…奪うな。止ま…レ…。











 鼓動。流血。鼓動。出血。鼓動。鼓動。鼓動。鼓…動。…鼓…動…。………鼓…………。



















 ここはどこだろう。

 淡い青色がどこまでも続く世界。けれど、何故か一度来たことのある場所。それだけは確信できた。

 さっきまで指の爪の先ですら言うことを聞かなかったのが今ではそれを否定するかのように何も無く、そして体の不自由さから解き放たれている。


 『青』という孤独にて絶対的な色調が支配する場所。そこには誠と、


 いつしか自分が辿り着こうとした女性がいた。





 『助けて』





 この一言で点で分からないものが線になった。

 あの夢は何故かはっきりと覚えていた。筈なのに、この解に行き着く経路を(もや)が阻害していたため、到達が叶わなかった。


 だが、線になっただけ。その線から素晴らしい絵画が完成する訳でも、ましてや意味を持つナニカが形作られる訳でもない。


 これで固く結んであった一つの謎が(ほど)けた。それと同時に無限に湧き出る疑問を聞かずにはいられなかった。


 「…俺は死んだのか?」

 『このままだと貴方は落命してしまいます』

 「てっきり天国かと思ったけど…。それならここは違う場所ってことか」

 『えぇ、ここは天上ではないです』


 まだ命の灯火がついている。そう告げた女性。しかしそれはあまりにも頼りないもの。

 その灯りが消えるのは時間の問題だった。


 『生』を持ち生まれ落ちたのなら、作られたのならば、全てが到達を余儀なくされた『終末』。それが今、目の前にいた。

 どうしようもない運命というものが誠を襲っていた。


 「そっか…」

 『貴方が「生」を諦めなければ、必ず貴方に光があるでしょう』




 光…。生きることは諦めていない。けど、


 『無力』


 この決定的な、そして致命的な現実が重く、鋭くのしかかる。

 それらは誠に触れた途端、体が悲鳴をあげるほどだった。酷く辛い事実を受け止めながら口を開く。


 「そ、そういえば貴方は『助けて』って言ってなかったか?」

 『そうです。私はあまりにも無力です。だからこそ貴方の力が必要なのです』

 「生憎だけど、俺には無理だ。たった一人ですら守り抜けない弱虫なんだ。貴方よりも俺は何倍も無力だよ」

 『そんな事はありません。貴方の勇姿、それは本当に無力なのでしょうか?』

 「そんなのは気休めにしかならないさ。たとえどんな勇敢な人間がいたとしても『救えていない』という結果だけで全てが決まる。俺もそれと同じだ」

 『…』


 現に男は香織を追おうとしている。守れなかったのだ。何も出来なかった。ただ、香織の不安を煽っただけ。あまりにも不甲斐なかった。

 心に悔しさだけが粘着し、離さなかった。歯が擦れるほど力を込める。



 俺の力が必要…?無力だぞ?力が無いんだ。空虚なものをこの女性は求めている。他人ですら、ましてや自分すら守れないどこまでも小さい存在を。



 罪悪感と絶望感で押し潰されそうだった。このまま消えてしまいそうだった。



 『確かに』



 唐突に彼女が言葉を紡いだ。


 『確かに貴方の言う通り、どんなに勇敢な人間がいたとしても結果で全て左右される。しかし、その「勇敢」が無ければ何も始まらない』

 「…」

 『全ての英雄はその「勇敢」が起源なのです。貴方にはそれがある。眩く光り輝く強さが』

 「勇敢が…強さ…」


 自分を押し潰そうとしていた存在はいつの間にか消えていた。眼前にいた『運命』という下らないものはどこか遠くに去っていた。


 『貴方は自分のことを「無力」だと仰っていましたね?』

 「あ、あぁ」

 『それでは考えてみてください。貴方の言う力は「武力」。圧倒的な武力を振りかざすのは果たして「勇敢」でしょうか?勝てると確信しているなら誰にでも可能です。それは「勇気」でも「勇猛」でも「勇敢」でもない』

 「…!?」


 自分の中で吹き荒れる豪雨が、立ち込めていた暗雲が、一筋の光によって晴天を、太陽を取り戻す。


 『それを「無謀」だと笑う方々もいるでしょう。それを「浅はか」だと蔑む方々もいるはずです。しかし、「壁に立ち向かえる強さ」、罵声を浴びせる人々はそれを知らないだけ』

 「壁に…立ち向かう、強さ…」

 『貴方が守りたいと思い願う彼女はまだ生きています。必死に、貪欲に。これらは全て貴方のおかげです』

 「…」

 『守れていないなど完全な思い違いでしょう。貴方が散々自責するその両手が救ったのです。ただ、まだ「救済」の途中というだけ。ここから救い出す輝望などいくらでもあります。』


 終わってなどいない。

 そうだ、そうだよ。何勝手に絶望に浸ってるんだ…?


 『貴方はそれでもまだ「無力だ」と嘆き、歩を止め、自ら可能性を捨てますか?』

 「…」


 なんだよ…。


 『これを踏まえてもう一度言います。力を貸してください。貴方だけの、その強さを』


 助けて、って言ってたのに。俺が助けられてんじゃねーか…。





 「…力は貸さない」

 『それでは自ら未来(さき)を閉ざしますか?』


 ちっぽけな両手だ。何かを掴めるほど大きくもないし、何かを(すく)えるほど頑丈では無い。


 「確かに力は貸さない」


 己の弱さなら痛いほど理解している。したくはないが、この(よわ)さと向き合わなければいけない。直視を拒んだからこそ、あの時、足が一瞬でも止まってしまった。思考を止めてしまったからこそ、解を出せずそれを良しとした。

 けど、今ならはっきり言える。


 「ちっぽけな両手だからな。何が出来るんだろうって今でも怖いよ。けど、それ以上に、」


 「守れないことの方がもっと怖い」


 どこまでも広大で無限に続く神聖な空を目指し、綺麗に泳ぐ鳥になれなくていい。

 真より深く空よりも青い総ての原初である海を優雅に飛翔する魚になれなくていい。


 惨めでいい。泥だらけでいい。


 だから、



 「だから…あげるよ。俺の力、全部」



 『…!』

 「『貸す』なんて一時的なものだろ?貰っても嬉しくないかもしれない。でも、俺は貴方に救われた。」



 「なら今度は俺が救う番だ」



















 「…待てよ」




 傷だらけの男は立ち上がる。


 「は…?」


 無傷の男は驚愕を(あらわ)にした。もうとっくに死んでいてもおかしくない。周りに血の池が出来ているほどだ。体を動かしている本人ですら、理解が追いついていない。


 落ちているペンダントを右手で力強く握りしめる。充実した思い出、笑顔、自分の原点、これらを小さい英雄的な掌が優しく掴む。


 瞬間、周囲の闇夜を裂く蒼光が四方に飛び散る。闇が包む世界に対して抗うように。




 その灯火はただただ美しかった。




 それは右手を中心に全身へと乗り移る。色濃く放光する蒼は黒で染まるその世界を変える。


 ほんと刹那の時だったかもしれない。その間に(つよ)さを知り、(よわ)さを知った。



 「この両手で救える命があるなら、俺は平凡でも非力でもいい。だから、」


 何かが壊れる音が聞こえる。否、破砕し(はばた)きを響き渡らせる。

 先程の力が無いと猛省していた短慮な愚者はもう存在しない。

 そこに在るは、











 『勇敢な愚者(えいゆう)













 「絶対に守る」





 覚悟を決めた者。己の虚弱さを知り、初めて昇華する。

 英雄や勇者になるつもりは毛頭ない。

 せめて守りたいと思った人をこの小さな手からこぼれ落ちないように、救おう。




 誓いと執念をここに。




 絶対的な決意で己を鍛え、『最強』を創り出す。


 精魂を鼓舞し、決意で震わせろ。体躯を共鳴させ、雄叫びをあげろ。







 進め、愚者よ。汚く踊るほど愚者(にんげん)は美しい。

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